三木清と西田幾多郎の人間学 (1)
- 2012年 6月 17日
- スタディルーム
- やすい・ゆたか三木清西田幾多郎
1.三木から西田へ
2.存在論的人間把握
3.交渉的存在としての人間
4.交渉的存在の存在構造
5.三木清のアントロポロギー
(以上今回、以下次回)
6.基礎経験とアントロポロギー
7.内的人間と歴史的人間
8.純粋経験論とアントロポロギー
9.ノエシスとノエマ
(以上次回、以下次々回)
10.実在としての薔薇の意識
11.絶対無の場所
12.「死して生きる」と自己表現としての事物
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1.三木から西田へ
野口:やすいさんは最近、西田や三木に関心をお持ちのようですね。
やすい:近代は終焉して、時代は世界統合の新しいステージに移っているのです。でもまだ新しい時代の思想は形成されていません。その為には日本近代の哲学を総括する必要があります。この視点から西田・三木について見直しが求められています。それに私の場合は、社会的諸事物も含めた人間を考える「新しい人間観の構想」というシリーズの継続として、西田と三木の人間観の再評価に取り組んでいるのです。
野口:二〇〇〇年一月に停刊になった『月刊 状況と主体』に一九九二年~四年にかけて連載されていた人間論のシリーズですね。
やすい:残念ながら現在中断中なのです。二千年代の千年間に通用する人間観の構築の課題は、物事を根底から問い直すのが任務の哲学者であれば、だれもが放棄できない問題です。三木・西田の人間学についても、三木の交渉的存在としての人間論や、西田の「物と成って考え、物と成って行う」という人間論には、私のいう「社会的諸事物も含めた人間」論が入っているのです。もっとも服部氏の指摘にもありますように、田辺元がやはり「交渉的存在」というタームで人間論を展開しており、自然を人間の非有機的身体とするマルクスの『経済学・哲学手稿』に通じる議論を展開しているのですが、今回は取上げていません。
野口:西田の人間学の論文というのは読んだことがありませんよ。
やすい:『続思索と体験』の中の「人間学」という小論で、西田は「哲学は人間学である」と述べています。その意味では彼の著作全体が人間学なのです。特に『哲学論文集 第三』の第一論文「人間的存在」は西田の人間学を理解するための手がかりになります。
西田は哲学の動機を「人生の苦悩」に求めています。それで哲学を人間学として展開したのです。ですから三木の人間学は西田哲学の人間学的解釈であったと言えるかもしれません。ただし三木は西田哲学を人間学として深めましたから、西田は三木の成果の上に立って自分の人間学を更に深めたことは十分考えられます。西田は三木を弟子たちの中では、一番高く評価していたわけですからね。
野口:それで三木の人間学を手がかりにして、西田の人間学を読もうというのが、今回の目論見ですね。
2.存在論的人間把握
野口:『パスカルにおける人間の研究』では、三木はパスカルから人間論として何を学んだのですか。「人間は考える葦である」という言葉が、人間の本質を「考える能力」に求めているのなら、デカルトと似たり寄ったりじゃないのですか。
やすい:パスカルには、考えることによって人間はある意味で宇宙より偉大であるという、典型的なヒューマニズムが見られます。そこが一般的には受けているのですが、三木は「人間の本質は何か」という本質論的な問いに対する解答というようには受け止めていないのです。本質論的な問いよりも存在論的な問いが重要だったのです。
野口:「何であるか」よりも「如何に存在しているか」が問題だということですね。
やすい:三木は西田の「哲学の動機は人生の苦悩である」と語っていた言葉に、魂の震えを感じていたのでしょう。大学生の時に書いた「語られざる哲学」というノートにこう綴っています、「まことに人生は涙の谷であって人間はその谷に生うる弱き葦である。」
野口:留学前から既にパスカルに関心があったのですね。それも偉大性である「考える」というところにではなく、悲惨さである「か弱き葦である」ところに人間の本性を求めています。普通本質論でいくと、人間だけが持っている長所が選ばれるところです。
やすい:悲惨さは本質論的な概念じゃありません。どうして悲惨かといいますと、人間だけが、無限を知っており、それで自己の命のはかなさ、か弱い存在だということを実感することができるのです。ですから本質論で言えば、やはり思惟によって無限を知る能力こそが本質なのです。
