感染症の黒世界史に、731部隊・オウム真理教に続き刻まれる、感染拡大オリンピック?
- 2021年 7月 2日
- 時代をみる
- 加藤哲郎新型コロナウィルス東京オリンピック
2021.7.1 昨年来の新型コロナウィルス・パンデミックの中で、長く気になっている発言があります。佐藤正久参院議員・元自民党国防部会長の「新型コロナの出現当初、それが感染症なのか、バイオテロなのか、生物兵器なのかわからなかった。もし、感染症なら厚労省、バイオテロなら警察庁、生物兵器なら防衛省と縦割り行政の我が国には司令塔がない」というものです。メディアにも頻出する佐藤正久は、防衛大・陸上自衛隊化学科卒で、第一種放射線取扱主任者の資格を持つ政治家です。米陸軍指揮幕僚大に留学し、イラク派遣PKOで「ヒゲの隊長」として有名になり、2007年からは自民党参院議員、国防部会長などを歴任し、2020年10月から党外交部会長をつとめています。この発言は、感染症対策をめぐる国際政治の三重性を示唆したもので、前後の文脈を含め正確にすると、「テロリズムにまつわる特殊災害を化学兵器Chemical、生物兵器Biological、放射能汚染Radiological、核兵器Nuclear、爆発物Explosiveの頭文字をとって「CBRNE(シーバーン)災害」と呼びます。その特徴は災害発生後しばらく原因がわからないこと。実際、新型コロナの出現当初、それが感染症なのか、バイオテロなのか、生物兵器なのかわからなかった。もし、感染症なら厚労省、バイオテロなら警察庁、生物兵器なら防衛省と、縦割り行政の我が国には司令塔がない。一方、アメリカの場合、世界最大の感染症対策の総合機関であるCDC(米疾病対策センター)が、医師や研究者など1万4千人を擁し、司令塔の役割を果たしています。2009年の新型インフルエンザの流行後、有識者から日本版CDCの創設が提案されたが、当時の教訓は生かされず、今日に至っています。」 (FACTA 2020年5月号 https://facta.co.jp/article/202005031.html) 。
確かに感染症の世界史を見ていくと、20世紀に入って ① 感染症対策のほかに、② 生物兵器・バイオハザードの問題、③ バイオテロ・暗殺の問題が、オーバーラップして、政治的性格が強まってきます。第一次世界大戦は、その終息期に「スペイン風邪」パンデミックで敵味方のない膨大な人的被害をうみ、戦車や航空機、毒ガス戦が登場したことから、1925年のジュネーブ議定書は、その正式名称「窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」で、一応化学兵器・生物兵器の残虐性・非人道性を認めました。しかし制限されたのは「使用」のみで、非締約国には及びません。また、開発、生産、保有が制限されない点でも、化学兵器・生物兵器の包括的禁止の観点からは不充分なものでした。包括的な制限は、1972年の生物兵器禁止条約と、1993年に化学兵器禁止条約を待たなければなりませんでした。実際には、第二次世界大戦における枢軸国・連合国双方における生物兵器と防御の研究、とりわけ枢軸国ドイツと日本の優生思想にもとづく人体実験や生物兵器開発が、戦後の米ソ冷戦下の生物兵器実験、朝鮮戦争やベトナム戦争での実戦使用の疑惑、生物兵器開発過程でのバイオハザード事故(生物災害)の頻発として引き継がれ、実在しました。
