安全安心社会と「日本沈没」
- 2011年 6月 4日
- 評論・紹介・意見
- 安全・安心な社会真鍋祐子
内閣不信任案が否決された昨日、夜の記者会見で菅直人は次のように述べた。
復旧・復興や原子力事故が一定の収束の段階になるまで、党派を超えて安全で安心な社会づくりに共に参加してほしい。」(日本経済新聞、6月2日夕刊)
「復旧・復興」「安全・安心」、宙に浮いたような内実のともなわない言葉の群れに私は苛立つ。いずれも客観的な基準のない「復旧・復興」であり、「安全・安心」だからである。言葉が主観にゆだねられ続けたあげく、これらの言葉を口にする人たちは、誰もその意味を深く吟味せず、お上もまたその尻馬に乗って、震災以降、そして原発事故、放射能漏れ事故が明らかにされてからも、「安全、安全」を連呼し続け、マスコミもそのお抱え有識者たちもその提灯持ちとして、連日「安全、安全」を垂れ流し続けたのである。
文部科学省に設置された「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」なるものが、2004年に報告書を発表している。その内容はひとまず措くとして、本当に懇談会メンバーたちが「安全・安心な社会の構築に資する」という職責をはたしえたのかを、私は問いたい。「原子力ムラ」が取りざたされる現今、ここに集った有識者たちは、そこで何を論議したかを世に明らかにし、結果として「安全・安心な社会の構築」に至りえなかった点を釈明し、今回の事態に対する見解を表明すべきである。この懇談会がもう少しまともな仕事をしておれば、今回の事態も少しはまともな収束を見せていたのではないかと思う。だが、どのマスコミもなぜか、この長ったらしい名をもつ懇談会については黙して語らない。そこが腑に落ちないところである。おそらく「原子力ムラ」とは別途、そこにも「ムラ」があるのだろう。このように臆測するよりほかにない。
かつて井上ひさしが何かのエッセーで、内実のともなわない会合に限って長ったらしい名称をつけたがると語り、これを「六尺褌」になぞらえて茶化しているのを読んだことがある。「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」もまた実に長ったらしく、そのうえ内実がない。まさに六尺褌そのものだ。この「六尺褌懇談会」に集った「有識者」のお歴々に尋ねてみたい。現在の事態について、あなた方はそれぞれ、いかに釈明いたしますか?と。作られた「安全・安心」という仏に、魂を入れるのが、あなた方の仕事であったはずなのに、実はスカでしたという現状を、あなた方ひとりひとりが世の中に申し開きするべきではないのですか?と。結局「安全・安心」が空念仏であり、懇談会の報告書が社会になんら資することがなかったことは、あの間の抜けた菅直人の会見に見事に結実したのだ。そして六尺褌懇談会の茶飲み話の開催やら、報告書の作成やらに、自ら意図せざるうちに税金を献上し、蓋を開ければ放射能汚染の危険にさらされるという日本国民とは、なんと情けない人々であろう。
ところで今回の事態にさいし、視聴者に向けて「安全、安全」とさえずり続け、「放射能汚染は心配ない、心配ない」とあやし続けるマスコミと、お抱え有識者たちの楽しそうな姿を見ながら、私の脳裏に去来していたのは1974年10月~75年3月にテレビ放映された「日本沈没」のワンシーンであった。小学校4年生だった。山村聡扮する総理大臣が日本沈没を布告すれば国民がパニックを起こすとして、記者会見で「日本沈没はない」と断言する場面だ。はたして総理の力強い言葉に安堵した国民は、その後どうなったか?物心の備えもないまま震災と津波に遭遇し、苦悶しながら、悲惨な最期をとげたのではなかったか?あれから35年あまり経って、放射能漏れ事故を隠蔽し、その理由を「パニックを防ぐため」と放言した政府には、あきれてモノが言えない。それこそ茶番劇以下である。
「想定外」とは言うなかれ。歴史に学ぶなどと言えば、「前例がない」と反駁もされようが、「想定」はすでにフィクションの中に、テレビドラマという大衆娯楽文化の中に、すでに35年以上も前に描き込まれていたのである。文化を侮ってはならないのだ。
なお「安全」をめぐる語りが現在のようなていたらくに至った経緯については、来月末に社会評論社より金子毅著『「安全第一」の社会史-比較文化論的アプローチ』が刊行される予定なので、ぜひ参照していただきたい。
参照 「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」に関するURL
http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/anzen/houkoku/04042302.htm
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0490 :110604〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。