本間宗究(本間裕)の「ちきゅうブッタ斬り」(255)
- 2020年 4月 21日
- 評論・紹介・意見
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無常と苦と無我
仏教の基本は、「無常」と「苦」と「無我」を理解することでもあるようだが、実際には、「無常」、すなわち、「世の中は、常に変化する」という事実を、どのように受け止めるかが、重要なポイントとだと考えている。つまり、「苦」の内容としては、「四苦(生、老、病、死)」などが述べられているが、実際のところ、「人が生まれて、人生を送り、老いて病に罹り、最後に死ぬ」という展開については、まさに、「無常」という言葉が、ぴったり当てはまる状況とも感じられるのである。
ただし、この点に関する最も重要なポイントは、この「無常」という真実に対して、「苦しんで抗(あがら)うのか、それとも、喜んで受け入れるのか?」だと思われるが、実際には、「どちらを選ぶのか?」により、「無我」が理解できるものと思われるのである。別の言葉では、「無常」に関して、「変化の法則を理解するか否か?」ということであるが、「自然科学」の場合には、「ケプラーからニュートンへ」という言葉のとおりに、「天体のサイクルを理解し、かつ、重力の法則が発見されてから、苦から楽への大転換が発生した状況」だったようにも感じている。
つまり、過去400年間に、さまざまな「発見」や「発明」がなされたことにより、現代人は、たいへん便利で快適な生活を享受できることとなったわけだが、この点に関する問題点は、やはり、「社会科学の発展が遅れている状況」であり、結果としては、「自分たちが産み出した物質や技術」、あるいは、「マネーがもたらす弊害」に苦しんでいる状況とも言えるのである。別の言葉では、「時間のサイクル」が理解できないために、「心の謎」が解けていない状況であり、その結果として、「無我」とは反対の「我に執着している状況」のようにも感じられるのである。
より具体的に申し上げると、現在の「さまざまな問題」は、「カール・ヤスパース」が指摘する「第二の枢軸時代」のとおりに、「工業技術の進展」がもたらしたものを、「現代人が、正しく利用できていないことに、根本的な問題が存在する状況」とも考えられるのである。そして、この点に対する解決策は、「数百年前の自然科学と同様に、変化の法則を発見できるのか?」だと考えているが、実際には、「文明法則史学」を、より深く理解することであり、また、昔の人が理解していた「輪廻転生」を考えることである。つまり、「現代の神様」となった「マネー(お金)」の呪縛から解かれ、本当の意味での「神」を理解することだが、実際には、「自分自身の中に、本当の『無我』が存在する」ということのようにも感じている。(2020.3.24)
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量的緩和の正体
「2001年」から始まった「日本の量的緩和」について、私自身は、当初から、「金融緩和ではなく、金融引き締めである」と言い続けてきた。つまり、「準備預金を当座預金に名称変更し、日銀が市中から資金を吸い上げる方法」については、典型的な「金融引き締め」であり、その結果として、「過去20年間、日本のGDPが、ほとんど成長しなかった原因」とも想定されるのである。
別の言葉では、「供給された資金が日銀に吸い上げられ、結果として、国債の買い付け、そして、超低金利の維持に使われた状況」だったために、「日本経済の国際的な地位が、急激に低下した」という状況だったのである。しかも、このような「単純な事実」に関して、「現在でも、私だけが主張する状況」となっているが、興味深い点は、すでに始まった「金融界の白血病」に関して、「今後、専門家の人々が、どのようなコメントをするのか?」だと考えている。
つまり、「コロナ・ショック」が引き起こした「実体経済のマヒ状態」、そして、「資金面でのひっ迫状態」が、今後、「量的緩和の正体」を明らかにする可能性のことだが、この点に関して重要なポイントは、「民間企業や個人が、いつでも、民間金融機関から、大量の資金を引き出せる状況」であり、また、「民間の金融機関も、日銀から当座預金の引き出しが可能な状況」ということである。
つまり、「日銀」にとっては、今まで、「民間の金融機関から、約390兆円もの資金を借り入れて、国債を買い付け、超低金利状態を維持してきた状況」だったが、今後は、この点に関して、大きな変化が発生するものと考えられるのである。具体的には、「当座預金の減少」、すなわち、「資金の返却」に際して、「国債を売却するのか、それとも、紙幣を増刷するのか?」という「二者択一」を迫られる状況のことである。
そして、結果としては、「どちらの場合にも、金利の上昇が発生する状況」を考えているが、より大きな注目点は、「コンピューターネット枠の中を、紙幣が流れることができない」という「厳然たる事実」である。別の言葉では、私が想定する「金融界の白血病」が全貌を表す状況でもあるが、この点に関して、最も注目すべき点は、「今後、大量の資金が市中に還流したときに、人々が、その資金をどのように使うのか?」ということであり、実際には、「戦後の日本人」のように「換物運動」に走るのか、それとも、現在の状況のように、「預金を、そのまま保持するのか?」ということである。(2020.3.26)
本間宗究のコラムhttp://www.tender-am.com/column.html より許可を得て転載。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion9668:200421〕
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