野口:命のはかなさを思い知った人間の状態が悲惨なのですね。そうすると「人間とは何か」という問いに対して、本質で答えるのではなく、状態で答えるということが可能なのですね。それじゃあ人間は悲惨と偉大の中間者だというのも、本質論的な人間論ではないわけですね。
やすい:その中間者というのは、悲惨でもなければ、偉大でもない、その中間だという意味じゃないのです。パスカルは「人間は無限に比しては虚無であり、虚無に比しては全体である。それは無と全との中間者である」と語っています。つまり悲惨でも偉大でもあるわけでして、その間を常に動いている動性だということです。三木はこういうパスカルの人間論を本質論ではなくて、存在論的人間解釈だというのです。つまり存在のありのままの姿で「悲惨」「偉大」「動性」という「状態性」で人間を論じています。
野口:「状態性」というのは、存在を物体のような客観的対象の形で捉えるのではなくて、主観・客観が未分な経験として捉えようとしているのですから、西田の純粋経験論の影響がみられますね。
やすい:ええ、ここは重要ですから引用しておきましょう。「世界は本体でもなく現象でもない。それは特殊なる存在の存在の仕方に過ぎぬ。我々は『存在』が何よりも対象的範疇であると考える偏見から逃るべきであろう。自然を対象化することなく然もこれが現実的となる種々なる可能性のあることは明かであって、状態性とは斯くの如き可能性のひとつに対する名である。」
野口:不安のもとに揺れ動いているものだから、そうした生の本当の姿から逃避するために「慰戯(気晴らし)divertissement」という状態にはしるのだとパスカルは分析しています。例えば息子に先立たれで、その悲しみのあまり気も触れんばかりの父に鞠を投げると、つい投げ返して、キャッチボールを始める、鞠という物の方にすっかり気を取られて、息子の死をひととき忘れてしまうというのです。このあるがままの存在から物への頽落という発想は、実存主義的ですね。
やすい:ええ、三木はドイツ留学中は、ハイデガーの講座にいましたからね。人間をその時々の実存として状態性において捉えるわけなのです。そしてこの気晴らしというのは真実の生から目をそらし、真実を覆い隠す虚偽ですから、結局は何の解決にもなりません。そこでありのままの人間の姿を悲惨と偉大を揺れ動く中間者としての己の姿を、しっかりと見据える、哲学的な生が求められるのです。
野口:でもパスカルの場合、中間者としての人間は結局、神に救済を求めるわけです。神が人間を救済するのは、結局考えるということでは宇宙を包むという思惟の無限性、偉大性においてですから、その意味では、やはり人間の本質を思惟に求めていることになりますね。
やすい:それはそうでしょう。パスカルにすれば本質論的な考察も、存在論的な考察も行って、人間存在の解明をしているわけです。本質論と存在論をきちんと区別して存在論を選択しているわけではありません。三木は、意識的に存在論的解釈を行うことで、人間論における本質論から存在論への転換を試みたわけです。
3.交渉的存在としての人間
野口:先ほど、やすいさんが引用された続きに『パスカルにおける人間の研究』と「人間学のマルクス的形態」をつなぐ重要なターム(用語)と見られている「交渉的存在」についての言及があります。
「存在は最初にそして原始的には特殊なる所有を意味する。自然は我々に交わり我々の交わる存在である。」そして注があります。
「※パスカルの意味する自然は単に状態性の関わる存在であるばかりでなく、またそれは実に人間の交渉に係わる存在であった。彼は云う、『人間は、例えば、彼の識っている凡てのものに関係をもっている。彼は彼を容れるために場所を、持続するために時間を、生きるために運動を、彼を組立てるために元素を、自己を養うために熱と食物とを、呼吸するために空気を必要とする。彼は光を見、彼は物体を感ずる。要するに凡てのものは彼の交渉的関係のもとにおかれる』(72)。交渉は人間が世界を所有するひとつの仕方に外ならない。世界は我々にとって原始的には『対している』存在ではなくして寧ろ『為めにある』存在である。それは対象界でなくて交渉界である。」
やすい:「人間学のマルクス的形態」にはこうなっています。
「精神科学の対象をなす歴史的社会的存在は人間を基礎として成立する世界である。自然は言うまでもなくそれの欠くべからざる要素であるに相違ないが、それはただ人間と交渉し彼の生と関係する限りに於てのみこの世界へ這入って来ることが出来る。」歴史はひとつの人間的なる、人間中心的なる世界である。純粋なる自然主義の立場にとっては一般に歴史は存在し得ない。歴史的世界は人間がそれを作るところの、作りつつあるところの、そして彼がみずからその中に住むところの世界である。人間はこの世界に単に対立するのでなく、却て絶えず彼自身それの基本的なる契機としてそれと密に交渉する、ーそれは『対象的存在界』でなくして『交渉的存在界』である」
