原発事故から半年・・・事故処理への国費投入の合理性
- 2011年 9月 23日
- 時代をみる
- 原発国費投入近藤邦明
福島第一原発で史上最悪の事故が起こってから、早くも半年が経過した。この間、原発事故に対する国・東電・原発御用学者の無能で不誠実、そして国民の生命を軽視する姿が明らかになった。
菅前民主党政権は、ことさら事故を軽微なものに見せかけようと隠蔽を重ね、事故当初において避けられたはずの高レベル放射線被曝者を大量に生み出してしまった。退陣した菅直人は共同通信のインタビューに次のように答えた。
菅直人前首相は18日までに共同通信のインタビューに応じ、3月11日の束京電力福島第1原発事故発生を受け、事故がどう進行するか予測するよう複数の機関に求め、最悪のケースでは東京を含む首都圏の3千万人も避難対象になるとの結果を得ていたことを明らかにした 発生直後には、現場の第1原発の担当者と意思疎通できないなど対応が困難を極めたことを強調。原因究明を進める第三者機関「事故調査・検討委員会」(畑村洋太郎委員長)は菅氏から事情を聴く方針で、事故対応をめぐる発言は、再発防止の鍵になりそうだ。
菅氏は複数の関係機関にシミュレーションを依頼。最悪の場合は半径200~250キロは住民の避難が必要との結果になった。東京のかなりの地域も含まれ、対象は3千万人。大混乱が起きるとの思いが頭をよぎり「国が国として成り立つのかという瀬戸際だった」と述べた。
被害拡大については「地震と津波と原発事故が同時に起きることを全く想定していなかった」と、用意されていた危機対応シナリオが役に立たなかったことを明らかにした。
津波で電源が失われ原子炉の冷却ができなくなったことから東電は電源車を要請。何とか確保したものの結局、電源がつながらなかったことを挙げ、菅氏は「一体どうなっているんだと思った」と振り返った。
格納容器の圧力を下げるために蒸気を排出するベントについては、束電側に繰り返し実施を求めたが行われなかったと説明。「本店から現場に意思が伝わっているのか確信が持てなかった」と述べ、12日の朝に現地入りした理由とした。
(原発事故で菅氏 首都圏も避難対象 最悪の場合は3千万人―大分合同新聞9月19日朝刊)
原発事故後に電源を喪失した段階で、最悪の場合として炉心溶融から水素爆発・水蒸気爆発・核爆発の危険性があることは素人でも想像できる。
記事によれば菅直人は複数の関係機関のシミュレーションから深刻事故の発生と、最悪の場合広範囲に放射性物質を放出する危険性があることを認識していたのである。それにもかかわらず菅直人は政権のスポークスマンである枝野前官房長官(現経産相)を使って、事故は軽微であり、『直ちに健康に被害は無い』として大規模な避難指示を行わなかった。その結果、おそらく避けられた高レベルの放射線被曝者を多数生み出してしまった。菅前政権の行動は少なくとも未必の故意に相当し、正に万死に値する背任行為であった。
この姿勢は現政権でも本質的に変わっておらず、相変わらず情報は限定的にしか公表されず、科学的な裏づけの無い楽観論を振り撒き、その実、直接の被災者住民や国民に対して無用な被曝を押し付けている。
国が福島第一原発事故の発生後に行った最大の政治的対応は、原発事故という『緊急』の場合に対する『暫定的』な放射線に対する国の基準値の緩和である。
通常では、一般人に許容される年間被曝線量の上限値は1mSv/年と定められてきた。これが原発事故後は『暫定的』に一気に20mSv/年に引き上げられた。これは日常的に放射線管理区域に立ち入って放射線を浴びる可能性のある労働者の受忍限度として定められた値であり、安全の基準では無いことは言うまでも無い。
国は半径20km圏内を災害対策基本法に基づく警戒区域に設定し、半径20km圏外では、飯舘村の全域と川俣町の一部、半径20km圏内を除く浪江町と葛尾村の全域、南相馬市の一部を「計画的避難区域」に指定し、その他の地域では推定積算放射線量20mSv(3.2μSv/h)を目安に「特定避難勧奨地点」を設定した。
つまり国は、20mSv/年という被曝線量を超えなければ、その場所で生活することを容認(強制?)しているのである。これはとんでもない話である。これを『無視』して自主的に避難する住民は救済の対象から除外するというのは言語道断である。
『緊急』とは何か、『暫定』とはいつまでなのかを明確にしなければならない。原発事故当初において、半減期の比較的短い放射性ヨウ素131(半減期7.7日)による高い放射線レベルにあった環境を『緊急』の状況ということは可能かもしれない。環境放射線の主体が放射性ヨウ素131である期間を『暫定』的な期間ということは出来るかもしれない。
