理系政治家・菅直人の「ウィークエンド・スペシャル」と「オペレーションズ・リサーチ延命術」
- 2011年 7月 8日
- 時代をみる
- 中田安彦
アルルの男・ヒロシです。菅直人首相が、国内の原発に対する「安全検査」(ストレステスト)の実施を決めました。海江田万里経済産業大臣もこれに従う方向だ。
「ストレステスト」とは、ある一定の想定で自然災害などが原子力発電所に発生したとして、その原子炉の緊急停止、緊急冷却の機能がきちんと働くかという「データ上の実験」の事をいう。もともとストレス耐性テストというべきなのだが、欧米で金融機関がリーマンショックなどの予期せぬ事態に見舞われたときにそれに個別金融機関・金融システムが耐えうるかという実験をやったことを「ストレステスト」というので、原発の場合にもその名称が使われているわけだ。
金融版ストレステストの場合、ショックに対応していなかった金融機関は増資(資本金の増強、普通株の発行などで行う)を検査当局から要求されている。ストレステストはネットワーク波及効果が高い金融網にたいして実施されたが、同様に送電網で結ばれる電力供給にも使われうるものである。同様に鉄道網、通信電話網などにも応用が可能だ。
日経新聞では次のように解説されている。
(引用開始)
◎ストレステスト
▽…設備やシステムに大きな負荷を加え安全性や健全性が保たれるかどうかを調べるリスク管理手法。機械やIT(情報技術)、金融などの分野で使われる。リーマン・ショック後に、米政府が大手銀行の財務を分析した際にも実施した。
▽…原子力発電所の場合、通常の安全検査では想定される大地震などに耐えられるかを調べるのに対し、ストレステストは、揺れなどの負荷を上げていった時、どの時点で機能が損なわれるかを測定する。東京電力福島第1原発事故後に欧州連合(EU)が実施を決定。6月の国際原子力機関(IAEA)閣僚会合でも、各国が実施することでまとまった。
(引用終わり)
要するに、菅直人は海江田にこのストレステストを実施させることで、今問題になっている九州・佐賀県の玄海原発2号機、3号機の再稼働の判断を先送りしたことになる。原発は従来の06年の安全基準に加えて、今回あたらしく行われる「ストレステスト」によって、さらなる厳重な耐震設計、津波に対応する設計を求められることになった。
面白いのは、海江田ではなく原発担当大臣の細野豪志がこのテストの所管大臣になるという点だ。日経の記事から引用する。
(引用開始)
驚いた海江田氏は「原発を止めたら、今後の電力供給はどうなるのですか」と詰め寄った。5月6日に中部電力浜岡原子力発電所に運転停止を要請したときも、首相は全国の他の原発は再稼働させる前提だったからだ。
首相は「再稼働で原子力安全委員会の意見は聞いたのか」と他の論点を持ち出した。「聞いていません。安全委に諮るのは新規稼働だけです」と答えた海江田氏を、首相は「法律はそうでも、国民は納得しない」と押し返した。
安全委は経産省ではなく、首相が腹心と頼む細野原発相が所管する。再稼働の時期は首相の判断で事実上、自由に先送りできることにもなる。6日の予算委で質問が出れば、こうした方針を答弁するとも海江田氏に通告した。
日本経済新聞(2011年7月7日付)
(引用終わり)
海江田大臣は「電事連」の影響を受け過ぎている。その意味で細野大臣がIAEAと協議しながら、このストレステストを行うのはいいだろう。IAEAにとっては世界の原発ビジネスが新しく発展することが重要なのであって、原発ビジネスが斜陽産業となり、廃炉ビジネスが盛んになる日本にはできれば、福島第一の事故のような醜態は起こしてほしくないだろう。
場合によっては、菅はストレステストを口実に「脱原発」をゆっくりと進める気かも知れない。その意味で、いかなる「制度設計」でこのストレステストを行うかが重要になる。経産省のお手盛りのストレステストであってはらならない。欧米の学者にも入ってもらい、検討委員会を設立し、委員の人選には公正かつ中立性を保ってほしい。
ストレステストが、単なる儀式として行われるのではダメで、厳密に迫り来る「東海地震・東南海地震・南海地震」の三連動地震にも耐えうるかどうかの基準でやってもらわなければ困る。震度7にも耐えうる設計を100点満点の理想とし、それ以外は減点方式でやらなければならない。震度6弱で耐えられないと判断された原発はできるだけ早く耐震強化を行うか、でなければ運転停止、燃料棒取り出しを行い、隣接地域に火力発電所や風力・地熱・太陽光など自然エネルギー発電所を建設するというふうにしてもらいたい。