「米国陸軍フォート・デトリックでは、1943年から1969年にかけてアメリカ合衆国生物兵器プログラムの中心施設として生物兵器の開発や実験、生産が行われた。1946年頃から旧日本軍の731部隊による実験資料が持ち込まれた。最初の本格的な活動は炭疽菌の大量培養で、次いでブルセラ菌・野兎病菌の培養のための建物が建設された。1943年8月から1945年12月までに、ハツカネズミ60万頭・モルモット3万頭・サル166頭を含む17種類の動物が使用された。1950年、容量1000m3の球形の大型実験設備「エイトボール」が完成、野兎病菌を詰めた爆弾の最初の実験が行われ、次いで炭疽菌の実験が行われた。2000頭のアカゲザルがこの実験に用いられた」「1969年以降はアメリカ陸軍感染症医学研究所(USAMRIID)が設置され、対生物兵器・生物テロの防護研究を行っているとされる。 同研究所は、バイオセーフティーレベル4(BSL4)の高度な設備を持ち、世界的にも知られている。防護研究用として、現在でも少量の生物兵器が配備されている。 」「ソ連崩壊後1992年に米国に亡命した旧ソ連陸軍生物兵器開発責任者ケン・アベリックは、ソ連は1941年レニングラード攻防戦でドイツ軍に対しツラレミア菌(野兎病)を撒布、戦後ソ連の生物兵器開発は日本軍731部隊から押収した設計図にもとづきスヴェルドロフスクで1946年に始まった、そこで1979年3月炭疽菌流出・感染事故があった、1982年アラル海・リバース島で500匹のアフリカサルを使いツラレミア細菌爆弾の実験に成功と証言。1989年にもマールブルグウイルス事故があった」ーーつまり、第二次世界大戦中に中国人・ロシア人等の「マルタ」数千人を人体実験で殺害し、中国大陸でペストノミ爆弾の空中散布等で数万人の犠牲者を出した日本の関東軍731部隊は、米国においても旧ソ連においても、戦後の生物兵器開発およびバイオハザード事故頻発の土台を作りました。それによって、今回のコロナウィルス・パンデミックにあたっても、米中の感染源特定情報戦をはじめ、感染症対策を細菌戦を想定した危機管理・国家安全保障の問題とみなすのが当たり前になりました。20世紀の感染症の世界史をまとめたトム・マンゴールド、ジェフ・ゴールドバーグの『細菌戦争の世紀』(原書房、2000年)の歴史的記述は、「生物戦の愚かな第一歩は、日本の731部隊からはじまった」と書きおこされています。
感染症の歴史の中で、いま一つ日本がクローズアップされた、黒い事例があります。オウム真理教の細菌兵器製造・撒布は、生物戦・バイオハザードの問題が個人化したバイオテロ・暗殺の新時代を切り開いたものとされます。9.11米国同時多発テロ下での2001年アメリカ炭疽菌事件は、当時 フォート・デトリックにあるアメリカ陸軍感染症医学研究所(USAMRIID)に長年勤務し、炭疽菌ワクチン開発チームのリーダーだったブルース・イビンズによるものとされ、2008年に訴追される前に自殺して事件は終結しました。2001年9月18日と10月9日の二度にわたり、アメリカ合衆国の大手テレビ局や出版社、上院議員に対し、炭疽菌が封入された容器の入った封筒が送りつけられたバイオテロ事件で、5名が肺炭疽を発症し死亡、17名が負傷しました。イビンズは、捜査機関に対し捜査協力を行なっていた米炭疽菌研究の第一人者の科学者でしたが、一方でジョージ・W・ブッシュの再選を望む熱心な共和党の支持者であり、『ユダヤ人は選民である』として、ラビとムスリムの対話を否定する過激なキリスト教原理主義者(クリスチャン・シオニスト)という裏の顔がありました。犯人とすれば、動機は明確でした。ロシアでも、政権に批判的な政治家やジャーナリストへの薬物投与が問題とされましたが、こうした事例は、オウム真理教がサリンやVXガスのような化学兵器と共に、ボツリヌス菌、炭疽菌、エボラウィルス等を研究開発し、一部は実際に使用された経験に触発されたものだったといいます。細菌・ウィルスから遺伝子ゲノム解析へと深化し、医学・薬学・獣医学から生命科学へと扱う領域が広がったことにより、米国CDCでは、感染症対策・バイオテロ対策と共に、生物兵器として利用される可能性の高い病原体のリスクをふまえ 「容易に人から人へ伝播される」「高い致死率で公衆衛生に大きなインパクトを与える」「社会にパニックや混乱を起こすおそれがある」「公衆衛生上、特別の準備を必要とする」病原体として、炭疽菌、ペスト菌、ボツリヌス菌、野兎病菌、天然痘ウイルス、各種出血熱ウイルスなどを「カテゴリーA=最優先の病原体で、国の安全保障に影響を及ぼす」ものとしました。