9・11日を契機したアメリカの戦争と日本の選択
- 2011年 9月 15日
- 評論・紹介・意見
- 三上治
アメリカの二つの戦争について多くの論評が出ているが、現在でも続いているこの歴史的な愚行を日本の選択の問題と関係させて明瞭に論評しているものには残念ながら出会わなかった。日本では3月11日の大震災があり人々の意識や視線が内向きになってはいるが、この9月11日事件に端を発した戦争は続いており日本の選択も是正されないままにあることを指摘しておかなければならない。この事件はアメリカの自作自演ではないかという説は強くなっているが、それはともかくとしても、この事件を戦争として把握し戦争で持って応えたことは根本的な誤りであった。それに同調した日本の選択も同じである。
9月11日事件が報道されてきたようにビンラディンのやったテロであったにせよこの事件はアメリカに仕掛けられて政治的行為としてのテロであって戦争ではなかった。この行為が戦争ではない以上はここから戦争として発展していくには無理があった。戦争の形態が変化しているのでありこれは現代的な戦争であるという分析もあるが、この分析にもやはり無理がある。飛行機を乗っ取ってのテロが何千人かの殺害を生み出したものであってもこれに対するアメリカの対応が何倍もの人々を殺害し、百兆円を超える戦費と10年を超える歳月を持ってする対応はやはり説明がつかない。何を対象とした、何のための戦争なのか曖昧なのである。だから、その収拾も終わりも明瞭にしないままに泥沼状態から脱することはできないのである。アメリカにとっては大義も目的も理由も関係はない。戦争機械と化したアメリカというシステムがやった戦争であり、戦争が存在しているだけが事実であって、これまでの戦争を説明してきた大義も目的も理由も当てはまらないという説明がある。これが真実というべきなのであろうか(?)「反テロ戦争」という言葉が流通した。これも曖昧なままでその中身が一向に明らかにされないものであった。日本ではアフガニスタンやイラクで戦争が行われているという事実は知らされたにせよ、何を対象にした何のための戦争であるかの分析も論評も消えてしまった。これに陰に陽に同調しているということだけが続いてきた。この戦争を主導したアメリカのブッシュ大統領はイラクや中近東に民主化と自由化を実現することだと宣言した。皮肉なことにこれは自国の専制権力を打倒するアラブの民衆によって実現され、アメリカはむしろこの打倒された専制権力を支援してきたのである。エジプトのムバラク元大統領はアメリカの忠実な盟友であった。戦争を持ってする自由化も民主化も欺瞞であることを歴史は証明したが、これだけが真実である。
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〔opinion0614 :110915〕
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