中国は本気でプーチンを支えるのか、どんな世界を描いているのか
- 2022年 4月 15日
- 時代をみる
- ロシア中国田畑光永
―習近平政権の2022年(4)
ウクライナへ侵攻したロシア軍はよほど目算が狂ったものらしく、ドンバス地方を除いてはただ集団住宅やら鉄道駅を含め大きな建物をやみくもに破壊し、住民を大量に殺戮した上で、つまりウクライナ国民をいたずらに傷つけてから、いったんロシアに引き上げ、次の作戦の準備に入ったようである。
トルコで停戦交渉が始まったが、今回の戦いは、双方が対立点を巡って激しいやり取りでもあって始まった武力衝突でなく、ロシア側が突如、一方的(と言わざるを得ない)攻撃に出た戦いだから、短期間で話し合いがつくとは考えられない。
とくにロシア軍が住民を盾にするなどという現代の話とは思えないような残虐な戦法をとった上に、それを相手側の芝居だなどとうそぶくに至っては、ウクライナ国民はもとより、無関係な人間でも義憤にかられて、安易な妥協を見たくない気分にとらわれるから、そうした中での交渉がおいそれと手打ちにいたることはないだろう。ありがたくない想像だが、かつての日本軍の「三光作戦」などが引き合いに出されることも我々は覚悟しておかねばなるまい。
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そこで中国だが、プーチンのイメージが世界的に急落してゆく中で、プーチンを支える姿勢はますます明確にしている。4月7日の国連総会で、ウクライナにおけるロシア軍の残虐行為を理由に人権理事会におけるロシアの理事国たる資格を停止する決議案が採決されたとき、中国は24票の「反対」票の内の1票を投じた。
3月2日に国連総会で採決されたロシア軍の撤退を求める決議でも、同24日の同軍の無差別攻撃を非難する決議でも、中国は「棄権」票を投じたのであったが、今回はロシア支持をより明確にしたわけである。
ついでにこの3回の総会決議の票の流れを見ておくと、先月の2回の投票ではロシアの肩を持つ「反対」票はいずれも5票に過ぎなかったのが、今回は中国のように「棄権」から「反対」に回った国が19票出て、合計24票となった。一方、ロシアに批判的な「賛成」票は3月には141票と140票であったのに対して、今回は93票にとどまった。そして「棄権」もまた3月の38票から20票増えた。
総じてロシアの行為を批判する票が50票弱減り、逆にロシア支持と態度保留がそれぞれ20票ほど増えた。その理由はまだなんとも言えないが、当事国以外でもっとも活発に多くの国の外相と「会談外交」を繰り広げたのが中国の王毅外相だったことは確かである。
そして王毅外相の会談外交には、4月4日に行われた当のウクライナのクレバ外相との電話会談も含まれる。対面でなかったせいかも知れないが、日本のメディアはこの会談にあまり注意を払わなかったようだ。
――王氏はロシアとの停戦協議を促したうえで「客観的で公正な立場からわが国のやり方で建設的な
役割を果たしたい」と述べるにとどめた。仲裁には言及しなかった。――
これは翌日の『日本経済新聞』の記事の一部だが、全体としてこんな感じの報道ぶりであった。しかし、念のため新華社電を読んでみると、ひとつ妙に気になる言葉があった。そのすこし前から王発言の部分を引用すると、
「ウクライナ問題で、中国は地政学的政治利益を求めず、対岸の火事を見る気分でもなく、まして火に油を注ぐ理由もない。われわれが期待する目標はただ1つ、平和である。中國は両国の会談を歓迎する。困難は大きく、対立点も多いと思う。しかし平和的話し合いの大方向を堅持し、直接会談で停戦、平和をもたらしてほしい」
私が首をひねったのは次の一句である。
「王毅は次のように述べた。戦いは必ず終わる。肝心なのはいかに『痛定思痛』し、ヨーロッパの永続的な平和を守るかである」(『 』は田畑)。
「痛定思痛」、この四字熟語をご存知だろうか。私は知らなかった。辞書を見ると、ここの「定」はおさまるという意味で、前の二字は「痛みが治まる」である。次はその「痛みを思う」。通して「痛みが治まったならば、その痛みを思う」、あるいは「痛みが治まった時に、痛みを思う」ということになる。さてどういう意味か。王毅外相は「肝心なのは」と言っている。念のため中国語の分かる読者に原文を添えておくと「関鍵是如何痛定思痛」である。
別の辞書の用例にあたると、「痛みがひどい時は、それにばかり気を取られて、行動の筋が通らないことがある。だから、痛みが引いたならば、それまでの自分の行動を見直すべきだ」というのがあった。なるほど、これなら意味は通る。とりわけ、今、中国の外相がウクライナの外相に言う言葉としては本音の忠告、いや要求のように聞こえる。
