人権・環境権と並行的な動物福祉権―ドイツで新たなうごき
- 2020年 12月 9日
- 評論・紹介・意見
- 野上敏明
かつて私は本論壇に動物のよりよく生きる権利(動物福祉権)に関わって、乳牛虐待の事実を紹介しました―(ヘーゲル研究会余禄―動物権から自然権まで 2019年12月13日)。本稿はその続きとなりますので、以前の拙稿の論旨をご理解いただくために、以下のパラグラフを引用いたします。
――「メス牛はどうして毎日乳が出るのか」――思えば不思議なことですが、答えはコロンブスの卵めいていますが、妊娠しているからでした。人工授精で「強制妊娠」させて、妊婦状態にして乳を搾り取るのです。まさに搾取であります。メスの成牛は、出産後数か月の休養期間を除いて廃牛になるまで、ずっと妊娠状態を強いられるそうです。したがってメスの乳牛は廃牛時には肉体は超過搾取の結果ボロボロになり、食肉にはならないそうです。
そのうえ、日本では放牧飼育はほとんどなく大概が牛舎でのつなぎ飼育ですから、それは牢獄生活に等しく、動物として野山を駆け巡り草をはむ自由も奪われている状態です。ブロイラーもそうですが、アメリカ式大規模工業型農業がいかに動物たちから動物らしく生きる権利を奪うブラック産業であるのか、農業生産性がいかに動物たちや環境の犠牲の上に達成されたものであるのか、少しだけ考えただけでも理解できます。
この12月、ドイツから畜牛についての新しい社会的な動きが伝えられています。ひとつはドイツ最大の有機農民組合である「バイオランド」は、「動物福祉協会」や「環境自然保護協会」などとともに、当局に「牛の飼育に関する拘束力のある規制」を要求するとともに、共催で工業型農業(アグロインダストリー)に対し、「私たちはうんざりしている!」の標語の下、コロナの流行のためにスリム化されたかたちではあるものの、2021年1月にデモを行なう計画だといいます。
それの呼びかけによれば、農業補助金は、農業の社会生態学的再構築のために使われるべきだ。「動物工場」を停止し、厩舎の改造を促進し、牛の数を減らすべきである。気候危機に対しては、例えばより少ない肉を食べるというかたちで闘われるべきである。農薬の使用をやめ、遺伝子工学をやめ、昆虫を保護することを提唱しているのです。もともとあるエコロジカルな物質代謝過程に極力かなうように、畜産業の在り方、人間たちの暮らし方を自己改革していこうという気宇広大は取り組みの提唱なのです。
Tageszeitung Hannibal Hanschke/reuters
さらにもう一つの動きは、次のようなものです。
ドイツ連邦農業省から資金的バックアップを受け、獣医師たちが186,000頭以上の牛を検査し、動物の飼い主にもインタビューを行って、牛の健康状態についての報告書をまとめ発表しました(公共放送NDR 12/1)。それによると、検査したうちの40%の牛が痛みを伴う脚の病気のために正常に動くことができない。また搾乳しない数週間の間(ドライオフ)に、農場の60パーセント以上の牛に抗生物質が大量に投与される。またドライオフの期間中は多くの乳牛はカロリー不足のためやせているという。脚が悪いのは、堅い床の牛舎で飼育されるせいで、牧場で飼われる牛には柔らかい放牧地が爪に優しいので、その点でも自然農法、有機農法がすぐれていることになる。放牧による自然農法を行っている農家の方が、牛の健康状態に関する意識は高く、少なくとも年に一度は環境検査官の検査をうけているそうです。
モッツァレラチーズだの、マニゴーディンだのと蘊蓄を傾けるグルメ氏よ、口にするチーズに大量の抗生剤の残留分が含まれているかもしれないのです。牛の体内で製剤に耐性を持つようになった細菌が、人間に伝染すると恐ろしいことになるのです。遺伝子組み換えによる飼料の問題とともに、潜在的な人体への危険性が存在しているのです。
グローバリゼーションのもと、家畜飼料のサプライチェーンや価格押し下げの国際的圧力によって、農家では悪いとわかっていながら、効率一辺倒の大規模な工場型農法に従わざるを得ないのです。ドイツからの便りが我々を力づけるのは、家畜の福祉権の問題を狭い動物愛護の視点ではなく、気候変動・地球温暖化、有機農業、国民の命と生活の再構築などと関連づけて全体的に問題をとらえ、カーギルなどの穀物メジャーやバイエル・モンサントなどのアグロバイオ企業に対し闘いを挑んでいるところでしょう。環境や人権、動物福祉権については、我々日本は欧州から3周程度の遅れの位置にあることを痛感するところです。菅首相が「2050年、カーボンニュートラル」を宣言して国連でも高い評価を受けたということですが、菅政権の宣言には原発推進の裏があり、20世紀的産業の仕組みを温存しながらですので、その限界は明らかでしょう。野党側の政権構想がこうした問題に踏み込んで、国民の心躍るような政策提言と運動の組織化を直ちに始めるべきです。それには山本太郎的フットワークの軽さから大いに学ぶべきでしょう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10349:201209〕
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