巨大国家化する中国の内政と外交:カリスマ支配を目指す習近平と米中日三国関係
- 2021年 11月 10日
- スタディルーム
- 加々美光行
*2021年11月6日 世界資本主義フォーラム・オンライン講演
目次
Ⅰ.新たに台頭する習近平政権下の中国
(1)経済成長で米国を凌駕する中国
(2)世界の枠組みの大転換、米中対立の激化
Ⅱ.中国の成長政策の軌道修正と新たな改革
(1)中国が推進する新たな改革
(2)電力改革とエネルギー構造転換による混乱、大規模停電
(3)不動産バブルへの挑戦
(4)世界第一の大国と化す中国と「思想の形骸化」
Ⅲ.終わりに:習近平政権の最後の挑戦
Ⅰ.新たに台頭する習近政権下の中国
(1)経済成長で米国を凌駕する中国
・2020年米中日三か国のGDP比較。
世界第一位:米国=22兆3200億ドル。GDP:対前年比-3・4%
世界第二位:中国=15兆2700億ドル。GDP:対前年比+2・3%
世界第三位:日本=5兆4100億ドル。GDP:対前年比-4・6%
中国の2019年比GDP成長率は主要諸国で唯一のプラス成長。
中国のGDPは2010年に日本に追いつき、以来2021年までには日本の約3倍にまで成長した。
・こうした情勢下に、世界の予測は2027年までにはGDPで中国は米国に肩を並べ、以降急速に米国を追い越し、世界第一の巨大経済国家になるとしている。米国の危機感は沸点に達している。
(2)世界の枠組みの大転換、米中対立の激化 米国の世界覇権の危機と中国の新たな覇権の台頭
・2021年5月以後、バイデン政権になってからの米国はこのような中国の高成長に対し、「保護主義」の立場から警戒心を強め、同盟諸国に対し、「中国包囲網」を形成するよう呼び掛けている。当然、米国の本音は中国の発展が自国米国をも凌駕し、世界覇権の地位が中国に入れ替わると言う危機意識から出発している。
・警戒心の典型例がトランプ政権の末期、2021年1月19日に当時のマイク・ポンペオ国務長官が「中国でウイグル民族がジェノサイド(皆殺し)されている」と発言したことである。このジェノサイド論に日豪などの同盟国が同意し、対中包囲に加わっている。
・新中国誕生の1949年から今日まで中国は一貫して共産党の一党独裁・個人独裁を維持したまま、表向きは民主諸党派の存在を許しつつ、人民代表大会(国会・県議会)は実質的に多党制原則を否定している。習近平政権の下で選挙制度は最近改革が進み、北京市では部分的に直接選挙を導入し始めているが、全国人民代表大会選挙では直接選挙ではなく間接選挙を採用している。
・米国の意図は明らかに、日豪印のクアッド(Quad)に英国を加え、インド・太平洋の同盟諸国を総動員して中国を経済包囲、少しでも中国の発展にブレーキをかけ、米国を追い越すスピードを鈍らせようとしている。
・その反中包囲戦の先頭に立って、バイデン政権の「ウイグルジェノサイド」論に同調しているのが日本である。この批判はより広く中国に対する人権批判として拡大している。2021年10月現在、豪州も欧州諸国もこのキャンペーンに加わってますます拡大を続ている。
・事実、人民共和国誕生から今日まで72年間、中国は一貫して共産党独裁・個人独裁を維持したまま、表向きは民主諸党派の存在を許しながら、実質的に多党制原則を否定し、各級選挙代表制も直接選挙制を採用せず、間接選挙に留まっている。民族政策もこの党独裁制を反映して、主要民族である漢民族を除くいわゆる「少数民族」に対しては「抑圧的」 政策を採っていると言わざるを得ない。
・『中国はこうした米欧日の反中批判攻勢を受けて、従来通り「自身の正当性」を訴えるだけの外交では限界があると考えるようになった』。
成長をある程度犠牲にし批判に応える改革政策を始めようとしている。
Ⅱ.中国の成長政策の軌道修正と新たな改革
(1)中国が推進する新たな改革
米国主導の中国包囲に対し、中国は好調な経済成長の余力を使って、以下の四大改革を推進し、自国の経済成長を鈍化させても、長期安定成長の道を選ぼうとしている。
