「被曝して骨の髄病み臥す君の悔恨しずかに聞く秋の夜」原発労働者を詠む詩人、歌人たち---若松丈太郎『福島原発難民』から
- 2011年 7月 1日
- 時代をみる
南相馬市の詩人若松丈太郎は、この5月に上梓した著書『福島原発難民 南相馬市・一詩人の警告』で、自身の作品だけでなく、原発が立地する福島県浜通りに住む多くの詩人、歌人の作品を紹介している。その多くはすでに故人なのだが、それらの人たちがうたう詩や歌の、なんと重く、悲しく、苦痛に満ちていることか。若松が紹介するそれらの詩歌から、原発労働者をうたったもののいくつかを紹介する。
朝日歌壇の常連だった東海正史という歌人がいた、と若松は記す。原発の地元浪江町で不動産業などを営み職業柄原発関係者とも日常で接した。2006年に詠んだ彼の遺作ともいうべき歌から。
原発定検ベテランの技師K君も白血病に侵され逝く
被曝して定検の職場はなれゆく友を慰めどぶろくを酌む
黒き雨降るかと思う夕まぐれ原発を包む山背の狭霧
報告書に軽微の被曝ありと書き出入り解かれし下請業者
被曝して骨の髄病み臥す君の悔恨しずかに聞く秋の夜
東海正史は第三歌を『原発稼働の陰に』(2004年)を名付けている。彼の歌に有形無形の誹謗や嫌がらせがあった、と若松は言い、次の4首を紹介している。
被爆者の労務管理を糺す吾に圧力掛かる或るところより
原発を誹謗する歌つくるなとおだしき言にこもる圧力
原発疎む歌詠み継ぎて三十余年募る恐怖の捨て所無し
欠陥原子炉壊して了へと罵れる吾を濡らして降る寒の雨
この歌集の「あとがき」で東海は「被爆者は私の知る範囲で死者十人を越え、聞く範囲ではこの倍にも及んでいる」と記している。
南相馬市のこんおさむは80年代末から90年代初めにかけて福島第二、浜岡、柏崎刈羽などで原発労務に従事した。
裸同士がぶつかり合って
同色の作業衣に着替え
何百人、何千人
顔が消え、名前が消え
一人になって
登録された番号で全てが処理される
汗だらけの作業の中で
(略)
嫌われ反対される原子力発電所
その内での人々は
囚人以上の暗い影を背負い
全てに反対も肯定もなく意志を殺し
黙々と予定内作業を行う
いわき市の詩人吉田真琴(1933-1987)は詩集『二重風景』に原発労働者を扱った作品「新春に」を収録した。
人々が死に絶えたような静けさ
不気味な安らぎの光景だ
「巨大技術です 原発は安全です 安上がりな電力です」
金に糸目をつけないパンフが氾濫し
テレビでは操り人形がバラ色の夢をふりまく
だがこの光景の背後に
透けて見えるものは何?
(略)
それは炉作業で被曝し
ブラブラ病の果てに死んでいった老農夫や
皮膚に桜の花片を散らして悶死した
若者の幽魂か
2011年06月27日
日刊ベリタ(http://www.nikkanberita.com/)より著者の許可を得て転載
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