市民と科学者の内部被曝問題研究会:記者会見記録(その1)
- 2012年 2月 1日
- 交流の広場
- 松元保昭
みなさまへ 松元
1月27日の「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の設立の記者会見録画と発表された「政府への提言」は、すでに配信しました。
自由報道協会および日本記者クラブの二度の会見では、内部被曝の真の危険性と今日の数々の「隠蔽」の始まりが原爆被爆者調査にあったこと、そして福島事故後の「市民と科学者」の連携について多くの重要な指摘と見解が述べられていますので、以下に要約と書き起こしを紹介したいと思います。
※【注:とくに松井英介氏、澤田昭二氏、矢ヶ崎克馬氏の発言の「要約」は、二度の記者会見の発言を整理したとはいえ、文責は紹介者松元にあることをお断りしておきます。会見者の発言の真偽は録画で確かめていただきたいと思います。また、肥田舜太郎氏、大石又七氏の発言は、石山奈緒による書き起こしを整理したものです。】
■内部被曝研のホームページ
http://www.acsir.org/
■自由報道協会記者会見
http://www.ustream.tv/recorded/20030116
■日本記者クラブ記者会見
http://www.acsir.org/news.php?3
1、内部被曝は、なぜ危険か
◆低線量放射線内部被曝の健康障害:松井英介氏(放射線医学、主に肺および呼吸器系の内科臨床医)
私たちは、内部被曝の健康障害の時代に遭遇しています。とくに今回の原発事故による放射線被曝は、主に内部被曝によるものです。
放射線は、イオン化放射線と非イオン化放射線に区別され、日本では前者を「放射線」、後者を「電磁波」と呼んでいます。この「放射線」が体の中に入って至近距離からアルファ線、ベータ線を照射すると、外部から浴びたガンマ線、中性子線に較べて影響が非常に大きいということを最初にお断りしておきます。
私たちは何億年もかけた単細胞から多細胞への歴史をもつ細胞から生まれたいのちです。体の中に海をつくったといわれるほど、7割以上が海水と似た水によってつくられています。この生命の内部環境を保つために内分泌系、神経系、免疫系の三つの働きが不可欠です。肺は繊毛、肺胞で有害なものをフィルターにかける防衛機制の働きをしています。
これらの多細胞はじつに多様で一つ一つ全部違っています。ところが日本政府も防護基準にしているICRP(国際放射線防護委員会)1990年の勧告では、多様な臓器もすべて平均化して人体をカンテンのような均一なものとして計算するのです。透過性の強いガンマ線が人体の外部から照射された場合、その過重係数を1にしていますが、ベータ線の強いセシウムなども1にしてしまって、この極端な過小評価が今日も一般で基準として使われているのです。
放射線被曝は、ひとつ一つ多様で異なっている細胞レベルで考えなければなりません。そして細胞レベルのDNAにどのような傷を与えたかを見なければならないのです。ところが国際放射線防護委員会ICRPは、この内部被曝をまったく無視してきました。
体内に入ったアルファ線、ベータ線は、外部からのガンマ線のように一回ではなく、繰り返し長時間、強い放射線を細胞に照射し続けて、細胞核のDNAの2本の螺旋に傷をつけますし、体内の水の分子がイオン化して毒性を発揮する、あるいは近年の分子生物学の成果で知られたバイスタンダー効果によって直接被曝していない隣の細胞が犯されて遺伝的不安定性・ミニサテライト突然変異を招くということも分かっています。このように細胞という場で様々な有害事象が起こっているのです。
人体は内部環境を保つために、免疫ホルモン、自律神経など様々なバリアーやフィルターがありますが、胎盤もその役割を果たしています。ところが100ナノ以下の粒子は胎盤を通過してしまいます。胎児、幼児、子供の細胞の代謝活動は大人以上に活発ですから、子どもは質的に異なる存在とみなければなりません。ICRPは、この子供も大人と一括して扱うのです。