しかし放射性ヨウ素131は事故当初において福島第一原発の周辺住民を高度に被曝させた後に急速に減衰し、現在の環境放射線の主体となる基準核種は放射性セシウム137(半減期30年)であり、短期的には環境放射線レベルはほとんど変化しないのである。このような状況下では暫定基準で対応すべきではなく、通常の放射性物質に対する基準値を用いるべきである。
2.立ち入り禁止地域の設定について
日本では『放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律』によって、放射線障害を防止することが定められており、その中で一般国民の無用な放射線被曝を避けるために立ち入りを規制する『放射線管理区域』の設定が定められている。既に原発事故当初における状況が急激に変化する緊急の状況を脱している現在、住民の避難措置の根拠とすべきは放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律に定められた放射線管理区域の基準である。
放射線管理区域の設定の基準を以下に示す。
管理区域の設定基準
1.外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSv
2.空気中の放射性物質の濃度については、3月についての平均濃度が空気中濃度限度の1/10
3.放射性物質によって汚染される物の表面の放射性物質の密度については、表面汚染密度(α線を放出するもの:4Bq/cm2、α線を放出しないもの:40Bq/cm2)の10分の1
4.外部放射線による外部被ばくと空気中の放射性物質の吸入による内部被ばくが複合するおそれのある場合は、線量と放射能濃度のそれぞれの基準値に対する比の和が1
文部科学省による福島第一原発周辺の1年間の積算線量の推定値を次の図に示す。
管理区域設定基準の1.に示された1.3mSv/3月=5.2mSv/年を考えると、図の5mSvのコンター(一番外側の紺色の線)で囲まれた範囲が概ね放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律に定められた放射線管理区域として設定すべき範囲となる。つまりこの範囲は立ち入り禁止地域にして一般人の立ち入りを禁止すべきである。
現状では、20mSv/年未満の地域に住民の居住を容認しており、これは明らかに違法状態である。細野原発担当相は早急に除染を行い計画的避難区域の解除を行い住民をできるだけ早く元の住居に戻したいという意向を示したが、これはとんでもないことである。元の居住地域に帰還させるための条件は少なくとも1mSv/年を確実に下回るような環境条件が確認された場合に限られる。
3.放射性物質に汚染された食品の基準
原発事故後、能天気な人の中には、おそらく善意から、安全性の確認された原発被災地の農林水産物を積極的に消費しようという安易な発言をする人がいる。彼らの言う『安全』とは何なのであろうか?もし彼らの言う安全が、抜き取り検査で国の暫定基準を満足しているということであれば、無責任の謗りを免れないであろう。
日本の食品安全基準では、福島第一原発事故前の放射能に対する基準は、例えば飲料水に対して10Bq/kg(毎1キログラム当たり10ベクレル)であった。ところが原発事故後、3月17日に発表された厚労省の通達で暫定的に次の値を用いるとした。
これに対して、福島第一原発事故の後、ドイツ放射線防護協会は次のような提言を行っている。
日本の食品に対する放射能の暫定規制値はあまりにも高い値であり、しかも検査は抜き取りであるため、とても放射線障害に対する安全性を担保できるものとは考えられない。
勿論、放射線障害に対する知見は未だ確立されたものではない。外部被曝の積算実効被曝線量として100mSvを超えると、かなり普遍的に急性の放射線障害が認められることが分かっている。しかし100mSv以下ではどのような影響があるのかを身体症状として明確に指摘することは難しい。しかし予防原則から放射線被曝量には閾値は存在せず、危険性は実効被曝線量に比例するとする考え方が世界的に定着している。
これは、線量が少なくとも放射線に被曝することによって体細胞の遺伝子が傷つくという物理的な現象は必ず起こっており、それが疾病として身体症状が発現するかどうかは条件によって異なるので、危険性は実効被曝線量に比例するものとする考え方は現実的な判断だと考えられる。
これに対して、経口あるいは呼吸器を通して放射性物質を体内に取り込んだ場合の内部被爆は外部被曝とは状況が異なる。体内に取り込んだ放射性物質からの放射線は距離ゼロで細胞遺伝子を攻撃するのでその危険性は外部被曝よりもはるかに高いと考えられるが、外部被爆以上に疫学的な情報は少なく、定量的な基準を定めることは外部被曝以上に極めて難しい。
