ミャンマー、前進と後退、しかし目標への確かな歩み
- 2023年 7月 14日
- 評論・紹介・意見
<タイ政府の「人質外交」は無効である>
まもなく退任するタイの暫定政府ドン・プラムドウィナイ外相は7/12(水)、投獄されているミャンマーの指導者アウンサンスーチー氏と、日曜日にネピトーを極秘訪問した際に面会したと発表した。この会談はアセアン閣僚会議が始まる直前に行われたため、その政治的意図に対し多くの疑念と批判が寄せられている。ドン外相は、外国高官として初めてスーチー氏と直接会見したとして、その会見内容をアセアン会議で公表した。タイ外務省の声明では、ドン外相とスーチー氏は1時間以上話し合ったが、スーチー氏は心身とも良好であるとみえたという。スーチー氏はミャンマー内の各勢力による政治対話を支持し、過去2年間のミャンマー国民と経済への打撃について懸念を表明したとする。
「ラジオ・フリー・アジア」7/12によれば、ミャンマー統一政府(NUG)フォンラット報道官は、ドン外相にはASEANの仲介をする権限はないと指摘したうえで、「NUGとしては、我々のリーダーが釈放され、自らメッセージを伝えて初めて信じることができる。仲介を委任されていない人物の言葉をあまり真剣に考えるべきではないと思います」と語ったという。
また地元紙「イラワジ」7/12は、ミャンマー統一政府(NUG)のジンマーアウン外相のインタビューを全文掲載しており、そのなかで獄中会談を許可したミャンマー軍事政権とそれとごく親密なタイの準軍事政権の意図を暴露して、激しく批判している。以下、「タイ外相のアウンサンスーチー氏との会談は『人質外交』」と題する記事の摘要を記す。
https://www.irrawaddy.com/in-person/interview/nug-foreign-minister-thai-counterparts-meeting-with-daw-aung-san-suu-kyi-was-hostage-diplomacy.html
NUGのジンマーアウン外相 イラワジ BBC
タイ政府はASEANの5項目のコンセンサスという基本合意を無視して、昨年から「隣人外交」を独自に展開している。国際社会のみならず、アセアンからも締め出されている軍事政権をアセアンに復帰させようとする試みであり、軍事政権に都合のいいかたちでの内戦終結の手助けをする意図があるとみられる。「独裁者同士がギリギリまで支え合う」シナリオではないか、と外相は言う。
また外相は、会談は適切だったと思うかという問いに対し、「絶対ありえない」とし、その理由として、ドン外相にはアセアンを代表して会談する権限はないこと、またスーチー氏が自分の意志で会談し、発言したのかは、ドン外相の一方的発言だけではわからないこと。スーチー氏が自由の身になって自由に発言する機会が与えられてはじめて、その発言内容が事実だと確認できる。特に国民統一政府(NUG)やその武装組織である人民防衛軍(PDF)に関して、情報から遮断され孤立している指導者にコメントを求めること自体が、適切かどうか考えなければならないし、それが彼女の同意のもとに行われたかどうかもわからない。彼女は不用意に政治的意見を述べる人ではない、とNUG外相はドン外相の言明のうさん臭さを指摘している。
――筆者は、日本在住のミャンマー人の幾人かにこの会談について尋ねてみた。すると、会談の内容は一方的な報告であり、信用できない。スーチー氏は、拘留後も国民の意思には決して逆らわない、国民の側に立つと言っている。だから現在の全国民的抵抗運動に反することは言わないであろう。しかしもし言ったとしても、それはスーチー氏が国民的指導者ではなくなるだけの話で、我々の運動は氏を乗り越えていくだろうという趣旨のこと複数人が述べた。これはミャンマーの国民的な抵抗運動の成長を示すたしかな証拠であり、かつてのカリスマ崇拝の弱点を克服しつつあることを示すものだろう。筆者は個人的にはスーチー氏の象徴的な統率力を必要とする局面が来るであろうとみているが、その場合でも政治力を身に付けた新しい指導者層が彼女の周りを囲んでいることと思う。
