飛び込み営業を始めた
- 2020年 4月 23日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
「ごちゃごちゃせんといてや」
http://mycommonsense.ninja-web.net/business13/bus13.10.htmlの続きです。
日本支社はPLCを中心にした制御製品の販売に特化していて、インバータやモータの動力系の市場など誰も想像したことがなかった。インバータと聞けば、蛍光灯ぐらいしか思い浮かばなかったのが、ある日突然担当にされた。たかが数か月、何を知っているわけでもない。そこに売り物はインバータ一機種だけ。モータがないどころか、和文のカタログを作る予算もなかった。どのような用途ならビジネスの可能性があるのか、どこに紹介に行くべきかなど考えようにも、基礎知識がなさすぎて、どうにもならない。
何人か集まればヒントの一つぐらいでてくるかもしれないと期待して、営業マンを名古屋と大阪から一人ずつ、計六人集めてセミナーを開いた。同業他社との比較も上っ面でしかないし、これといった用途の突っ込んだ話もできないセミナー、何もないところから何かが出てくるわけもない。身内の世間話の集まりで終わった。売上で評価される営業マンにしてみれば、そんなセミナー、呼ばれただけでも迷惑で、売れっこないものにかける時間はない。
機械関係の月刊誌や業界紙をあれこれみても、業界そのものを知らないから、どこにどういう切り口で紹介にいけばいいのかわからない。分からないからと、いつ来るかもわからない話を待っているわけにもいかない。会社四季報から果ては就活の大学生が参考にする業界解説本まで買ってきて、もしかしたらという会社に飛び込み営業の電話をかけ始めた。
聞いたこともないアメリカの会社からの売り込みの電話なんか迷惑以外のなにものでもない。人様に迷惑をかけるだけの毎日、いい加減出社拒否になりそうになるが、他にどうするという案もない。どうでもいいリストを作っては、自分で尻を叩いて、断られて当たり前の電話をかけていた。
そんな電話、かかってくれば面倒くさいだけで、誰も相手してるほど暇じゃない。一秒でも早く切ってしまいたい。切ったあと尾を引いて嫌な気持ちにもなる。マーケティングとして飛び込み電話を受ける側にいたこともあって、よくわかる。少しでも嫌な気持ちを軽くしてもらえるよう話し方を工夫した。努めて明るい声で、手短に要点を絞った。何があるわけでもないのに、もしかしたら何かのヒントぐらいもってくるかもしれないと相手にいい意味(?)で誤解してもらえるよう、さも自信ありげな、誠意の響きを心掛けた。へりくだった口調や卑屈な営業笑いは逆効果かしか生まない。
電話では紹介しきれないから、資料をもって訪問させていただきたい。十五分も時間を割いていただければとお願いした。ビジネスになる可能性は決して高いとは思わないが、こんな会社がこんな製品をと存じ上げていただければ、それで十分と強調した。
十件かければ十件断られる。そんな電話でもかけ続ければ話の要領もよくなるし、断れ慣れもしてくる。押した感じもなければ、引いた感じでもない声優のまねごとぐらいできるようになる。よくもまあ、こんな電話かけてと、うんざりした顔をしながらも、作り物にしても声だけは明るい。
ときには時間を割いてくれる人に行き当たることがある。よろこんで出かけて紹介しても、機能や性能を気にするふうでもなければ、価格は?はなんて話にはならない。なんで会ってくれるか不思議でならなかった。ある日、川崎にある日本を代表する製鉄会社に訪問して気がついた。
名刺を出して挨拶も終わらないうちに、ニコニコしながら、
「会議室じゃなくて、ちょっとキャフェテリアでコーヒーでも……」
それは、時間さいてやってんだから、コーヒーぐらいおごれやということだった。
訪問を快く受け入れてくれたのは、参事とか肩書があったにしても、窓際でこれといってやることのない人たちだった。暇つぶしの話し相手だった。聞けるのは世間話しの類にすぎないが、それでも業界の実情が透けて見える。そこからどんな用途ならビジネスチャンスがありそうなのか、ありっこないのかというヒントが拾える。
飛び込み電話をかけてきた営業マン、会わなきゃならない相手じゃない。ときにはすっぽかされることもある。忙しいなか折角あけてもらった時間に遅れるわけにはいかない。たとえ電車が遅れても遅刻にならないようにと午後一時半過ぎの訪問にしていた。昼前に会社の前まで行って、近間で昼食をとって時間を調整した。
