『中国は社会主義か』合評会における批判への回答
- 2020年 8月 8日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
8月2日(日)、芦田文夫・井出啓二・大西広・聽濤弘・山本恒人著『中国は社会主義か』(かもがわ出版 令和2年6月)の合評会に参加した。Zoom形式である。
瀬戸、境両氏の論評と大西、聽濤、山本三氏の応答が終わって、討論が一般参加者に開かれた時、甲氏が一番手となって、以下の趣旨の見解を開陳した。 ①いまだにマルクス社会主義について議論する人達がいるのに驚嘆した。自分は中国の大学で教えたこともあるが、中国の学生達は全く金儲け志向で、マルクス主義や社会主義に無関心だ。②岩田氏が参加しているので問いたい。岩田は1970年代に『労働者自主管理』(紀伊国屋新書)を出版し、そこでユーゴスラヴィア社会主義のアソシエーション論、労働者自主管理論を「称揚」していたが、ともに消え去った。現在、そのことを岩田は如何に考えているか。
中国社会主義に関する研究会で何故ユーゴスラヴィアの労働者自主管理とアソシエーションが持ち出されたのか。私=岩田の推察はこうである。評者と応答者は、「今」中国社会が社会主義であるか資本主義であるかに関して相互に異論がありながら、自分達が指向する社会主義の有すべき必須条件としてアソシエーション性を共通に肯定していた。1974年憲法下、1976年「アソシエーション労働法」を社会主義の本質的社会経済関係として打ち出したユーゴスラヴィア社会主義の大失敗を討論者諸氏は、如何に考えているのか、甲氏はこのような含意でたまたま参加していた岩田に批判の鉾先を向けて来たのであろう。
Zoomミーティングでは①については何も言わず、②についてのみ私見を述べた。ここでは①と②について、簡単に記しておこう。
①について。明治維新以来70年有余の歴史を持つ大日本帝国が昭和20年・1945年に敗北・解体した。帝国軍部が大日本帝国の基本軸であったことは疑いない。そんな帝国軍人達が敗北・解体の瞬間から米英流自由主義・民主主義の軍隊についてだけ議論をし始め、自分達が担って来た軍事組織と戦争実践についてまるごと全面否定論だけを展開し始め、あまつさえ、元来、自分達は米英自由主義・民主主義流の社会を肯定していたのだとさえ語り始めたとすれば、帝国軍人の名誉ある歴史総括と言えようか。私個人としては、旧軍全面「称揚」は論外としても、旧軍人達が完全にマッカーサー軍人に化生するのも見たくなかった。
私=岩田は、『中国は社会主義か』の著者達や評者達とは研究生活の出発点において、全く異質の社会主義経済研究方法論を有していた。岩田昌征著『比較社会主義経済論』(日本評論社、昭和45年・1970年)を参照されたし。ではあるが、社会主義崩壊30年、21世紀の今日、令和2年6月においてさえ、著者達と評者達が社会主義論を軸に中国の党資本主義社会/党社会主義社会を分析する姿を甲氏のようにアナクロとは見ない。このような知的議論が全く見られないような社会は、知的に貧相、金銭一元の社会であろう。
著者達と評者達は、資本主義・社会主義の歴史的位置付けにおいて私とは異なるが、いわば、勝者に媚びを売らない一部帝国軍人と似た位相にある点で私は共感する。
②について。『労働者自主管理 ある社会主義論の試み』を昭和49年・1974年に紀伊国屋書店から出版した。ユーゴスラヴィア社会主義が市場社会主義論を自己批判して、1974年憲法・1976年「連合労働法」のアソシエーション的協議経済を導入し出す直前の出版であった。それ故に、そこでは国権主義的集権制計画経済のソ連型社会主義の批判としては、市場社会主義論を民権主義的社会主義として打ち出すにとどまっていた。本書から関連文章を引用する。
――天国あるいは地獄にいるマルクスとエンゼルスは、民権主義的社会主義の理念像を俗世から再び取り寄せ、再読して、「商品生産を廃止しない社会主義、それは矛盾せる概念だ!しかし、同時に実社会の矛盾だ。言葉の上での解決は無益だ。意識せる労働者階級が商品生産の中にいつつ、それを制御し、労働者自主管理制社会主義に奉仕する有効な経済メカニズムに仕上げるかどうか、歴史の実験に任せよう」と書き送ってくるに違いない。――(p.46)
ところで、『労働者自主管理』執筆における私=岩田の基本姿勢は以下の如し。
――「コミュニズム思想家たちのきらびやかな約束にくらべて、『プロレタリア革命の勝利』によってつくりだされた社会的および政治的諸制度は、はなはだ幻滅的な戯画であることがわかった」とエンゲルスがフランス革命を評した作風に倣って確言するには、まだ早過ぎると言えるであろう。何故ならば、空想的社会主義から科学的社会主義に流れ続けている理想は、二〇世紀の今日、単なるブルジョア的悪意の故のみではなく、十分な客観的理由をもって「幻滅しうる」程度には試し試されたのであるが、十二分に客観的理由をもって「幻滅しきる」程度には試し試されていないのであるから。――(p.12)
私がこう書記してから15~17年後、ソ連東欧やユーゴスラヴィアの社会主義は、「十二分に客観的理由をもって」自崩した。だがしかし、消失した「現存社会主義」は、その既存が歴史的に無意味であったとか、社会主義以降の東欧や旧ユーゴスラヴィアの知識人社会が教条的に語るように歴史的に不正・不当・不法にすぎなかった、無かった事にして良い社会であったわけではない。私=岩田は、かかる「三不主義」を排する。勝負に勝った資本主義も勝負に負けた社会主義もともに前近代社会=交換・再分配・互酬の融合社会が近代化する過程で必然的に登場する経済社会の形なのである。これからの良き(善き)社会は、交換の近代化・機構化としての市場メカニズム、再分配の近代化・機構化としての計画システム、互酬の近代化・機構化としての協議ネットワークの三種節合社会を追求するプロセスにある。そうした社会的営為の参考歴史として、「現存社会主義」の経験を生かせるのであり、勝利した資本主義に媚びを売るかの如き「三不主義」は、有害無益であろう。
令和2年8月4日(火)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10010:200808〕
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