王毅の言いたいことは・・・
突然、ロシアに手ひどく攻められて、ウクライナが前後を見失っているのも無理はない。だからどこの国にも見境なく、武器が欲しい、飛行機が欲しい、避難民を受け入れて欲しい、などと頼みこんでいる。痛みがひどいから、自分のしていることの意味が分からないのではないか。しかし、落ち着いて考えれば、ウクライナがロシアから離れては、ヨーロッパに永続的な平和はないのだ・・・ということであろう。
これだけのことを漢字たった4つですませるあたり、いかにも中国だが、そう考えると、中国の不可解な行動もわかる。中國はあくまでロシアを非難したり、批判したりはしない。最終的にはプーチンが勝つほうに賭けている。勝ってもらわなければ困るのだ。
なぜか。プーチンが旧ソ連(あるいは、昔の大ロシア)の版図を回復することに政治生命をかけているからだ。それはおそらく2年後の2024年に迫った大統領選挙で勝つための必要条件なのであろう。そしてその事情は、今の習近平と驚くほど似ている。
習近平は昨年来、「共同富裕」の掛け声で、大儲けしている企業におおきな寄付をさせたり、巨額の罰金をとったり、かと思えば、庶民の不満の的であった金儲け主義の受験産業を実質つぶしたり、さらには中国の社会制度の優秀性を証明するものとして「ゼロ・コロナ」にこだわったり、と総書記3選のための人気とり政策を打ち出している。ここでもし、台湾統一に道をつけられたら、毛沢東以来の傑出した指導者として、長期政権への障害物はなくなるだろう。
去る2月4日、冬季五輪の開幕式に北京に足を運んだプーチンから、習近平は武力によるウクライナ再併合の計画を聞かされたかどうかが論議の的となっているが、私はかなり詳細に打ち明けられたと思う。そして習の方はおそらく相当な協力を約束したはずだ。大ロシアの復活が実現すれば、それは習の「大中華復興の夢」も夢でなくなるからだ。プーチンの方もそれを見越して、打ち明け、協力を頼んだはずだ。
王毅の、あえて言えば「4文字の脅迫」あるいは「要求」に対して、ウクライナのクレバ外相がなんと応じたかを新華社は報じていない。おそらく中国が期待するような反応は示さなかったのであろう。
その後の報道ではウクライナのクレバ外相は4月6,7の両日、ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)の外相会議に出席した。ここではもっぱらウクライナに対する軍事支援を強化する件が話し合われたとされていて、ロシアとの交渉については議題にならなかったようである。というより、ここではウクライナばかりでなく、ジョージア、ボスニア、ヘルツェゴビナなどの防衛力強化が話し合われたとされている。
またこのところ連日のように西側メディアの取材に応じているゼレンスキー大統領は9日、ドイツの「パブリック・テレビ」の取材に応じ、その際、「米、英、独、仏、ポーランド、中国、トルコの各国にウクライナの安全を担保する国となって欲しい」と述べたと伝えられたが、同日の香港のダウニュースは同大統領が「ドイツのテレビ」に「現在、ウクライナとしては交渉のテーブルに着くしか選択の余地はない。ロシアを除いてはこの戦争を終わらせることはできない。プーチンだけがいつ停戦するかを決定できる」と語ったと伝えている。まだ事態がどう進むか道筋は見えていない。
私は前回の本欄で、中国は「容易ならざる選択」に迫られている、と書いたが、ここまでくると、習近平はすでにプーチンに「賭けた」と見るべきであろう。つまり、これまでのように西側諸国とは経済的結びつきを深めて、経済を大きくし、政治改革、民主化といった問題は、なんとか言を左右にしながら、台湾統一のチャンスを待つという戦略から、プーチンが2014年のクリミアに続いて、電撃作戦でウクライナ全土を取り戻すのを支持して、台湾を震え上がらせ、うまくいけば平和統一、場合によっては武力に訴えることも公言して、屈服させるというコースに乗り換えたのだ。プーチンが「大ロシア」の復活をかかげるように、習近平は「大中華」の復興を掲げて。
しかし、幸いなことにウクライナの状況はプーチンの思惑通りには進んでいないようである。しかし、プーチンも習近平もとにかく大きな武力を持っている。権力の座が危ないとなった時に、彼らがどういう行動に出るかは予断を許さない。両国の国民に状況を知らせ、それこそ「民衆の声」で無謀な命令をかき消すしかないだろう。
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