青山森人の東チモールだより…2020年度予算案が可決、そして2021年度へ
- 2020年 10月 18日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
六度目の非常事態宣言
9月27日に新型コロナウィルスの新規感染者として登録されたインドネシア人男性は10月7日に回復しました。この日から10月9日にまで新規感染者はゼロでしたが、10月10日、また1名の新規感染者が登録されました。保健省の発表によれば、この人は9月25日にパキスタンを発ちドバイを経由し、マレーシア・クアラルンプールから東チモールに飛んでいる便に乗って9月27日にデリ(Dili、ディリ)に到着したパキスタン人の男性(36歳)です。
3月6日から10月16日までのそれぞれの累積数字は、感染者数が29名、検査を受けた人が9630名、検査結果が陰性だった人は9335名、10月13日の時点で療養中の感染者は1名(上記のパキスタン人)、検査結果待ちの人が266名、となっています。新型コロナウィルスで亡くなった人はいません。願わくば死亡者ゼロの状態が継続されますように!
10月3日、六度目の非常事態宣言について国会で審議、賛成55票で可決され、10月5日から11月3日までの30日間、非常事態宣言の継続となりました。
大統領、ギニアビサウ独立47周年記念を祝福
東チモール大統領府のホームページに「大統領がギニアビサウの国民を祝福」という項目がありました。ギニアビサウの独立47周年を記念して、ルオロ大統領は東チモール国民を代表してギニアビサウの国民に祝福のメッセージを贈っています。ルオロ大統領は、「あなたがたの(ギニアビサウの)闘いが東チモール解放闘争のインスピレーションの源であった」と述べています。
ポルトガル植民地であった西アフリカのギニアビサウは1973 年9月24日に独立宣言をし、ポルトガルはこれを翌年1974年9月10日に承認しました。1975年に次々と独立した他のポルトガル領アフリカ植民地や、当時これからまさに独立しようとしていた東チモールにとって道先案内人のような存在だったのがギニアビサウでした(東チモールの独立はインドネシアによって24年間邪魔されたが)。
しかしながら1998年以降、かつての道先案内人は内戦やらクーデターやらで混乱して、2009年には軍の参謀長が殺され、大統領も暗殺され……そしてまたクーデター……とすっかり政情不安な国になってしまいました。治安回復のため国連組織が展開され、ラモス=オルタがその組織の国連事務総長特別代表となったこともありました。
だからといってギニアビサウの果たした歴史的役割の価値が下がるはずはありません。いまこうして東南アジアの国・東チモールからギニアビサウの闘いが東チモールの「インスピレーションの源」であったと改めてその歴史的役割を祝福しています。ギニアビサウの闘いを指導したアフリカ最高の思想実践家と称されるアミルカル=カブラルは1973年に暗殺されてしまいましたが、いまでも大勢の人びとの心の中で生きているはずです。Cabral ka muri(クレオール語で[カブラルは死なず])。
予算案、国会通過
先月9月15日、2020年度国家一般予算案(総額14億9700万ドル)が政府から国会に提出され(前号の東チモールだより)、その後、審議が始まりました。
9月17日、タウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領との会談後の記者会見で、2020年度の予算は借金返済を目的にしたものである、1月から「12分算方式」を採用してきたが、2020年度予算の大半ははすでに使われている、残り僅かな額が11月と12月に使われることになる、と記者たちに語りました。そして10月1日、タウル=マタン=ルアク首相は国会で、1月以来採用されている「12分算方式」は経済活動そして生活の様々な分野に影響を及ぼし、新型コロナウィルスによってさらに状況が悪化したと述べ、経済回復のためにも予算案が必要であると訴えました。
まずは10月2日、予算案の概略にかんして採決され、賛成票44、反対票ゼロ、棄権票21,で可決されました。その後、予算案は項目ごとの審議に入り、最終的な採決が10月8日に行われました。結果、賛成43票、反対21、棄権1、賛成多数となりました。ついにと言おうか、やれやれと言おうか、2020年度国家一般予算案は可決され、国会を通過しました。10月10日、64回目の誕生日を迎えるタウル=マタン=ルアク首相にとって何よりのプレゼントになったことでしょう。
