中国の実力はアメリカを凌駕しているかもしれない
- 2020年 10月 20日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(325)――
最近ガンと一発やられることがあった。「日本人の世界経済観は1990年代の時点で止まっている」という文言を見たときのことである。これは2018年度秋学期に東京大学駒場キャンパスで開催された連続講義「現代中国ゼミナール・習近平時代を読み解く」の中で、丸川知雄教授が語った言葉である(講義録は今年5月に東京大学出版会から刊行された)。
報道各社によると、中国の李克強首相は、今年5月に開かれた全国人民代表大会閉幕後の会見で、「中国は多くの人口を抱える発展途上国で、所得が中程度かそれ以下の人が6億人おり、その平均月収は千元(1万5000円)前後だ」と述べた。さらに李総理は、新型コロナウイルスの感染が貧困層に与える影響を問われて、今年は貧困層に再び転落する人々が出るとの見通しを示した。
私は、6億人が平均月収1000元だといわれても別に驚かない。2000年から12年間、中国の大学・研究所で勤務したが、そのときの月給が2000~3000元だった。それに地方都市で暮すことが多く、いつも農家の質素な生活を見ていたからでもある。
では現在の中国経済は1990年代とどこがちがうのか。以下、丸川先生の講義に従ってのべる。
2018年中国のGDPは米ドルに換算すると12兆7536億ドルであった。アメリカは20兆米ドルだから中国はその64%に達したことになる(日本は5兆ドル)。2018年現在の人民元と米ドルの為替レートは1ドル=6,9元くらいだが、世界銀行の計算によると購買力平価では1ドル=3.7元ぐらいである。これで計算しなおすと2018年の中国のGDPは23兆8000億ドルとなって、アメリカよりはかなり大きくなる。
一人当たりGDPでは、中国は9770ドル、アメリカは6.3万ドル、日本は3.9万ドルである。中国は2年前、すでに世界銀行がいう中所得国家の年収1万ドルまであと一歩に迫っていたのである。丸川先生は2030年までには中国のGDPがアメリカを抜く。そのころインドのGDP は日本と同じくらいになり、G7の合計GDPは世界の3分の1程度に落ち込むだろうと見ている。
だが、2030年以後も中国経済が成長を続けられるかは疑問だ。この年から人口減が始まり、日本以上の速さで高齢化が進むからである。
リーマンショック以後、中国は「世界の工場」とかつがれたが、私は彼らがどんなにすばやく生産力を高めたところで、先進国の技術をコピーし、農民工などの安い労働力を使って安価なものをつくり、先進国に輸出していると思い込んでいた。これが間違いだった。
丸川先生によると、貿易額では中国はアメリカよりも8%多く、データが得られる世界195ヶ国・地域では、136ヶ国・地域がアメリカよりも中国との貿易額が大きい。2000年には中国の輸出の半分以上がG7に向いていたが、2015年には40%に下がり、日本以外のアジア、アフリカ、中南米、中東、ロシア・東欧、オセアニアなど「新興国」向けが2000年の20%から43%に増加している。輸入先も2000年は先進国が41%をしめたが、2015年には30%に下がり、「新興国」の割合が50%から63%に上がっているのである。
これからすれば、中国の経済規模はすでにアメリカとほぼ同じ規模であり、中国への単品輸出の多い途上国・地域のモノカルチャ経済は、中国経済の動向に振り回されるという構図になっているのである。
2019年1月、中国は月面探査機「嫦娥4号」を打ち上げ、月の裏側へ軟着陸させた。アポロ11号による人の月面着陸以来50年ぶりのことである。私は数年前中国が人工衛星の宇宙空間での破壊に成功したときには驚いたが、「嫦娥4号」の月裏側着陸のニュースでは、あらためて中国のロケット技術の躍進ぶりと、宇宙空間を制しようとする意志の強さを見直した。
ところで、私が中国で生活していた当時、警察がサーバーだったが、毎月何度か本ブログ「リベラル21」に記事を送るのを警戒する程度で、彼らが加速度的に増えるSNS上の情報を効率的に検閲するのは不可能と考えられていた。