野口:「対象的存在」と「交渉的存在」を対立させているわけですが、両方とも主観や主体との関わりにおいて存在するわけでしょう。
やすい:対象つまりドイツ語でGegenstandですと、主観に対して立っているものという意味です。それが主観とどう関わってくるかは、言葉の意味に表現されていません。そこで単に「事物」という訳語をあてる場合もあります。人間に対してその観察の対象として立ち現れている自然や社会の諸事物が世界を構成していると考えるのが、三木の言い方では「対象的存在界」という捉え方です。しかし三木に言わせれば、自然や社会の諸事物は、単に観察の対象にとどまらず、人間の意志に基づく行為の、マルクスの用語では実践との関係において存在しているという意味で「交渉的存在界」と捉えているのです。
野口:仏教によりまと、凡ての事象は「五蘊の仮和合」だといいます。「五蘊」は、色蘊(物質的要素)・受蘊(感覚的要素)・想蘊(イメージ的要素)・行蘊(意志的要素)・識蘊(イデア的要素)から構成されています。どの要素が欠けても事象は成立しないのです。その一つにちゃんと行蘊(意志的要素)が入っています。
やすい:そうですね。西田や三木は仏教の縁起の思想の伝統も踏まえて、行為の哲学や「交渉的存在界」を語っているのです。それに三木の場合、交渉的存在は相互的な関係なのです。つまり一方的な人間の実践によって関係付けられた存在なのではくて、人間自身が人間的な世界の中で作られたものであり、その中で交渉的存在なのです。そして交渉的存在としての諸事物が、実践的に生み出されているということなのです。そして人間によって作り出された諸事物が、また交渉的存在として人間的諸関係や諸事物を作り出すわけです。
4.交渉的存在の存在構造
野口:交渉的存在の中には、まず諸個人としての人間が含まれます。厳密に交渉的存在と言えるものは、やはり人間だけじゃないでしょうか。西田哲学でも「個物」という概念を、人間の個的実存を現す言葉として使っています。西田によれば「真の個物は主体的な自己」でしかなく、それは人間でしかあり得ないのです。それに「交渉的存在」には道具や生産物のように人間に生み出されるものと、自然的な諸事物のように、人間によって認識されるけれども、人間によっては作り出されないものがあるでしょう。三木は両者を区別しないのですか。
やすい:カントは時間・空間・質量など物質に属する第一属性も、実は主観の先天的な統覚の形式だと、コペルニクス的な認識論の転回を成し遂げました。つまり自然的な事物と雖も、人間の感覚を素材に構成された意識の複合に過ぎないというわけです。だから事物も意識以外の何物でもないから、意識でない事物それ自体などは、不可知であることになります。
野口:それは事物が人間に対して対象となっていることを意味するのであって、自然物は人間が勝手に作り出せるものではありません。
やすい:三木は自然物の認識も、それぞれの時代の自然観や認識水準によって、歴史的に変遷していると考えています。夜空の星は古代には天空に空いた穴から天上の火が洩れて見えていると考えていましたが、現在では太陽に匹敵する恒星だとされています。
野口:それは「恒星」観念を作ったということです。決して恒星を作ったわけではありません。
やすい:確かに、存在を「対象的存在」つまり客観的事物として捉えていますと、それでいいのですが、交渉的存在としますと、それですまないのです。星は古代では天井の穴から天の火が洩れているとともに、星の神話と結びついて人間たちの運命を左右する存在です。現代では太陽自身を含む銀河星雲を構成する恒星として、科学的に捉え返され、人間存在の無限性や有限性を認識させると共に、地球的な人間生活の基礎になっています。星抜きに人間は語れないのです。その意味で星もまた人間を構成しているといえます。空や海が人間の生を構成するようなものです。
野口:それは自然存在が人間生活の環境だということです。環境と人間とは区別すべきでしょう。人間の環境が、やはり人間だとしたらそれは環境ではないことになりませんか。星や花や水が人間に含まれるというと、とんでもない議論のような気がします。
やすい:それは事物を「対象的存在」として捉えている限りでは、その通りですが、「交渉的存在」としてはむしろ当然の捉え方なのです。
野口:「事物」といえば既に「対象的存在」なのでしょう。それに対しては「状態性」が対置されていたような気がしますが。もし状態性として交渉的存在を理解するのなら、それは交渉的という限り、人間に対して他者として関係しようとするのですから、主・客未分化な状態性という概念に反しますね。
