6月1日掲載記事「ゾルゲ事件研究に関する質疑」の続き―編集委員S氏への渡部氏からのお礼
- 2011年 6月 3日
- 交流の広場
わざわざ本をかりだして送信してくれて有り難うございました。この本を読むとこれは真実だな、と思いました。憲兵の資料はかなりもっていますが、これは読んでいませんでした。加藤哲郎さんからも目次を送ってもらいました。満州合作社事件のことも書かれている可能性があり、昨年私は「日本共産党名誉中央委員松本三益は当局のスパイだった」という衝撃的な報告をしました。加藤哲郎さんや、松村高夫教授も参加、その後、松村氏から満州合作社事件の研究会で報告してくれと頼まれ、より詳細に党再建運動と松本三益の関係、さらにゾルゲ事件の端緒と三益論を展開しました。実はこれは石堂清倫と中野重治の東大時代の友人で同志だった西田信春の調査のなかで二人が、西田を当局に売ったのは松本三益だと確信し、別のルートで松本を調べていた私に委嘱して死去したものでした。今回の「日本憲兵外史」をみると満鉄事件、その後に起こった満州合作社事件についても記述があるかもしれません。とてもいい資料を教えてもらいました。加藤先生の話ではとてもいい話なので、論争にしないで協力体制を作った方がいいということでした。中国の研究者はよくこの著作までよみこんだものですね。李徳生を解放したのは私の説も先方の説もまちがっていないと思いましたが、釈放された年月日が謎を解く鍵、というのはまちがっていましたね。この本を読んでみたいのでこれから三鷹市立図書館に行って探してきます。汪新民(仮名)とあるのは汪錦元のことで、母親が日本人で、本人も日本で育っています。その汪さんの聴き取りがあります。また母親についても「日中友好新聞」に戦後の回想があります。また、私にその情報をつたえたのは石堂清倫さんで、彼は満州から日本に引き揚げるとき、大連で李徳生に会っています。李は石堂清倫氏に中西功への伝言をたくされました。その詳細を私は石堂清倫さんから手紙で詳しくもらいました。今回の李ほかを釈放したのは新四軍だということと、この「日本憲兵外史」とは矛盾するものではないとおもいました。どちらにウエイトをおくかの問題でしょう。しかし、先方がここまで調べているのですから汪錦元の母親の回想や汪錦元のインタビュー記事や石堂清倫さんの手紙などまとめてみたいとおもいますが、「日中友好新聞」を国会図書館でコピーしてこなければなりません。いま「尾崎秀実と中共諜報団事件」の原稿の改訂をしているところで余裕がないので、すこし時間がほしいです。先方の連絡だけはできるようにしておいてください。ご協力有り難うございました。
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