このような状況から、放射性物質を含む食品は出来る限り摂取しないことが原則である。本当に緊急事態で放射性物質に汚染した食物しかなく、これを摂取しなければ餓死するような状況であるのならばともかく、そうではないのであれば摂取すべきではない。少なくとも、暫定基準値として通常の基準値を20倍も上回る値を使用することに何の合理性も存在しない。
また、放射性物質による土壌汚染が顕著な土地は農地として使用すべきではない。これに対して早く農業を再開させるであるとか、放射性物質に汚染された農産物でも放射能が暫定基準値位以下なら積極的に消費しようというのは全く非論理的な対応である。
勿論長く住み暮らした土地や農地を失うことは苛酷なことであることは理解するが、原発事故という災害が発生してしまったのであり、これは甘受するしかない。次善の策として、代替農地の手当てを含めて、被災者の生活再建を保障することが東電の義務であり、これを要求していくことが必要である。
4.原発事故は刑事事件
今回の福島第一原発事故は、その直接の原因が東北地方太平洋沖地震および津波であることから、ともすると自然災害と同一視されている。しかしこれは本質的に誤りである。
国・東電はいかなる地震・津波に対しても原子力発電所は安全であるということを前提に営業運転を行っていたのである。つまり、この原発の事故原因は地震や津波ではなく、地震や津波に耐えられない原発を建設したことであり、事故が起こった場合の安全対策を怠ってきた東電の安全管理義務違反である。更に、それを黙認した監督者としての国の無能なのである。つまり原発事故は刑事事件の対象とすべきものである。
東電は原発事故によって放射性物質を周辺環境に撒き散らし、広範囲の日本国民を放射線に被曝させた。これは他者に対する遺伝子レベルの傷害行為であり、業務上過失致傷ないし業務上過失致死である。多少なりとも被害を受けた被害者はおそらく日本国民の全てにとどまらず、今後、地球上の多くの人々にまで及ぶことになる。更に放射性物質で大気・水・土壌を広範囲で汚染した罪も重大である。
5.原発事故処理に対する国費支出の妥当性 ~ 盗人に追い銭
国や地方自治体は原発の事故処理に対して、既に除染などに対して公費を投入している。今年の第三次補正予算として原発事故対応にも莫大な予算を計上しようとしている。しかしこれは法的には全く妥当性が無い。
通常、私企業が工場で事故を発生させ、周辺環境や住民に対して被害を与えた場合、これを復旧するのは企業であって、国は監督官庁として企業に対して指導を行う立場であり、自ら直轄で復旧を行うことはありえない。
震災による自然災害復旧に対して国が責任を持つのは当然であるが、原子力発電所事故という東電を原因とする100%人災に対してはこれを峻別して対応しなければならない。
しかし現実にはこの両者を明確に分けることは難しいこと、原発災害の復旧費用を東電一社で負担することは不可能であるという意見が聞かれる。現実的には尤もである。ではどうすればよいのか?
選択肢は無い。東電の経営権を国に移管して原発処理が終了するまで国営で運営する外ない。緊急避難として国費によって速やかに被災者の救済・事故処理を行い、同時に国の管理下で出来る限り東電の資産を売却してこれを国庫に返還する以外に合理的な対応は無い。これによって、電力会社が強硬に反対している懸案の発送電分離も可能になる。
この期に及んでなし崩し的に国費を投入して、東電を私企業として存続させるという虫のいい目論見は、正に“盗人に追い銭”であり、とても許されることではない。
6.悪しき前例を作らないために
野田政権は原子力発電を維持していくことを鮮明にした。その結果、当面は原発が再び事故を起こす可能性が否定できない。今回の福島第一原発の事故処理という私企業である電力会社による犯罪行為の尻拭いに対して、なし崩しで国費を投入し、その付けを国民に対する増税によって処理させてはならない。
原発立地点周辺住民は、原子力発電所再稼動において、原子力発電所を保有する電力会社に対して、
①日常的な放射能観測体制の確立を約束させた上で、
②重大原発事故発生を前提とした安全対策を具体的に示し、
③損害賠償ならびに原発災害からの復旧の範囲を明らかにさせ、
④その全ての資金を、国庫からの援助=すなわち国民負担を求めず、自らの資金だけで全てを賄うこと
を担保できなければ、操業再開を認めないという強い姿勢を示すことが必要である。
(2011/09/22)
「『環境問題』を考える http://www.env01.net/index02.htm より転載。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1628:110923〕
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