やすい:そうでしたね。三木の事物概念というのを徹底して洗い出す必要があると思いますが、日本語の「もの」「ものごと」「事物」というのは、必ずしも力学的な物体概念で捉えられるものではありません。本居宣長の「もののあはれ」論で語られるような、むしろ三木の「交渉的存在」に近い存在なのです。「交渉的存在」は「交渉」という言葉だけ取り出しますと、主体と客体の関係を前提にしている表現なので、状態性という表現は相応しくないと思われるかもしれません。しかし三木のいう「交渉」においては、客体に主体が現われています。「交渉的存在」こそ人間の姿なのです。その意味では主・客の統一となっています。
野口:それでは西田の『善の研究』での純粋経験で云えば、高次の純粋経験ですね。「事物」と言っても、それはむしろ人間の「状態性」を表現しているということですか。
やすい:三木は「所有」という言葉で、人間と交渉的存在にある事物の関係を表現していますが、もちろんこの「所有」は私有財産や商品に対する「所有」とは違って、その事物が人間自身を表現するような「固有」を意味しているのです。チャップリンのだぶだぶの燕尾服は、チャップリンとは物体的には別物であっても、交渉的存在としては、没落したイギリス紳士の矜持を表現してチャップリンのアイデンティティそのものです。IT革命後の現代人にとってパソコンや携帯電話は、切り離せない体の一部になっています。ですから人間の身体に人間存在を閉じ込める議論は、全く説得力を無くしています。
野口:パソコンや携帯電話がIT革命後の現代人を象徴していることは、だれしも認めるところですが、かといってパソコンや携帯電話を人間だと認める人はいないでしょう。
やすい:三木によればパスカルは、人間存在を個々の事物としての対象的存在のレベルで捉える人間論に対して、状態性として捉える存在論的な人間論を提起しているのです。存在論的な人間論では、主観と客観、主体と客体、我と汝が身体と身体、身体と対象的事物として分裂し、対立しているのではなくて、空を見れば私は空であり、花を見れば私は花なのです。自分が身体であり、感覚器官を持って見ているから、空や花という他者を見ていると考えるのは、まだ「物に成って見、物に成って考える」という西田哲学の絶対無の立場に立てていないのです。
野口:人間が空になったり、花になったり、パソコンになったりするようでは、まるで禅問答のようじゃないですか。
やすい:西田は、人間と事物の絶対的な断絶を克服しているこの関係を表現するのに、「絶対矛盾の自己同一」というきつい響きのキーワードを使いました。それは結局、三木が「交渉的存在」という言葉で表現したかったことなのです。
野口:対象的事物としては確かに別物だけれど、人間存在を存在論的に捉えるにあたっては、人間とは別の事物が、人間を表現する内容になるということですか。
やすい:西田は「物に成って見、物と成って考える」と言いながら、人間と物をやはり対極的に捉え、その上で、絶対無である場所を媒介に弁証法的一般者として事物として自己を表現し、実現するわけです。西田自身が事物を元々人間ではないと捉えているからこそ、それを人間として捉え返したときに絶対矛盾の自己同一として受け止められたのです。でも人間が事物に自己を表現でき、自己を実現できるということは、その事物が存在論的には人間を構成しており、人間に含まれているからなのです。
野口;空も海も花も人間に含まれていたのですか。
5.三木清のアントロポロギー
やすい:三木が「交渉的存在」をいかに捉え、そこから人間をどう理解して、人間学(アントロポロギー)をいかに展開したのか、次の引用から検討してださい。
「人間は彼が存在と交渉する仕方に応じ、直接に自己の存在を把握する。彼は存在を語ることに即してそれに於て自己を語る。一切の物は、人間の交渉を受ける程度に応じて、人間にとって見ゆるものとなり、即ち初めて物となり、ここに於てその 称呼 ( しょうこ ) 、その名称を与えられるのであるが、その場合、ノアレによれば、『固有の人間の活動が原本的語根の内容として留まるのである。』この過程に於て彼が自己を語るところの言葉即ちアントロポロギーが生れると共に、このロゴスはひとつの独立なる力となり、彼の経験の先導となり、支配者となる。このとき彼の経験する存在は凡て人間学的なる限定のもとに立つこととなる。かようにして、高次のロゴスである歴史的社会的諸科学が自己の研究の出発点に於て与えられたる現実として見出すところのものは、つねに既に斯くの如く人間学的なる限定のもとにある存在に外ならないのである。」
