大規模金融緩和政策を検討する(その3) 緩和資金はどこへ流れたか
- 2023年 7月 5日
- スタディルーム
- 盛田常夫金融政策金融緩和
大規模金融緩和は低利の資金をふんだんに供給することによって、企業は投資活動を活発化させ、消費者は購入意欲を高めるというのが、この政策の想定だった。しかし、緩和策が実行された10年の間、このシナリオはほとんど機能しなかった。どうしてだろうか。
ここでも、金融経済と実物経済の本質的な違いをまったく考慮しなかったことが、政策の実効性が失われた原因である。
低利でも新規投資をためらう中小企業
金利負担を無視できるほどの低利のローンがあるのだから、さぞかし企業は新規事業や商品開発に資金を利用するだろうと考えるのは、企業経営に携わったことのない素人の考えだ。金利が高かろうが低かろうが、借りたお金は返さなければならない。新規事業立ち上げのために融資を受けても、事業が成功しなければ、企業は大きな痛手を被る。とくに余力のない中小企業にとって、新規事業の失敗は企業の存続にかかわる。
だから、いくら金利が低くても中小企業はかんたんに資金を借りて、新規事業を立ち上げることはできない。しかも、日本は人口(市場)縮小へ向かっており、長期で見れば、消費財の需要は確実に縮小していく。それを考えれば、一時的な需要の増大があっても、既存事業ですら、簡単に拡大するわけにもいかない。これが中小企業の実情である。
これにたいして、内部留保を抱え資金的に余裕がある大企業は違う。コストが低い資金を借りることができれば、本業ではない財テクに、安価な資金を使うことができる。しかも、緩和が長期にわたり、金融市場や不動産市場が活性化することが予想されるから、内部留保を運用するチャンスであり、緩和資金を財テクに使うことが会社の利益を上げる。大企業でも新規事業への資金投入は慎重にならざるを得ないが、大きなリスクを抱える新規事業開拓より、財テクの方がはるかにリスクは低く投資効率が高い。したがって、製造業であれ商社であれ、資金的余裕がある会社は、金融緩和で安価な資金を得られるなら、それをまず財テクに利用することを考える。企業が借りた資金を技術革新や新商品開拓に向けると考えるのは、あまりにナイーヴである。
他方、消費者(家計)はどうか。金利が低いからと言って、日本の消費者がわざわざローンを組んでまで、急いで耐久消費財を購入しようとは思わないだろう。既存の耐久消費財の買い替えですら、そう簡単に決断できないだろう。そこはアメリカの消費者とは異なる。一般消費者からみれば、低利の資金があれば、なによりもまず住宅購入を考えるだろう。さらに資金的に余裕がある消費者であれば、投資目的の不動産購入も視野に入ってくる。
緩和資金は株式市場と不動産市場へ流れた
このような行動様式を考慮すれば、緩和資金が向かう先が明らかになる。一つは金融市場であり、いま一つは不動産市場である。
東証1部時価総額の推移(単位:兆円)
出所:東京証券取引所(1千億未満切捨て)
個別企業の財テク規模は調査しないと正確には言えないが、株式市場の市場規模は、2013年春の金融緩和以降、およそ400兆円も拡大した。日銀自体が積極的に株式資産の取得(2023円5月現在でおよそ40兆円)に動き、年金管理機構(GPIF、年金積立管理運用独立法人)は株式投資上限引上げによって国内株式資産を増やした(およそ30兆円)。市中銀行の貸出は緩和政策10年で130兆円ほど拡大した。この貸金や企業の内部留保が緩和政策による株価上昇を見込んで財テクに利用された。
不動産市場も同様な傾向を示している。金融緩和によって、住宅不動産の購入が拡大した。首都圏の不動産市場は、金融緩和政策が始まった2013年以降、右肩上がりに価格上昇が続いている。消費者(家計)は利率が低く抑えられているときにマイホーム、あるいは投資資産としてマンションを買おうとするだろう。耐久消費財の買い替えを先送りして、資産形成に安価な資金を回そうとするだろう。企業もまた金融資産だけでなく、不動産投資に資金を振り向けていると考えられる。
不動産価格指数(南関東圏・マンション)
注:2010年平均を100とした各年1月の指数。
出所:公益財団法人不動産流通センター不動産業統計集「不動産流通」25頁(2022年9月改訂)
大規模金融緩和政策が想定していたことは、緩和資金が製造業の投資資金となり、投資が活性化し、生産拡大によって賃金が上昇し、それが一般消費者の消費を上げるという循環である。緩和資金が金融市場や不動産市場を活性化させても、国民経済全体の好循環を生み出すことはない。手持ち資金に余裕のある企業や個人が緩和資金を財テクに利用すれば、金融業や不動産業の就業人口は増えるが、加工業の成長(就業人口の拡大)に結実しない。
このようにみれば、緩和資金の用途は、緩和政策が想定していたものとは異なる。緩和資金が製造業の投資拡大に向けられないことが分かった段階で、緩和政策を見直すべきであった。緩和政策を続ける限り、資産バブルが膨れ続け、他方で日銀の国債引受に歯止めがかからず、日銀の金融政策の自由度が狭まっていく。緩和政策の見直しは、遅くとも、政策実行から5年で判断をするべきであった。しかし、政治がそれを許さず、経済学者もまた、リフレ派の勢いに押されて、賢明な判断を推奨することができなかったのである。
「ブダペスト通信」2023年6月29日
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〔study1264:230705〕
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