いつまで続く「未来志向」
- 2022年 7月 11日
- 評論・紹介・意見
- 小原 紘日韓
韓国通信NO.700
「未来志向」という言葉のイメージは本来プラス思考の表現のはず。 「失敗しても、くよくよしないで、未来志向で頑張ろう!」。前向きな思考と行動を促す 激励の言葉として使われてきた。
いつの間にか日韓関係に使われることが多くなった。問題が生じるたびに新聞の社説に は「未来志向」の四文字が並ぶ。未来のために話し合いを求めているが具体的な提案もなく、頻繁に使われると正直なところウンザリする。誰が言い出したか不明だが、日韓の政 治家も学者も新聞もこの言葉が好きだ。断定はできないが、未来に力点を置くと「過去は さておいて」と過去を封印する意図ばかりが伝わってくる。お互いに昔のことを言いだし たらきりがない。耳触りの良い言葉で胡麻化してきた。歴史の真実に向き合わず当面を糊 塗する便利な言葉、無責任さばかりが伝わる。
スペイン、マドリッドで開かれた NATO 首脳会議に日韓両首脳が出席した。日韓問題を 問われた岸田首相は「一貫した立場」―すべて解決済みとあらためて記者団に語ったと伝 えられる。ロシア・中国・北朝鮮包囲のための日米安保の強化、QUAD 参加、軍事同盟 NATO 会議には嬉々として参加したのとは対照的な韓国に対する冷ややかな対応が異常に 感じられた。
この異常さを伝えたマスコミ報道は皆無に等しい。「すべて解決済み」「国際法違反」と いう政府の主張を当然のように繰り返すばかり。
一方的な政府見解については 通信 NO596(「リベラル21」2019/5/7付)において反論しているので参照をお願いする。政府見解の垂れ流しは「フェィクニュース」「翼賛報道」その もの。日本政府が嫌悪した文政権に代わって登場した尹政権が「未来志向」で両国関係の 修復を試みたが、日本は門前払いした。その場しのぎ、お為ごかしの未来志向はもはや日韓 間で通じなくなった。
<韓国は何処へ>
新政権の発足から 2 か月。コロナ、ウクライナ戦争、参院選一色となった日本では尹錫 悦(ユン・ソギョル)新大統領への関心は低調だ。名前の発音が「ソンニョル」「ソギョル」 と違っても気にしない。
民主化運動が押し上げ、ローソク革命に挑戦した文在寅政権の敗北は衝撃的だった。韓 国、日本とも教訓として学ぶ点は多いはずだ。「権力の驕り」と「国民の不満」をキーワ ードとしてあげておきたい。
戦後最悪の日韓関係と言われながら、K ポップスや映画やドラマのファンは社会現象と さえ言われ反韓嫌韓とは無縁の人たちだ。ファンのほとんどは「ノンポリ」と思われるが、 日本にはない韓国の民主化社会が生んだ文化の素晴らしさには気づいている。友人たちが住む韓国、訪れたい韓国が新しい大統領でどう変わるのか。日本の政治と社会の急変ぶり とあわせて無関心ではいられない。
尹政権の特徴は「違いをアピールする」政権と言ってよい。文政権を口汚く非難して大 統領になったせいか何でも文政権の逆、そのせいか主体性が見えない。大統領府を龍山に移転して 世間を驚かせた。課題山積みの新大統領が真っ先に取り組んだのが引っ越しとは。子供じ みている。
結局、独自の政治理念を語ることもなく、従来の保守回帰に落ち着いた。経済活性化の ための規制緩和(新自由主義)、原発の推進、北朝鮮対決姿勢、米国との軍事同盟強化。李 明博、朴槿恵政権、日本の自民党政権と何ら変わりはない。
文政権下で検事総長だった尹は検事らしく「法治主義」を宣言、軍事力強化では日米と 波長の合う大統領でもある。反共主義を基本とする息苦しい社会の復活が心配だ。かつて朴正熙時代にアメリカの要請でベトナムに派兵した韓国はウクライナでも台湾で も派兵する可能性がある。日本が参戦する悪夢が迫る。
<アメリカの期待>
わが国が軍事予算を倍増、核共有、 先制攻撃、憲法改悪に突き進むならア メリカの期待に十分応えられる体制に なる。 NATO 同盟重視と日米韓の同盟強化 を不可欠と考えるアメリカにとって日 韓の反目は放置できない。かつて日韓 条約締結、慰安婦問題の解決を促したように日韓関係の「正常化」を強く求めることが予 想される。
<アメリカ主導の和解は可能か>
日韓の対立点は謝罪と賠償に尽きると言っても過言ではない。親米一辺倒、こわもての 尹政権だが、謝罪と賠償問題は譲れない。譲歩したら政権はもたないからだ。 「そんなことでもめているのか」と呆れるバイデン大統領。無条件降伏した日本が侵略 を正当化していることはアメリカには理解しがたい。バイデンが「謝罪ぐらいしたらどう だ」と提案したら、右翼、日本会議、安倍晋三、櫻井よしこらは血相を変えて反対するに 違いない。バイデンの仲裁を受け入れたら岸田政権はもたない。にもかかわらずアメリカはウクライナ、中国、北朝鮮を理由に日韓の「手打ち」を迫っ てくることが予想される。
結論を急ごう。日韓関係の改善は望ましいが、真の意味での相 互理解を抜きにした「和解」は市民にとって大迷惑だ。 日韓問題は韓国との外交問題ではない。あくまでも日本の政治の問題、日本人の在り方、 生き方が問われる問題である。バイデンの介入は許さない。当事者と市民を抜きにした政 府間決着は将来にまたもや禍根を残すに違いない。
6 月 29 日、雨中、ソウルの日本大使館前で第 1550 回「日本軍性奴隷問題解決のための 水曜デモ」が開かれ、「韓日合意の完全廃棄」「日本の戦争犯罪謝罪と賠償」を求めて支援 者たちが座り込みを続けた。
徴用工への賠償金支払いを日本の加害企業に代わり韓国政府が「代位返済」するという 動きに対しても、姑息な弥縫策だと市民たちから猛反発が起きている。 2019 年、韓国の国民一人当たりの購買力平価 GDP が日本を追い抜いた。追いつく対象 だった日本が、いつのまにかライバルとなり、ついに追い抜かれた。 韓国にとっては慶事だが、貧困格差の是正、若者の就職難の解消を課題とする韓国内の 真剣な議論が目を引いた。
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