ですからECRRが2003年に提起したように、内部被曝モデルと外部被曝モデルを区別して考えなければならないのです。
ICRPは発足当時、「内部被曝委員会」を設置しましたが、これを2年で閉じてしまいます。その委員長であったカール・モーガンが「ICRPは原子力産業に依拠する立場であったため」と証言しています。つまり通常運転中の原発周辺5キロ圏内にも昆虫や植物の奇形が生まれ、5歳以下の幼児の白血病が2倍以上という結果も報告されています。原子力産業を推進するICRPにとっては、こうした内部被曝の影響を認めるわけには行かないのです。
ここに、SPEEDI隠しや事故原因隠し、低線量なら影響ない、六ヶ所村の800トンもの核廃棄物など数々の隠蔽と不作為が生まれる背景があると思うのです。私たちは、東電・政府の責任をハッキリさせ、「人間は核=原子力とともに生きていける」という考えを改め、汚染地域には住めない、農酪林漁業はできないという前提で、国家100年の計をつくる必要があります。
2、内部被曝は、なぜ隠されてきたか
◆放射性降下物の調査と内部被曝隠蔽の歴史:澤田昭二氏(被爆者、元名古屋大学教授、素粒子物理学、原爆症認定訴訟に関わる、ECRRレスボス宣言共同署名者)。
私は1990年代の終わり頃から原爆症認定訴訟に関わりましたが、国側の放射線影響の見解は、放射線影響研究所(放影研)の疫学研究に基づいていることが分かりました。
放影研の研究方法を調べますと、原爆から直接やってくる透過力の非常に強いガンマ線と中性子線による初期放射線の影響は評価していますが、黒い雨で有名な放射性降下物による放射性微粒子の影響がまったく考慮されていないということが分かりました。これは雨のないネバダの核実験でも大部分は放射性微粒子として降ってきたわけです。放射性微粒子の影響は風で流されますから物理的な測定では分からないのです。
じつは福島原発事故で放出された放射性微粒子と非常に共通性があり、大部分が深刻な内部被曝の影響となる可能性があります。ヒロシマやナガサキで起こった急性症状、晩発性症状とか染色体異常とか、生物学的な症状から逆算して調べなければならないのです。2000年代からですが、そういうデータがたくさんあります。
1947年、トルーマン大統領の指示で広島と長崎に原爆の初期放射線の影響を調べる目的で設置されたABCCが、1975年に日米共同運営の放射線影響研究所(放影研)に変わります。しかしその初期放射線研究という研究設計はまったく変わっていない。それが被爆者の問題だけでなく国際放射線防護委員会(ICRP)の基準にも今もって使われているわけです。
1950年前後に広島市と長崎市でABCCが調査した被爆者の脱毛急性症状の図があります。初期放射線というのはピカッと光った瞬間に約2キロでゼロに近づきそれより遠距離には到達しないわけです。ところが図を見ると2キロを超えても脱毛が発症しています。日本政府もABCCも先ほどの放影研も、これは自然バックグランドの影響だというのが公式見解になっています。しかし広島、長崎以外にはこうした脱毛症状は見つかっていません。
じつは放影研の科学者たちは1990年代になってもまだ脱毛の発症率から初期放射線の影響だけを引き出すという研究をしています。今でもあくまでも初期放射線の影響だけ調べたいのでしょうが、しかし逆算して距離に直すとかえって放射性降下物の影響だということが歴然としてくるわけです。つまり被爆者のなかで起こった典型的な急性症状の脱毛から推定すると、数十倍の内部被曝の影響があったと考えられるわけです。
つぎに長崎の下痢の発症をみますと、爆心から近距離の発症率は低いのに距離が増えていくと下痢の発症率が数倍も大きくなっています。この違いは、近距離の初期放射線、つまりガンマ線とか中性子線とか非常に透過力の強い放射線が瞬間的に外部被曝を与えるのですが、腸の粘膜に到達してもまばらな電離作用をするだけでほとんど通過してしまうのです。ところが遠距離だと放射性微粒子が体内に入り腸の粘膜に付着しますと、透過力の弱いアルファ線、ベータ線が集中して電離作用をするものですからダメージも集中し粘膜が死んでしまい下痢がはじまるのです。
