映画『パラサイト 半地下の家族』を みましたか
- 2020年 1月 27日
- 評論・紹介・意見
- 小原 紘映画韓国
韓国通信NO628
韓国映画ファンとしてはカンヌ国際映画祭パルムドール受賞の作品は見逃せない。平日の日中にかかわらず、映画館は多くの観客で賑わっていた。
奉俊昊(ポン・ジュノ)監督は底辺に暮らす4人家族をパラサイト(寄生虫)として描いた。彼らはソウルの「半地下」のアパートで極貧の暮らしをしている。
実はソウル留学中に半地下の下宿に3カ月住んだことがある。視界に入るのは道路だけ、日当たりは殆どなく、湿気の多い薄暗い部屋だった。食事と洗濯サービス付きで下宿代は月4万円。全身を襲う痒みに悲鳴をあげて2階の部屋に変えてもらった。屋上に作られた建築基準法違反のプレハブに下宿するクラスメートがいたが、真夏は死ぬほど暑かったらしい。
映画の主人公たち、父親は失業中、長男は大学受験に何回も失敗し浪人中、美術家を目指す娘も定職は無い。展望が全く見えず内職でその日暮らしをしている。その家族に「幸運」が舞い込む。大学生になりすました長男が豪邸の家庭教師になると、続いて妹も美術の家庭教師に、父親は社長付の運転手、さらに母親までがその家の家政婦におさまる。彼らは家族であることを隠し、富豪の「寄生虫」となった。
その後の筋書きは省くが、上流社会に入り込んだ家族の目論見は悲劇的な結末を迎える。その家の地下室に隠れ住むもうひとりの寄生虫―彼は豪邸の前の所有者が北朝鮮の攻撃に備えて作ったシェルターに住み続けていた―が彼らの前にカミングアウトしたため、新来の寄生虫家族と争うことになる。
陰謀、時にはコミックタッチで家族の絆を描き、上流社会と下流社会の違いを見せつけながら映画は進行する、結局、底辺から脱出しようともがいた家族に残されたのは絶望しかない。
韓国の格差社会
昨年韓国では1000万人以上の人がこの映画を見た。巧みに描かれた格差社会の非人間性が注目を浴び、今回のカンヌ映画祭の受賞につながった。天皇と東京オリンピックの話題に隠れて、格差社会がかき消された感のある日本だが、深刻な社会問題をテーマとする本作品が話題作になりそうな気配がある。「韓国の貧富の差はこれほど酷いのか」と言えない現実が日本にもある。韓国社会を写し鏡にして日本を発見する映画でもある。
パラサイトは誰だ
必要なものはモノもヒトもすべて金で買う世界である上流社会は気品と文化に溢れた社会でもある。
それにくらべるとパラサイトに象徴される庶民の生活は、富める者には軽侮の対象に過ぎない。「庶民には私たちにはない匂いがある」と豪邸に住む夫婦は平然と語る。
パラサイトとして生きることさえ拒絶された家族たちは惨めだが、富める者たちが発する悪臭こそが映画のテーマだと気づく。社会的弱者をパラサイトとして切り捨てる社会の風潮。土地とカネさえあれば豊かな生活が保証される社会。わが国の世襲国会議員や政権に忖度する高級官僚は明らかに社会の寄生虫である。映画は語らないが、底辺にうごめくパラサイトの黒白を反転させると、上流社会のパラサイト性が浮き彫りになってくる。
小説『オサヒト覚え書き追跡遍-台湾・朝鮮・琉球へと』 を読む
年末から正月にかけて石川逸子の最新小説を読んだ。詩人として著名な石川氏の作品はこれまで、詩集のほか、『「従軍慰安婦」にされた少女たち』、小説『道昭』を読んだが、大著『オサヒト覚え書き―亡霊が語る明治維新の影』を素通りしたため、続編と思われる本書が理解できるか心配したが杞憂だった。
日本の近現代史の原点、琉球、台湾、朝鮮の歴史を知るうえでこれほど刺激に溢れた歴史小説はない。
オサヒト。明治天皇の父親孝明天皇が亡霊として登場して336ページにわたって「私」と明治を語る。全体は三章、「ヨシヒサを追って(台湾)」、「閔王妃殺害を追って(朝鮮)」、「『琉球処分』を追って」からなる。
ヨシヒサ、明治天皇の叔父北白川宮能(よし)久(ひさ)のことを知らなかったので第一章は特に興味深かった。台湾を平定する任務を負わされた近衛師団の師団長として生涯を終えた彼は、東北列藩同盟の盟主として「反官軍」の立場、後半生は軍人として明治を生きた。オサヒトに言わせると薩長政治に利用されたミヤサマ軍人のひとりだった。全編に言えることだが、研究書、手記、檄文などを駆使して、登場人物が歴史のディテールとともに見事に描写されている。岩倉具視、伊藤博文らに毒殺されたとされる孝明天皇オサヒトの口から傀儡明治天皇ムツヒトへの嘆きが各所で語られる。
この小説を読む直前、私は「通信」で何回かにわけて日韓関係史を取りあげた。東学、日清戦争、日韓併合は本書と重なる部分が多いが、豊かな資料と説明には圧倒されるばかりだ。歴史書の干からびた事実の羅列と数字に辟易する人は多い。しかし、本書は著者の語り口によって人間に焦点が当てられ、侵略史がまるで生きた物語のような感動を与える。
「過去をありのままに」が、私の韓国に対する向き合い方だが、石川氏の著書からも著者の過去の事実に対する誠実さと謙虚さが伝わってくる。侵略の歴史を否定する風潮が溢れる中で、本書に込めた詩人の魂を多くの人に知って欲しい。
オサヒトは亡霊だけあって神出鬼没、新聞もよく見ているらしく、とても勉強家なのが意表をつく面白さだ。日本の侵略者たちの、明治維新から始まったアジアに向ける眼差しは変わることはなく、現在も続いている。日本中至る所に侵略者たちの銅像が立ち並び、日常的に私たちは過去への反省が無いまま彼らと共生共存している。辺野古基地に反対する現地の人を「土人」呼ばわりすることに「私」は心底憤慨する。
『オサヒト覚え書き追跡遍 -台湾・朝鮮・琉球へと』 一葉社発行 定価2,600円+税
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion9391:200127〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。