鳩山内閣は何故敗北したのか?-菅政権はどこへ行くのか
- 2010年 6月 20日
- 時代をみる
- 井上圭一官僚制民主党政権鳩山政権
1.鳩山前首相は6月2日、民主党両院議員総会で辞意を表明、鳩山内閣は8ヶ月程度で終わったが、元首相の総括を学習することは今日の日本が抱えている問題を考えるうえで重要ではないかと思われる。
前首相は(1)普天間(飛行場移設)の問題、(2)政治とカネの問題、について失敗したので責任を取って辞意を表明した。
一方、(1)子ども手当、高校無償化、(2)農業の個別所得補償制度、(3)医療費の増加(4)「国会議員や官僚が威張っていた世の中に風穴があいた。一括交付金などの大きな変化ができつつある。」という地域主権、(5)「今までの仕事を『公』に開くこと…国民の皆さんが主役になること、そういう政治をつくりあげることができる。」という新しい公共、(6)「国境を感じなくなる時代をつくっていく。」という東アジア共同体について成果を述べた。
2.「普天間(飛行場移設)の問題」については、「北朝鮮が韓国の哨戒艦を沈没させる事 案」がおきたので「日米の信頼関係を保つことが東アジアの平和のために不可欠との思いで」沖縄・辺野古にということにした旨を述べた。
韓国軍哨戒艦の沈没については、韓国政府は北朝鮮の攻撃と位置付け、日米もそれに追随した。ソウル在住のジャーナリストK・I氏は「沈没の原因については、座礁、内部爆発、船体の老朽化、北朝鮮による攻撃ーなどさまざまな憶測が流れている」と20010年4月15付本サイトで「 軍艦沈没事件で韓国の左右対立鮮明化―ソウルからの報告(その5)」で報告している。
また、本サイトで森善宜佐賀大学教授は5月27日、「ソナーを装備した北朝鮮の魚雷が見事に哨戒艦に命中したのに、水中を探知する遙かに優れた性能を持つ音波探知機まで備えた哨戒艦が、この魚雷を発見できずに撃沈されたなどとは、到底信じられない話ではないだろうか。」と普通誰しもが思う疑問を述べた後、「米韓合同軍事演習の最中に米軍潜水艦と訓練を行っていた韓国哨戒艦は、米軍潜水艦が急旋回したのを回避する等の何らか不意の理由から海底の浅瀬に乗り上げて座礁した。韓国の調査結果で指摘される事件直後に姿を消した小型潜水艇とは、実は米軍潜水艦だったのであろう。」と「犬死にせし者たちの嗚咽は朝鮮半島に平和を求める」という見出しの文章のなかで座礁説を述べているが、正直分からないというのが国民の本音であろう。
にもかかわらず、鳩山前首相は「北朝鮮が韓国の哨戒艦を沈没させた」ことは東アジアの緊張を高めているので、「東アジアの平和のために不可欠」として沖縄県民の必死の願いにもかかわらず日米同盟を優先させて「普天間問題」の決着をはかったのである。
「大山鳴動してネズミ一匹」で終了したのであった。
これについて「吟味のないままの独自型の外交・安保政策」の当然の結果と断じるのは簡単だが、気になるのは「国外、県外」という思いを持っていた鳩山前首相が自らの思いと異なる判断をしたという後味の悪さは何なのだろうか?ということである。
3.堺屋太一(経済評論家、元経済企画庁長官)は、官僚の統制規制が強化されたためといっている。民主党は政治主導を唱えたが、政府部内に入った政治家(政務三役)の多くは官僚の積み上げるデータと論理に従順であったので、首相への情報も官僚に加工された情報があげられていたのではなかろうか。前首相と民主党は政権党として鍛えられていなかったので官僚の巧みな清濁織りまぜた情報を仕分けできていなかったのではなかろうか。
官僚は政権の味方でも部下でもなく、官僚共同体にのみ忠誠である。資料も論理も官僚共同体のために構成され、「消費者や弱者などの保護が必要だ」という言質を隠れみのにしながら「批判を回避し、権限の楽しみを保ちたい」という組織の私欲で動いているだけである。事務次官の降格等を可能とする公務員改革法案を提出して官僚共同体を弱体させようとした鳩山前首相は官僚にとって邪魔だったのである。
鳩山政権の失敗は、「官僚そのものを統治システムから排除した『手法』が原因である」との意見を述べている人(山内昌之・東京大学教授)もいるが、官僚は「手法」だけを問題にしたのではなく官僚共同体の弱体という元首相の「考え方の土台」を問題にしたのではなかろうか。何故なら、その「考え方の土台」が定着すれば官僚共同体の権力が徐々に失われていく可能性が高いからである。
4.大手新聞・テレビのマスメディアも鳩山元首相に「普天間」と「政治とカネ」の攻撃を浴びせかけた。官房機密費(税金)をもらい、もらったことに口を濁しているマスメディアが「政治とカネ」について鳩山ー小沢を批判するのは片腹痛いが、何故あのようにマスメディアが歩調を合わせてしっこく鳩山ー小沢を追求したのであろうか。
それは官僚組織や政治家と日常的に深く結びついている「記者クラブ」の記者会見を鳩山ー小沢ー岡田は「オープン化」したことに原因の一つがあろう。
官僚側の発表文や政治家の会見をネタに記事を書く記者達にとって記者クラブはなくてはならない存在なのである。発表記事を書く、発表の裏取り取材をあまりしない、取材ノートを見せ合う、記者の主観を「可能性がある」からといって書いても他社からブーイングがでないという記者クラブは重宝な場であるのだ。しかし、手抜き・でっち上げ記事に罪悪感を感じない記者クラブ記者は「オープン化」により自分たちの特権(楽して記事を書く、お互いの足を引っ張らない、お祝儀をもらう等)を失うのではないかという危機感を敏感に嗅ぎ取ったのである。
