<米国:トランプからバイデンへ>(上) 分断・混迷の中、バイデン政権スタート 「トランプとの戦い」新局面に
- 2021年 1月 20日
- 時代をみる
- アメリカトランプバイデン金子敦郎
トランプ支持勢力の極右や白人至上主義グループによる米議会議事堂占拠事件の捜査が進むにつれて、選挙戦の敗北を受け入れずに政権移行を拒絶するトランプ勢力のクーデター未遂の様相が浮かび上がっている。だが、バイデン新政権阻止が可能だったとは思えず、追い込まれたトランプ氏の自爆行為だったと言えそうだ。トランプ氏の本質か改めて浮き彫りになり、得をしたのはバイデン氏と民主党である。20日には治安当局と州兵(米軍予備役)の厳重な警戒の中でバイデン政権がスタートする。トランプ政権の4 年で米国政治・社会の分断状況はとことん深まっている。米国はどこへ行くのだろう。米民主主義の「トランプとの戦い」は新局面に入る。
主役は極右・白人至上主義グループ
1年にもおよぶ選挙戦を振り返ると、議事堂乱入・占拠事件はたまたま起こったのではない。選挙で負けても「不正選挙」と騒ぎ立て、バイデン当選を無効にして政権に居座るというトランプ「再選戦略」が行きつくところに行きついたものとみて間違いない。ワシントン・ポスト紙電子版などの報道によると、ワシントンD.C.検事局、連邦捜査局(FBI)を中心に捜査が行われていて、すでに約百人が訴追され、いずれ数百人にのぼる見通し。
彼らの調べから分かったのは、議事堂乱入の主役は極右および白人至上主義の組織、トランプ氏を救世主に担ぐQAnonと名乗る陰謀論カルト集団だった。彼らは連邦捜査局(FBI)や治安・情報機関がテロ組織に指定している。トランプ氏は神の啓示を受けた大統領と信じるキリスト教徒グループもいた。父親や母親が逮捕されてびっくりする家族の話も多数報道されている。注目されたのは議事堂警察やニューヨーク警察州などの非番警官が数十人参加していたこと。白人警官の黒人を死にいたらせる暴力的取り調べが問題になっているが、その背景の一端だろう。
副大統領危うく逃れる
トランプ氏は昨年末から6日のワシントン・デモは「荒っぽい」ものになると予告し、当日午前には支持者の集会で「盗まれた選挙」を取り戻す戦いために議事堂へ行進しようと呼びかけている。デモの参加者は議事堂への行進の目的が上下両院合同会議でバイデン当選が承認されるのを防ぐことであると知っていた。トランプ氏が事件を扇動したことは全体的な状況証拠としては明らかだ。しかし、個々の暴力行為にまでトランプ氏の責任が及ぶのか。これが捜査の焦点である。
その両院合同会議は既に開会していた。デモ隊乱入で急遽中断、議員は避難用の部屋に退避したが、デモ隊はすぐ近くまで迫っていた。議会警察官の一人が乱入グループと睨み合いながら、避難場所からデモ隊を遠ざけるよう誘導しで助かったという。
合同会議の議長は上院議長を兼ねるペンス副大統領で、トランプ氏は忠節に励んでいたペンス氏がバイデン当選を承認しないように議事を運ぶと思っていた。だが、ペンス氏はこの日の朝、憲法上それはできないとトランプ氏に伝えていた。デモ隊はペンス氏を拉致し、場合によっては殺害する積りだった。
乱入者の一部が複雑な議事堂内の案内地図を持っていたとか、議会警察の警察官数人がデモ隊を握手で迎えて「ここ(議事堂)は今は君たちのものだ」と言ったなどの情報が流れている。複数の民主党議員は前日、何人もの人物が共和党議員やスタッフに案内されてコロナ禍で厳しく出入りが制限されている議事堂を訪問したのを目撃、事前の下見ではなかったかと捜査を要請している。
米国では(民兵が)武器を持って自衛する権利が憲法で保障されていて、デモ参加の極右や白人至上主義の多くはライフル銃などで武装、弾薬類も相当量を市内に持ち込んでいた。
首都ワシントンD.C.は特別に武器持ち込みを規制しているが、この日の抗議デモへ向けてSNSには「D.C.にいかにして武器を持ち込むか」という情報が飛び交っていた。その脅威はあっただろうが、黒人取り締まりには暴力的な警察が議事堂のバリケードをなぜ簡単に突破されたのかという声も上がっている。
州兵出動に5 時間