東南アジア諸国のうちでは、東ティモール政府が7月1日に開催された、独立の英雄シャナナ・グスマン首相が率いる新内閣の就任式にNUGの外相ジンマーアウン氏を招待した。東ティモール政府は、ミャンマー国軍による軍事クーデターを非難し、民主派政府への支援を表明している。 またインドネシア政府のレトノ・マルスディ外相は、国民統一政府との接触は110回に及び、人民防衛軍や少数民族武装組織(EAOs)の関係者とも数回会っているという。強国タイに民主派政権が成立すれば、こうした動きが加速するであろうが、しかしミャンマー民主派勢力はまだまだ苦難の道をしばらくは歩まねばならないのであろう。
<民間人に対する致命的な空爆・残虐行為続く>
反軍民主化勢力との地上戦で敗退を重ねる軍事政権は、ますます少数民族地域の公共施設や民間人に対する致命的な空爆を含む残虐行為をエスカレートさせている。この5月に事務所開きに集まった子どもを含む160人以上の一般住民をジェット戦闘機と武装ヘリで空爆し殺害したザガイン虐殺をはじめ、カヤー州やシャン州、カチン州などで連続して戦争犯罪をエスカレートさせている。「ラジオ・フリー・アジア」5/9の報道では、人権団体「ヒューマン・ライト・ウオッチ」の発表によるとして、国軍は、「サーモバリック」や 「蒸気雲爆発」と呼ばれる殺傷能力の強い特殊爆弾を使用しているらしい。この5月に発表された、ミャンマー問題の国連特別報告によれば、兵器や軍装備品を国軍に輸出しているのは、ロシア(約4億600万道ドル)や中国(約2億6700万ドル)、そしてシンガポール(約2億5400万ドル)であるーただし、シンガポールは政府は絡んでいない模様。直近の7/12、強力な抵抗拠点であるカヤー州の国内難民キャンプIDPを空爆したため数名が死亡し、新たに数千人の住民がタイのメーホンソン県へ避難したという。地元の武装組織・進歩的カレンニ人民軍によると、軍政は2023年1月から6月にかけて、カヤー州で少なくとも343回の空爆を行った。複数の情報源によると、2021年の軍事クーデター以来、少なくとも27万人がカヤー州で避難しているという。
ドー・ノエ・クーIDPキャンプへの空爆により、仮設学校や家屋が破壊された。/ KnHRG
3月11日、シャン州のナン・ネーム村の僧院で、軍に射殺された僧侶を含む民間人の遺体。/ カレンニ民族防衛軍
<底なしの軍の残虐さ>
ミャンゴンから130キロほど北に位置する「ダイウ刑務所」にまつわる残忍な話を、RFAやイラワジなどが報道している。(かつて筆者はダイウ刑務所の近くの農場に仕事でたびたび来ていて、白い囚人服を着た囚人たちが、腰縄(鎖)を付けたまま農作業をしている姿をよく見ていたので、この記事には注意をひかれた)
まず一つめは、この6月、ダイウ刑務所の所長ミョータイ中尉が、囚人(政治囚)が外部(人民防衛軍)と連絡とるのを許したとして、副所長と職員7名とともに逮捕され、尋問中に殺害されたとRFA(7/11)は報じている。またイラワジによれば、6月27日他刑務所へ移送すると言って、37人の囚人(政治囚)がダイウ刑務所から連れ出されたが、そのうち7人が移送途中に殺されたと親族や友人から訴えがあったという。それ以前の5月、この刑務所では、受刑者がバゴー人民防衛軍とコンタクトをとっていることが発覚、24人の受刑者が尋問を受けたが、そのうち3名が看守から殴り殺されたという。
バゴー地区にあるダイウ中央刑務所。 イラワジ
報道にはないが、おそらくこの三つの事件は連動しているのであろう。受刑者が地元の人民防衛軍と所内から連絡を取っていることが発覚し、それを許したとして刑務所の責任者らと受刑者らが、責任追及と懲罰で殺されたのであろう。軍はこのところ不利な状況になればなるほど、見境なく残忍になっている。
