彭帥は性被害者か
- 2021年 12月 10日
- 評論・紹介・意見
- 中国彭帥政争権色交易阿部治平
――八ヶ岳山麓から(353)――
中国の最高級幹部・中国共産党政治局常務委員だった元副総理張高麗(75歳、2018年退職)と高名なテニスプレーヤー彭帥(35歳)をめぐるスキャンダルは、メディアの格好の材料となった。
日頃この種の記事は掲載しない日本共産党の機関紙「赤旗」も、11月26日初めて「きょうの潮流」というコラムで取り上げた。その前半は以下の通り。
中国女子テニスの彭帥(ほう・すい)選手。ダブルスで世界1位に輝いた有名選手が一時、消息不明に。世界のテニス界が動きました▼自らのSNSに性暴力被害を告白した短文を載せた彭さん。相手は中国共産党の元最高幹部でした。「中国最高レベルの#MeToo」と欧米メディアが注目したのは、検閲によって同文がネットから即座に消え、安否が分からなくなったあと▼世界の女子プロテニス大会を統括する女子テニス協会(WTA)は「安否確認を」と声明。大坂なおみ選手ら同僚が次々とSNSで懸念の声を上げました▼女子テニスのレジェンド、ビリー・ジーン・キング氏も「彼女の告発は十分に調査されなければならない」と発信しました。キングはWTAの創設に尽力したテニス界のジェンダー平等の先駆者でもあります▼国連など国際社会が懸念を示すなか、北京冬季五輪の是非まで問われる事態に。中国と国際オリンピック委員会(IOC)は、彭さんとバッハ会長のビデオ面談を急きょ仕立てましたが、国際人権団体はIOCの加担を「危険水域に突入した」と強く批判します▼
彭帥の告白文は、11月2日中国版Wechat「微博」に載り、20分ののちに削除された。だが情報は2、3日のうちに拡大し、国際的なスキャンダルになり、すわ彭帥監禁だの、#Me Tooだの、人権問題だのという騒ぎになった。
中国当局としては政府高官のスキャンダル、人権問題などをたてに、冬季北京オリンピックの「外交的ボイコット」などに走られてはたまらない。放っておけなくなって、21日以後国際紙「環球時報」編集長までがしゃしゃりでたり、彭帥は元気だといった映像をネットにのせたりして、彭帥の「無事」を宣伝するようになった。
IOCのバッハ会長が、中国の意向を受けて彭帥との会話映像を流した。ところが意に反してバッハ会長に対する厳しい批判が生まれ、議論はオリンピック委員会の在り方からオリンピックそのものにまで及んでしまった。
中国人はこの種の話にはびっくりしない。習近平政権の「トラもハエもたたく」という腐敗撲滅運動によって目立たなくなってはいるが、幹部が上は上なり下は下なりに利益を強要したり、関係者の便宜を図ってその報酬を求めたりすることは習慣になっているからだ。権力者はだいたい男だから、女性が絡んでいれば「権色交易」であり、カネやモノが絡めば「権金交易」という。
わたしは中国にいたとき、職場で女性同士のけんかに遭遇したが、事情通の学生から「あれは『権色交易』が原因です。某先生はお金が大好きだから『権金交易』もやっています」と教えられたことがある。
もちろん、こうしたスキャンダルをたねにライバルを失脚させる企ても存在する。
彭帥の「告白文」を読むと、張高麗が強制的な性行為に及んだとは到底考えられない。
「7年前私たちは性的関係を持った。ところがあなたは政治局常務委員の地位に登り、私との関係を断った。」「……(7年後再会のとき)張夫人が嫌がることをして、私は再びあなたへの愛の扉を開けてしまった」
問題は、このまったく私的な告白文が11月8日から11日まで中国共産党19期六中全会が北京で開催される6日前の11月2日に「微博」に載ったことである。しかも元来直ちに削除されるはずのものが、20分間もそのままになったという不自然さである。
私は近しい友人に「告白文」を読んでもらってその感想を求めた。
ノンポリを自称する友人の答え。
―これはいわゆる#Me Tooとは違うと思います。誰かにそそのかされ、その手の告発をしようとしたのかもしれませんが。すわ人権問題とばかり、外国の人間や国際組織が支援の声をあげるのも、見当違いだろうと思います。
中国事情に精通する友人の答え。
―中国を多少とも知る人で、彭さんが100%被害者だと思う人はまずいません。
この件は、私は典型的な権色交易で、それ以外のなにものでもないと思っています。彭さんにしてみれば、そろそろ選手としては限界というところで、張高麗から愛人の話を持ち掛けられ、その代償として体育関係の公式組織のいいポストでも約束されたのでしょう。しかし、張はその約束を守らなかった。そこで彼女は誰かにそのうっぷんをぶちまけ、約束を果たすよう口利きを求めたのだと思います。そこで実現したのが、彼との最近の再会だったのでしょう。しかし、彼はそこでまた彼女を(中略)適当にあしらって、帰したのでしょう。その仲介をしたのが悪い奴で、彼女に手記を書かせ、それを微博に流して、政治的に習近平一派に多少なりとも打撃を与えようとしたのだと思います。(以下略)
二人の感想はそれぞれだが、私はいずれにもまったく同感である。告白文を明るみに出した者たちは当局から身柄を拘束され追及されているだろう。
この件に対する中国当局の対応は、一党独裁の国にふさわしく、いかにも強引で真贋こきまぜた拙劣なものだったから問題をこじらせてしまった。
張高麗は退職したとはいえ高官だから、原則として外部とは勝手に接触できない。名立たるテニスプレーヤーだった彭帥は、告白文が漏れると同時に軟禁状態に置かれ、彼女の映像と発言は治安当局の管理下に置かれている。これからも出国はもちろん、外部との接触はきびしく制限されるだろう。これを人権問題だというならその通りである。
だが彭帥事件は、表面はこじれた男女のスキャンダルだが、核心は深刻な政争である。
日本では問題をなにがなんでも#me toにもってゆき、SNS上などで「こんな国でオリンピックをやらせてはならない」などと声高にさけぶ北京ウォッチャーがでてきた。目の付け所がずれている。
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