最大の疑問は州兵(ワシントンD.C.予備役)の応援出動が大幅に遅れたことだ。議会警察の警察官は1400人。議会警察、D.C.警察、州兵を指揮する陸軍などの関係部局が数日前には応援体制の打ち合わせをしていた。当日の午後1時過ぎ、サンド議会警察署長はまずD.C.警察に応援要請、100人がすぐ駆け付けた。2時すぎに同署長は両院警備部長に州兵出動要請をするよう連絡。
この州兵出動要請が両院事務局から始まり、D.C市、州兵司令部、陸海空海兵各軍、統合参謀本部、国防総省、ホワイトハウスなど指揮命令系統につながる各省庁の制服、私服の責任者のすべて(別室避難中のマコネル共和党上院院内総務とペロシ下院議長も含めて)のOKを取り終えて、応援州兵部隊が議会に到着するまでに5 時間を費やしたという。この間に乱入者たちは議事堂を占拠し続けた。
州兵出動の大幅遅れの背後には縦割り官僚主義があるが、ホワイトハウスの混乱も大きな原因になった。デモ隊の議事堂への乱入で、ホワイトハウスのスタッフは慌てた。すぐに止めさせなければいけない。だが、トランプ氏はペンス副大統領から合同会議がバイデン当選を承認するといわれて怒り狂い、手が付けられない状態だった。
ワシントン・ポスト紙電子版によると、補佐官たちが懸命にトランプ説得を続けて午後2時過ぎようやく、取り急ぎ大統領名のツイッターで「平穏な行動」を求めることを認めさせ、さらにトランプ氏自身が直接呼びかけるビデオの制作を急いだ。午後4時すぎビデオが流れた。トランプ氏はまず、議事堂を占拠しているデモ隊に「われわれは君たちを愛している、君たちは特別だ」と呼びかけてから、「家に帰ろう」と撤収を求めた。だが、すぐに自分のツイートで「圧倒的勝利が無礼かつ悪意を持って奪い取られた」なかでこの事態が起きていると彼らの行動を擁護。ツイート社はすぐこれを削除した。
州兵部隊の出動を得て乱入デモをようやく排除するまでおよそ6時間、再開された両院合同会議がバイデン当選を承認したのは翌7日午前4時に近かった。これで20日には民主党のバイデン大統領就任が決まった。トランプ氏はこれは認めて、政権移行に協力する意向を表明した。しかし、バイデン氏を「国家の恥」といい、新大統領就任式には出席しないと明言した。トランプ氏は「癒しと和解の時がきた」とも述べたが、空々しい虚偽発言というほかないだろう。
「郵便投票は不正招く」➡「再選戦略」
トランプ氏が民主党は大統領選挙を不正投票で勝とうとしていると言い出したのは昨年5月だった。コロナ禍の中での選挙となることが避けられなくなり、郵便投票が広く取り入れられる見込みになると、トランプ氏はすぐに「郵便投票は不正投票」に使われるといって反対を始めた。郵便投票は広大な国土の米国では多くの州で期日前投票に取り入れられて実績を積んでいる、直接投票と比べて郵便投票で不正投票が増えるというデータはない―などと経験を語る州の選挙実務者や政治学者の意見が広く報じられた。
コロナ禍のもとでは民主党か共和党かの党派を問わず、安全で便利な郵便投票が増えることは予測できた。黒人やヒスパニックなど少数派は白人より投票率が低いので郵便投票は民主党を有利にする、いや白人高齢者の多い共和党にも同じ効果があるなど、様々な意見が交わされた。
トランプ氏はこうした論争には見向きもせず、根拠を示すこともなく、郵便投票と(民主党の)不正投票を結びつける「虚偽発言」を繰り返すようになった。だが、トランプ氏はなぜか、共和党員にはなるべく直接投票するよう呼び掛けている。今思うとトランプ氏は、郵便投票は不正投票の民主党、直接投票は不正のない共和党-という色分けをしたのだと思われる(結果的には大統領選での郵便投票は民主党票の7割超、共和党票では2 割超と見事に分かれた)。
トランプ氏が郵便投票と民主党の不正を結びつけるツイートを最初に流したのが20年5 月26日。ニューヨーク・タイムズ紙は同じ日、トランプ氏は大統領選挙で負けても不正選挙と主張して騒乱状態を引き起こし、戒厳令を発令するなどして選挙の無効化、あるいは再選挙に持ち込もうとしているとの記事を掲載した。
こうした経緯をたどりながら、トランプ氏が虚偽発言を事実と思わせる異常な能力の持ち主であることと、トランプ氏と周辺の陰謀論者たちの存在を考えると、トランプ氏が次のような再選戦略(陰謀)を描いたとみてもおかしくない。