ある日、一時をまわったところで受付を通っていったら、出てきた人が、
「あれ、アイツ、朝いたんだけど、昼過ぎにでかけちゃったよ。え、言づけ? 聞いてないけど。え、話? まあ、十分やそこらなら、オレでもいいけど」
アポを取った人でなければという理由はない。紹介の練習(図らずもそうなってしまう)と業界情報の収集でしかないから、できるだけ親切な、それも口の軽い人であれば誰でもかまわない。
そんなことをしていれば、不憫に思ってか親切心からか、冷やかしにしても、たまに声をかけてくれる営業マンもいれば、代理店から電話がかかってくることもある。
「今度XXXに行くけど、来る? 仕事になるとは思わないけど、紹介の話ぐらいは聞いてもらえると思うから」
行ったところで形ながらの製品紹介にしかならないと思うと遠出はしたくない。できれば東京近辺で注力すべき業界とこれといったアプリケーションを見つけたいが、贅沢は言っていられない。誰でも、どこでもいい、何かのヒントさえ得られればと機会さえあれば出かけて行った。
見積をいくつか出して気がついた。製品は、一馬力(〇・七五kW)から二百馬力(百五十kW)を一つのシリーズにして、百馬力前後に最適化を図った設計だった。PLCを中心に据えた営業部隊が日常的に接するアプリケーションで使用するモータはせいぜい五馬力(三・七kW)で、十馬力を超えるものはほとんどない。まして百馬力だとか二百馬力の用途など、営業マンに訊いたところで、いったいどんなところに使うのかと聞き返された。
日本のご同業は〇・七五kW以下のものから三十五kWまでをシリーズ化して上手に作っていた。このレンジでは、なんでこんなに大きいんだというだけでなく、同業の価格の二倍以上して、とてもではないが競合などしようがなかった。
そんなある日、広島の代理店から、二百馬力の話があるから、営業マンに内緒で呉まで来れないかという電話がかかってきた。どういう訳か、代理店が大阪支店の営業マンの同行を嫌がった。大方、営業マンが担当している代理店が同業の製品を売っていて、割り込めないのだろう。駅の改札をでたら、顔見知りの営業マンに知らない人が一緒だった。代理店の先にもう一社いた。口座がどうのということなのか、直にはいけないらしい。社内のごちゃごちゃした組織にも疲れるが、一歩外にでると、やれ商権だの口座だのと本来の仕事以外のところで気をくばらなければならないことが多い。
水門の開閉だった。たいした大きさでもないのに、数十馬力で足りないらしい。紹介も終わらないうちに、二百馬力のインバータとモータの見積もりという話になった。客先をでて、モータはアメリカで買って持ってくるより、二人のどっちでもいいから調達してもらえるよう頼んで、インバータだけにしてもらった。
見積を作っていて驚いた。許されている限りの値引きをしても、二百万円はくだらない。そこそこの規模のPLC(I/Oモジュールも含めて)でも二百万円もだせば十分なことが多いのに、プログラムもなにもない、ちょっと設定すれば終わりのインバータ一台が二百万。計算間違えしたのではと、なんどもチェックした。
マーケティングで営業ではないから、参考見積までしか出せない。もし間違って発注なんてことになったら、そのとき担当営業から正式見積をださせればいい。引き合いの段階でやる気のない営業マンなんかに構っている余裕はなくなっていた。
いつものように高すぎると一蹴されるのではないかと恐る恐る参考見積を代理店に送ったら、代理店もびっくりしたらしい。こんな値段では売れっこないと思いながら、先々のこともあるし、無下にもできないしで、話を持ってきた商社に出したら、こんな価格でいいのか、再確認してくれと言われたといってきた。
そこはアメリカの会社、ご同業の価格に合わせるために利益を削っての仕事はしない。自社の都合で決まる価格、見積をだせば必ず、ひとこと「高い」。しばし、「ビジネスをする気があっての見積なのか」と聞かれていた。「安い、間違いじゃないよな?」、初めての経験だった。高くて話にならないと言われるのを覚悟でだした見積が安すぎた。
問題は公共事業だった。価格が安いだけでは通らない。経済共同体ができあがっていて、政治的な押しがなければ参入できない。不採用の理由なんかなんとでもなる。モータも提供できなければ、最低限のエンジニアリングどころか制御盤も提供できない。ベンダーリストには載せようがないで済む。
