被爆者の高齢化で急がれる「被爆体験の継承」 -広島市は「伝承者」養成へ-
- 2012年 8月 18日
- 評論・紹介・意見
- 原爆岩垂 弘被爆者
8月6日は米軍機によって広島に原爆が投下された日だ。この非人道的な行為により多数の人命が失われたことを忘れないために、私は毎年、この日を広島で迎えることにしており、今年もこの日を中心に広島市内で行われた催しを見て回った。毎年、印象に残ることがいくつかあるが、今夏のそれの一つは、被爆者の高齢化と、それにともなって被爆体験の継承が次第に難しくなってきているということだった。被爆体験の継承をこれからも続けてゆくにはどうしたらいいか。私たちは新たな発想と工夫を求められているようだ。
原水禁の被爆67周年原水爆禁止世界大会広島大会の分科会を傍聴していたら、ある発言者の言葉が強く印象に残った。それは、「記憶の風化」という言葉だった。これまでは、平和団体の大会や集会で「被爆体験の風化」とか「戦争体験の風化」という表現を聞いたことがあった。「体験の風化」には、国民が原爆とか戦争を経験した時の衝撃や切迫感が時間の経過とともに薄れてきたというニュアンスがあったが、「記憶の風化」には、国民の間で原爆や戦争に関する記憶がはるか遠いものになりつつあるというニュアンスがあり、私は、原爆被爆や戦争を民族体験として語るのはもはや難しい時代になったんだなと思わずにはいられなかった。
無理もない。2010年の国勢調査によれば、戦争体験世代(70歳以上)は16・5%とのことだ。それから2年たっているのだから、今年はもっと減少しているだろう。国民の大多数にとっては、戦争はもはや自らの体験に基づく生々しい記憶ではないのだ。かつて「戦争を知らない世代」という言葉がはやったが、今は文字通り「戦争を知らない世代」が国民の大多数を占めるに至ったのだ。
こうした「戦争を知らない世代」に原爆被爆の実相を知ってもらう上で決定的な役割を果たしてきたのは原爆被爆者による証言活動である。広島・長崎の被爆者たちは「ヒロシマ・ナガサキの悲劇を再びくり返えさせてはならない」との思いから、被爆による後障害の苦痛に耐えながら、原爆がもたらした筆舌に尽くしがたい悲惨な状況を語り続けてきた。
しかし、その「被爆の証人」である被爆者が減りつつある。被爆者健康手帳を所持している人は1980年には37万2264人を数えたが、この年をピークに減少を続け、2011年には21万0830人となった。被爆からすでに67年。この間、被爆者の高齢化が進み、亡くなる人が増えたからである。被爆者の平均年齢は78歳という。
「これまで私たちの集会で証言をしてくださっていた被爆者の皆さんの中から、老齢で亡くなったり、入院されたりして集会に来られない方が出るようになった」。広島滞在中、そんな声を聞いた。
私は、毎年必ず、8月6日に広島市内で開かれる「被爆者証言のつどい」をのぞくことにしている。広島県下の医療機関や福祉施設で被爆者からの相談にのっているソーシャルワーカーの集まりである「原爆被害者相談員の会」が1982年から続けている催しで、8月6日に全国から広島にやってくる一般市民に被爆者の証言をじかに聞いてもらおうというのが狙いだ。今年は第31回だった。
「つどい」に参加してくれた被爆者は13人。昨年は14人だった。関係者によれば、以前は20~30人もの被爆者の参加があったというから、証言活動ができる元気な被爆者が年々減少していることが分かる。「つどい」終了後に開かれた「原爆被害者相談員の会」総会で会員に配られた「2012年度の課題について」と題する文書には「[課題]病気などで証言者が減少。日常のソーシャルワーカー業務や被爆者相談活動などから新しい証言者の確保とスタッフの確保を追求していく」とあった。
被爆者による証言の機会減少といった事態は、行政にも深刻な危機感をもたらしたのだろう。8月6日に行われた広島市主催の平和記念式典で、松井一實市長は平和宣言の中でこう述べた。
「広島市はこの夏、平均年齢が78歳を超えた被爆者の体験と願いを受け継ぎ、語り伝えたいという人々の思いに応え、伝承者養成事業を開始しました。被爆の実相を風化させず、国内外のより多くの人々と核兵器廃絶に向けた思いを共有していくためです」
広島市にとって初めての試みである被爆体験伝承者養成事業は、今年5月に松井市長によって発表された。それによると、被爆体験伝承者とは、被爆体験証言者の体験を受け継ぎ、それを伝える者という。つまり、被爆者の体験を本人に代わって語り継ぐ人だ。公募し、3年かけて養成する。
6月末に募集を締め切ったところ、11都道府県の137人から応募があった。7月から、被爆者から体験を聴いたり、話術を学ぶといった研修が始まった。修了後は、原爆資料館を運営する広島平和文化センターからの委嘱を受け、原爆資料館などで修学旅行生や海外からの訪問者らを対象に被爆体験講話をおこなう予定だ。
日本生活協同組合連合会が8月5日に広島市内で開いた「ヒロシマ虹のひろば」では、参加者に「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」(本部・東京)の紹介リーフレットが配られた。
この会は作家の大江健三郎氏らがよびかけ人となって昨年12月に発足したNPO法人。リーフレットによれば、会の目的は「広く一般市民を対象として、原爆被害の実相と、原爆被害者が遺してきた証言・記録・資料を収集、保存、普及、活用し、その記憶遺産の継承をめざす事業を行う」ことにあるという。
芳賀唯史・日本生協連専務は「虹のひろば」の主催者あいさつの中で、「日本生協連も被爆体験の継承に力を入れる立場から、この会に協力している。組合員の皆さんもぜひ入会してほしい」と呼びかけた。生協の全国組織としては注目すべき動きとみていいだろう。(ちなみにノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の連絡先は03-5216-7757)
被爆者の老齢化が急速に進んでいることを考えると、被爆者の被爆体験を受け継ぐ作業は待ったなしだ。官民あげて被爆者の証言を集め、これを後世に残す作業を加速することが望まれる。被爆者の体験を聞き書きするという活動はこれまでもさまざまな団体によって行われてきたが、いまなお十分とは言い難い。とくに若い人がこうした活動に関心を抱くよう願ってやまない。
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