プーチンに逮捕状。彼は、国際指名犯となった。
- 2023年 3月 19日
- 評論・紹介・意見
- ロシア司法制度国連澤藤統一郎
(2023年3月18日)
早朝、寝床でラジオのスイッチを入れて驚いた。「プーチン・ロシア大統領に逮捕状が発行されました」と聞こえた。逮捕状を出したのは国際刑事裁判所(ICC)、被疑事実はウクライナでの戦争犯罪。大勢のウクライナの子どもたちの誘拐ということだ。
プーチンに逮捕状とは素敵なニュースだが、現状では逮捕状の執行が不可能に近い。本来であれば、逮捕状発付は、プーチン逮捕、プーチン起訴、プーチンの公判、プーチン有罪の判決、そして刑の執行と進行する予定の最初のステップ。だが、その見通しは暗い。プーチンの身柄の確保が困難なことは百も承知での逮捕状の請求があって、逮捕状の執行困難を自覚しながらの逮捕状の発付である。このことにいったいどのような意味があるのだろうか。
国際刑事裁判所(ICC)は、オランダ・ハーグにある常設国際機関。冷戦終結後、旧ユーゴスラビアやアフリカのルワンダでの集団虐殺などをきっかけに、常設の国際刑事裁判所の設置を求める声が高まり、2003年に設立された。日本を含む123の国と地域が参加しているものの、ロシアやアメリカ、中国などは管轄権を認めていない。要するに、自国が訴追される恐れのある国は参加していないのだ。アメリカがその典型と指摘されてきたが、今回のプーチンへの逮捕状発付をアメリカは積極的に支持している。「逮捕状にはとても説得力がある」「戦争犯罪を犯したのは明白だ」なんちゃって。
ICCが管轄する犯罪は、いわゆる「ジェノサイド」や、一般市民への組織的な殺人や拷問などの「人道に対する犯罪」、戦場での民間人の保護や捕虜の扱いなどを定めた国際人道法に違反する「戦争犯罪」など。
ウクライナへの軍事侵攻をめぐって、国際刑事裁判所は、去年3月、ウクライナ国内で行われた疑いのある「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」などについて捜査を始めると発表し、現地に主任検察官を派遣するなどして調べを進めてきた。
そのICCが、ウクライナのロシア占領地域から子どもたちをロシア領に移送したことが国際法上の戦争犯罪にあたり、しかもプーチンがこれに関わったことが証拠上明らかと判断した。戦時の文民保護を定めたジュネーブ諸条約は、住民の違法な移送や追放を禁じている。裁判所のホフマンスキ所長は声明を発表し「国際法は占領した国家に対し住民の移送を禁じているうえ、子どもは特別に保護されることになっている」「逮捕状の執行は、国際社会の協力にかかっている」と述べ、プーチンの身柄拘束への協力を訴えた。
ICCのカーン主任検察官は、少なくとも数百人の子供が孤児院や施設から連れ去られ、多くはロシア国籍を押し付けられて養子に出された疑いがあると発表した。なお、ロシアで養子縁組を進めたマリヤ・リボワベロワ大統領全権代表に対しても逮捕状が発令されている。
ICCが現職の国家最高指導者に逮捕状を出したのは、スーダンのバシール大統領(2009年)、リビアのカダフィ大佐(11年)に続く3度目。国連安全保障理事会の常任理事国元首では、もちろん初めてとなる。国家元首が戦犯容疑者となったことで、ロシアの国際的な孤立が強まることになった。
当然のことながら、ロシアは強く反発している。ということは、逮捕状発付の影響を無視し得ないと受けとめているのだ。「言語道断で容認できない」「この種のいかなる決定も法律上の観点からロシアでは無効だ」「ロシアはICCに加盟しておらず、何の義務も負っていない。何の意味もない」と述べて非難している。それはそのとおりだ。ウクライナに対する侵略も、民間人の虐殺も、非軍事組織の破壊も、ロシア国内では非難される行為ではない。しかし、ロシア国内での判断がどうあろうと、国際道義がロシアの行為を許さないとしているのだ。「この種のいかなる決定も法律上の観点からロシアでは無効だ」という、ロシアの独善性が批判されていることを知らねばならない。
ボロジン露下院議長は「プーチン氏への攻撃はロシアへの攻撃とみなす」と主張。露国営メディア「RT」トップのシモニャン氏も「プーチン氏を逮捕する国を見てみたいものだ。その国の首都までの飛行時間はどれくらいだろうか」とミサイル攻撃を示唆した。恥ずかしくないか。このような発言、このような姿勢こそが、ロシアの野蛮を証明し、ロシアの国際的威信を貶めているのだ。
なお、ロシアはウクライナから多数の子どもたちをロシアに連れ去っていること自体は否定していない。「連れ去りではなく保護した」「危険な戦闘地域から避難させた」と主張している。その上で、ウクライナの子どもをロシア人の養子にする取り組みを進め、ロシアの主張に沿った愛国教育を行っていると報道されている。プーチンはこれらの取り組みを推進する大統領令に署名しているという。
一方、これも当然ながら、ロシアの責任追及を訴えてきたウクライナはICCの決定を歓迎している。ゼレンスキーはSNS上に公開したビデオメッセージで、「歴史的な決断だ。テロ国家の指導者が公式に戦争犯罪の容疑者となった」と述べている。また、シュミハリ首相もSNSに、「プーチン大統領に逮捕状が出されたことは正義に向けた重要な一歩だ。この犯罪やその他の侵略の犯罪に責任があるのはプーチン大統領だ。テロ国家の指導者は法廷に出てウクライナに対して犯したすべての犯罪について裁かれなければなない」と投稿した。
ウクライナの司法当局は、ロシアの軍事侵攻が始まって以降、東部のドネツク州、ルハンシク州、ハルキウ州、それに南部ヘルソン州であわせて1万6000人以上の子どもがロシアによって連れ去られたことが確認され、実数はさらに多い可能性があるとされている。コスティン検事総長は、17日、「ロシアは子どもたちを連れ去ることでウクライナの未来を奪おうとしている」と述べた。
メディアに、国際刑事裁判所の元裁判官だった、中央大学の尾崎久仁子特任教授の指摘が紹介されている。「あえて逮捕状を出したと公表したのは子どもの連れ去りがいまも引き続き行われているので、こうした犯罪が繰り返されることを阻止するとともに、ほかの非人道的な行為を抑止する狙いもある」「ロシアという国連安保理の常任理事国である大国の現職の大統領がこういった犯罪で逮捕状を請求され、正式に被疑者になることが国際社会に与える影響は大きい。いままでロシアに対して中間的な対応をとってきた国々に一定のインパクトを与えるだろう」。なるほどそうなのだろう。
ウクライナのコスティン検事総長は「逮捕状が出されたということは、プーチン大統領は、ロシア国外では逮捕され裁判にかけられるべき人物となったことを意味する。世界の国々の指導者は、プーチン大統領と握手をしたり、交渉したりすることをためらうようになるだろう。これはウクライナと、国際法の秩序全体にとって歴史的な決断だ」と発言した。
折よくというべきか、あるいは折悪しくか、明後日(20日)には、このタイミングで中国の習近平がロシアを訪問する。さて、習は、逮捕状の出ている「国際指名犯・プーチン」と躊躇なく握手をするだろうか、あるいはためらいを見せるだろうか。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2023.3.18より許可を得て転載
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