やっと注目すべき市場がぼんやりと見えてきたような気がした。PLCの延長線で五馬力や十馬力なんてケチな商売を考えるから袋小路に入ってしまう。五十馬力(三十五kW)以上、できれば百馬力や二百馬力を必要とする重厚長大産業に価格戦争をしかけて割り込んでいけば、なんとかなる。
大きなモータを使う用途をリストアップして会社四季報から売り込み先を考えていたところに、名古屋支店から電話がかかってきた。
「特殊鋼のメーカが大きなモータの置き換えを探してるって話だけど、行ってみる」
「いくいく、でもモータだろう。どうせビジネスにはなりっこないから、オレ一人で行くよ。時間もったいないから、同行しないくていいから」
社名と大きなモータというだけで詳細は分からない。インバータはあっても、モータはない。話を聞かせてもらって、現場でもみせてもらえればと出かけて行った。
若い人についてノートをもって工場に入っていった。歩きながら話を聞いても、初めて聞く言葉が多くてよく分からない。現場に着いたらしい。足を止めて、素人相手にどこから話していこうかと考えながら話し始めたようだった。これならいろいろ教えてもらえそうだ。聞けるだけのことを聞いて、あとで調べなきゃと思いながら、どこかにノートを置けるところはないかと見わたした。右手に埃をかぶった鉄の塊のような箱があった。腰より高くてちょっと使いにくいがしょうがない。埃を払ってノートを置いて訊いた。
「あのー、すみません。置き換えを考えていらっしゃるモータは、どこにあるんですか」
工場を案内してくれていた人が驚いたような感じで、声につまった。
「えぇ、」
何かまずいことでも聞いてしまったのかと一瞬不安がよぎった。変な顔をしていたのだろう。
ちょっと目をそらして言いにくそうに、
「あの、今、そのノートを置いてるのがモータなんですけど」
なんだコイツ、モータを見てもそれがモータだって分からないで売り込みに来てるのか。呆れかえった顔をしていた。
それは、六百馬力のモータだった。どう見てもただのゴツイ箱にしか見えない。見慣れたモータの格好をしていなかった。そんな大きなモータを駆動するインバータは持っていない。貴重な時間を割いてもらって、申し訳ないという気持ちと、何も知らないで売り込みに来ていることが恥ずかしい。反省が入り混じって、なんともいえない。
なんどもお礼を口にして頭を下げて、逃げるように工場を出た。知らないことを知れたうれしさと、恥を恥とも思わない馬鹿さ加減に、おもわず笑いがこみあげてきた。知らないことを恥ずかしいって引いていたら、市場開拓なんかできない。恥知らずじゃなきゃ、前に進めない。「恥知らず恥知らず」と変なリズムで口にして、「これだこれだ」と頭のなかで独り言を繰り返していた。
重なるときは重なるもので、数週間のしないうちに、また名古屋支店から電話がかかってきた。こんどは輸入設備に搭載されてきた百五十馬力のインバータだという。日本初のインバータがアメリカから入ってきた。
癒し系とでもいうのか、いつもおっとりしている営業マンがいつになく早口で、
「よくわからないけど、トラブってるから、できるだけ早く来てくれないすかね。この間のセミナーだけで、サービスなんてできないすよ」
「もうこの時間だし、明日、朝一で支店に入るから。ところでどんな機械なのかな」
聞いたところで、工作機械以外には、何が分かるわけでもないのに気になる。
「なんかコンベヤーっていってましたけど。製鉄所っていってましたから、バカでかいんじゃないすかね。住所聞いて調べたんですけど、とんでもないとこですよ。なんてんかな、化け物みたいな大きな工場だらけで、湾岸でちょっと怖い感じで行きたくないすよ。藤澤さん、一人で行ってきてくんないすかね」
「オレだって、そんなとこ行きたくないよ。フィールド・サービスだからマーケティングの出る幕じゃないんだけど、そうも言ってられないから」
「フィールド・サービスたって、そんな百五十馬力なんて化け物みたいの、オレたちの手に追えっこないじゃないですか。早く来てください」
日本支社には売るための最低限の知識しかない。アプリケーションのサポートもクレーム対応のフィールド・サービスも何もない。形ながらにしても、それなりのサポート体制を準備してから市場開拓というのがあるべき姿なのだが、売れもしないのに、仕事を待っているような人員を抱える余裕はない。ビジネスやマーケティングの教科書でもあるまいし、現実は売れそうだとなって、はじめて泥縄式ににわか仕立ての体制をが普通だろう。
