ペロシ訪台―愚かな、あまりにも愚かな
- 2022年 8月 12日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ中国台湾阿部治平
――八ヶ岳山麓から(388)――
ペロシ米下院議長の台湾訪問は、アメリカでも危ぶむ声があったが、彼女はおのれの政治信条にもとづいて強行した。かりに目的のひとつが半導体サプライチェーン確立のためだとしても別な方法はいくらでもある。
この煽り行為の結果、東アジアが深刻な危機に陥っても、彼女は責任を取らない。じつに愚行以外のなにものでもない。
4月にペロシ訪台が発表されてから、中国は7,8回内政干渉だとする抗議声明を発表していた。案の定、習近平指導部は、海上封鎖さながらの「重要軍事演習行動」を開始した。中国軍の演習区域は、台湾を取り囲む6カ所。うち2ヶ所で演習区域が日本のEEZ=排他的経済水域に引っかかった。
アメリカ当局はペロシ訪台でうまれた危機に、軍事演習で中国に対抗するわけにいかないから、万が一のために空母をフィリピン海に置き、ICBMの発射実験を延長し、これ以上の危機拡大を防ぐ措置を取った。
人民日報国際版の環球時報は、8月4日社説で次のように発言した。
「8月4日から、中国人民解放軍は台湾島周辺の6つの地域で軍事演習を開始し、実弾射撃を組織した。 同日午後、東部の劇場で数百機の多型戦闘機が配備され、ロケット部隊は台湾島東部沖の予定海域に対して、多地域・多型通常誘導火力攻撃を実施し、ミサイルは全て標的に正確に命中した。
台湾メディアは、台湾軍筋を引用して、11発の東風ミサイルが台湾島の北部、東部、南部の海域に着弾したと伝えた」
4日中国軍の弾道ミサイル5発は「正確に」日本のEEZ内に着弾した。岸田首相は「我が国の安全保障および国民の安全に関わる重大な問題だ」として、中国に対し強く非難し抗議した。これに対する答えは、中国外務部・華春瑩報道局長の「両国は関連海域でまだ境界を画定していない。したがって日本のEEZの言い分は存在しない」という、すげないものであった。
5日今回の軍事演習について、中国軍少将で国防大学教授の孟祥青氏は、6カ所の区域の「北のエリアは沖縄に近い」「演習は実戦的な色合いが強く、いつでも実戦に移行することができる」と発言した。
演習区域を日本のEEZに引っかけ、この海域にミサイルを着弾させたのは、沖縄の在日米軍や日本政府の反応をみるためであったことがわかる。
「環球時報」は軍事演習のさなかの5日社説で、岸田首相など日本高官の反応についてこう反論している。
「日本には台湾について四の五のいう資格はまったくない。台湾問題では重大な歴史的責任を負い、台湾を長いあいだ植民統治しただけでなく、今日に至るもきちんと反省していない。 日本が台湾に関して、「カイロ宣言」「ポツダム宣言」の第8条および国連総会2758号決議にそむき、「日中共同声明」など4つの政治文書による中国側への厳粛な政治的承諾をかえりみないのは正義がない。 外交の自主性を放棄し、ひたすらワシントンの戦略につき従うのは見識がない。わが身を省み、歴史の教訓を汲取り、地域の国々の平和と安定への期待を無視するのは徳がない」
これに続いて、7日、中国軍東部戦区は火力による地上への攻撃と遠距離からの空中への攻撃の訓練を同日に重点的に実施したと発表した。
台湾海峡の緊張をこのように高めたのは、おもにペロシ氏と中国軍だが、それだけではない。
わが岸田首相は、G7の中国批判に加わったほか、ペロシ氏をおおいに歓迎して習近平政権の感情を逆なでした。そのうえ5日ペロシ氏と朝食を共にした後、彼女との話の中身を「台湾海峡の平和と安定を維持するため、日米で緊密に連携していくことを確認した」とわざわざ披露した。
