王毅外相の記者会見の記録 ー 中国は、虐げられた人民の味方であろうとする姿勢を捨てたのか。
- 2021年 3月 10日
- 評論・紹介・意見
- 中国澤藤統一郎
(2021年3月10日)
中国の全人代の様子について胸ふたがれる気持で報道に目を凝らしている。中国のかくまで強権的な政治姿勢がにわかに信じがたい。取材記者の思い込みが過ぎて、報道が不正確なのではないかとの思いを捨てきれない。
ところに、中国語に堪能で中国政治の内情に詳しい友人が、中国・王毅外相の3月7日記者会見の全文を送ってくれた。「翻訳は『小牛』(翻訳ソフト)に働いてもらいました。」ということだが、正確なものだと思う。
翻訳の和文は、A4・26頁にも及ぶ長大なものだが、そのうち、香港・台湾・ミャンマーに関する記者の質問に対する回答だけを引用して紹介する。
感想を一言に集約すれば、「この体制は恐ろしい」というしかない。冒頭の王毅コメントの中に、「われわれは歴史の流れに順応し、新型国際関係の構築を積極的に推進し、平和、発展、公平、正義、民主、自由という全人類共通の価値を発揚し、各国と手を携えて人類運命共同体を構築していく」とある。 しかし、香港・台湾・ミャンマーに関する質疑応答を読む限り、「全人類共通の価値を発揚し」が何とも虚しい。
香港中評社記者
国際社会は全人代が香港特区の選挙制度の改善について決定を下すことに高い関心を寄せており、一部の国政府は中国側の関連行動が「一国二制度」に違反し、香港の民主的発展を損なうと批判しているが、中国側はこれについてどのようにコメントするのか。
王毅
まず強調したいのは、香港特区の選挙制度を充実させ、「愛国者による香港統治」を実行に移すことは、「一国二制度」事業を推進し、香港の長期安定を保つための実際の必要であるだけでなく、憲法が全人代に与えた権力と責任でもあり、完全に合憲合法であり、正当かつ合理的であるということである。
世界に目を向ければ、どの国でも祖国に忠誠を尽くすことは、公職者や公職に立候補する人が守らなければならない基本的な政治倫理だ。香港でも同じです。香港は中国の特別行政区であり、中華人民共和国の一部である。国を愛さなければ、港を愛することはできない。香港愛と愛国は完全に一致している。
香港は植民地支配時代に民主主義を持っていませんでした。復帰24年来、中央政府ほど香港民主の発展に関心を持ち、香港の繁栄と安定を望んでいる人はいない。香港は乱から治へと変化し、各方面の利益に完全に合致し、香港住民の各種権利と外国投資家の合法的利益を守るためにより堅固な保障を提供する。われわれには引き続き「一国二制度」、「香港人による香港管理」、高度な自治を堅持する決意があり、香港の明日をますます良くする自信もある。
古代ギリシャの市民は、他民族をバルバロイ《訳のわからない言葉を話す者という意》と呼んだという。強大なペルシャは恐るべき国であり民族だが、「理念も言葉も通じない、訳のわからない人々》であったろう。王毅外相の強弁を聞かされると、古代ギリシャ人の気持ちがよく分かる。
フェニックステレビ記者
われわれはこれまでトランプ米政権が米台交際制限を解除したことに注目している。台湾問題における中米の危機勃発を世界最高の潜在的衝突とするシンクタンクもある。中国側はアメリカの対台湾政策をどのように見ていますか。
王毅
台湾問題については、次の3点を強調したいと思います
まず、世界には中国は一つしかなく、台湾は中国領土の不可分の一部である。これは歴史的・法理的事実であり、国際社会の普遍的共通認識でもある。
第二に、海峡両岸は必ず統一しなければならず、必然的に統一しなければならない。これは大勢の赴くところであり、中華民族の集団意志であり、変えることはできないし、変えることもできない。国家主権と領土保全を守る中国政府の決意は揺るぎなく、われわれにはいかなる形の「台湾独立」分裂行為をも挫折させる能力がある。
第三に、一つの中国原則は中米関係の政治的基礎であり、越えてはならないレッドラインである。中国政府は台湾問題で妥協の余地はなく、譲歩の余地もない。われわれは米国の新政府が台湾問題の高い敏感性を十分に認識し、一つの中国の原則と中米の三つの共同コミュニケを確実に厳守し、前回政府の「線を越える」、「火遊び」の危険なやり方を徹底的に改め、台湾にかかわる問題を慎重かつ適切に処理するよう促す。
この回答は分かり易い。要するに、問答無用というのだ。問題解決には力だけが有用であり、自分たちにはその力がある、というアピール。そして、中台問題などは存在しない。あるのは、中米問題だけだ。アメリカよ、心せよ、というわけだ。
澎湃新聞記者
中国はかつて、ミャンマーの現在の情勢はミャンマーの内政であると表明した。現在、ミャンマー軍が政権を接収して国の非常事態を宣言してから1ヶ月余りが経ちましたが、中国側の立場は変わっているのでしょうか。また、中国側はASEAN諸国とともにミャンマーの緊張緩和のために建設的な役割を果たす用意があると表明していますが、中国側は次の段階でこの問題についてどのような措置をとるのでしょうか。
王毅
ミャンマー情勢について、私は中国側の3つの主張を提起したい。
第一に、平和と安定は国の発展の前提である。ミャンマーの各方面が冷静自制を保ち、ミャンマー人民の根本的利益から出発し、対話と協議を通じて、憲法と法律の枠組みの下で矛盾と意見の相違を解決することを堅持し、国内民主のモデルチェンジのプロセスを引き続き推進することを希望する。当面の急務は新たな流血衝突の発生を防ぎ、情勢の緩和と冷え込みを早急に実現することである。
第二に、ミャンマーはASEANの大家族の構成員であり、中国側はASEANが内政不干渉と協議一致の原則を堅持し、「ASEAN方式」でその中から仲裁し、共通認識を求めることを支持する。中国側もミャンマーの主権と人民の意思を尊重した上で、各方面と接触・意思疎通し、緊張緩和のために建設的な役割を果たすことを願っている。
第三に、ミャンマーと中国は山水が連なる「胞波」兄弟であり、苦楽を共にする運命共同体である。中国の対ミャンマー友好政策は全ミャンマー人民に向けられている。中国側は民盟を含むミャンマー各党各派と長期にわたる友好交流を持っており、対中友好も終始ミャンマー各界の共通認識である。ミャンマー情勢がどのように変化しても、中国が中国とミャンマー関係を推進する決意は揺るがず、中国が中国とミャンマーの友好協力を促進する方向も変わらない。
「胞波」「民盟」など理解できない用語もあるが、文意はつかめる。明らかなのは、民主的に成立した政府を武力で転覆した国軍の軍事クーデターに対する批判がないことだ。民政を支持して国軍の横暴に抗議する人民の切実な叫びに耳を傾けようとはしないのだ。
中国共産党は、世界の虐げられた人民の味方であろうとする姿勢を捨てたのだろうか。それでなお、共産党を名乗り続けているのはなぜなのだろうか。残念なことだが、中国が「平和、発展、公平、正義、民主、自由という全人類共通の価値」を尊重しているようには、とうてい見えない。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2021.3.10より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=16424
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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