選挙に敗れる可能性に備えて、いや世論調査では終始バイデン氏にリードを許してきたことから多分、選挙では再選は難しいと覚悟して、早くから郵便投票、不正選挙、民主党を結びつけ、不正選挙の結果は受け入れないと宣言して「クーデターまがい」の強硬手段で政権を握りしめる。世論がそれを受け入れやすくするため虚偽発言を繰り返して地ならしを続ける。それから現在までの大統領選挙の経過はこの通りの展開になっている(『Watchdog21』2020年6月3 日、同19日、10月10日、11月2日拙稿で取り上げ)。
根拠なしの「不正選挙」
11月3日大統領選挙の決戦場は「ラストベルト」。4年前はトランプが勝ったが、こんどはバイデン氏が取り返した。バイデン氏は7日勝利宣言、トランプ氏は大規模な不正投票があったとして、接戦州裁判所および最高裁を含む連邦裁判所にバイデン候補の得票無効を求める訴訟を起こした。しかし、州・郡・市政府の選挙担当および共和、民主両党代表が加わる選挙監視機関は、何回も再集計を行ったうえで選挙は適切に実施されたと確認、50件を超えた訴訟もすべて証拠が示されていないと却下された。
米大統領選挙の投票結果をもとに当落を決定する各州代表の大統領選挙人による12月14日の投票でも、一般投票通りにバイデン氏当選が支持された。トランプ氏の訴訟の行方を待っていたマコネル共和党上院院内総務ら同党上院幹部もこれでバイデン当選を事実上受け入れた。トランプ氏はマコネル氏らに「裏切者」と怒りを投げつけ「不正投票」を正す戦いを続けると宣言した。
1月20日の大統領就任式が迫ってきた。追いつめられたトランプ氏が最後の抵抗戦の舞台に選んだのが1月6日の上下両院の新議会合同会議だった。同会議には大統領選挙人が投じた投票用紙が密閉されて集められ、正式に開票・集計したうえで、その結果を新議会が承認する。これが米大統領選出の長い手続きの最後の日程で、通常なら新議会による新大統領お披露目の儀式である。
世論は分断のまま
議事堂乱入・占拠事件の後の最初の世論調査がいくつか出ている。それによると、議事堂乱入について反対か支持か、またバイデン当選は不正によるのか否か、という重大な争点について、米国世論は依然、二つに割れたままである。
米公共放送(PBS)の世論調査によると、「議事堂暴動」について88%が乱入者を非難、81%が今の分断状況を国の将来を不安にさせているとみているが、「暴動」についてトランプ非難は63%、トランプに責任なしが35%。大統領選挙でバイデン候補は正当に当選が64%、不正で当選が35 %。米国の民主主義は生き延びるが72%、生き延びられないが21%(10日発表)。
ABC放送∕ワシントン・ポスト紙共同調査では、大統領選挙の後のトランプ氏の言動は無責任とみるのが66%、そう思わないが29%。バイデン氏当選は不正によるとのトランプ氏の主張について、はっきりした証拠はない62 %、証拠はある31%。これを共和党支持者だけみると、証拠あり65%、なし25 %となる。
議事堂襲撃では、トランプ氏に大きな、あるいは相当な責任があるとみるのが全体では57%だが、共和党支持者の56%は全く責任なし、27 %はほんの少しの責任。選挙結果を覆そうとするトランプ氏を、共和党は支持し過ぎているとみるのが全体では52%だが、共和党支持者では54%がもっと支援すべきと答え、支持し過ぎは16 %にとどまった。
大統領選挙で大量の不正投票が行われるという想定自体に現実味がないと思うが、いまだにトランプ支持者のほぼ8割がそれを信じている現実にも現実味がない。しかし、これが今の米国の現実のようだ(程度には違いはあっても、同じような状況が世界に広がっている)。
選挙で勝ったのは自分だ。バイデン氏はそれを盗んだ。選挙を実施した人たち、捜査機関、司法関係者がそんな不正はなかったといっても私は受け入れない。バイデン大統領は認めない―トランプ氏をここまで駆り立てているものは何だろうか。トランプ氏は大統領には全権が与えられていると思っていたように見える。そうではないことを4年間で理解したようでもない。トランプ氏のような人物が最高権力を握ったとき、その乱用を効果的に防ぐ手立てが見つからない。民主主義はいかに脆弱かを学んだ。しかし、トランプ氏にストップをかけるのは民主主義しかないのだろう。トランプ政権が終わり、米民主主義の「トランプとの戦い」は新しい局面に入る。(1月18日記)
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