「大阪維新の会」勝利の波紋– 民主主義に挑戦的な言動を危惧
- 2012年 1月 1日
- 時代をみる
- 池田龍夫
「大阪ダブル選挙」は2011年11月27日、投開票が行われ、「大阪都構想」を掲げる「大阪維新の会」の代表・橋下徹氏が市長選で、幹事長・松井一郎氏が府知事選で当選した。民主・自民に加え共産党も応援した平松邦夫氏(現職)を大差で破り、中央政界を揺さぶる結果をもたらした衝撃は大きい。その背景には、年内にも衆議院議員選挙を控えているという事情がある。「大阪維新の会」との協力関係を築けるかどうかが、次期衆院選結果にも影響すると囁かれている。橋下氏との協力体制をつくるには、橋下氏が要求する「大阪都構想」などに協力できるかどうかがポイントになりそうだ。また、水面下では政界再編をにらんだ動きも見え隠れしている。
「大阪都構想」を打ち出す
大阪市長に12月19日就任した橋下徹氏は「最高意思決定機関」を設置し、2015年度の「都政」移行を目指して体制固めに乗り出した。先ず4月発足させる24区の区長公募と副市長3人を選任。「改革プロジェクトチーム」を設置し、府市統合本部との事業仕分けを進める計画だ。「大阪都構想」のほか、教員・公務員規律に関する「基本条例」制定など課題は山積している。
橋下流政治手法は、「白か黒か」で相手を追い込む話術が巧みで、「ケンカ民主主義」と言われる強引さが、逆に庶民の共感を集めたと推察できるが、〝独裁〟と思しき言動を警戒する声も強い。その根底にあるのは、民主党政権後も続いている国政の停滞であり、時代の〝閉塞状況〟が「維新の会」に勝利をもたらしたと分析できる。
時代の閉塞感を反映した選挙
「今の日本の政治には二つの潮流がある。一つは閉塞感を打破するために既得権益を壊し、すべてを一新しようとする流れ。小泉純一郎さんがそうでしたし、橋下さんもその延長線上にある。もう一つは、構造改革や政権交代が成果を出せなかった反省から、急激な変化を警戒し、少しずつ地道に変えていこうとする流れ。野田佳彦さんが首相になったのはその流れでしょう。この二つがせめぎあっているが、急激に変えようとする流れの方が強い。維新の会の圧勝はそれを示すものでしょう。(中略)いま日本の経済や社会状況はどんどん悪化しています。国民の閉塞感がいま以上に強まっていくと、橋下さんのようなスタイルがさらにスケールアップした形で出てくる可能性は高いでしょう。〝独裁〟への流れを止めるには、国民の政治意識を変えていくしかないと思う。民主主義は不安定で、危険をはらんでいることを前提に、どうすれば民主主義を維持していけるかを考えなくてはならない。メディアの役割も重要。1990年代から多くのマスメディアは政治改革を支持し、官僚バッシングをやってきた。その結果、今の状況に至ったのだから、メディアが変われば変わるはずです。それと、政治にあまり性急な問題解決を期待しないことです」と佐伯啓思・京大教授が分析(朝日新聞12・1付朝刊)していた通りの時代状況と思う。
「都構想」実現には、国政がらみの問題点が多く、橋本市長が執念を燃やす「教育改革基本条例案」にも思い込みの激しさが感じられ、公約どおり改革が進むとは考えられない。民主的手続きを無視し市民を扇動するような〝自己中心的言動〟を警戒する声が根強いからだ。
選挙結果を子細に検討すると、橋本氏の得票は75万813票、平松邦夫氏が52万2641票で、大差のように映るが、平松氏の得票は前回を16万票上回り、得票率は41%。投票率が前回(43・61%)を17・31ポイントも上回る60・92%だったことが、橋本氏への追い風になったとも言える。「府と市の在り方を何とかしなければ大阪の未来はない」と訴え続けたことが功を奏したわけで、橋下氏は市長当選後の記者会見で「勝因は既存政党への不信感でしょう。政策、理念を完全に放棄しているのが伝わった。それを有権者に見抜かれたのでは…」と分析していたが、中央政界の劣化が「ハシズム」容認につながったと言えよう。「大阪を再生させ、日本を支えるエンジンの役割を果たしたい」との言は良しとするが、「市職員の体質を変える。民意を無視する職員は市役所から去ってもらう」との怪気炎には辟易させられた。
「教育改革基本条例案」の内容に驚く
