IPPNWの医師 Rosen博士が明かすフクシマの真実
- 2012年 11月 7日
- 時代をみる
- グローガー理恵フクシマの真実
http://www.ippnw.de/commonFiles/pdfs/Atomenergie/analyse_who_report_fukushima_011012.pdf
「こんな日常をただ過ごしていると、3.11が嘘であってほしいとふと思います。」と、ある日本の方が仰った言葉が忘れられません。この方は、保育園に通う小さな女の子のお父さんです。そして、3.11が、フクシマが、多くの日本人の人生を変えてしまったように、この方は、子供たちや市民を被曝から守ろうと、日々、真剣に闘われていらっしゃいます。
そして、この方が、大変興味を持っていらした論文が IPPNWの医師-小児科医でいらっしゃるローゼン博士著の「WHOのフクシマ大災害リポートの分析」でした。子供たちを被曝から必死に守ろうとなさっている一人のお父さんの姿に心を打たれたのかも知れません。私は、少しでも何らかの形でお役に立てるなら と思い、この論文の翻訳に取り組むことにしました。
ローゼン博士は分析文の中で、WHO(国連- 世界保健機関)が作成したフクシマ報告を、そしてWHOの偏った研究調査法を厳しく批判しています。批判の対象はそれだけではありません。政府を政府機関を規制機関を全ての原子力産業、原子力機関を更に非難しています。ローゼン博士の論文は、信頼性あるデータを基に説かれてありますので納得できる論理性を持っています。更に、注目すべき事は、ローゼン博士が深い憂慮心を持ってフクシマの真実を浮き彫りにしていることです。
その中で大変印象に残った部分をひとつだけ簡単にご紹介させて戴きます。:「 『被爆者を研究の対象として利用』(訳文14ページ)という章です。汚染地から離れたいと願っている人々が、政府からの援助金がないという、それだけの理由で、汚染地に住む ことを強いられてしまっていること。その結果、『汚染環境の中で生活することが、如何なる健康上の影響結果を人間に及ぼすのかを確かめようと試みている-科学的研究の対象となることを』を人々は余儀なくさせられてしまっていること。」
こんな事が許されてよいのでしょうか?3.11前までは、チェルノブイリを他人事だと思っていた自分でした。しかし、今、この時点で、わが国で、チェルノブイリと同様な事が、いやもっと過酷かも知れないことが起こっているのです。ローゼン博士が明かしているフクシマの真実は、私達に鋭い心痛を覚えさせます。しかし、私達は真実を知る必要があります。何故なら、真実から逃げているだけでは真の解決への道は見つからないからです。
最後に、翻訳に 関し てのコメントです。: IPPNWドイツ支部から「翻訳してもOK!」との言葉があったことを述べさせて戴きます。
論文には、ローゼン博士が国会事故調査委員会の報告書(英語版)から引用した句が出てきます。訳者としてはできるだけ報告書の日本語の原文を使うように努めましたが、訳文になっている箇所もあります。また、ローゼン博士は、論文の最後にある「結論」の部分で国会事故調査委員会の黒川清委員長の言葉を引用していますが、その英訳文と日本語の原文との間に何の類似点を見い出すことが出来ませんでしたので、敢えてこの部分は省いて訳さなかったことをお伝えしておきます。
WHOのフクシマ大災害リポートの分析
*アレックス・ローゼン(Alex Rosen)医学博士
ドイツ・ジュッセルドルフ大学付属病院・小児科クリニック
2012年9月14日
2012 年5 月23 日、国連- 世界保健機関( WHO-World Health Organization) は、
「Preliminary dose estimation from the nuclear accident after the 2011 Great
East Japan Earthquake and Tsunami(2011年東日本大地震津波後の原発事故がもたらす被曝線量の仮算定)」と呼ばれるリポートを公表した。リポートは、原発事故後の最初の一年間に日本市民が受けると推定される被曝線量の程度/規模に関しての、時宜を得た信頼すべき情報を提供する事を目指している。即ち、リポートは、フクシマ第一原発事故後の一年間に被曝した人間が受けるであろう健康的影響結果を包括的なレベルで査定することを試みている。
このWHOの公表結果に対してのメディアの反響は、WHOリポートの「人を安心させるようなメッセージ」を、そのままオウム返しに繰り返すことであった。:
-「WHO:日本におけるフクシマ原発事故後の放射線レベルは低い。」(2012年5月24日-BBC 報道)-「WHO:フクシマ原発付近の被曝量は安全基準内である。」(2012年5月23日ー朝日新聞)-「WHO:フクシマ原子力災害による放射線リスクは予想されていたよりも低い。」(2012年5月24日-Spiegel)-「フクシマにおける殆どの放射線量は基準範囲内である。」(2012年5月23日-Reuters)
-「フクシマの放射線量は大部分において容認できるレベルである。」(2012年5月23日-AFP)
このような楽観的なヘッドラインがフクシマの真の状況を描いているのかどうか、これから分かってくることになるだろう。
* アレックス・ローゼン(Alex Rosen)医学博士:小児科医であり、IPPNW (核戦争防止国際医師会議)のメンバー。
この論文は、3つの簡単な疑問を呈示して、それらの疑問に答えようと試みることによって、WHOのリポートを分析している。:
1.リポートは何を述べているか?
