求職難と求人難の同時発生、これを中国政府はどうさばくか
- 2022年 10月 1日
- 評論・紹介・意見
- 中国失業阿部治平
――八ヶ岳山麓から(395)――
中国の2022年の成長率は、都市ロックダウン政策の影響で、コロナ以前の6%台から3~4%あるいはそれ以下に低落すると見られている。このためだろうか、中国国家統計局の発表によると、今年7月の全国都市調査における失業率は5.4%である(ただし、この失業統計には都市戸籍のない「民工(出稼ぎ農民)」は含まれていない)。ちなみに同年同月の日本の「完全失業率」は2.6%である。
中国の都市労働者数はほぼ4億4千万人(2019年)だから、その5.4%は2,376万人に当たる。ところが、産業分野によっては深刻な求人難が生まれているところがある。
この状態を対外経済貿易大学・国立対外開放研究所研究員、李長安氏の論文「求職難と求人難の矛盾をどう解決するか」でみてみたい(人民日報国際版の環球時報2022・08・27)。「 」内はことわらない限り李氏論文からの引用である。
「人的資源和社会保障部(日本の厚生労働省にあたる)」の発表によると、2022年第2四半期の全国の求人数は求職者の2倍に近づいているという。ところが、ぎゃくに16~24歳の若者の失業率は2018年1月以来上昇し続け、今年5月は18.4%、7月には19.9%と最高水準に達した」
「若者の失業率が高いのと同時に、多くの企業とりわけ製造業は人手不足である。青年の求職難と製造業の求人難の『両難』併存現象、これは中国労働市場の構造的矛盾が突出したものである」
この李長安氏の主張を環球時報が掲載したところを見ると、「両難」現象は中国共産党中央も深刻な問題ととらえているらしい。
製造業の求人難について、李長安氏は「全体からすると、中国製造業の就業人口が減少傾向にあることは明らかで、統計によると、2013年から2020年にかけて、都市部の製造業の就業人口は7年連続で減少傾向を示し、就業人口は5258万人から3806万人に減少し、27.6%も下降したが、これは全産業中最も急速であった」という。
これだと、製造業からは毎年200万人以上の労働力が流出している勘定だが、その反面、成長したのが宅配業である。配達員は新型コロナ感染期間に急速に増加し、その30%以上が製造業からの移動だったという。
大量の労働力移動があったとはいえ、それでも宅配業の人手不足は解消しなかった。当然賃金を上げざるを得ない。そこで大学卒業者はもちろん、大学院生すらこの仕事に加わることがある。
北京の友人に言わせると、新型コロナの感染が拡大し、ロックダウン政策によって多くの人がレストランでの食事ができなくなり、サラリーマン層は20数元も出せばかなり良い食事をとれるから、スマホで外食を注文するようになった。
配達員の仕事は交通事故など危険も多いうえに、収入は注文次第で上下するから不安定である。それでも若者が製造現場の労働をすて、外食産業の配達員になりたがる理由は、製造業は低賃金の上、仕事が型どおりで単調な作業現場に長時間しばりつけられからだ。これは最近の若者の嗜好にあわない。これにひきかえ、配達員の仕事は自分で裁量できる範囲が大きく、そのうえ製造業よりは一般に収入が良いからである。この点は日本の若者の傾向と同じように見える。
「統計によると、2021年の全国規模以上の生産・製造とそれの関連人員の年間平均賃金は68,506元(1元20円として137万円)で、月給は5,700元(11万4000円)前後である。 これはある宅配業者が集計した就業者の平均月給7,000元(14万円)強よりも大幅に低い」
宅配業界はさておき、若者の失業率が20%近くと高い原因のひとつは、短大を含む大学卒業者数の急速な増加だ。天安門事件の1989年当時大学進学率は3%ちょっとで、大卒は文字通りエリートだった。以後新設大学の増加もあって収容学生数が伸び、進学率は2020年には43%まで飛躍的に増加し、大学の大衆化が進んだ。短大・専門学校を含む22年の大学卒業者数は1072万人という。
いうまでもなく大学新卒者の希望職種は専門知識を要する仕事に偏り、工場労働などの労働現場はいやがる。親にしてみても、苦労して大学を卒業させた子供が工場の現場労働者というのではがっかりというところである。
「上海市では企業の求人より求職者のほうが多い業種を見ると、『不動産経営管理専門職』(求人倍率0.5倍)、『会計専門職』(0.5倍)、『図書資料専門職』(0.5倍)と、いずれもホワイトカラー職種だ。大卒者がなりたくても中々なれない。一方、企業の求人は多いが求職者が少ない業種は『商品販売員』(8.0倍)、『機械製造基礎加工職』(6.0倍)などブルーカラー職種だ。こちらは人手不足が深刻だ(真壁昭夫、diamond.jp)」。
李長安氏は、「製造業は国民経済の最重要の支柱といわれ、国民経済発展の根幹としても過言ではない。現在の若者の『求職難』と製造業の『求人難』の構造的な矛盾に直面して、大量の青年を製造業に就職させられれば、『一挙両得』である」という。
ではどうすればいいか。李氏は次のような提案をする。
第一に現代化した製造業を精力的に発展させ、伝統型製造業改造を速めること。
製造業でも若者に歓迎されているものは、新エネルギー車など付加価値の大きなハイテク産業である。だから従来型製造企業も、ビッグデータや人工知能などの先進技術を使って、従来型製造業に能力を与え、新たに活性化させるべきだ。
第二に製造業の労働環境改善を重視し、労働の質を大幅に高めること。
具体的には、企業の発展を維持すると同時に、賃金水準と福利厚生など待遇を向上させ、社会保障制度と労働環境を改善し、労働者のキャリア開発にも努力すべきである。
第三に、教育制度の改革のペースを速め、「学習無用論」「専門不適合」現象を減らすこと。製造業は一般工不足であるが、技術者はもっと不足している。 現在、我国の教育システムは、「学歴教育」を重んじ、「職業教育」を軽んずる束縛からいまだ脱却していない。大学の専攻課程はもっと市場の需要に応えた設定に変える必要がある。
第四に就業の考え方を変え、労働は光栄あるものとする新理念を再構築する。
一部青年の「モラトリアム」「ニート」に対しては、労働精神を教育し、社会全労働が光栄あるものとする雰囲気を醸成する必要がある。
李氏の提案には、ごもっともというほかない。だが、実現可能なのは、大学のカリキュラムを市場の需要にこたえるよう変更させることくらいだ。これは中共中央が指示すればやれないことはない。
一方、製造業といっても中小企業が最も人手不足だが、これに先進技術を装備させ、賃金と福祉を向上させ、さらにそこに働く労働者に「労働は光栄あるもの」と認識させることなど至難の業だ。とりわけ日本でも問題になっている「ニート」現象の解消などどうやれというのだろうか。
一般には中国の景気は、2018年から政府が公共事業を縮小したために減速が始まったといわれる。それに不動産市場の調整と政府の民間大企業への介入、最近ではゼロコロナ政策が加わって成長率は一層低下した。
失業問題は政府の投資による雇用拡大政策の限界を示しているように見える。とにかく景気が浮上しなければ失業問題は解決できない。とりわけ若者の失業率が約20%という数字は、社会不安に結びつきやすい。党大会を間近に控えた党中央には頭が痛い問題である。
(2022・09・18)
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