台湾総統に蔡英文再選 ――流れは変わった、負けたのは習近平である
- 2020年 1月 14日
- 時代をみる
- 中国台湾田畑光永習近平
去る11日の台湾総統選。予想された結果とはいえ現職の蔡英文が得票率57.13%、800万票余を積み上げて圧勝したことは、中華人民共和国誕生以来の中国の歴史の流れが変わったのを世界に知らしめる一大エポックを画すものであった。
蔡英文の勝利について、香港のデモが味方したとか、米の肩入れが大きかったとか、さまざま言い方はあろうし、どれもなにがしかあたっているだろうが、最大の要因は中国本土における習近平体制そのものが広く人心を失い始めたことであると私は見る。
考えてみれば、現在、中国本土と台湾が対立しなければならない実質的理由は全くないと言っていい。前世紀の前半期、共産党と国民党は中国大陸を舞台に武力をもって相争った。そして共産党が北京に政府を作り、国民党は台湾に逃れて、何とか中華民国の看板を下ろさずに命脈を保った。対立は続いた。
しかし、それは習近平も蔡英文も生まれる前のことである。その後、時はながれ、とくに大陸が鄧小平の主導のもとに改革・開放路線に乗り出してからは、双方に争う理由はなくなり、経済面では相互補完的関係が幅広く成立している。大陸の通信機器メーカーと台湾の半導体組み立て企業とは今や切っても切れない関係にある。
それに伴って海峡をはさんでの双方の人間の往来、交流はほとんど自由化された。ただ北京と台北にそれぞれ政府があり、通貨の名前が異なっているのが歴史の遺物として残っているに過ぎない。時に摘発される国際的な中国人オレオレ詐欺団の構成メンバーに、多くの場合、双方の人間が入り混じっているなどは、海峡両岸関係の親密さを皮肉な形で示している。
問題は政府である。政府どうしもオレオレ詐欺団のように(冗談!)双方が手を組んで、「政府はいくつあってもいい」と割り切れば、やがては自然に「一緒になろう」という機運が熟するはずだ。そうならないのは大陸の政府が、「オレのほうがでかいのだから、台湾は吸収合併する」と身勝手を譲らないからだ。
問題はなぜ大陸政府はそうなのか、という点である。ここから話はややこしくなる。
大陸の共産党政権は先述したように内戦に勝って政府を打ち立てた。今でも世界には時に武力によって政権が誕生することがあるが、そういう政権もやがて選挙を実施して国民に信を問い、存在の正当性を身にまとうのが普通である。ところが中国の共産党政権はそれをしなかった。
もっとも当時はまだマルクス主義が生命力を保っていて、特に革命直後は「プロレタリア階級独裁」で革命の果実を死守すべしというテーゼが社会主義圏では受け入れられていたから、10年や15年は選挙がなくてもやむを得なかったと言える。しかし、それが70年ともなっては話は別である。
革命とは無関係な人間たちが、革命を自らの手柄のような顔をして、いつまでも権力をたらい廻しするのは横領罪に近い。おそらく習近平もそれを自覚している。だから彼は自分を指導者として納得させられるだけの手柄を立てたい。勿論、それは前任の江沢民にも胡錦涛にもあったろうが、彼らは習近平ほど露骨でなかった。
「一帯一路」だの、「人類運命共同体」だの、大げさな号令をかけるのが、習近平政治の特徴だが、前の世代が果たせなかった「台湾解放の実現」はなかでもとりわけ喉から手が出るほどに欲しい勲章なのだ。2015年秋、当時の台湾・馬英九総統とシンガポールでの会談にこぎつけたおり、世界中の記者、カメラマンの前で何分間も馬英九の手を握って離さなかったシーンは、その象徴であった。
しかし、習近平政治の本拠は言うまでもなく中国大陸である。そこでも彼は自らの威信を確固たるものとすべく手をつくしている。自分を党の「核心」と呼ばせて権力を集中し、憲法を改正して、国家主席の座に無期限に座り続けることを可能にした。そして自らに対する反抗の芽を摘むことに過度に力を入れるようになり、防犯カメラ、ネット検閲、盗聴器などの網を張り巡らせて、一大監視国家をつくり上げた。それが中国の国民はもとより、世界の人々の目につくようになり、とりわけ民主、自由を知っている香港や台湾の人々の不安をかきたてている。
昨年来の香港における大規模デモの永続、今回の台湾総統選、いずれもエネルギー源は政治の民主化を忌避して、いわれなく権力を握り続けようとしている習近平その人である、というのが私の見立てである。 (200113)
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〔eye4681:200114〕
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