1、石炭火力を中心とした化石燃料に依存した電力構造を風力・太陽光など非化石燃料に転換する。
2、「恒大」に代表される不動産大手企業の債務整理と不動産バブルの解消。
3、今年8月末、芸能界の女優・鄭爽など 一部に見られる超高額所得者の整理。
4、小学・中学高校・大 学・大学院までの学校教育が詰込み教育になっている現状を大々的に改め、社会主義思想教育を強化する。
この四大改革(「電力構造改革」、「不動産バブル解消」、「芸能界の過剰所得の解消」「詰込み許育の解消」によって「共同富裕」の大目標を実現し、かつ「習近平思想」に基づく「社会主義思想教育」の重点化が当面目指されている。
(2)電力改革とエネルギー構造転換による混乱、大規模停電。
・2021年10月27日発表:中国国務院新聞弁公室『気候変化に対し中国が採るべき政策と行動(中文で中国应对气候变化的政策和行动)』白書の発表。
・基底にあるのは2020年9月発表の「双碳戦略」目標の再確認。2030年までに炭素(カーボン)排出ピークアウト(中文で碳达峰)」と「2060年までに炭素排出ゼロ(碳中和、カーボンニュートラル)」の実現。
同白書は2011年以来毎年出されている。この白書によれば2020年の炭素の炭素排出量は2015年比で18・8%下がり、かつ基本的に排出速度がプラスからマイナスに逆転した。化石燃料である石炭生産を大幅に制限したわけである。
これに伴って、水力・太陽熱・太陽光・風力・地熱・バイオマス・原子力など非化石エネルギー消費への需要が急伸し、全エネルギーに占める比率が15・9%に高まった、と述べている。
さらに中国政府は今年10月末、「気候変動枠組み条約第26回締約国会議COP26」を目前に、2060年までにこの非化石エネの比率を80%以上に引き上げるとした。中国は明らかに国家レベルでエネルギー需給の構造転換を図ろうとしているのだ。
ところがこうした状況下、国家政策の影響を受けて、2021年9月下旬、吉林・遼寧・黒竜江の東北三省、及び江蘇、浙江、湖南、安徽、広東などの南方諸省で大規模な停電が発生し、大混乱となって今も続いている。これには「双碳戦略」が深く関係している。「双碳戦略」によって、発電の主要エネルギー源である石炭供給と石炭採掘・備蓄が抑制され始めたため石炭価格が暴騰、発電用石炭に当面不足が生じたのだ。
石炭価格はこのため2020年1月にトン当たり550元だったものが2021年9月下旬に約750元に高騰した。石炭備蓄も昨年1月に2億2000万トンあったのが今年9月には約1億2000万トンになった。
発電用石炭火力が逼迫した状況下に、石炭同様の化石燃料である石油、天然ガス供給に転換するにはどちらも輸入依存率が高いため限界があった。原油の輸入依存率は2016年に68%だったのが2019年には72%になり、天然ガスの依存率も2016年に35%だったのが2019年には45%になっていて既に余力がなかったのである。太陽光、風力など非化石エネへの転換が急がれたのもこのためだった。
その一方、2021年9月29日、中国国家発展改革委員会は冬場に向けて暖房など電力需要が増大することを考慮して、一時的に石炭供給量と備蓄の抑制を緩める政策を採ったが、なお功を奏していない。
(3)不動産バブルへの挑戦
2021年7月23日、国務院の「住宅・都市建設部門など8部門」が『不動産市場の秩序を引き続き維持し整えることについての通知(关于持续整治规范房地产市场秩序的通知)」を発布。
「通知」はまず原則として、住宅とは第一に「住むためのもの」であり「投機のためのもの」ではないとした。第二に地価と住宅価格を安定させ法治思想と法治方式を遵守すること。第三に住宅・宅地の不動産などは人民一般の安堵感、幸福感を増すものであること、とした。
その他、1.不動産開発に関し、設計図や売買契約のない建設工事は認めない。2.「消費者ローン」「ビジネスローン」など「個人用住宅ローン」でない資金契約や土地開発取引は認めない。などとした。