「教育改革基本条例案」には、戦後民主主義教育の破壊につながりかねない強圧的姿勢が色濃くにじみ出ている。条例案の内容を点検すると、①行政側が教育目標を設定し、目標実現の責務を果たせない教育委員は罷免②全府立高校長を公募③3年連続定員割れの高校は統廃合④2年連続最低評価の教職員は分限処分(免職を含む)⑤学力テストの学校別結果を公表――等々、「教育」への政治関与、競争原理導入の意図を感じさせる内容である。政治主導の教育改革へ突っ走る危険性を指摘する声が高まっているのは当然だろう。
「維新の会」が6月に提出した「君が代斉唱時の起立を義務づける法案」は、府議会で既に成立。既成政党が多数の市議会では否決されたが、橋下市長誕生によって再燃しそうな雲行きだ。君が代斉唱時に起立しなかった教職員は「職務命令違反」として分限処分に追い込まれるわけで、看過するわけにはいかない。君が代斉唱問題は東京都をはじめ各地で対立が深まっており、学校現場の雰囲気にも深刻な影響を与えている。法廷での憲法論争に発展しており、地方自治体の判断に委ねてしまうことは、危険きわまりない。
「大阪市長の月給3割カット、退職金の大幅カット」などを打ち出し、借金残高5兆600億円の財政危機打開を訴えた戦術はさすがだが、綿密な論議をせずに血気にはやっている印象が強い。小泉純一郎首相の「市場原理主義路線」に対する熱狂的な支持がもたらしたものは何か。自由競争至上主義が、格差を拡大させて、現在の閉塞感を増幅させた重大な要因であり、今から考えると、有権者が「不毛な興奮」に誘導された反省しきりである。橋下市長の政治手法を〝小泉流〟と断定できないものの、その言動、パフォーマンスが類似していることが気になるのだ。
「維新の会が誕生して1年半。権力を手にするほどに責任も重くなる。強引な正面突破より政治勢力としての成熟を期待したい。統一地方選後、公約になかった君が代起立斉唱条例を突然提案した。こんな手法を繰り返してはならない。有権者は白紙委任したわけではない。市議会では維新は過半数を握っておらず、対話と協調はいやでも政策決定の前提となる。財政再建は府市ともに急務だが、予算カットや公的施設の統廃合などは、関係者の話し合いなしでは進まない。府の教育委員全員が反対する教育基本条例案の行方が維新の姿勢を占う試金石となろう」と、朝日新聞11・28付社説は〝橋下流〟政治を批判している。
毎日新聞は同日付社説で、「大阪都構想の方向性は支持されたとはいえ、具体的な制度設計はこれからだ。特別自治区間の財政格差や区議会設置などによる行政コストの増大といったマイナス面も指摘されている。特別自治区の区割りも大きな論議を呼ぶだろう。住民の生活にどのような影響が出るのか丁寧に説明し、不安を取り除いていく作業が欠かせない。大阪、堺両両市議会では既成政党が過半数を占めており、どう協力を取り付けていくのかが課題となる」と主張、今後の問題点を指摘していたが、確かに一点突破の政治手法は混乱要因となる。
衆院選がらみで、「維新」にすり寄る面々
北海道大大学院の山口二郎教授は「閉塞感や欲求不満が広がる中で、『現代を破壊する』というメッセージの、中身ではなく『破壊』という言葉のイメージに有権者が期待した結果だろう。都構想はどんどん中身が変わっている。実現したら社会や経済がどう変わるのかは何も説明されていない。国の政治が混迷する中で、地方では別の選択肢を求めるというのはしばしば起きる現象。選挙が近づき、生き残りがかかる国会議員の中には維新になびく者も出てくるのではないか。国政に与える影響は大きいだろう」との指摘(毎日新聞11・28付朝刊)は、的を射ている。
内外ともに波乱含みの2012年の幕明けである。新年度予算編成をめぐる与野党の攻防は激化するに違いなく、衆院解散・総選挙への動きが拍車をかける。既成政党が「維新の会」にすり寄って優位に立とうとする暗躍は早くも始まっており、国民一人ひとりが政治家の動向をウオッチする必要性を痛感する。
初出:(財団法人新聞通信調査会「新聞通信調査会報」2012 年1月号「プレスウォッチング」より許可を得て転載 ――編集部)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1764:120101〕
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