去勢された日本 日本の衰退に米国も危機感
- 2011年 6月 5日
- 時代をみる
- 浅川 修史
孫崎享氏のツイッターに興味深い指摘があった。鋭い指摘だと考える。
>米国の対日政策:日本を去勢したのも意のままに操り利益絞るため。去勢の結果、管理出来ず利益出ない国になれば元も子もない。米国経済界その危険に気付き始めたのでないか。それが3日WSJ【社説停滞を打破するのに日本がより強力な指導者を見付けることは喫緊の課題、小沢主導の政界再編に期待」へhttp://twitter.com/#!/magosaki_ukeru/status/76676898142420992
いつの間にか、日本は空虚な言葉だけが躍る国なった。
紋切り型のフレーズばかりが通用する国になった。
「しっかり対応したい」
「事態を注視したい」
「あってはならないことだ」
「想定外だった」
「問題意識を共有したい」
「違和感を覚える」
「ただちに影響はない」
こんな空虚な学者言葉が日本中を覆っている。
紋切り型のフレーズで思考を停止する、「思考停止社会」になった。それは「行動停止社会」でもある。
企業もコンプライアンスを旗印に内部統制制度が植えつけられた。
大企業はそう簡単につぶれない。内部統制制度の下で、経営者も従業員も「仕事をしたふり」「仕事をしたという演技」で日々を送っている。でも最後は衰退する。没落した日本のエレクトロニクス産業の後をトヨタが追っている。戦争中と同じく、「無敵トヨタ(皇軍)」の掛け声の中で、トヨタの没落が静かに進行している。クルマの品質ではVW(フォルクスワーゲン)が優位に立ち、低価格車では現代自動車が追い上げている。電気自動車の時代が来れば、モーターと蓄電池があれば、クルマができるので電気製品になる。中国車が世界を席巻するだろう。
昔の日本は現在と違っていた。経営者には戦争経験者、陸海軍の将校経験者がたくさんいた。
今では想像もできない荒っぽい経営で、危ない橋を渡ってきた。各社の社史を読めばわかる。
現在の日本の大企業経営者の多くは宦官、あるいは中国、朝鮮王朝の朱子学官僚の趣がある。
日本の経営資源はまだ豊富にある。1国でほとんどの素材と部品を調達できる。末端の労働者は優秀で自己犠牲をいとわない。国立大学を中心にした理工系教育は世界でもトップレベルだ。投資資金はいくらでもある。海外に資本輸出するほどある。何でもありながらないのが指導者のやる気、行動力だ。
孫崎氏が指摘するように米国が日本を管理するために去勢した結果だろう。効果が効きすぎて、日本が利益を生まない国になりつつあり、米国もそれに気が付いたという指摘だ。
左翼・リベラル派も歴史認識などの分野で米国の日本去勢に加担してきたと筆者は素朴に考える。あの戦争を反省することはたいせつなことだ。
ただ、近代国民国家は愛国心、義務教育(強制)、徴兵制を柱とする。ナポレオン戦争を見てもわかるように、戦争するためにつくられ、他国と戦争する権利、侵略する権利を持っている。戦前の日本だけが例外ではない。
350万人もの死者を出した戦争は痛ましい。アジアで戦争に巻き込まれて亡くなった多くの人々にも謝罪する必要がある。昭和天皇はじめ軍部、官僚、政治家など指導者の責任は検証されなければならない。だが、いつまでも日本人がその原罪を負って、永遠に頭を垂れて卑屈に生きなければならないのか。
ユダヤ人を殺人工場で虐殺したドイツ人は今や免責されたも同然で、NATO軍の一員としてアフガニスタンに派兵している。
去勢の原点はそこにあるのではないか。
もう一度、考えてみたい。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1443:110605〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。