「事実上の政府」
さて、10月2日の予算案概略にかんする採決で棄権票を投じたのはCNRTであり、そのCNRTは10月8日の最終採決で反対票を投じました。CNRTの議席数は21です。
この予算審議のなかでCNRTは現政府を「事実上(de facto)の政府」と呼び続け、これからもそうするつもりのようです。「事実上の」とは「法律上はともかく事実上存在する」という意味です。CNRTはこの国会で現存する第八次立憲政府には合憲性はないと一貫主張し、したがって予算案の合法性を認めない立場を主張しました。CNRTは可決された予算案について控訴裁判所に合憲性を諮るよう訴える構えを見せています。
一方、今年2月にCNRTと連立勢力の結成調印式(東チモールだより第410号)に出席した諸政党は(反CNRT側に寝返ったKHUNTO[チモール国民統一強化]は言うに及ばず)CNRTと足並みをそろえていません。民主党(5議席)・PUDD(民主開発統一党、1議席)・UDT(チモール民主同盟、1議席)・FM(改革戦線、1議席)は基本的に予算案を支持する立場をとりました。UDTは最終採決のさいに棄権票を投じましたが。
合憲性がないとして「事実上の~」と呼ぶ姿勢は、かつてのフレテリン(東チモール独立革命戦線)がとった行動の再生産です。フレテリンは2007年の総選挙で第一党の地位を得たものの議席数で過半数に届かず、第二党となったCNRTは他政党と連立を組み、この連立勢力は過半数に達し、当時のラモス=オルタ大統領はこれを承認してシャナナ=グズマンCNRT党首は首相に就任しました。フレテリンは第一党がまず政権樹立の機会を与えられるべきと憲法を解釈していることから、CNRTによる連立政権(第四次立憲政府)を認めず、シャナナ=グズマンを「事実上の首相」と次の選挙の2012年まで5年間呼び続けました。
そしていま、フレテリンが参加する連立政権をCNRTは「事実上の政府」と呼び続けています。しっぺ返し、やったらやり返す、このような了見の狭さを表す言葉が浮かんできます。解放闘争時代に有していた東チモール人指導者たちの寛容力が縮こまってしまったことが政治的袋小路の根本原因ではないかとわたしには思われますが、制度的な問題として、憲法があります。
国会議席の過半数に達する連立勢力を大統領が承認すれば、その連立勢力は政権に就くことができます。一方でフレテリンが主張するように、第一党が政権樹立の機会を与えられるという憲法解釈もまた可能です。したがって選挙で過半数の議席数を獲得する政党が現れないかぎり、大統領の判断の兼ね合いで憲法解釈を巡って面倒なことが起こることは論理的に明らかであり、現実にそうなっています。現在発生している政治的袋小路は、2017年にフレテリンによる過半数に達しない少数連立政権が樹立したことに端を発していますが、すでにフレテリンがシャナナを「事実上の首相」と呼び始めた2007年に出発点があります。
かつてフレテリンが「事実上の首相」と首相を呼び、いまCNRTが「事実上の政府」と政府を呼んでいます。フレテリンもCNRTも「事実上の~」と呼ぶには論拠があります。その論拠である憲法解釈の問題をなんとかして解決しなければ、過半数を獲得できる政党が当分出現しそうもない東チモールの政治状況をおもえば、いくら選挙をしてもまた同じ事態に陥いる可能性が大です。まずは「事実上の~」と呼ばせない土壌が必要です。
2021年度予算額は18億9500万ドル
10月15日、政府は2021年度国家一般予算案を提出しました。総額は18億9500万ドルというかなりの高額です。タウル=マタン=ルアク首相は、2021年度は「12分算方式」ではない通常の予算案によって新型コロナウィルス災禍による経済ダメージからの回復を図ります。
最大野党から「事実上の政府」と呼ばれ続ける政治的袋小路のなかで、タウル=マタン=ルアク首相は果たしてコロナ禍を乗り切ることができるでしょうか。
青山森人の東チモールだより 第427号(2020年10月16日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10208:20201018〕
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