こうして近距離のほうが下痢の発症率が低く、遠距離のほうが下痢の発症率が高いことを説明できるわけです。これが放射性降下物による内部被曝の実例です。
先ほどの放影研は、遠距離の被曝影響は無視できるということをずっと言ってきたために、急性症状、染色体異常、悪性新生物(癌)など生物学的影響から被曝線量を推定するという研究がほとんど行なわれてこなかったわけです。
放射性降下物による内部被曝の影響を無視すると、被曝線量が数倍も違ってきているのに過小評価してしまい、もっとも基本的なところに誤りが出てくる。これが被爆者の認定基準やICRPの基礎データに使われたりしてきたわけです。学会を民主化することと、市民が研究成果をきちんと自分のものにしていくということが重要だと思います。
今は、核兵器を持つ国と持たない国が非常に不平等な核不拡散条約の時代ですが、その不平等さを覆い隠すためにIAEAなどをつくって核エネルギー(原子力)を広げようとしています。しかし科学的にいまだ未完成な技術を広げていくということは、また福島事故のようなことが起こって人類社会が深刻な危機に陥るかもしれない、そういう時代に生きています。
福島原発は事故後4日遅れて、15日に大量の放射性物質を広い範囲に撒き散らした。原爆のように初期放射線は強くないけれど、広島でも長崎でも相当遠距離でも1000ミリシーベルトを浴びた被爆者もいるわけです。科学的な調査で明らかになっていることが、日本政府は認めていない。フクシマは、内部被曝の影響こそ重視されなければならないのです。私は、日本政府やICRPのような国際基準を変えるために、これからも科学者として事実をふまえて訴えていきたいと思います。
3、私たちの研究会のめざすこと
◆「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の目的:矢ヶ崎克馬氏(琉球大名誉教授、物性物理学、米軍劣化ウラン弾鳥島への調査、原爆症認定訴訟に関わる)
現在の防護基準と被曝の科学は純粋な真理探究ではなく、米国の核戦略と原発推進という政治的支配のために、ともに内部被曝の犠牲者が隠されてきた歴史のうえにつくられてきたものです。
例えば、公衆の被曝限度値が年間1ミリシーベルトだったものが、政府はただちに20ミリシーベルトに限度値を上げました。人間の放射線にたいする抵抗力が、事故が起こって一挙に20倍になるはずがありません。けっして人の健康を守るために限度値が決められていないということは、この一事をもってしても明白なことです。
私たちの研究会は、「内部被曝研究会」ではありません。「内部被曝問題研究会」です。ですから、歴史的な社会的な政治的な、もちろん科学的な「諸問題」を扱うことになりなります。研究する対象は以下の三つです。
第一に、アメリカが原爆投下で犠牲者を生み出し、それを隠し、原子力発電所の犠牲者隠しにつながっていくという、政治に支配された歴史を明らかにしていくこと。
第二には、科学者が政治に支配されて都合のいい解答だけ時の支配者に与えるという、まさに内部被曝を科学の内部から隠してきたという科学者の問題があります。ですから内部被曝をふくめて被爆(被曝)の科学を明らかにしていく真理探究の立場に立つ、というのが第二点です。
第三点は、真理探究の立場に立って、市民のいのちを守る、健康を守るというのが、被曝の科学の目的です。わが国は主権在民といいますが、主権者である市民の生存権を守っていける被曝の科学を展開していきたい。
以上三点が設立した研究会の目的です。これからの時代は、市民も科学的な見識、歴史的な認識をもつことなしに為政者および産業経営者の欺瞞と隠蔽を見抜いて自らの生存権を守ることはできないと考え、私たちは「市民」をまっさきにもってきました。
4、政府への提言
(この後、矢ヶ崎氏は「政府への提言」を読み上げますが、配信済みのため省略します。)
(以上、その1終わり)
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