ウクライナ問題で路線転換か、それとも役割分担か ―ハンガリー新大統領の就任演説
- 2022年 5月 21日
- 評論・紹介・意見
- ハンガリー盛田常夫
5 月 14 日、新たに任命されたハンガリー大統領、ノヴァク・カタリンの就任式が行われた。その演説内容はこれまでの フィデス(与党) 政治家の言動とは異なるものであった。ノヴァ ク新大統領は「平和を脅かす戦争が現実のものとなり、ウクライナの人々に悲劇をもたらしている」と心痛を吐露し、ロシアのプーチン大統領を名指しで批判した。
これまで、フィデスの指導者がプーチンを名指しで批判したことはなく、せいぜい「ウクライナ の領土の一体性を支持する」と語る程度で、きわめて余所余所しい言動を重ねてきた。
ノヴァク新大統領はロシアの侵略戦争の評価に時間を費やし、そのうえでハンガリー側からこの戦争 をどう見るべきかという 10 ポイントの視点を列挙した。
1.主権国家への武力攻撃はプーチンの侵略である。 2.我々はソ連邦復興の試みにたいして、あらゆる手段で拒否する。 3.我々は隣国の平和を望み、戦争ではなく、平和を望むものである。 4.この戦争は我々の戦争ではないが、平和と安全を願うハンガリー人にたいする戦いである。戦争犯罪人の調査と厳罰を要求する。 5.我々は中立的であることはない。無実の犠牲者と真実の側に立つものである。EU と NATO の加盟国として、その義務を全うするものである。ただ、拒否することが可能な場合には、拒否する権利をもつものである。 6.我々は幾度となく国の主権を勝ち取るために戦ってきた。この戦いを放棄することはない。 7.ウクライナの EU 加盟を支持する。 8.我々は平和のための犠牲を惜しまないし、同盟の犠牲も惜しまない。しかし、ハンガリー人が、ロシア人より大きな犠牲を払うような決定を簡単に行うことはできない。 9.平和のために、戦争当事者を仲介する用意がある。 10. 我々はウクライナに住むハンガリー人の権利獲得に務めてきたが、これからもその保障 に努めていく。
以上のような率直な見解や視点は、これまで、フィデス指導者から聞かれることがなかったものである。オルバン首相から直接の指名を受けたノヴァク・カタリンが、オルバ ン首相の了解なしに、この演説原稿を用意したとは考えられない。とすれば、ノヴァク演説は政権の路線修正を意味するものではなく、大統領に対ロシア・プーチン批判を語らせるという役割を与えたものと考えられる。
大統領は EU と NATO への協調路線を謳い、一方、政府指導部は現実の利益の追求のために、具体的問題では対 EU で徹底抗戦する という高度な役割分担が決められたのであろう。それは最初の訪問国の選定に現れている。
ノヴァク大統領は 5 月 17 日、最初の訪問国としてポーランドを選んだ。ともに保守 的なキリスト教を重んじる国家(ハンガリー人はポーランド人ほど宗教的ではないが) として親近感があるだけでなく、「法治性」をめぐって、ともに EU からの制裁の可能性を含んだ調査を受けている国である。ところが、プーチンの侵略戦争への対応をめぐっては、ポーランド指導部との温度差の違いが明確になり、オルバン政権はポーランド政府からも批判を受けている。ポーランドが対 EU共同戦線から離脱すると、ハンガリー は EU 内で完全に孤立してしまう。
それを避けるためには、ポーランドとの協調は不可欠 なのである。 ハンガリー政府の政治スタンスに変化はない。 ロシアからの石油輸入禁止制裁を話し合う 5 月 16 日の EU外相理事会において、ハンガリーは「ハンガリー人が戦争の代価を払う必要はない」という観点から、 ロシアからの輸入をアドリア・パイプラインからの石油輸入へ転換するのに「4 年の猶予と 8 億ユーロの援助」を 要求していると報道されたが、会議の発言では、ハンガリーのスィーアルトー外相は援助要求金額を 150 億から 180 億ユーロに引き上げたと言われている。これは対ロシア制裁に加わるために必要な資金だけでなく、ハンガリーのエネルギー・システムの近代化に 必要な資金額である。
ハンガリーはロシア制裁を議論する会議の席で、自国の経済基盤強化の話を持ち出したわけである。ジョセップ・ボレル EU 外務・安全保障政策上級代表は、ハンガ リーの発言について、「ハンガリーは経済的な観点のみから要求し、政治的観点に立つ 発言がない」と批判している。 リトアニアの外相は「ハンガリーは EU を人質にとっている」と批判し、ウクライナのクレバ外相は「ハンガリーの抵抗に打ち勝って、EU がロシアの戦争資金源を断つ べき」と制裁決定を急ぐように求めている。
西側報道は、ロシアがウクライナを侵略する直前に、ハンガリーのオルバン首相の訪問を受けたプ ーチン大統領はウクライナ侵攻をほのめかし、それにたいしオルバン首相は「ウクライ ナ領土になっているハンガリー人居住区に関心がある」と述べたという未確認報告の存 在を指摘している。この点でも、ウクライナとの関係悪化は深刻である。
また、オルバン首相が石油輸入禁止の制裁に関連して、ラジオ番組の中で、「ハンガリーから海を取り上げなければ、ハンガリーには海があった」という発言をおこなったこと に対し、クロアチア政府は同国駐在のハンガリー大使を呼び出し、このオルバン発言の説明を求めたと報道されている。
ハンガリーのメディアは、アドリア海沿岸のレストランが「ハンガリー人お断り。ヘルナディは歓迎」という看板を掲げたと伝えている。ヘルナディとはハンガリーの石油・ガスの輸入元企業 MOL 会長で、クロアチアの石油公社(INA)を買収した際に、当時のクロアチア首相に 10 億ドルの賄賂を支払った贈賄事件で、クロアチア政府から国際手配されている人物である。
スロヴァキア政府やポーランド政府は積極的にウクライナ支援をおこなっているのに対し、ハンガリーは形だけの支援で終わっている。このことに対しても、隣国の目 は厳しい。四面楚歌のなかで、ハンガリーの活路を開くために、新大統領にはそれなりの役割が求められている。 ロシアのウクライナ侵略が始まって以降、EU 内でのハンガリーの孤立が深まっており、戦争終結後の関係修復が難しくなることが予想される。したがって、大統領には政府路線の宣伝ではなく、隣国との関係改善の役割が与えられているとみるべきだろう。
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