在日米軍は誰のためにあるのか ―パネッタ激励演説から見えてくるもの―
- 2012年 10月 18日
- 評論・紹介・意見
- 半澤健市日米同盟
「日米同盟」に反対する人はほとんどいない。
ならば、「日米同盟」の軍事面の基本は何か。それは「日米安保」である。「日米安保」とは何か。米軍が外敵から日本を守り、その代わりに日本が米軍に基地を提供する。これが「日米同盟」の基本構造である。この構造に疑問がなかったわけではない。それどころか、「60年安保闘争」は、その是非を巡る戦後最大の闘争であった。その衝撃に恐怖を感じた支配層は、政治の季節を経済の季節に転換したほどである。安保のいう「米軍が日本を守り、その代わりに日本が米軍に基地を提供する」。本当にそうか。
《米国防長官が米軍横田基地で演説したこと》
一つの演説を要約して紹介する。
2012年9月17日に、米国防長官レオン・パネッタが東京近郊にある米軍横田基地で行った演説である。対象は米軍と家族、いわば前線で戦う将兵と家族に対する国防の最高指導者による激励演説である。
まず、パネッタは前線でthis countryのために奉仕し犠牲を惜しまない彼らに深い感謝の念を述べる。this countryは勿論、日本ではなくアメリカ合衆国である。世界最強の米軍は家族の支えなくして成り立たないと持ち上げる。次に、世界と米国の軍事情勢図を描いてみせる。
9/11以後の10年間、米国はテロとの戦争の渦中にある。この戦争はテロの支援者を追跡し、アル・カイダの指導者オサマ・ビン・ラデンを殺害した。その他の多くのテロ指導者を殲滅した。イラク戦争を終結に導き、交戦中のアフガニスタンも、2014年までに自治が可能な事態に改善しつつある。全体に戦況は厳しいが、タリバンにも勝利しつつある。世界への挑戦に対峙する米軍の戦場は世界各地に存在する。イェーメン、ソマリア、北アフリカ、北朝鮮、イラン、中東、サイバー・テロなる敵、太平洋の新興国。世界最強の米軍は、しかし、緊縮財政下の軍事予算で戦わねばならない。それはどのように可能か。次の三つの基本政策を維持しなければならない。
①世界最強の軍事力の維持
②軍事力空洞化の回避
③国家への忠誠心持続
軍事費削減下でも対応策はある。
《軍事費削減下の対応策は何か》
一つは、軍隊移動の迅速化、柔軟化である。
二つは、アジア重視である。北朝鮮の軍事的脅威だけでなく、経済・外交・貿易の各分野での対策が必要である。
三つは、依然として世界中に軍事的プレゼンスを継続すること。そのために友好国軍隊と連携を強化する。
四つは、同時多発的な敵の出現への対策である。たとえば北朝鮮とホルムズ海峡封鎖という同時に発生する脅威に備えねばならない。
五つは、軍事予算の多様化である。宇宙、サイバー戦、無人機、米国内の州兵・予備役活用である。
これらの諸施策によって米軍の強さは維持できるし、国防関係者は議会への働きかけを続ける。しかし究極の軍事力は兵士諸君と家族の愛国心に係る。健闘を期待する。
以上がパネッタ演説の私流の要約である。
演説後の質疑応答で、「尖閣問題において我々米国人はどういう立場にあるのか」とパネッタは聞かれた。それに対して「この問題への対応のために今回訪日・訪中しているのだ」と答えた。さらに、「アメリカは領土問題に介入しない。関係国のナショナリズムに火がつく危険はある。しかし、当事者による平和的な解決が唯一の解決策である」という発言をした。
読者はパネッタの発言から何を感じられるであろうか。
「驚くべきことに」というべきか「当然に」というべきか、この演説には「日本」、「日米同盟」、「オスプレイ」という言葉が一回も出てこない。この日、中国全土で日本国による尖閣諸島の国有化に抗議した大衆デモが沸き上がっていた。パネッタは日本の外務大臣、防衛大臣と会談して「日米同盟」の堅持を述べ、にこやかに握手を交わした。そのあと、この演説をして、中国へと飛び立ったのである。
《日本は「オフショアー・バランシング」の道具か》
元外務官僚の孫崎享は、日米安保の本質は「われわれ(米国)が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する、それが米国の目標である」と考える米国々益の具現化だと喝破した(『戦後史の正体』、2012年、創元社)。
パネッタ演説を読んで、この孫崎の日米安保論に反駁できる人間は少ないだろうと思う。
孫崎は最近の論文で「オフショアー・バランシング」について語っている。その意味は、「特定の大国が、想定される敵国が力をつけてくるのを、自分に好意的な国を利用して抑制させる」という概念であると次のようにいう。「これは超大国が実際に自己の軍隊を展開せずに影響力を保とうとする考え方である。歴史的にみると大英帝国が欧州大陸に使用した。一九三〇年代には、米国が英国等に武器を供与した。第二次大戦初期、米国は直接戦場で戦う戦闘員になっていない。これがオフショアー・バランシングである」。
孫崎は、米国の東アジア戦略は四つの選択肢をもっていて、その一つに「オフショアー・バランシング」があるという。この「オフショアー・バランシングを東アジアで適用することが提案されている。つまり、台頭する中国に対して、自ら戦闘するのではない米国はこの日本を支援する。戦闘に当たるのは日本である」。孫崎は米国のアジア政策は、四つの選択肢のうち、上記と「米中両国による世界支配」という二つの選択肢に収斂すると予測している。孫崎論文は次のように結ばれる。「日本がオフショアー・バランシングで役割を果たすには、日本が中国を敵として位置付け、自ら積極的な軍事的展開を行っていく必要がある。尖閣諸島問題は格好の材料である。日米関係推進派が尖閣諸島問題で強硬論を唱えているのは偶然ではない」(「尖閣問題 日本の誤解」、『世界』12年11月号、92頁)。私はこれを「自衛隊の傭兵化による米国の対外戦力増強」と理解する。
こんなにリアルな指摘があるにも拘わらず、「日米同盟」に反対する人はほとんどいない。これが「敗北を抱きしめ」てから67年後の祖国の現実である。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1038:121018〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。