中国から見たインドのデジタル戦略
- 2023年 7月 7日
- 評論・紹介・意見
- インド中国阿部治平
‐―八ヶ岳山麓から(433)‐―
5月20日広島市で開かれたG7サミットで、インドのモディ首相はウクライナのゼレンスキー大統領と会談したが、中立的な姿勢を崩さなかった。ゼレンスキー氏が地雷の除去や移動式病院など支援の必要性について説明したのに対して、モディ氏は「政治や経済ではなく、人道や人間の価値観に関する問題だと考えている」と発言し、ウクライナへの支援を人道支援の範囲にとどめた。
ところが、5月22日モディ首相訪米時、バイデン大統領は歓迎式典に在米インド人7000人を招き、異例の厚遇をしたという。そして、先端技術分野での協力、戦闘機用ジェットエンジンのインドにおける共同生産など防衛産業分野での協力で合意した。 共同声明では、海洋進出を強める中国を意識して力による一方的な現状変更に強く反対するとし、「ウクライナでの紛争への深い懸念」も表明した。だが、ロシアを直接名指し非難する文言は盛り込まれなかった。インドが中立を維持しようとしていることがわかる。
だが、中国はインドの動向に神経質にならざるを得ない。
中立インドはどうなるのかを論じた評論が人民日報国際版「環球時報」(2023・06・27)に掲載された。著者は寥煥(りょうかん)中国人民大学国際関係学院博士課程・国際問題研究所助手と王芸謀同大学国際関係学院教授である。実際には寥煥氏が書き、王芸謀氏が指導教官として名を連ねたものであろう。以下にその概略を紹介する。
注目すべきインドの戦略動向(要約)
寥煥・王芸謀
インドは2030年までにGDP世界第3位の国になろうとしており、経済成長を通じて国際的な発言、外交的な影響力を強化することを目指している
西側諸国は、新型コロナ流行のために深刻な半導体不足に陥った反省からサプライチェーンを安定させるために、生産拠点を分散投資する意向を持っている。インドはこれを機に外資誘致を図ろうとしている。すでに2021~2022年のインドへの直接投資流入額は10年前の20倍に増加している。
2015年に開始されたデジタル・インディア戦略は、インドにおけるデジタル格差への対応、デジタル・インフラの改善、インターネットへの普遍的なアクセスの増加に重点を置き、それによって経済成長を加速させようとしている。
さらに科学技術においては、「民主的価値観」によって西側陣営により緊密に融合する。そしてインド2億の英語インターネットユーザーと米印の「重要技術・新興技術に関するイニシアティブ(2022年5月合意)」に基づいて、アメリカと手を組むことである。
一般的に、インドの提案する発展路線は、『メイク・イン・インディア』やインフラ整備、外資誘致のためのさまざまな制度や政策を強く打ち出している点で、中国の発展モデルと経験によく似ている。違いは、インドが西側との緊密な技術協力を通じて従来の発展路線を飛躍させようとしていることである。
そのためにインドは何をしようとしているか。
アメリカを筆頭とする先進国に対しては、自らを「古代からの民主主義国家」「最大の民主主義国家」と称し、「民主主義国家」のグループに統合する意欲を示し、それを前提に、ハイテク分野で西側諸国と結合し、インドへの投資を増やすよう誘導している。
発展途上国に対しては、インドは自国の発展が発展途上国にとって有益であることを示そうとしている。3月ニューデリーで開催されたG20サミット外相会議で、インドがアフリカ同盟(AU)の正式で完全な加盟を提案したことは、この外交哲学の具体的な表れである。
アメリカなど西側陣営は、インドの発展をさまざまな形で支援しているが、これは中国を封じ込めるという戦略的配慮にもとづくものである。 例えば、「世界の工場」としての中国の地位を弱めるために、インドに(先端技術をふくめた)投資とサプライチェーンの一部を誘導し、インドの国際的地位を向上させ、「グローバル・サウス」のリーダーとして中国に対抗できるよう試みている。……第4次産業革命は米中対立と同時進行しており、インドを引き込むことはアメリカにとって重要なカードである。
アメリカの同盟政策は、米ソ冷戦時代にはソ連と直接対決するNATO圏と、アジア地域に大別されていた。アジアではアメリカは2国間条約によって、関連する同盟国を結びつけ、アメリカを中心とする「ハブ&スポーク」体制を構築していた。
しかしながら、アメリカの主要な戦略が中国封じ込めに移った現在、アジアにおける同盟システムも多国間化とネットワーク化へと変貌した。米・日・印・豪の「QUAD(4つ)」と、米・英・豪の「AUKUS」は、アメリカの新たな同盟関係のモデルである。
同時にアメリカは、日本・韓国・フィリピン・オーストラリアといった伝統的な二国間同盟国との水平的関係も強化しており、さらにNATO軍のアジア進出を試みている。
そこでアメリカは伝統的な非同盟国であるインドを二国間関係や『QUAD』を通じてアメリカの同盟国やパートナーの仲間に引き入れ、軍事・経済・外交・科学の包括的同盟に構築するためにあらゆる努力を払っている。
寥煥氏は、以上の考察からこう結論付けた。
「外交における非同盟と現実主義の伝統にもかかわらず、現在一部のインド人は、国益と将来の発展に対する認識が近視眼的で、アメリカや西側陣営に加わる意欲を示す傾向にある。
インドの最近の外交的配置は、西側の民主主義陣営への接近と発展途上国への『リーダーシップ』政策という明確な路線を持つ一方、中国に含むところがあるのは明らかである。 インドの戦略は西側陣営の利益とある程度同一歩調を取ろうとしており、そのなりゆきはまさに注目に値する」
おわりに
新型コロナウイルスの流行に伴う半導体の世界的なサプライチェーンの混乱によって、先進諸国は兵器や軍事システム開発から自動車や自動ドアまで、一時生産停止にまで追い込まれた。これは、米中対立が続くなかグローバル・サウスの有力リーダーであるインドに半導体サプライチェーン参加のチャンスをもたらした。
寥煥氏は、インドには人工頭脳とデジタル経済の発展に有利な人口と市場があり、強力なソフトウェア産業の基盤もあることがわかっている。地政学的な緊張が増すなか、外交上経済政策上の大きな誤りがなければ、インドは何年か後には中国とならぶ「世界の工場」「デジタル経済大国」になる可能性も視野に入れているだろう。
だが、インドが半導体製造に傾斜した工業化を目指すとしても、その速度は西側の期待通りにはならないだろう。インドが議会制民主主義国家である以上、一党支配で意思決定の早い中国と比べれば、政策の実現は緩やかなものにならざるをえない。
軍用に転化できる半導体をインドが製造・供給し始めたとき、かりに中立を標榜していたとしても、カギになる先端技術を西側が握っている状況ではインドはいやおうなしに西側に傾く。これは、米中だけでなく、中印のパワーバランスにも大きな影響をもたらすだろう。なぜなら両国は国境紛争をかかえているからだ。
ともすれば敵対的になりがちな両国関係の中、寥煥氏が冷静な分析に終始していることに敬意を表したい。
(2023・06・30)
初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion13111:230707〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。