韓国大統領がペロシ氏との直接の面会を避け、テレビ会談でお茶を濁したのとは比べるまでもなく、岸田氏はアメリカにひたすら追随する姿勢を示したのである。ペロシ氏の強引な台湾訪問をたしなめ、中国をなだめて緊張緩和の重要な役割を果たせたのに。
かくして中国は、日本の台湾領有の歴史までもちだして、内政干渉だと居丈高に日本政府をなじることとなり、日中関係はこれまでにないほど悪化した。
ペロシ訪台でだれが一番得をしたかといえば、それは習近平政権である。台湾政府を思う存分いたぶっただけでなく、アメリカと日本を威嚇する口実を得た。中国軍には、やりたいと思っていた台湾制圧演習の絶好の機会がやってきた。
皮肉なことに、日米側の軍事予算大幅拡大をねらう勢力も、大いに思いを遂げることができるだろう。
もっともひどい目にあったのは、日常生活を脅かされている台湾人と蔡英文政権だ。蔡政権は現状を維持するために、台湾海峡の緊張を高めないよう極力忍耐してきた。かれらには、アメリカの下院議長の訪台によって来たるものは、台湾海峡の緊張激化だとわかっていた。だが、ペロシ訪台を内心迷惑に思っても嫌とはいえず、作り笑いでも歓迎しなくてはならなかった。台湾国防部は今回の軍事演習に直面しても、戦闘準備レベルを平時の水準に維持したままだという事実がそれをものがたる。
台湾では、中国が台湾に武力侵攻した際には米軍が出動すると信じている人たちがいるが、これをあやぶむ人も増えている。ウクライナ戦争を見れば、アメリカは武器供給はするものの、軍は出さない可能性が十分にあるからだ。
日本人で台湾有事の際、米軍出動が必ずあると信じる人がいたとしたら、それはまことに愚かである。バイデン米大統領は先の日米首脳会談の記者会見で台湾防衛を明言したが、アメリカ外交当局はあわてて、「あいまい政策」を維持すると強調したではないか。尖閣防衛についても、オバマ大統領時代に安保条約第5条の適用を承認したが、領有問題については態度をあきらかにしないままである。
貿易ひとつとっても、中国経済は日本なしでもなんとかもつが、日本は中国なしではやっていけない。ペロシ訪台に端を発した軍事演習が収まったあと、日本が中国との外交交渉をあらためて始めなければならないが、それは一段と高いレベルの緊張状態すなわち中国優勢のもとで行われることになる。
ところが、どういう内容か不明だが、自民党国会議員数人は台湾有事でシミュレーションをやったという。基地反撃能力を検討したとしたら、そんなことはまったく不可能だといいたい。故安倍晋三氏は「台湾有事は日本有事だ」と強調したが、台湾海峡で戦争が始ったら、日本も後方支援であれ何であれ参戦するという意味なら、危険極まりない思想である。
中国には陸上発射型ミサイルだけでも40ヶ所近い基地があるといわれる。米海軍の行動を牽制する各種対艦ミサイルをとっても、どれほどの弾道ミサイルを持っているかわからない。日本がGDPの2%の軍事予算をもって全土をハリネズミのようにしても、中国の基地をすべて攻撃するだけのミサイルを持つことはできない。
かりに米中の軍事衝突がはじまったとき、中国軍は、想定ずみの戦略をもって沖縄を中心とする在日米軍基地を攻撃してくるだろう。米中が戦えば、日本は経済ばかりでなく人命の損害も甚だしいものになる。
中国軍は演習が終了した8日以後も、活発な軍事活動を展開している。秋の中国共産党大会を控えて、今後も今次演習の威嚇のレベルを維持し、台湾に日常的に経済封鎖や軍事的挑発を行うだろう。台湾人は中国の威嚇に慣れているとはいえ、中国が今日以上に日常生活に支障をきたすような圧力をかける可能性は否定できない。
(2022・08・09)
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