青山森人の東チモールだより…新型コロナウィルス、政治的袋小路どころではなくなった
- 2020年 4月 12日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
大洪水、デング熱、そして新型コロナウィルス
世界中を巻き込んでいる新型コロナウイルスの感染拡大の脅威から東チモールもまた逃れることはできません。3月21日、東チモールで初めて感染陽性者が出ました。研修先のポルトガルからの帰国してきた司法関係者とのことで、症状は軽いと報道されています(その後は回復に向かっている)。
医療体制が脆弱な東チモールは手遅れになるまえに、感染者一名の段階で、3月23日から学校を一斉休校とし、3月25日に公務員の在宅待機を閣議決定、そして3月27日、国家非常事態が宣言されました。
不要不急の外出規制、集会の禁止、マスクの着用、社会的距離を保つこと、頻繁な手洗い等々、世界各国でみられる自粛・禁止・励行の要請が東チモールでも行われています。
新型コロナウイルスに加え、東チモールならではの災難も無視できません。3月13日、首都デリ(ディリ、Dili)では大雨による大規模な水害にみまわれて大勢の住民が避難生活を余儀なくされました。この日、およそ2時間だけの雨が首都広範囲を水に浸しました。これまでは局所的な水害にみまわれるたびに町づくりの問題点が指摘され抜本的な見直しをしなければ今後同じことが繰り返されると言われ続けてきましたが、13日の大雨でそのとおりのことが最悪のかたちで起こってしまいました。
そしてデング熱。新型コロナウイルスがなくとも東チモールは常にデング熱の恐怖にさらされています。保健当局がによれば、今年3月に245人のデング熱の患者が登録され、3人が死亡しました。亡くなった3人のうち2人が5歳以下の、1人は10歳の子どもであるとのことです。
これら世界的そして国内的な災禍を前にして、政治的袋小路を打開するために1月20日(あるは17日か?)から60日以内に下されるはずの大統領の判断は、どこかへ吹っ飛んでしまったようです。
大統領の判断は何処へ?
1月17日に2020年度国家一般予算案が否決されたことで事実上の政権崩壊となってから60日以内に、大統領は現状の国会議員で構成される新連立勢力による新政権を承認するか、「前倒し選挙」で新たに国会議員を選び新政権を承認するか――どちらかを選択するはずでした(少なくともわたしはそう思っていた)。
3月13日、フランシスコ=グテレス=ルオロ大統領はタウル=マタン=ルアク首相の辞表について急いで判断を下したくないと発言しました。首相の辞表について判断することはすなち辞表を正式に受理して新しい首相を任命することを意味します。つまりそれはシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首を首相にする新連立勢力(2月22日に結成)による新政権樹立を認めることを意味します。大統領のこの発言は間接な表現ですが、60日以内で判断を下すことになっていることについて「急ぎたくない」、60日以内で判断を下さないという意向を示した発言と解釈できます。
3月14日に最大野党であるフレテリン(東チモール独立革命戦線)の党大会が開催され、これに出席したタウル首相は意味深長な発言をしています。時代は第5次から第6次立憲政府への移行時、つまりシャナナ首相に代わってフレテリンのルイ=マリア=アラウジョ医師が首相になるときに遡ります。タウル大統領(当時)はシャナナ首相(当時)に「任期をまっとうする政権をつくることを保証するか」とたずねると、「保証する」とシャナナ首相は応じたので、ルイ=マリア=デ=アラウジョ首相の第6次立憲政府が誕生したとタウル首相は振り返り、このとき大統領として憲法違反をしたと批判を受けたとタウル首相は告白しているです(『テンポチモール』、2020年3月15日、を参照)。
わたしなりに上記の「憲法違反」の解釈を試みれば、第5次立憲政府の連立の枠組みを崩したCNRTは、フレテリンから首相や閣僚を引き抜いて第6次立憲政府をつくったので事実上の大連立政権の誕生といえるものの、過半数に達しない一政党CNRTによる政権を大統領が承認したという解釈も可能であれば、それは憲法違反という解釈も成り立つのかもしれません。
さて、今回のフレテリン党大会でタウル首相がこの過去の実例を持ち出したのは、『テンポチモール』の記事を読み進めていくと、タウル首相はルオロ大統領がシャナナCNRT党首率いる新連立勢力による新政権を認めないとしてもそれが正当化されるという考え方が感じとれます。なぜならタウル首相は、2017年と2018年の選挙のときまでは(連立勢力が)過半数をとればよかったが、(今回、過半数を占めていた政権が崩壊したので)いまはそういえなくなてしまったと発言しているからです。
まるでタウル首相は、大統領は新たな政権を成立させるにあたって、過半数に達するからといって連立勢力を政権につかせるのではなく、任期をまっとうできる勢力であるかを判断するのが重要であると言いたげなようです。
そしてタウル首相は、大統領は良心と知見にしたがって国家の利益と目標そして統治確立のために判断するのが重要であると述べ、さらに、最近結成された(6政党による)連立勢力ははたして強いといえるだろうか、と疑問符を打つのです。
以上のタウル首相の発言から推し量るに、ルオロ大統領がシャナナ=グズマンCNRT党首が結成した連立勢力による政府を承認しない道もあるという考え方を示したかったのではないでしょうか。