こうした731部隊やオウム真理教の黒い歴史に触発されて、世界の多くの国の感染対策の第一線は、バイオハザード・バイオテロを含む国家安全保障・危機管理の問題として、グローバル経済下でも厳格に出入国と検疫を管理し、莫大な補償費用を国が払ってでもロックダウンなど人流を抑え、広くPCR検査で感染者を見つけて隔離し、同時にワクチン開発・治療薬開発を進める「国策」が採られてきました。佐藤正行自民党外交部会長の発言は、こうした世界の動きから取り残された日本の感染対策を「危機管理」として嘆いたものでしょう。
すでに2021年も半年が過ぎ、パンデミックは続いています。カナダで摂氏50度近い異常気象のもとで、世界の感染者は2億人に近づき、死亡者は400万人を越えています。80万人感染・1万5千人死亡の日本は、東アジアでは抑え込みができていない、感染対策の劣等国です。まともなPCR検査や被災者補償ができないまま、幾度も「緊急事態宣言」を繰り返し、世界で更新を繰り返すウィルスの変異株への検疫は隙間だらけで、いまや主流になったはずのデルタ型(インド型)変異株のデータもゲノム解析の遅れではっきりしないまま、東京は、再び感染者増に転じています。「補償なき自粛」で無策の政府が、最後のよりどころとする輸入ワクチンも、ようやく医療従事者と高齢者用が目処がついた段階で、大学や職域毎の接種は計画倒れでブレーキとストップ、「集団免疫」など夢のまた夢です。そこに、731部隊、オウム真理教に続く、感染症の黒世界史の、新たな1頁が加わりそうです。いうまでもなく、2020東京オリンピック・パラリンピックの、2021年夏における強行開催です。主催者はIOCだから開催国はどうにもならないと言ったり、G7で世界の首脳から支持を得たから開催できるといったり、責任の所在も曖昧です。「復興オリンピック」とは誰もいわなくなりましたが、「平和の祝祭」と開き直ることもできません。国民に酒食の「自粛」を訴えながら、スポンサーやオリンピック貴族など「関係者」には特別のラウンジやレストランも準備。「緊急事態」で夜の終電を早めてきたはずなのに、オリンピックだけは夜のイベントに観客も入れて夜中まで電車を走らせるとか、全くちぐはぐです。世界にとっても日本でも、あらゆる変異株を持ち込み拡散する、一大感染拡大イベントになりそうです。国民とオリンピック・アスリート、「関係者」は隔離し動線を別にする「バブル方式」といいながら、空港検疫さえまともにできず、受入自治体や運転手を濃厚接触にしてしまった穴だらけ。直前に「無観客」になったり、参加を拒否する国やアスリートがでてきたり、開催中の「バブル内蔓延」で中止になってもおかしくない、オリンピックの虚像が暴かれる機会になりそうです。それに感染者・感染国差別、ワクチン拒否者・エッセンシャル職種差別、外国人労働者「非国民」差別・経済格差拡大の副作用も不可避です。デジタル大辞泉で「バブル(bubble)」を引くと、「 1 泡。あぶく。また、泡のように消えやすく不確実なもの。2 「バブル経済」の略。「バブル時代」「バブル崩壊」、3 外部と遮断された状態のたとえ。「フィルターバブル」「バブル方式」」と出てきます。IOC・日本政府や組織委員会は、この第三の意味で使っているそうですが、せめてこどもたちの「学徒動員」をやめて、オリンピックのための「バブル会計」の内容を明確にすることを求めます。一部で予測されている「オリンピック強行・パラリンピック中止」の愚まで進む前に、「バブル」の本来の第一義に沿って、「2020東京オリンピック」は泡と砕け、消えていくのが、世界史の本来の姿でしょう。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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