知れば知るほど楽しめなくなった
- 2020年 9月 30日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
五月に図書館が閉鎖されて二ヵ月ほど読む本がなくなってしまった。しょうがないからWebでニュースを漁っていた。毎日朝から晩までイヤというほどBlack Lives Matterのニュースが流れてくる。ニュースにつられて、つい気になって歴史的な背景まで深追いしてしまう。
デモの動画をみるたびに、不条理を押し返そうとする、もう身近に感じることのなくなってしまったエネルギーに感嘆する。感嘆しながら、あれやこれやの資料に目を通していくと、エネルギーを生み出している凄惨な生活の一片が多少なりとも見えてくる。一片に過ぎないにしても一つまた一つと見ていったら、Modern Jazz(今風にいえばTraditional Jazz)を愉しめなくなってしまった。十代後半から聴き続けてきたModern Jazzも、もう昔のようには楽しめない。聴きだしても、いくらもしないうちにニュースや資料で知った荒んだ社会が目に浮かんできて聴いていられない。
貧しいだけでなく日々命の危険にさらされる、どうしようもない境遇がなければ生まれなかったものを能天気に楽しんでいたことが恥ずかしい。ただ、いくら知ろうとしたところでしれている。新聞やテレビの報道を見て、ちょっと本や資料を漁ったところで、所詮上っ面でしかない。迫害され追い込まれた人たちと一緒に生活しないことには、古い言葉でいえば、同じ釜のメシを喰ってこなければ、悲惨さは分からない。戦争映画を、たとえそれがドキュメンタリー映画だったにしても、いくら観ても戦場で生死の境をくぐり抜けてきた人の経験には追い付きようがないのと似ている。
JazzにしてもRapにしても、上っ面のスタイルを上手にまねた日本版をという気にはなれない。知人から「XXX、いいですよ」といわれて、否定するのもイヤだが、人間関係を保つために、自分の気持ちをごまかして、お追従を言う気にもなれない。
愉しんできたJazzの紹介の前にそのJazzを生み出してきた社会の闇をどうぞ。
1)「Miles Davis – Assaulted by Police (from The Miles Davis Story)」
https://www.youtube.com/watch?v=RcQP0ruGw6M
バックに流れている曲は『So what』なので、七十年代初頭の話かと思いかねないが、写っていた新聞の日付は、1959年9月5日。
マンハッタンのミッドタウンにあるジャズクラブBirdlandのネオンサインが見える。Birdlandは名の通った一流ジャズクラブ。
マイルス・ディビスが演奏の休み時間に表にでて煙草を吸っていた。そこにお廻り(酒臭かったと言われている)がきて、ここに立ってちゃいけないって、警棒かなにかなぐられた。頭には殴れた痕、シャツとジャケットには血が飛んでいる。手錠かけられて拘留されて翌日釈放された。あのマイルスですら、通りでタバコ吸ってだけで殴られちゃう。名のない巷の黒人だったら、新聞沙汰にもならないし、翌日でてくることもないだろう。黒人であるというだけで、おちおち道でタバコも吸ってられない。道を歩いているだけで殺される社会があったし、いまもある。
2)『Saxophone Colossus』Sonny Rollins
Modern JazzがModern Jazzらしかった頃の大好きなレコードの一枚。楽想どころか、演奏前にこうしてああしてなどと考えたことがあるとは思えない自由奔放なアドリブ。それこそアドリブ一発。それもそんな展開ありかよと、うるさ型をうならせた演奏が収録されている。
演奏のなかで、なんのしかけもなしにでてくるアドリブ。うまくいくことより駄作に終わることの方が多い。Modern Jazzの巨人ソニー・ロリンズだが、聴くべきレコードは『Saxophone Colossus』と『Way Out West』の二枚しかない。
ついでと言ってはなんだが、Wikipediaによると、五十年代初頭Rollinsは銃(armedと書いてあるから拳銃だろう)を持って強盗に入って捕まった。十ヵ月ムショ暮らしをしている。(In early 1950, Rollins was arrested for armed robbery and spent ten months in Rikers Island jail)
