わき起こる「ヒロシマは死んだ」の声 G7広島サミットでの核軍縮に関する首脳声明で
- 2023年 5月 23日
- 時代をみる
- G7ヒロシマ岩垂 弘
「ヒロシマは死んだ」。広島市で開かれていたG7広島サミット首脳会議が5月21日に閉幕した途端、広島市民から、こうした声が挙がっている。78年前の原爆被爆以来、広島市民が一貫して世界に発信してきた「核兵器廃絶」の訴えが首脳会議では一顧だにされず、そこで採択された声明は「核抑止」を肯定するものだったからである。それだけに、「広島から戦争や核兵器を肯定する宣言が出された以上、これからは、市民が世界に向かって核兵器廃絶を叫んでも、広島は信用されず、広島からものを言えなくなるのでは」といった声が市民の間から聞こえる。
広島市民の願いは「核絶対否定」、つまり「原水爆完全禁止」、あるいは「核兵器廃絶」である。そうした願いは、平和公園の原爆死没者慰霊碑に刻まれた文言「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」に集約されている、と私は思う。
建碑直後から何年にもわたって、この碑文をどう解釈するかを巡って論争があった。碑文を守ろうという意見と、碑文を変えるべきだ、という意見が激突した。が、1970年に、山田節男市長が「私個人としては、碑文を守ろうという気持ちは皆さんと同じだ。私も世界連邦主義者であり、人類共通の願いを表した『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』の碑文は変えるべきでないと思っている」との談話を発表、碑文存続が決まり、碑文論争は終わった。
以来、人類が手を取り合って平和建設と核兵器廃絶に努めようという精神が市民の間に定着した。この精神が「ヒロシマの心」と呼ばれるようになった。
広島ビジョンの根幹にあるもの
G7広島サミットに集まった各国首脳は19日、原爆資料館を見学し、次いで慰霊碑に献花し、黙とうした。しかし、同日発表された声明『核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン』(外務省仮訳)には、次のような文言が並んでいた。
「歴史的な転換期の中、我々G7首脳は、1945年の原子爆弾投下の結果として広島及び長崎の人々が経験したかつてない壊滅と極めて甚大な非人間的な苦難を長崎と共に想起させる広島に集った」
「我々は77年間に及ぶ核兵器の不使用の記録の重要性を強調する。ロシアの無責任な核のレトリック、軍備管理体制の毀損及びベラルーシに核兵器を配備するという表明された意図は、危険であり、かつ受け入れられない」
「我々は、ロシアのウクライナ侵略の文脈における、ロシアによる核兵器の使用の威嚇、ましてやロシアによる核兵器のいかなる使用も許されないとの我々の立場を改めて表明する」
「我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」
「冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な減少は継続しなければならず、逆行させてはならない。核兵器不拡散条約(NPT)は、国際的な核不拡散体制の礎石であり、核軍縮及び原子力の平和的利用を追求するための基礎として堅持されなければならない。我々は、全ての者にとっての安全が損なわれない形で、現実的で、実践的な、責任あるアプローチを通じて達成される、核兵器のない世界という究極の目標に向けた我々のコミットメントを再確認する」
「サミットは失敗」
こうした広島ビジョンの中身に被爆者は、どんな感想を抱いたか。
広島サミットの期間中、広島に滞在していたカナダ在住の被爆者、サロー節子さん(92歳)は、中国新聞のインタビューに対し、「サミットは失敗だった」「自国の核兵器は肯定し、対立する国の核兵器を非難するばかりの発信を被爆地からするのは許されない」と語った。
さらに、サローさんは、サミット前に、世界の市民社会組織が集まるグループが日本政府に提出した政策提言の行方に注目していた。その一つが、サミットに核兵器禁止条約の締結国との協働を求めることだったからである。サローさんは憤る。「岸田文雄首相は提言書を直接受け取ったのに広島ビジョンでは全く無視されている。市民の声を聞いていない」
ビジョンの根底に「核抑止」論
広島で長年、核廃絶運動を続けてきた被爆二世の男性の意見を聞いて見た。
開口一番、彼は言った。「がっかりです」。彼が「ビジョン」の中身で賛同できないことの第1は、「ビジョン」の根底に一貫して「核抑止」という考え方が踏襲されていることだという。
「核抑止」とは、言うなれば「核兵器の強大な破壊力をちらつかせて相手が好ましくない行動をとるのを思いとどませること」(雑誌『世界』臨時増刊「世界を読むキーワードⅢ」1992年刊)である。被爆二世の男性に言わせると、「ビジョン」の「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」という個所が、「核抑止」の考え方に基づいて記述されている個所だという。
「要するに、防衛目的の役割を果たすのが核兵器という立場なんです。G7に集う国々は。だから、ビジョンでは、核兵器禁止条約には一切触れられていないし、核兵器のない世界は究極の目標、とうたわれているんです」
核兵器禁止条約には、すでに68カ国・地域が批准している。
広島からもの言えなくなる恐れ
彼は、最後に、「サミットの前に報じられた、平岡敬・元広島市長(95歳)の警告が見事に当たった」と言い、平岡元市長へのインタビュー記事が載った朝日新聞広島版(5月19日付)を送ってきた。それは「核抑止 肯定する首脳宣言出たら――」「『広島からもの言えなくなる』懸念」という2本見出しの記事で、そこで、元市長はこう語っていた。
「(サミットが)広島で開催するのであれば、ただ『核のない世界』とスローガンを掲げるのではなく、どう実現させていくか、具体的に議論してもらいたい」
「ロシアを非難して終わるような会議ならそもそも必要ないです」
「サミットでは首脳たちによる宣言が出るはず。その中身が世界の分断を進め、軍事力の保有を認めていくようなものであってほしくない」
「いままで、広島からの平和への訴えが世界を動かしてきた。それが同じ広島から、今度は戦争や核兵器を肯定するような宣言が出たとしたら……。『「平和」と言いながら戦争に加担している』と、今後、広島が信用されなくなってしまう。広島からものが言えなくなることを心配しています」
最初から期待なしだから闘い継続あるのみ
広島サミットに対しては、広島市内で、さまざまな行動があった。「G7広島サミッ゛トを問う市民のつどい」を計画したグループも集会やデモを行ったが、そのグループの活動家が言った。
「私たちは広島サミットに何ら期待をしていなかった。G7サミットの本質を知っていたし、これまでこれといった成果を挙げず、むしろ、世界を分断してきたわけだから。今度も、その本質を盛り込んだ声明が出たということに過ぎない。私たちは、これまで通り、今後も反戦・核兵器廃絶の闘いを続ける」
NATOとの軍事的関係強化を憂慮
その活動家に「広島ビジョン」をどう思うかと問うと、彼は「日本と米国・北大西洋条約機(NATO)との軍事的関係がいっそう強化された。これで、日本が米国との軍事同盟の他にNATOにも軍事的に組み込まれた形となり、これからの日本がどうなるか心配だ」と語った。
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