青山森人の東チモールだより…新型コロナウィルスに国会乱闘、それでも独立記念日はやって来る
- 2020年 5月 21日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
感染者ゼロ
東チモールにおける新型コロナウィルスの感染者数など最近の累計数字は以下の通りです。
—日付——–①——–②———③- —–④ ——⑤—–
5月 13日–1120人—274人—-24人—822人—23人*
5月 14日–1222人—343人—-24人—855人—23人
5月 15日–1314人—435人—-24人—855人—28人**
5月16日–1346人—-467人—24人—-855人—28人
5月17日–1456人—404人—24人—1028人—28人
5月18日–1498人—357人—24人—1117人—28人
5月19日–1532人—289人—24人—1219人—28人
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
①検査を受けた人、②検査結果待ちの人、③結果が陽性だった人、④結果が陰性、⑤回復した人
(危機管理統合センターの資料より、累計は3月6日から)
(*)19人が陽性確認から、4人が感染可能性からの回復。
(**)24人が陽性確認から、4人が感染可能性からの回復。
5月15日の時点で、陽性反応者24人全員が回復したことになります。新たな感染者も出ていないので、これで東チモールで新型コロナウィルスの感染者と確認される人の数はゼロとなりました。もちろん検査結果待ちの人のなかから新たな感染者が確認されることは今後あるかもしれませんが、5月19日の時点でも感染者ゼロを保っています。ずっとこのままの状態を保ってほしいと願います。
両雄並び立たず
新型コロナウィルスは自然災害としても、混沌としてさらに混迷を極める政局は明らかに人災です。二重苦に苛まされる人びとを政治家や指導者たちはどう想っているのでしょうか。ここで「人災」について改めて少し整理してみたいと思います。
現在タウル=マタン=ルアク首相が率いる現政府(第8次立憲政府)は4月下旬、次なる第9次立憲政府を担うかと思われた新AMP (国会多数派連盟)を離脱したKHUNTO(チモール国民統一強化)の支持を得たことによって、東チモール解放闘争の両雄の形勢が逆転してしまいました。
両雄とは、一人は解放闘争の最高指導者で解放軍の最高司令官だった人物で、新AMPの中心政党CNRT(東チモール再建国民会議)の党首・シャナナ=グズマン、もう一人は解放軍の参謀長だった人物で、シャナナ=グズマンがインドネシアの刑務所に囚われの身となった90年代、民衆と一体となって抵抗運動を指導したタウル=マタン=ルアク、現首相でありPLP(大衆解放党)の党首です。
この両雄の政党と新興政治勢力のKHUNTOの三政党が組んだ連立勢力AMP(進歩革新連盟)が政権を担い始めた2018年6月から1年たつと、シャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアクのぎくしゃくした関係が表面化してきました。もともとこの2人の関係は良好というわけではありませんでした。2007年以降からの関係でいうと、2007年から権力を握り続けたシャナナ=グズマンは大規模開発を中心とした政策を強引に進め、2012年から5年間大統領となったタウル=マタン=ルアクは民衆の生活向上を優先すべきであるとこの政策を批判し、この2人は対立しました。
2017年の総選挙では、任期満了で大統領の座を降りたタウル=マタン=ルアクはPLPを創設し8議席を獲得し、歴史的な政党でありCNRTとのライバル政党であるフレテリン(FRETILIN、東チモール独立革命戦線)がCNRTと僅差で第一党の地位を獲得、かといってフレテリンは過半数に満たない連立で政権を担いましたが、CNRTとPLPそしてKHUNTOが野党共闘でまとまったことでフレテリンと民主党の少数連立政権は国会をまともに運営することができず(これが現在まで続いている政治的袋小路・政治閉塞の始まり)短命政権となりあえなく国会は解散、2018年「前倒し選挙」が実施され、CNRT・PLP・KHUNTOが組んだAMP(進歩革新連盟)が議席過半数を獲って第8次立憲政府の発足となりました。フレテリン党首のフラシスコ=グテレス=ルオロ大統領はCNRT出身の7名の閣僚候補にたいして就任承諾をしないというCNRTへの報復とも見てとれる行為をとったのです。
根本的に政治志向が異なるシャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアクが同一政権で組むことにそもそも無理があったことは今にしてみれば明白です。AMP(進歩革新連盟)政権とは、2017年の総選挙で第一党となったフレテリンが連立を組む相手を選ぶ過程でフレテリンの交渉条件が気に入らなかったPLPとKHUNTOをCNRTが数の論理で取り込んでできた連立政権であり、政治志向や理念が一致して結成された政治勢力ではありませんでした。したがってAMP政権の歪が出るのは時間の問題だったともいえます。