3 ) 『So what』Miles Davis
https://www.youtube.com/watch?v=ylXk1LBvIqU
レコード「Kind of Blue」に収録されている一曲。
常に変わり続けなければならないJazz界で新しい演奏方法を生み出しながら、十年以上に渡って牽引したマイルス・ディビスの計算されつくした演奏が聴ける。さすがMilesという演奏だが、いつものように計算しつくされた作りが鼻につく。
4) 『Stars fell on Alabama』Cannonball Adderley
レコード「Cannonball Adderley Quintet in Chicago」に収録された一品。巨人ソニー・ロリンズのようなアドリブの才もなければマイルス・ディビスのように計算もできない。いい意味でのずぼらさというのか緩さが、泣きの入った名演奏を生むことがある。
5) 『I will survive』Gloria Gaynor
https://www.youtube.com/watch?v=sZ-SwJjkSyw
一気にRapに飛ぶ前にRapへの橋渡しのようなDiscoの一曲がある。
ディスコのリズムで歌ってはいるが、ほとんど力強い主張の詞に聴こえる。DiscoのリズムをとってRapのバックをつければ、もう立派なRapじゃないのか。
Rapに入る前に、ここで音楽とは何についてか、ちょっと学校の授業のような復習をしておく。
Google Chromeに「音楽の三要素」と入力すると次の説明がでてくる。小学校と中学校の音楽の時間を思い出して、イヤーな気持ちになる人もいるかもしれないが、自分自身もそうだから(通信簿で1をもらったことがある)、ここはご容赦を。
「いわゆる西洋音楽の世界では、音楽はリズム、メロディー、ハーモニーの三要素からなると考えられている」
歌(人が発する言葉)は、音楽のもっとも重要な要素であるにも関わらず、歌がなくても立派に西洋音楽として成り立つ。2)と3)のJazzには歌が入っていない。
ところがRapになると、歌というよりほとんどしゃべり声、それも悲惨な日常に対する憤慨した感情を取り混ぜて、スラングそのままで、聴衆の日常体験と共感させるスタイルで発達してきた。貧しい虐げられた人びとの、いってみればべちゃべちゃの方言で語られるため、英語の勉強をしたぐらいではとてもついていけない。英語は仕事の必要から四十年以上使ってきたが、Rapで聴く語り口にはまったくついていけない。ついていけないから歌手についても曲についても紹介のしようがない。
貧しい知識からでしかないが、これがRapの典型と思うものを二つ上げておく。
6) 「MEGATRON」Nicki Minaj
7) 「TROLLZ」Alternate Edition 6ix9ine & Nicki Minaj (Official Lyric Video)
人としての6ix9ine(本名:ダニエル・ヘルナンデス)は嫌いだが、これも文化なんだろう。
6ix9ineはニューヨークのチンピラギャングの一人。逮捕されて四、五十年の懲役を免れなかった。司法取引で仲間を売って、三年かそこらの刑期にしてもらった。それを売り物にしてる? ファンにとってはヒーローなのかもしれない。
ロックもポップスも人並みではないにしても、それなりに楽しんでいる。でも、Rapにはついていけない。
かつてイギリス系のアメリカ人の同僚がRapはMusicじゃないと言っていたのを思いだす。中産階級の出のいいヤツだったが、彼もついて行けなかったのだろう。自分の社会の文化のひとつとして受け入れる気持ちもなかったと思う。
夜ビールでも飲んでほっつき歩いていたら、職質にあって豚箱行か、下手すりゃ命を失いかねない社会の底辺の生活をおくらなければわからないRap。それを恰好というのかスタイルだけもってきて、口当たりのいい日本のラップ? とても聴くにはなれない。
いくら頑張っても、北京ダックについてきちゃった肉程度で終わる。でも、政治経済だけでなく文化もと思うから、知らなければという気持ちはなくならない。気持ちはあるが、どうにもならない。いくら考えても、どうにもならないのに考えてしまう。
2020/7/21
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10149:200930〕
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