ところが今日、スマホ決済・ネット通販・シェア自転車・出前アプリなどが登場し、その利便性はおどろくほど向上した。一方、顔認証機能のある監視カメラがいたるところに設置され、個人のウェブサイトの閲覧や買い物の履歴まで簡単に掌握できる。メディアの中国特派員は、どなたも自分の行動が委細漏らさず当局に追跡されていることをご存じであろう。
軍事科学から日常生活までの変化の背景には、情報科学技術の飛躍的発展がある。科学ジャーナリストの倉澤治雄氏によると、ワシントンのシンクタンク『情報技術イノベーション財団(ITIF)』は、2019年4月に、研究開発費、研究人材、知財、ハイテク輸出など36の指標についてアメリカと中国を徹底比較した結果、中国は国際特許の出願数ではすでにアメリカの80.9%にまで迫り、ハイテク輸出では2倍以上凌駕していることを明らかにしたという(『中国、科学技術覇権への野望』中公新書2020・06)。
倉澤氏自身の見方でも、中国の技術開発能力は、模倣とか窃取の段階をとうに越え、新技術を自ら生み出すところに達している。とりわけ第5世代通信技術システム(5G)では、日本はいうまでもなく、アメリカをも抜き、宇宙工学などの分野でもアメリカに挑戦しているという。
これからすれば、あれほどさわがれた米中貿易摩擦は、米中覇権争いのほんの始まりに過ぎなかったことがわかる。よく引き合いに出される2018年のペンス副大統領の演説も、産業政策の基本路線である「中国製造2025」に触れて強い警戒心をあからさまにしている。トランプ大統領は中国のIT関連企業ファーウェイなどに対して、幼児のような非難を繰り返したが、それは中国の挑戦にたいする恐怖心のあらわれともとれる。
中国の軍事を含めた科学技術の発展を支えるものは、研究開発費と人材である。2018年の民間も含めた科学研究費は、アメリカ58.2兆円、中国55.4兆円、日本17.7兆円、ドイツ13.8兆円である。日本は中国の3分の1に満たない(https://www.globalnote.jp/post-10315.html)。
2017年についてみると、科研費中の政府支出は中国24.2兆円、アメリカ13.0兆円に過ぎない。国家の性格から中国が大きいのは当然だが、「科学技術進歩法」によって科学技術予算は必ずGDPの伸び率を上回らなければならないと規定されていることもあって、中国政府の科研費は、2000年から2017年までに、名目で約20倍、実質で10倍という速さで伸びている(倉澤前掲書)。
ただその重点は、軍事・産業に直結する応用科学に傾いていて、日本同様、基礎科学研究は相対的に軽視されている。将来これが落とし穴になる危険性は十分にある。
一方研究者数は中国が断然多く169.2万人、アメリカ138.0万人、日本67.6万人、ロシア42.9万人、ドイツ40.1万人である(https://www.globalnote.jp/post-10315.html)。また中国には、中央に中国科学院、中国社会科学院があり、各省にもそれぞれ科学院が置かれている。科学院は一般に大学より評価が高いことが多い。
研究の水準を(質は無視して)、国際的な専門誌に発表される論文数でみると、2018年中国はアメリカの40.9万件を抜いてトップとなり42.6万件となった。日本は2003年までは第2位だったが、2016年には6位に転落した(倉澤前掲書)。
中国は拡充した軍事力を背景に東アジア・東南アジアの現状を力づくで変え、欧亜・アフリカにまたがる「一帯一路」構想を提起し、ODA を通してASEAN諸国にたいする影響力を強めている。すでにアジアの覇者としてふるまっているのである。さらに、中国が今年5月に新型コロナ感染を抑制した過程は、人権を軽視した強い統制力とともに、高度な技術力が存在していることをあきらかにした。
繰り返しになるが、中国は国家経済ではもちろん、軍事力・科学技術、さらには防疫分野でも日本を凌駕するレベルに達している。わが日本は、今までどおりの科学研究体制と、いわゆる日米豪印4ヶ国の「自由で開かれたインド太平洋構想」で中国に対応して行けるだろうか。
私は、米中新冷戦の中で立ち往生してはならないと思う。立憲民主党など野党勢力が、新しい政策を提起する時期が来ていると改めて考えるのである。
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〔opinion10214:201020〕
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