そこで、特権を失う記者クラブと権力がそがれる官僚共同体の危機感がお互いの既得権を守るということで共同戦線をはったのではなかろうか。官僚組織から流される反鳩山ー小沢の情報にもとづき記者クラブ側は「普天間」と「政治とカネ」の大キャンペーンをはり、鳩山ー小沢をうさん臭いカネまみれの輩として世間をリードしたのである。
5.アメリカは1959年3月、米軍の駐留は憲法第9条の戦力不保持に反するから違憲とした一審判決(伊達判決)に驚いたマッカーサー駐日大使は、最高裁の田中耕太郎長官と密談し、藤山一郎外務大臣などにも働きかけて、高裁を飛び越えた最高裁で同年12月、「伊達判決」を破棄、米軍の駐留は合憲とさせた事件があったが、このようにアメリカは日本で自己に不都合なことについてはひっくり返す力を持っている。
アメリカの世界戦略、アジア戦略、極東戦略にとって日米同盟と日本の基地は不沈空母としてアメリカにとってはなくてはならないものであることは誰でも知っている。このようなアメリカにとって鳩山元首相の事前協議なしの「国外・県外」構想は、構想それ自体よりも事前協議なしの手口に不安を感じたのであろう。
鳩山元首相のこのようなやり口を容認すれば、日本を拠点とする日米同盟が不安定となり、アメリカの戦略が不安定になるということに危機感を抱いたのではなかろうか。中国やロシアにあまり危機意識をもっていない鳩山元首相はアメリカにとって危険な首相として映ったのではなかろうか。
ここに、官僚組織ー記者クラブーアメリカという反鳩山政権の包囲網が形成されたのである。そして、鳩山政権は潰されたのであろう。
6.民主党議員はどうだったのだろうか。
政策を内閣に委ね、国会と選挙を党の専権とする二元化によって幹事長権限を強大にして権力の二重性(政府・党の二重権力)も失敗原因の一つと思われるが民主党議員はどうだったのだろうか?
民主党に限らず今時の政党の議員は、小選挙区制によって地元有権者の利害と意向に縛られ、「どぶ板選挙」が全てとなり、視野が狭くなった。政策を訴えて国民の間に資金や集票の根を張ることよりも党首の見栄えのよさ、人目を引くことを期待するようになった。
今回の場合、民主党議員は「政治とカネ」キャンペーンをはられ、世論の鳩山ー小沢をみる目が厳しくなってくると傍観者を決めこみ、ついには足を引っ張るようになった。
7.国民は根無し草となり、こらえ性をなくしてきているようだ。
選挙民は、小泉の「郵政改革」選挙のときは「抵抗勢力」、民主党の「政権交代」選挙のときは「官僚」というように戦う敵を明確にした選挙にワーと雪崩をうって流れるようになった。鳩山元首相を圧倒的に支持したかと思ったら8ヶ月後にはもう見捨ててしまった。
都市化が人々から故郷や近隣社会を奪い、多数の国民を孤独な群衆にしてしまった結果、バラバラにされた国民は隣人を失い、流行とか世間の空気といった目にみえない趨勢に左右されるようになってきたためであろう。発達したインターネットも無署名・無責任な世論を氾濫させ、他人思考になった国民はそれらに左右されるようになってきている(過剰適合現象)。世論調査の起伏の大きさはそれを示しているのだろう。
8.鳩山元首相は敗北した。しかし、そこから学ぶことは大きい。
第1は、行政組織は官僚共同体の利益を守る組織と化していることである。したがって、官僚共同体の利益を優先する行政組織を再編縮小して官僚共同体を解体することである。そのために、膨大な不要・無用・死文化した法律を国会は廃止・抹消することである。また、記者クラブを解体して官僚共同体とマスメディアの癒着を徹底的になくすことである。
第2は、アメリカと日本の官僚共同体やマスメディアとの癒着関係を暴露して、アメリカの内政干渉をやめさせることである。また、米軍に日本の法律が適用できないという治外法権を問題にすべきであろう。
第3は、政府と党の二重権力関係は、政府の力を弱め、政策を分断させるということになるということである。
第4は、議員が選挙区のことばかりを気にすることとなる小選挙区制を再考することであろう。議員が選挙区の利益(実態は選挙区業界の利益)や対立候補のことばかりを気にして日本や世界のことがおざなりになっている現状は、国民にとって歓迎すべき事ではないからである。
9.鳩山元首相の失敗をながめてみると菅首相は、官僚には是々非々で対応するとして官僚共同体の存在を認めたのではないかと疑われる。また、記者クラブの存在については黙認しているようだ。米軍基地にも米軍の内政干渉や治外法権についても手をつける気配が感じられない。
さらには、鳩山元首相は、子ども手当、高校無償化等議論が多いところではあるが、歴代自民党内閣の企業重視の財政政策を家計重視の財政政策に転換させたと思われるが、菅首相は、早々と法人税減税を打ち上げて第3の財政政策を進むと宣言したように、家計重視の財政政策を修正するようである。
菅首相は市民運動あがりなので市民の味方を期待する向きもあるが、鳩山元首相の失敗から菅首相の路線を観察してみると、その期待が裏切られる可能性があるのであまり期待しないがよいと思われる。単なる危惧であればいいのだが。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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