去年入社した若い営業マンの車で産業道路のようなところを走っていった。巨大なトラックやトレーラーに囲まれて、まるで壁の間を走っているようで怖い。煤煙の匂いが鼻をつく。鉄工所の多いところではよくある臭いで、旋盤屋崩れには懐かしい臭いだった。
「臭いっすね。なんなんですかこの臭い。こんなことろにいたら病気んなっちゃうんじゃないですか」
自動車関係の工場には行ったことがあっても、そこはPC上での作業がほとんどの制御屋。現場といっても、もう3K職場ではなくなっていた。
守衛所で聞いて、事務所に歩いていたら、運動会の時に使うテントが張ってあった。そこに灰色の大きな制御盤があった。こんなところに制御盤置いてなにしてんだろうと思ったら、その後ろに真っ黒な巨大な鉄の塊があった。高さは三メートルはあろうかという黒い壁がずーっと二三十メートル続いていた。壁に沿って歩いていってやっと事務所が見えてきた。
酒井さんという次長がでてきた。さっさと終わらして帰りたい。挨拶も早々に訊いた。
「あのー、コンベヤ、見せていただけますか」
「あれ、今見てきたんじゃないのか」
見てきたっていわれても、コンベアらしいものはなかった。
「見てきたって、守衛さんに教えていただいた通りに歩いてきただけなんですけど……」
何を言ってんだ、こいつという顔をして、
「だったら、コンベアに沿って歩いてきたんだろう。あれがコンベアだ」
大きな黒い壁にしか見えなかったのがコンベアだった。
「事務所で話をしていてもしょうがない。ちょっと一緒にきて見てもらえるかな」
テントの下に置かれた制御盤を開いたら、大きなインバータが鎮座していた。初めて見る百五十馬力に圧倒された。存在感が半端じゃない。こんなものを作る会社にいるんだという昂揚感から変な自信のようなものが湧いてきた。大きさに驚いたことに気づかれるのもと努めて平静を装ったが、ここまでものがトラブったら、どうこうできるのかと不安になった。六百馬力になったらどんな化け物になるのか、想像するだけで身震いする。
ドアを半開きにしたまま、次長がスタートボタンを押した。うぃーんという音とともにインバータが稼働し始めた。後ろにある大きな鉄の塊がのっそり動き始めた。のそのそ動いていったのが、おっとという感じで戻り始めた。行より帰りの方が早い。何がトラブルだ、ちゃんと動いてるじゃないかと思ったのもつかの間、数秒もしないうちにインバータがトリップした。リセットしてなんどか始動してみたが、結果は同じだった。
コンベアの移動方向が逆になったときに、コンベアを駆動しているはずのモータが負荷(コンベア)に引きずられて発電機になってしまう。巨大なコンベアが生み出す大きすぎる回生電力(インバータに逆流してくる電力)をインバータが吸収しきれない。
資料を見ながらできる限りの調整をしてみたが、どうにもならない。すっかり日も暮れて資料がよく見えなくなってきて切り上げた。
「症状からして回生電力を吸収しきれなくて、保護機能が働いてトリップしてるとしか考えられないんですけど……」
金のかかる話で切り出しにくい。次長の顔色をみながら恐る恐る、
「回生抵抗を入れるしかないんですけど、どうしましょうか」
十kWの回生抵抗、十万円を超える。無償提供というわけにもいかない。
「やっぱりそういうことか。コンベアは、モータも含めて問題ないはずだ。ヒューストンの工場で直入れで動作は確認してきたんだけど、その後でインバータを載せたからな」
なんだ分かってんじゃないか。うだうだした説明はいらない。
「どのくらいの回生電力がでてきてるのか測定しようがないんですけど、負荷イナーシャはどのくらいあるんですかね。それが分かれば、速度もいれて、それなりの計算もたつんですけど」
「ちょっとわからんな。回生抵抗、いくらぐらいなんだ」
「二種類あって、十kWのものなら、十万円ちょっとだったと思います。五十kWのものもあるんですけど、まず十kWを載せてみましょうか」
「なんだ十万か、早く持ってこい」
回生抵抗を入れることで一息ついたのだろう。次長にとっては常識、こっちにとってはへぇーという製鉄業界の話を聞けた。
「建設ラッシュで、どこも予想だにしなかった金が入って、まだまだ使える設備も今のうちに更新しなきゃって話になってる。車や電機屋じゃないからな。でかいモータなんての当たり前のように転がってる。製鉄屋を回ってみれば仕事はいくらでもあると思うけど……」
