Global Head Lines:アセアンの動向(1)ドイツの日刊紙Taz.12/8のアジア版 選挙前のインドネシア:民主主義の危機
- 2023年 12月 24日
- 評論・紹介・意見
- アセアンインドネシア野上俊明
はじめに
世襲の圧力が民主主義の危機を招く――そう思わせる動きがアジアで顕著になっている。北朝鮮、シンガポール、カンボジアに続いて、アセアン最大の経済大国インドネシアで、大統領選をめぐり世襲をにおわせる動きが強まっているという。(日本の保守政権の現下の危機も、政党の世襲制=身分制社会化が腐敗の温床になっており、政党政治の危機を招いている、という意味ではアジア的な現象と一括りできそうである)。
スハルトによる開発独裁体制を打破し、民主主義的な「法の支配」と多元的社会を実現し、経済成長を続けるインドネシアー2030年代にはGDPで日本を追い越すと予測されている―であったが、ここへ来て懸念される政局が浮き彫りになっている。アセアン各国の体制を覗き見れば、中国と体質的に近いベトナム、カンボジア、ラオスや長く軍事政権下にある(あった)タイやミャンマーと、比較的開かれた社会といってよいインドネシアやマレーシアに分かれるだろう。ミャンマー危機への対処の仕方でも、インドネシアやマレーシア、シンガポールは民主派抵抗勢力に沿った動きを見せてきた。しかし、もしインドネシアが権威主義国家になれば、ミャンマー危機の解決方向はまちがいなく中国が主導権を握り、中国型モデルが押し付けられることになろう。そういう意味で、ミャンマーに関心を有する者にとって、来年2月のインドネシアの大統領選は目が離せないのである。
原題:Indonesien vor der Wahl:Demokratie in Gefahr
https://taz.de/Indonesien-vor-der-Wahl/!5978775/
――2月14日にインドネシアで選挙が行われる。退任するウィドド大統領の突然の政変に、人権活動家たちは心配している。
大統領候補プラボウォ・スビアント(インドネシア・ジャカルタ、2023年11月27日Foto: Mast Ihram/epa
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、2月に行われる選挙で、長年の挑戦者であったプラボウォ・スビアントを、意外な交代劇で当選候補にした。なぜなら物議を醸している元将軍は、ジョコウィの長男ジブラン・ラカブミン・ラカ(36)を伴走者として突然出馬することになったからである。かくてプラボウォは、いまだ高い人気を誇る大統領から国民の支持を引き継ぐのである。プラボウォは権威主義的な政治スタイルを好み、スハルト独裁政権時代の人権侵害の責任を問われ、何年もアメリカへの入国を禁止されていたが、世論調査では前回の最有力候補であった改革派のガンジャール・プラノウォを追い抜いた。
インドネシアでは世論調査は信頼できないとされている。とはいえ、ジョコウィの方向転換に腹を立てている多くの改革派の間では、それ以来警鐘が鳴らされている。「この選挙で若い民主主義を守るために戦わなければならないとは思ってもいませんでした」と、ガンジャールの出身地である中部ジャワの民主主義・人権活動家は不満を漏らす。彼女は最近あった、ある地区の村長宛の、州都スマランの警察への出頭の呼び出しの書簡のことに言及している。首都ジャカルタへの招待に応じなかったためだ。そこでは彼女にはー本来中立であるべきなのであるがープラボウォ=ジブラン候補者ペアを支持する義務があるというのだ。
ジョコウィは憲法により再出馬できない
憲法によれば、ジョコウィは2期在任した後、2月14日に行われる大統領選挙と議会選挙に再出馬することはできない。プラボウォとガンジャールに加え、前ジャカルタ知事のアニエス・バスウェダンも大統領官邸へ入りたがっている。彼はイデオロギー的にはイスラム主義者に近いと言われているが、世論調査では通常3位にとどまっている。新たな有力候補となったプラボウォは、人口2億7000万人を擁する世界第4位の国の最高権力者にすでに2度挑戦している。彼は2度ともジョコウィに敗れたが、自分の敗北を認めたがらなかった。ジョコウィは結局、彼を抱き込むために国防相にした。9月中旬、ジョコウィと、それまで本命だった党同僚のガンジャールは、最初の選挙ポスターで仲睦まじい笑みを浮かべていた。ガンジャールの汚職との戦いの成功により、彼が統治する中部ジャワ州はインドネシアで「最も誠実な」州として二度認められた。また、貧困削減とインフラの大幅な改善に対する彼のコミットメントも評価されている。2019年にジョコウィを支持し、現在はガンジャールのために戦うことを望んでいる数百人の選挙運動員が9月に開いた会合で、ジョコウィ大統領は、党の同僚が成功した仕事を続けてくれることへの期待を表明した。同時にジョコウィは、政治における信頼文化の重要性を強調した。
最高憲法裁判所判事に連なる
しかし、1か月後、すべてが完全に変わった。ポスターに描かれた白いシャツを着て微笑む2人の男は、突然ジョコウィとプラボウォになったのだ。有力候補は10月末までに代理を指名しなければならなかった。しかし、まず憲法裁判所が判断を下さなければならなかった。ジョコウィの36歳の息子ジブランは、まだ法律で定められた最低年齢である40歳に達していないが、副大統領に立候補できるのか? 裁判所は、地方での経験を持つ政治家は若くてもよいという主張に同意した。ジブランはソロ市長に就任して2年になる。彼はすぐにプラボウォの副官に就任した。問題は、最高憲法判事がジョコウィの義弟であることだ。現職の閣僚たちも落胆の反応を示した。批判が殺到した。国家創設者スカルノの娘で、ジョコウィ、ジブラン、ガンジャールの両氏が所属するPDI-P党の元大統領兼議長であるメガワティ・スカルノプトリ氏も警告した。
当初は、大統領の180度の方向転換に憶測は尽きないように思われた。ジョコウィは政治王朝を築きたいのだろうか?結局のところ、72歳のプラボウォはすでに何度も脳卒中を患っており、健康上の理由から近いうちに若い副大統領に政権を譲らなければならないかもしれない。多くの人にとって今でも最も理解できるジョコウィは、第3候補アニエス、ひいてはイスラム原理主義者を牽制したいのだろうか?それとも事態は全く違った展開となり、プラボウォは選挙勝利後にジョコウィ一族を捨て、インドネシアの民主主義への困難な道を最終的に阻止することになるのだろうか?
改革者ガンジャールが政治的に”クリーン”であることを主張し、主に草の根ベースで選挙キャンペーンを組織するのに対し、プラボウォとジブランは経済的利益と歴史的忘却に支えられている。数的に優勢な若い世代は、スハルト時代のプラボウォの残虐行為を覚えていない。むしろ彼らは副候補の若さと、不釣り合いなカップルを風刺画のように描いた面白いTikTok動画や選挙ポスターを楽しんでいる。中部ジャワの村長たちの例や、北スマトラで軍によって破り捨てられたガンジャールのポスターの写真は、警察と軍が大統領から、息子と元将軍のために立ち上がり、相応の圧力を行使するよう命じられていることを示唆している。すでに世界第3位の規模を誇るインドネシアの民主主義は、後退に直面している。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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