AMP政権発足から1年もたつと、つまり去年の今ごろになると、政権内のシャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアクの隔たりが生じ、去年8月以降になると政権の内部対立が公然となり、去年から今年にかけて2020年度国家一般予算案を巡って国会審議のなかで政権内の対立を露呈するまでになってしまいました。そして今年1月17日、CNRTはタウル=マタン=ルアク首相の政府による二度目の提出となった2020年度国家一般予算案に棄権票を投じたことで同案は否決、AMP政権は自己崩壊してしまいました。同20日、タウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領に2020年度国家一般予算案が国会を通過しなかったことを報告、大統領は憲法に沿って60日以内に国会を解散するか、さもなくば現状の国会議員で新しい政権の樹立を認めるかの選択をとることになりました。
その後の政局の流れは最近の「東チモールだより」でお伝えしたとおりです。2月22日, シャナナ=グズマンCNRT党首はPLP抜きにした新しいAMP(国会多数派連盟)を結成し、2月25日タウル=マタン=ルアク首相は大統領に辞表を提出、3月6日に新AMPはルオロ大統領に面会し、新しい政権として認める返事を待っている間、3月22日(この日は東チモールで初の新型コロナウィルスの陽性反応者が確認された日でもある)PLPはフレテリンと連立を組み、新型コロナウィルス対策に取り組んでいくと、政府をたたむと思われたタウル=マタン=ルアク首相は政府継続の意欲を示し、KHUNTOに秋波を送ります。新型コロナウィルスの脅威が押し寄せてくるなか、3月27日ルオロ大統領は非常事態宣言をし、4月8日、タウル=マタン=ルアク首相は辞表を撤回します。そして4月29日、KHUNTOは新AMP離脱を表明、フレテリン(23議席)・PLP(8議席)の連立にKHUNTO(5議席)が加われば国会(一院制、議席総数65)の多数派を占めることになり、上述の文章「東チモール解放闘争の両雄の形勢が逆転してしまいました」にもどるというわけです。
AMP(進歩革新連盟)政権下でシャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアクの間に具体的に何が起こったのか気になります。わたしが耳にした情報ですが、AMP(進歩革新連盟)政権下では21議席をもつCNRTをまえに8議席しかもたないPLP党首のタウル=マタン=ルアク首相はシャナナ=グズマンCNRT党首の政策にあからさまに反対できる立場ではなかったものの、シャナナ=グズマンがこれまで築いてきた政府内の命令系統を分断し大規模開発の独走を阻もうとしてきたといわれ、これにシャナナ=グズマンは怒ったといわれています。また、高額過ぎると批判された2020年度国家一般予算案にはタウル=マタン=ルアク首相が大統領時代からの構想であった地方自治体への援助金(日本でいえば地方交付金のようなものか?)が含まれておりCNRTは反発したといわれています。なぜCNRTが“地方交付金”に反発したかというと、“地方交付金”はタウル=マタン=ルアク首相の人気とり行為であり、次期総選挙に向けたPLPによる票稼ぎのばらまき行為であるとCNRTが考えたからといわれています。いずれにしても表面的には安定政権のために結束したかに見えた両雄でしたが、水面下ではそれぞれの政治理念が衝突していたと推測されます。「両雄並び立たず」というところでしょうか。
国会の攻防
「進歩革新連盟」にしろ「国会多数派連盟」にしろAMPから追放されたPLPですが、フレテリンとKHUNTOを味方につけ、追放したCNRTを逆に政権から追放する形にするとは、さすがタウル=マタン=ルアクの手腕たるやシャナナ=グズマンには負けてはいないと感心させられます。しかしながら憲法の視点や政局にうんざりする人びとの想いから観れば、そうともいえません。このままではタウル=マタン=ルアクも、シャナナ=グズマンやフレテリンのマリ=アルカテリ書記長という1970年代からの旧式の指導者たちの仲間入りを好ましくない意味でしてしまい若い世代を失望させてしまいます。事実上の多数派を獲得したタウル=マタン=ルアク首相ですが、政治的袋小路が解決あるいは緩和される見通しはなく、さらなる混乱が発生してしまいました。国会が機能不全に陥ってしまったのです。
多数派となったフレテリンとPLPそしてKHUNTOは国会議長の椅子に座るCNRTのアラン=ノエを解任し、自分たちの陣営から新しい国会議長を誕生させようとするのは自然のことです。ところが5月4日、アラン=ノエ国会議長は議題を決めるための政党代表との定例会議をすっぽかしました。国会機能を低下させるアラン=ノエ国会議長の行動はけしからんとして、フレテリン・PLP・KHUNTOは翌5日、国会議長の解任要求を提出したところ、アラン=ノエ国会議長は国会機能を停止させ抵抗を始めました。