今、自然エネルギーの普及が話題になっているが、問題なのは一体どの程度のコストが掛かるか、もっと具体的に言えば、「一年間でどれだけの電気代が値上になるのか」ということである。原発をやめるコストが政府で試算されていない。私はしっかりとした脱原発・代わりの発電所建設が行われるのであれば、一年間の電気代の値上げが単身世帯で最大10000円までは許容範囲だとは考えている。
それはそうと、菅直人の政権延命術は大したものである。菅は政権が危機になると、何かパブリック・リレーションズ(広報宣伝)の策を打つ。今回も原発ストレステストを実施すると発表することで、佐賀県内と経産省でまとまっていた、「玄海原発再稼働」の動きを封じた。松本龍の失言がこれで吹っ飛んでしまった。
菅は当初、「自然エネルギー法案」「第二次補正予算」「赤字公債法案」の3つの成立を三条件に辞任を民主党執行部に約束していた。ところが二次補正が通ると見込みが経つと、またノッチをあげて、「原発の安全性確認」を自分の仕事に加えた。菅はもともとは心情的な反原発派である。ただ、権力者としては現実に妥協を重ねてきたし、一時は原発推進の旗も振った。いうなれば平均的な戦後日本人の原発に対する考え方を踏襲している。
今回も菅直人の「ウィークエンドスペシャル」が出た。しかも、今回は九電が玄海原発の再開にむけて行った「地元住民」に対するヒアリングを行う経産省主催の「討論番組」で「一般市民を装って運転再開を支持する意見を寄せるように」と「やらせ」を促すメールを関係各社におくっていたことが暴露された。似たような事例は裁判員のPRの際にも行われており、最高裁と広告代理店の電通は批判を浴びたことがある。(http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/a7c95a26ed94b972287fa8684c3afb41)
ネット上ではこの九電のヒアリングには参加者の選定などに不審な点があると指摘があったが、こんどは「ヤラセメール」の存在が明るみに出た。これで玄海原発の再稼働は無理だし、他の原発の再稼働のPRも相当に難しくなった。
菅直人は一見、追い詰められているように見えて、実は今は敵がいない状態である。菅を辞任させるには、民主党の党規約を変更して、両院議員総会などで代表解任をできるようにする必要もある。それでも総理と代表は違うと居直るかも知れない。
菅政権に対しては、一度内閣不信任が出されて否決されている。一国会で一不信任というのは慣例だが、そもそも自民党に政権を担える指導者が今いない。政治の継続性から言っても当分は菅政権継続だろう。
政治家の最大の合理性は、立法府の議員にとっては、「選挙に勝ち、当選回数を重ねること」であるが、内閣に居る議員にとっては、「政権の延命」である。自分の政治目標も延命なしには実現できないし、ライバルが自分の寝首をかこうとしている時には、不安が常に付きまとうものである。
菅直人は、小沢一郎、鳩山由紀夫、前原誠司といった主要なライバルをけり落とし、今、政権の後見人であった仙谷由人の言うことも聞かなくなっている。ライバルが居なくなってようやく自分の政策(菅の場合は「自然エネルギー法案」)を実現できる。これは冷酷な政治闘争の現実だ。
いま、菅直人が実践しているのは、鳩山由紀夫の得意とする「オペレーションズ・リサーチ」(多変数解析、様々な変数を組み合わせ最適解を導き出す管理手法)である。鳩山前総理はORの博士号は持っていたが、普天間問題も自身の政権延命にも失敗した。その意味では実践家としては失格だった。これに、菅直人は、なぜか今のところ成功している。
その意味で菅直人は「クライマーズ・ハイ」のような状態だ。しかし、どこかで雪崩が起きれば、彼とて滑落死するだろう。
政権交代からもうすぐ2年。やはりもう少し民主党政権で続けるべきだろう。
http://amesei.exblog.jp/より転載。
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〔eye1503:110708〕
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