野口:「人間は彼が存在と交渉する仕方に応じ、直接に自己の存在を把握する」の「存在」は存在論的な状態性や実存だけでなく、自然的・社会的な諸事物も含まれると解釈されるのですね。そして諸事物は人間の活動を対象的な事物の姿で捉えたものなのですね。
やすい:ええ、この時期の三木の立場は、実践を存在の根底に置く「実践的唯物論」に最も近かったと思われます。初期マルクスの『フォイエルバッハ・テーゼ』の冒頭に「従来のすべての唯物論の(フォイエルバッハの唯物論も含めて)の主要な欠陥は、対象、現実、感性がただ客体または直観の形式のもとでのみとらえられ、感性的な人間的活動、実践としてはとらえられず、主体的にとらえられていないことである」とあります。これは目の前に現れる事態や現実、様々な事象を客体的な事物として固定的に捉えたり、ただその場の直観的に見えたままの姿で捉えてしまっては駄目ですよ、事態や現実や事象というのは、根底的には人間の活動の状態なのであり、我々の実践のあるがままを表現しているものとして主体的に受け止めなければならないというのです。
野口:普通、唯物論は世界が自然的社会的な諸事物から構成されていて、それらの中で人間の諸活動が行われていると捉えています。ところがマルクスの立場では、諸事物が諸事物であるのは、活動や実践との相関関係においてなのです。読書という活動抜きにこの紙の束が書物であることはなく、寒さを防いだり、見栄えを良くすること抜きに、この布切れがセーターということはないのです。
やすい:ええ、この部屋を仕切っているのでこのセメントは壁であり、この板ガラスは窓なのです。
野口:一寸待ってください。部屋を仕切るという活動はこの建物を建てる時には、確かに人間の活動だったのですが、今現在ではこの壁や板ガラスなどの事物が行っているのではないのですか。
やすい:そこですよ、問題なのは。人間が作り出したものは、人間として活動を続けるわけです。実践を根源に置くとすれば、人間を身体的な枠内に閉じ込めておくことはできないんです。生産物や機構なども含めた人間を捉え返すべきだとうのが私の『人間観の転換-マルクス物神性論批判-』(青弓社刊)の議論です。
野口:壁は部屋を仕切っていますが、別に部屋にそうする意図や自覚があるわけじゃありませんし、それ以外にはなにもできません。つまり壁は所詮壁でしかなく、人間ではないのです。
やすい:壁は壁でしかないというのは、人間の身体ではないということを意味しているのでして、人間を構成していないということではありません。三木の解釈では、社会的な諸事物は交渉的存在ですから、人間の活動を対象化したものとして捉えられているのです。ですから三木の人間学は、交渉的存在である人間の身体や社会的事物の解釈を通して、人間の行為のありのままの姿を解釈する営みなのです。三木は、人間を精神物理的統一として捉えました。それは人間の身体が精神物理的統一であるだけでなく、社会的諸事物も精神物理的統一であると捉えていた可能性もあります。紹介しておきましょう。
「ところで歴史的社会的存在界を構成する者として、そして同時にそれと交渉する者として、人間は、単に精神ではなく、精神物理的統一であり、単に思惟する主観でなく却て意志、感情、表象のあらゆる方面に自己を表現する統一的主体である。」
野口:意志・感情・表象を持っているのでしたら、壁やパンだとは考えられないでしょう。
やすい:単なる物体ではない、交渉的存在としての人間学の対象である「壁」は、壁と向き合い、交渉している身体に媒介された存在です。その意味で個々の壁は、その壁をめぐる意志・感情・表象を含んでいるのです。こうして三木のアントロポロギー(人間学)では、物が人間を語ることになります。これは西田の絶対無の立場立って、「物と成って見、物と成って考える」の人間学的解釈と言えるかもしれません。
野口:それでは西田や三木の立場は、物によって社会的諸関係を構成するのですから、『資本論』におけるマルクスの立場からは、全くのフェティシズム(物神性)的倒錯だということになりますね。ところがマルクスも三木も、やすいさんの解釈では実践的唯物論だったというのですから、首尾一貫しませんね。
やすい:そういう意味ではマルクスのフェティシズム論は、人間と社会的諸事物の区別に固執していて、対象を主体的に捉え返す実践的唯物論が貫徹していないといえます。
続く
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study510:120617〕
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