<東部カヤー州の抵抗勢力、暫定州政府を発足>
イラワジ(6/13)によれば、ミャンマー東部カヤー州の反軍武装勢力は6日、暫定州政府(暫定執行評議会)を発足したと発表したという。少数民族が州政府を発足するのは、2021年のクーデター後で国内初。民主派らによる国民統一政府(NUG)などと連携してミャンマーの民主化を後押しする方針。暫定執行評議会のトップに就くのはカレンニ民族進歩党(KNPP)のクオレ会長。今後は、民主派勢力と連携して民主化を後押しするとともに、州法を定めて州の治安確保と教育や保健、食糧などの公共サービスを提供することも計画しているという。
カヤー州での暫定政府の設立については、NUGのほか、アラカン軍(AA)やタアン民族解放軍(TNLA)、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)などの強力な少数民族武装勢力が祝福のメッセージを寄せた。これらの勢力は、軍事政権との闘争に足並みをそろえており、近い将来樹立されるであろう民主派政権の政治的軍事的中核となるものと思われる。
武装パトロールを行うKNDFの戦闘員。 ポーズとをるKNDFの戦士たち イラワジ
カヤ―(カレンニ)州は人口30万人ほどの小さな州であるが、地理的に首都ネピドーに隣接しており、軍政にとってもこの地域は治安上もなおざりにできないところに位置している。ところが2021年2月のクーデタ後、この州で結成されたカレンニ民族防衛軍(KNDF)は、急速に成長拡大を遂げ、いまやネピドーに立てこもる将軍たちの悩みの種になっているという。今般樹立されたカレンニ州政府は、カレンニ民族進歩党の武装組織であるカレンニ民族防衛軍(KNDF)などが中心となって支えられているという。
KNDFを訓練してきたカレン二軍(KA)が3,000人の兵力しか持たないのに対し、後発のKNDFは現在22個大隊、7,000人以上の兵力を誇っている―笹川平和財団資料には名前すら載っていない。戦闘実績は、過去2年間、カヤー州とシャン州南部で政権軍と1000回以上衝突している。戦闘のほとんどはカヤーのデモソで起こり、シャン州のペコン郡区がそれに続いた。KAもKNDFとともに政権と戦っている。衝突の結果、政権軍から600丁近い武器が押収されたと各団体は語っている。また、KNDFの2年間の戦闘に関する報告書によれば、KNDFが153人の死者を出した一方で、合計2,065人の政府軍兵士が死亡したという。
2022年11月、マグウェ州パウク郡区で警察署を襲撃するイェナンヤウン人民防衛軍 イラワジ
<国軍傘下の国境警備隊、抵抗勢力に寝返る>
最後に「東京新聞」(6/30)から。先に報告したカヤ―州で、国軍に帰順して国境警備隊BGFに編入されていた部隊が、丸ごと抵抗勢力に寝返ったという。6月13日以降、カヤ―州では「カレン二―軍(KA)」や「カレン二―人民防衛隊(KNDF)」と国軍との激しい戦闘が続いていたが、このときBGFとして戦っていた「カレン二―民族人民解放戦線(KNPLF)」が、指揮にあたっていた国軍の将校を拘束し、抵抗勢力側に部隊ごと寝返ったという。ミャンマーでは、部隊丸ごとの寝返りは初めてという。
抵抗勢力の力がどれほどついているかの軍事的バロメーターは、どれでけ上級の将校クラスが脱走ないし帰順してくるのか、またどれだけ集団での脱走ないし帰順が引き起こされるのかだという。その意味ではカヤ―州における抵抗勢力の急成長と敵軍の降伏・脱走は、他の地域でも教訓にすべきところを多く含んでいるとみるべきであろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion13129:230713〕
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