一日でも早く送り届けたいと、事業部に発注してから見積をだした。
十kW一台では足らずにもう一台、そしてえーいと五十kWを追加して、無事動くようになった。
どう見ても二三億円どころではないスクラップコンベア、十万二十万どころか百万二百万は誤差のうちなのだろう。
ひと月もしないうちに、酒井さんから低圧の千五百馬力と二千馬力のインバータはないかと電話がかかってきた。アプリケーションはビッグバッグ(巨大な集塵機=大きな掃除機と思えばいい)で、周波数を変えるったって、ちょっと変えるだけで大した制御はいらない。そんな大きなドライブ、あるのかなと資料を見ていたら、とんでもない製品群がでてきた。トレーニングに行ったときは話にもでなかったのに、何なんだこの化け物のようなインバータはと、ジョンソンに訊いた。フィンランドの会社からの技術導入で作っていて、同じ工場建屋にいるが、事業部が違うからトレーニングには入っていなかった。
こんな化け物と思いながら見積を作っていて、計算間違いだと何度も何度も計算しなおした。三台で三億円にまではいかないが、百万二百万でも大きいと思っているところに億単位の案件が転がってきた。参考までと言われているから、予算建ての段階なのだろう。注文は期待できないが、二億何千万円という見積をだした。翌日、また電話がかかってきた。高すぎると怒鳴られるのではないかと、恐る恐る電話をとった。
「見積金額、間違いないよな」
いきなり、間違いないよなって、いったい何なんだと腰がひけた。それでもつとめて冷静に、
「はい、なんども検算しました。間違いはないです」
「こんなに安くて大丈夫なのか心配だけど、いざとなったら、工場みせてもらえるかな」
高すぎるという言葉にさらされ続けて、慣れきったところに安い。これならビジネスを立ち上げられるかもしれないという嬉しさがこみあげてきた。嬉しくて飛び上がりそうなのに、ぬか喜びで終わるんじゃないかと、言葉通りに受けきれない。そんな美味い話、あるわけないし、そんな運のいい星の下に生まれてきたはずがない。どこかで間違ってるんじゃないかという不安がよぎる。
「事業部に依頼しなければならないですけど、まず問題ないと思います」
日本のメーカは売れ筋の三十五kWまでを上手に大量生産している。アメリカの会社は小さいものも大きいものも日本メーカのように上手にではないが、彼らなりに上手に作っている。日本メーカは大きな製品になると特注品扱いになって、とたんにアメリカのメーカより下手になる。
五馬力やそこらの話では価格が折り合わない。たとえ売れても、一台いくらでもならないから、ネズミを百匹取るのに走り回るようなことになる。忙しいだけで大した金にはならない。ましてや、一銭二銭を気にする電子関係なんか相手にしちゃいられない。機械装置が大きくて高ければ五万十万は誤差のうち、ちまちました値引きなんてこともない。大きいことはいいことだ。
自信がないから、怖いから、つい裏路地に行って小さな仕事で実績積んでから表通りへ、そしていよいよ大通りへと思ってしまう。それが普通のやり方で、ちっともおかしなことじゃない。ところが、小さな案件でそれなりの額を積み上げようとすると、数をこなさなければならない。そこで手一杯になって、いつまでたっても大きなプロジェクトを追いかける手があかない。大手は数社しかないし、プロジェクトにしたところでいくつもないから、ここというところにもてる力を全て投入することも出来る。大きなところから始めて、小さなところは後回しにしたほうがいい。
製鉄業界も広いが、どうせいくのなら、最大手から始める。最大手なら、このアプリケーションでは、このプロジェクトでは使えないとにしても、違うアプリケーションもあるだろうし、いくつものプロジェクトを抱えているはず。城壁にも城門にも気圧されるが、そんなことはいってられない。開かずの城門なんてないだろうし、なんとしてもこじ開けてやる。幸い事務所のある茅場町から歩いてでも行けるところに本社もあるし、そこからだ。
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〔opinion9675:20200423〕
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