地価や住宅価格がバブル化し、その売買が投機化しているとし、かつ多くの専門家が「都市化の速度」が衰えない状況では、不動産バブルは消えないと見ている。
(4)世界第一の大国と化す中国と「思想の形骸化」
今年7月1日はたまたま共産党設立100周年だった。その共産党は巨大化している。2021年6月現在の党員数は9,514万8千人。2019年世界人口統計で換算して、世界15位のベトナムの人口とほぼ並ぶ。つまり一つの党だけで大国の一つに優に数えられる規模を持つ他に類を見ない世界第一の巨大政党なのだ。
1921年7月党結成当初の党員数はわずか57名だった。それに比し、今年上半期だけで新規入党者数は231万人である。
問題はこの膨大な党員数をもって、共産党がなお一党独裁制を維持し続けている点にある。他の八つある民主諸党派は圧倒的な少数派にとどまって、影響力を事実上行使し得ない。社会主義の「イデオロギー的優位性」が党の量的優位を可能にさせたのか?そうではない。むしろ中国社会自体の「大衆化、マス(mass)化」(2020年11月現在の総人口14億1,178万人)が共産党の「マス化」を生じさせている。かつて1969年ダニエル・ベルが主張したようにマス化はイデオロギーの終焉をもたらす。社会主義政党としては社会のマス化が党のマス化を引き起こし、同時に「思想の形骸化」をもたらしたのである。
2012年11月の中共第8回党大会で党総書記に就任した習近平は、党の「思想の形骸化」に強い危機感を抱いて、社会主義教育学習の重要性を強調し始めた。2011年秋の胡錦涛時代までに徐々に社会主義的教養がいいよいよ「空洞化」してきていたからである。
思想イデオロギーの「空洞化」は、1989年11月のベルリンの壁の崩壊以後、東西冷戦が終焉して顕著となった。
同年2月のF・フクヤマの著書『歴史の終わり』がベルリンの壁崩壊と重なって、急速に「社会主義」の用語が死語化し既に30年が経つ。
この間、東欧が西欧に吸収されるとともに、社会主義国家自体が崩壊し始め、現在ではほぼ中国、北朝鮮の二国を残すのみとなった。
その後、1992年2月最晩年の鄧小平が「南方視察講話」(南巡講話)を残して、「市場経済化」への大号令を発して以来、中国の社会主義も物質的富強化に偏寄して「思想の空洞化」を強め、実質的に中国全土で「市場経済化」を加速させた。
4年後の1996年、S・ハンチントンの著作『文明の衝突』が登場し、世界の矛盾は資本主義と社会主義の思想対立ではなく、「宗教・文化の対立」へと転換したと主張、その影響下にいよいよ思想イデオロギーの時代は「空洞化」し、中国・日本・欧米に限らず、さらには第三世界にも広がった。
しかしその後も、中国共産党のマンモス化は進行した。何がその動力となり得たのだろうか?一党独裁下の「富裕化」? それを可能にさせたものは?
入党が、党内だけでなく、中国社会全般において「ヒエラルヒー」を上に向かって駆け上がるための有力な登竜門となった時、党のマンモス化へ向けて道が一気に開かれたと言える。
このようにイデオロギー思想のタガが外れた状況下に党のマンモス化を推進した動力が、大小の「利権」であったことは間違いないだろう。党自体が社会末端まで「利権化」して行ったのである。
2008年最晩年の元党中央宣伝部長、朱厚澤が残した遺文に中国の政治改革について以下のように述べている。
当初、中国の政治改革を逸早く主張したのは、1984年から1989年4月の死にかけての胡耀邦の一連の言説だったと朱は述べる。胡耀邦の主張の根本は「党政分離」にあった。党があらゆる社会の隅々まで党細胞組織を置いて何もかも管理支配するのではなく、各級(区・州・県・省・中央)「行政」機関の分野は「党支配」から解き放って「党と分離」すべきだと言うのである。
党の社会末端までへの支配は、反右派や、文革のような政治運動時には、「運動」の「大衆化」を可能にするが、平時には「進学、就職、婚姻、転職」などを左右し、それにまつわって当然に党の「利権化」を呼ぶ。いわゆる「党改革」はこの「利権化」とどう係るのだろうか?
