ネタニヤフ政権を止めるには イスラエル・パレスチナ抗争を考える
- 2023年 12月 2日
- 評論・紹介・意見
- イスラエルパレスチナ小川 洋
筆者は中東問題に深い知識をもつものではない。しかし、10月7日に始まった今回の武力紛争によって深刻な人道的危機が進行している状況について、このサイトでも何かしら取り上げるべきだと考えた。とりあえず、西側およびアラブ系メディアの英語報道と日本国内の報道などをチエックして、イスラエル・パレスチナ抗争を理解する一助としたい。
軌道修正した西側諸国
当初、EUはイスラエルの報復的なガザ攻撃の正当性を認め、イスラエルへの連帯を示した。欧州議会フォンデアライエン委員長はテルアビブに飛び、ネタニヤフ首相と会談しイスラエル支持を表明している。ただ初期段階からアイルランドはパレスチナ支持の姿勢を隠していなかった。アイルランドがイギリスによる植民地支配の長い記憶があり、パレスチナ人に共鳴する部分が大きいからだと指摘される。
その後、10月27日にイスラエル軍が地上侵攻を開始し、無差別的な攻撃を始めると「ガザが子どもの墓場になっている」という言葉が国連などでも飛び交うようになった。病院施設や学校さらには国連機関が運営する施設にまで甚大な被害は拡大し、数えられる限りでも死者は15,000人に達した。さすがに西側諸国の多くも、イスラエルの軍事行動による被害が、ハマスによる被害と「釣り合わぬ」とする主張が支配的になった。そのなかで、一時停戦への流れが生まれ、停戦と人質交換交渉が成立した。
人質交換の報道
11月24日に始まった人質交換の際、アルジャジーラなどアラブ系のメディアは、解放されたパレスチナ人たちを、イスラエルによって「拘束(detained)されていたパレスチナ人」と表現している一方、欧米系メディアは「パレスチナ側のprisoner」と表現した。日本のメディアの多くは、初めに「囚人」あるいは「受刑者」と報じたが、これは誤訳である。
英語のprisonerには①犯罪の懲罰として刑務所に収容される者、②強制力により連れ去られ、拘束されている者、など多様な意味がある。この場合の意味は②であるから、日本語で刑事犯罪によって収監されている者の意味に近い「囚人」は不適切である。
メディアの多くは間もなく、「イスラエルの刑務所に収容されていた」とする表現に修正している。
10月27日段階では、NHKニュースは、7500人のパレスチナ人がイスラエル側に拘束されており、その多くが罪状なども明らかにされないまま拘束されていることを指摘し、その人々の中から、イスラエル側の人質と交換に解放されていると説明報道をした。
付け加えるならば、イスラエル警察と軍は、占領しているヨルダン川西岸のユダヤ人入植者を支援し、抵抗するパレスチナ人の拘束を継続的に行っており、イスラエル側に拘束されているパレスチナ人の多くは、これらの人々である。被拘束者の8割は裁判にかけられることもなく、またその多くは未成年でありローティン(10代前半)も少なくない。イスラエル政府が意図的に、より多くのパレスチナ人家族にダメージを与え、将来、若者たちがイスラエルに抵抗する意欲を喪失させることを狙っているともいわれる。
また人質交換が行われるなかでも、イスラエルは西岸地区で、同程度の数のパレスチナ人の不当、不法な拘束を続けているとする報告もある。また入植者ユダヤ人たちのパレスチナ人たちに対する暴力行為が拡大しているという報道も続いている。
おざなりなプロパガンダの意味するもの
SNSの時代である。双方ともテレビ局や新聞社などの既存メディア対策をとるとともに、ネット上でプロパガンダを展開している。当然、情報量はイスラエル側が圧倒的である。しかしそのイスラエルのプロパガンダがひどく雑なのである。テレビなどで紹介された途端に、ネット上でその虚偽性が指摘される事態となっている。典型的な話はアルシファ病院である。10月7日以降の紛争激化のなかで、イスラエル軍がハマスの軍事拠点となっているとして、病院へ激しい攻撃を加える様子は世界中に流れた。
このガザ地区の病院はイギリス統治下の1946年に初期的な施設が開設されており、その後、エジプト領となり、さらにイスラエルが占領し、その間に施設が拡張された。イスラエル政府は、国際社会の批判とパレスチナ側の抵抗に手を焼き、2005年にガザ地区から入植者と軍を撤退させ、実質的にパレスチナ人の居住する土地となった。その後、国際機関の援助なども加わり、アルシファ病院はガザ地区最大のパレスチナ人たちのための医療機関となったのである。
医師や患者まで追い出したイスラエル軍は、徹底的に破壊された病院をメディアに公開した。病院がハマスの指揮所として使われ、人質たちもここに拘束されていたと説明し、一室の壁に貼られた表を指さし、「これが人質の見張り担当者たちの当番表だ」とした。ところが、SNS上には瞬時にして、「それはただのカレンダーだ。人名として指さされていた文字は曜日だし、アラビア語は右から左に向かって読む」など、その説明の虚偽性を指摘する投稿が溢れた。
アルシファ病院については、さらに驚くべき情報が流れた。CNNの有名記者アマンプールが、イスラエル元首相のエフード・バラク(1999年~2001年在任)に行ったインタビューのなかで、元首相は、アルシファ病院の地下施設は占領中にイスラエルが建設したものだと述べたのである。アマンプールが驚いて問い返すのだが、説明は変わらない。イスラエル事情に詳しいジャーナリストによれば、アラブ諸国と繰り返し全面戦争を経験してきたイスラエルでは、病院に地下壕を設営することは一般的なのだと指摘する。
イスラエル政府は、初めからパレスチナ人たちの命を守る医療インフラを廃墟とするつもりであり、プロパガンダは、国際社会の目を少しの間でも欺くことができればいいと考えていたのであろう。アルシファ病院ほどには注目されていなかったが、ほぼ同時期に同じガザ地区にあるインドネシア病院(2015年、世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアの人々の寄付によって開設)にも陸海空からの全面的攻撃が加えられ電気も止まり、多数の死傷者を出している。
抗争の今後について
今回、さまざまなメディアの情報に触れる中で、強く印象に残ったのは、アラブ系のジャーナリストが指摘した「ハマスは組織名ではない。ハマスはBrandだ」との言葉である。たしかにハマスの正式名称は英語で、“Islam resistant movement”だから組織名ではない。実際にはハマスには外交組織や軍事組織をもつ「組織」の側面はあるのだが、イスラエルが550万人のパレスチナ人たちを抑圧し続ける限り、ハマスすなわちパレスチナ人たちの抵抗運動は続く。
ネタニヤフ首相は「ハマスを壊滅させるまで戦う」と繰り返し発言しているが、彼はハマスが単なる組織ではなく抵抗運動であることを理解しているだろう。政権内の極右政治家や市民のなかに、パレスチナ人を「人間の姿をした動物」であり「駆除すべき生物」と表現する者さえいる。「ハマスの壊滅」とはパレスチナ人のFinal Solution(最終的解決)を意味する。
ナチス政権はユダヤ人たちを同じような表現によって人間と見做さず、強制収容所に送って数百万人を殺戮した。今回のパレスチナの展開は、その歴史のネガフィルムを見せられているようだ。ネタニヤフは後世、自らが「ユダヤのヒトラー」と評価されることは避けたいであろう。国際社会はイスラエルの暴走を止めるための策を至急に講じなければならない。アラブ諸国とイスラエル双方に一定の距離をとることのできる日本政府にもできることがあるはずである。
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