そのような考え方はあってもよいのでしょうが、それにしても60日以内という期限の問題はどこへいったのか……? 60日以内とは必ずしも憲法はいっていないとか、数字的な60日と政治的な60日があるとか、評論家などの意見がいろいろ出たりで、こうなってはもうわけがわかりません。
辞表提出後に存在感を示す首相
ルオロ大統領が判断を下す60日以内という期限切れが迫っているとき、先述したように大雨が首都を水浸しにし、これだけでも非常事態といってよいのですが、さらに世界的に猛威をふるう新型コロナウィルスに対する備えが政府の急務となってきました。
2月25日に辞表をルオロ大統領に提出したタウル首相は新政権が決まるまで首相であり続けます。タウル首相は水害復旧対策と新型コロナウィルス対策でその指導力を発揮し、首相に就任して以来、首相としての存在感を今一番示しているのではないでしょうか。
2020年度国家一般予算案が否決される1月17日の前までは、つまり政権崩壊以前は、シャナナ=グズマンを党首とするAMP(進歩改革連盟)政権内の最大与党CNRT(21議席)の数の力のまえに8議席しか持たないPLP(大衆解放党)党首のタウル首相はカゴに入れられた小鳥のような存在でした。しかし政権が崩壊し、次期首相が決まるまでの端境期にあるなか、CNRTの束縛から解き放たれたおかげで本来の指導力を発揮しているのですから、皮肉なものです。
少数派連盟の誕生
驚いたことに、3月21日(土)、フレテリンとPLPが連立を組みました。PLPとフレテリンは少数派連盟の結成を発表し、調印式を行ったのです。シャナナ=グズマンCNRT党首率いる多数派連盟は34議席、これにたいして少数派連盟は31議席です。3月14日のフレテリンの党大会に出席したタウル首相とマリ=アルカテリ書記長はすでに相当接近していたようです。
3月21日という日付を、タウル首相がルオロ大統領に政権崩壊を正式に報告した1月20日から60日を使い切った翌日と捉えれば、明らかにシャナナ=グズマンCNRT党首が率いる6政党による連立勢力に憲法解釈を盾にして対抗しようとするタウルPLP党首とフレテリンのマリ=アルカテリ書記長の意志が感じられます(それがどういう憲法解釈なのか、34議席に31議席がどうやって勝てるのか、わたしにはわかりませんが…)。
一方、3月もこの頃になると新型コロナウィルスの迫りくる脅威は拡大しており、タウル首相とマリ=アルカテリ書記長はマスクをし社会的距離をおいて座席に座っての調印式でした。そして奇しくもこの日、東チモールで初の新型コロナウィルスの陽性反応者が出ました。これ以降、タウル首相は新型コロナウィルス対策に集中します。学校の一斉休校、公務員の自宅待機、外国人の入国禁止、陸続きの西チモール(インドネシア)との国境規制の強化、海外から帰国した東チモール人帰国者の一時的(二週間)隔離、感染者隔離場所の設置等々の対策を進めていきます。また、政府閣議室を政府庁舎からコンベンションセンターに移し、閣僚同士の社会的距離を保てる会議室をつくり、危機管理統合センターをここに設置、新型コロナウィルスに関する情報発信を頻繁に行う態勢を整えました。
脇役になった政治的袋小路
3月24日、シャナナ=グズマンも構成員になっている国会評議会が開かれ新型コロナウィルス対策を協議しました。評議会要員であるフランシスコ=グテレス=ルオロ大統領・タウル=マタン=ルアク首相・ジョゼ=ラモス=オルタ元大統領・アラン=ノエ国会議長、そして民間からの代表者などが出席するなか、シャナナ=グズマンは出席しませんでした。同じ日、シャナナ=グズマンはCNRT本部で記者会見を開き、辞表提出したタウル首相には予算を含めいかなる法案も提出する権限はないとしてルオロ大統領にタウル首相の辞表を受理するように求めました。6政党による多数派連盟としてはシャナナCNRT党首を首相とする第9次立憲政府で難局に立ち向かわなくてなならない、現政権ではダメだというじくじたる思いがあるはずです。
しかしルオロ大統領は現状ではタウル=マタン=ルアクが首相であり首相としての権限を有しているという立場を貫き、6政党による多数派連立勢力の非難はどこ吹く風、タウル首相ととも新型コロナウィルス対策に専念します。
3月27日、新型コロナウィルス対策としてルオロ大統領は、3月28日から4月26日までの約1ヶ月間、全土に適用される非常事態を宣言しました。
「わたしはコロナウィルスが及ぼす国の災禍を回避するため非常事態を宣言する。国の災禍がかかわる場合、憲法は非常事態宣言を認めている。国会で(非常事態宣言が)先に認可されたうえでこの非常事態が宣言されるものである。わたしは大統領として、国民・市民・国をコロナウィルスから守るため全責任を負ってこの宣言をおこなう」(『テンポチモール』、2020年3月28日の記事から)。
こうして東チモールは、1月17日に国家一般予算案が国会を通過できなかったことで崩壊したタウル首相率いる第8次立憲政府が世界的に猛威を振るう新型コロナウィルス対策に取り組むという妙な状態になってしまい、そして、どうやらこの状態が定着しているようです。
4月8日、タウル=マタン=ルアク首相は、2月25日に大統領に提出した辞表を撤回すると発表しました。最大限の責任をもって現状に取り組むためというのがその理由です。
4月10日、新型コロナウィルス陽性反応者が確認されたと危機管理統合センターは発表しました。これで国内二件目です。
青山森人の東チモールだより 第412号(2020年04日10日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9636:20200412〕
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