少なくとも「党政分離」が党の「利権化」を押し留める働きをすることは推測できる。
事実は胡耀邦の呼び掛けにもかかわらず、中共がこの「党政分離」を実現出来ず、党支配を「利権化」させる政治的な立ち遅れを放置したまま、経済的に世界最大最強の国家であり続けてきたという点にある。
Ⅲ.終わりに:習近平政権の最後の挑戦
2021年8月24日、第3期を迎えようとする習近平政権は、党の社会主義思想の「空洞化」と「利権化」の傾向に立ち向かい始めた。具体的には小学校から大学院まで全教育課程で「新時代の中国的特色を持つ社会主義思想」として「習近平思想」を必修科目としたのだ。
「毛沢東思想」「鄧小平思想」以来、最高指導者に「思想」の名を付けて呼ぶことはなかった。もともと胡錦涛前総書記は2002年秋の第16回党大会で「集団指導」の考えを打ち出した。もはや自身が「個人カリスマ」になり得ることはなく、個人独裁の時代は過ぎたと考えたと思われる。しかし習近平は改めて「集団指導」を否定し「個人カリスマ独裁」を目指し始めた。
しかし毛、鄧の時代には民衆はなお「秩序を持った」コスモスの世界に生きているよりは「混沌」カオスの世界にあった。つまり毛や鄧は「カオス」の世界の上に立つ独裁者だった。しかし今日の中国社会は「カオス」を越えた「コスモス」の現代社会にある。習近平は「コスモス」社会の上に立つ「個人カリスマ」を目指している。それは過去に類例のない新しい「挑戦」である。
個人カリスマ・毛から現代社会の個人・習へ、大きな変化の条件は二つ。
第1は中国のAI、ITの技術が世界トップクラスであること。このため、宇宙空間のことから地上のことまでも十分な情報が入手される。2015年7月に打ち出した製造業発展戦略だが「中国製造2025」もその一環である。
第2に、あらゆるコンピューターやスマートフォンに盗聴を掛けることが出来る。但しそこから得られた膨大な個人情報は、誰がモニタリングするのかという問題がある。
問題はこの数年のAI,ITの技術の飛躍的発展によって、コンピューターやスマートフォンの膨大な情報を当局がITによってスクーリングされ整理される。「誰がどこで何をしようと何をしているかが」、逸早く捕捉されてしまうのである。
街頭の一本の電信柱に5~6個の「監視カメラ」が仕掛けられているのがよくテレビニュースなどの映像に映る。その画像も膨大なものがあり、従来なら容易にモニター出来るものではない。だがAI,ITの力によって、それも容易に可能になった。
この5,6年、中国社会でウイグルに限らず少数派民族の抗議運動が見られなくなった。AI、ITによって少数派民族だけでなく漢民族一般の治安管理も徹底され、社会の防犯治安管理が格段に進んだ.ウイグルは行動を起こす前に、その行動を知られ抑え込まれる。
本来、「混沌」のなかにある中国社会によって、毛沢東のような個人カリスマが登場し得たものを、現在はAI,IT技術によって「秩序」の中に置かれる中国社会に立たせる。「秩序」(コスモス)の社会に「個人独裁」(カリスマ)が立ちえた時、習近平個人独裁は可能になる。
しかし、その「個人カリスマ」の永続性は何によって保障され得るものとなるのか。高度に近代化された中国社会の現在の条件下に習近平にその能力があるとは考えられない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1190:211110〕
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