5月13日、国会議長の解任要求の議題は提出されてから5日以内に国会で取り扱わなければならないとする国会法令があるにもかかわらずこれを無視するのは憲法に違反しているとして、フレテリン・PLP・KHUNTOの三政党は二人の副議長(一人はPLP、もう一人はKHUNTO)に解任要求の議題を取り扱うように求めました。これにたいしアラン=ノエ国会議長は、三政党は憲法第99条第3項(国会は通常、国会議長によって召集される)に反していると主張し、大統領に国会解散をするよう求めます。さらにこの主張にたいし、これら三政党は非常事態宣言のもと大統領は国会を解散できないことになっている、アラン=ノエ国会議長は憲法をわかっていない、解任要求の議題を拒否するのは職権濫用だと強く反発し、重ねて国会議長に代わって二人の副国会議長に国会を運営するように強く求めるのでした。互いに憲法違反・国会法令違反だと非難を浴びせ合い、国会は完全な機能不全に陥ってしまったのです。
場外乱闘
週明けの5月18日、フレテリンPLP・KHUNTOの三政党は互いの主張は平行線をたどり、もはや埒が明かないとみたのか、国会副議長による国会議長代行を強行しようとします。PLPのマリア=アンジェリナ副議長が国会議長の椅子に座ろうとしますが、そうはさせじとCNRT議員らが国会議長の机を取り囲み、国会議長の椅子を手で抑えて、議長解任の強行採決を阻止しました。アラン=ノエ国会議長は相変わらず姿を現しません。かくして話し合いの場であるはずの国会は実力行使の場と化したのです。
日本人の目にとっては、自民党による強行採決にたいして野党議員が議長席を取り囲むという予算委員会の光景にいやになるほど慣れているので上記のような国会風景は珍しくはありませんが、東チモール人にとってはこうした実力行使の国会風景は初めてのことです。しかも新型コロナウィルス対策の非常事態宣言のもとで食料などの生活必需品が足りないと庶民が悲鳴をあげているときです。シャナナ=グズマンCNRT党首やPLP党首のタウル=マタン=ルアク首相など、かつての解放闘争の指導者たちは一体何を考えているのかと悲しませる光景でもあります。
翌日5月19日、前日の攻防が継続されました。二名の副議長が姿を現さない国会議長に代わって解任議題の採決を強行しようするのをCNRT議員らが阻止するという実力行使の攻防が再開されました。その模様はTVニュースのYouTubeでも配信されています。国会議長の机と椅子を取り囲むCNRT議員たち、その中でもひときわ躯体の大きい男性議員が国会議長の椅子に手をかけ死守しようとし、これにたいして女性議員がこの男性をたたいて襲いかかりますが、片手であえなく突き飛ばされ……とまさに肉弾戦が展開されました。すると弾みか意図的かはわかりませんが、CNRT議員らが守ろうとした国会議長の机がひっくり返り壊れてしまいました。そのあと躯体の大きい男性議員は興奮して国会議長の椅子を放り投げ(これは明らかに意図的)両手を天に突き上げます。まさしく場外乱闘のプロレス中継そのものです。
フレテリンから国会議長が選出
5月19日の昼、TVニュースや各メディアの報道によれば、副議長たちは雛壇には登壇せず、一般の議員らが着席する空間で国会議長の解任要求にたいして採決を強行しました。その間、CNRTは無残に壊れた国会議長の机がある雛壇を陣取り、CNRT議員でしょうか、女性議員数名が何かを持って机を叩き雑音を出して強行採決に抗議します。先ほどの肉弾戦を両陣営は少しは反省したのでしょうか、このときは物理的な接触はなかったようです。
採決の結果、アラン=ノエ国会議長は解任され、新国会議長としてフレテリンのアニセト=グテレス議員が選ばれました。フレテリン・PLP・KHUNTOの三政党(合計議席数36)のほか、新AMPの構成政党の一つ民主党(5議席)からも4票が賛成に投じられ、賛成40票、棄権・反対ともにゼロ(CNRTはボイコット)、賛成多数で可決されました。
なおアニセト=グテレス議員は2017年、フレテリン少数連立政権のとき国会議長を務めた人物です。当時はCNRTなどによる多数派連盟によって辛酸を舐めさせられた気の毒な国会議長でしたが、ここに多数派を有する勢力を代表して国会議長に返り咲いたのです。もちろんCNRTはこの投票に正当性はないと主張しています。
それでも独立記念日はやって来る
国会の場外乱闘は今後長く尾を引くことでしょう。そして非常事態宣言下で独立記念日を迎える前日にこの様な失態を演じた国会が正常化され国民の信頼を回復させるのは容易ではないことでしょう。東チモールは新型コロナウィルスの感染を防ぎつつ、泥沼化する政局に解決の糸口を見つけ出すことはできるのでしょうか。とにもかくにも今年の5月20日、東チモールは独立してから18年目を迎えます。
青山森人の東チモールだより 第418号(2020年05日19日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9767:20200521〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。