a) 実際にどのようなインフォメーションがリポートの中に含まれているのか。
b) その主要な結論は何であるのか。
c) 調査結果を他のソースから公表された数値と比べるとどうなのか。
2.リポートは何を述べていないか?
a) どのようなインフォメーションがリポートから抜けているか。
b) 生データからの、どのような疑問の余地がないほど明らかな結論が引き出されなかったか。
c) リポートの何処にバイアスが見られるか。
3. 誰がリポートを書いたか?
a) どのような組織・機関や個人がリポートを作成したのか。
b) 彼等の動機とは何であるのか。
1.リポートは何を述べているのか?
総実効線量
WHOのリポートには、福島県の住民が原発事故発生から最初の一年間内に受けると推定される実効線量が「1~10 mSv」であると述べられている。また、この(1~10 mSvの)線量範囲を超えて「10~50 mSv」の放射線推定量に達する幾つかの「地域例」が挙げられている。この「地域例」の中の二つに浪江と飯舘がある。福島に隣接する県における実効線量は「0.1~10 mSv」と推定された一方、日本国内の他の県における実効線量の推定値は「0.1~1mSv」と算定されている。この実効線量の算定についての妥当性と信頼性については、次の章で更にまた検討する事にする。
甲状腺線量
WHOのリポートは更に、(原発事故発生した)最初の一年間に福島県住民が受ける平均甲状腺線量は「10 mSv から100 mSv」の間であろうと述べている一方、特定の場所(一例として浪江町が挙げられている)における甲状腺線量の推定値は、「200 mSv」までに至る可能性があると推測している。そして、日本の残りの地域の甲状腺線量の推定値は「1~10 mSv」と算定されている。
食品の放射能汚染
WHOのリポートは、放射性降下物によって放射能汚染された数多くの食品種類をリストしている。: 野菜、果物、キノコ、ミルク、肉、穀物、卵が検査され、その結果、許容基準量レベルを超す放射性アイソトープが検出された。これらの食物を食べた人々は有害な放射性アイソトープを摂取したことになり、その結果として内部被曝したことになる。
大気中への放射能総放出量
WHOのリポートには、2011年3月12日から4月6日にかけて大気中に放出された放射性アイソトープの量についてのデータが含まれている。リポートによれば、フクシマ災害が起こった最初の6日間に、およそ「113x10京______________ベクレル」の放射性ガス、キセノン-133が放出された。キセノン-133の物理的半減期は5.25日間で、ベータ線とガンマ線を放出し、それを吸入すると肺組織を害する可能性もある。
ノルウェー大気リサーチ研究所(Norwegian Institute of Air Research-NILU)が行った控え目な算定によれば、2011年3月12日から4月20日の間に放出されたキセノン-133の量は「167x10京ベクレルで」あった。一方、東電が原子力安全保安院に宛てたあるリポートには、更にそれよりも高い「223x10京ベクレル」のキセノン-133が、2011年3月12日から15日の間に放出されたことが算定されたと公表されてある。NILU(ノルウェー大気リサーチ研究所)は、「フクシマ事故が放出したキセノン-133の量は歴史上、(核爆発実験を除いて)最高の放出量であった。」と述べている。-これは、チェルノブイリ原発メルトダウン事故間に放出されたキセノン-133の放射量の2倍を超える量であった。
WHOのリポートは、放射性ヨウ素‐131の放出推定量に関して、2011年3月12日から4月6日までの間に放出されたヨウ素-131の推定量は「1.24~1.59x10京ベクレル」であると主張している。ヨウ素-131の物理的半減期は比較的短く、8日間であるが、そのベータ線およびガンマ線を吸入した場合、甲状腺癌になる可能性がある。
オーストリア気象学・地球力学中央研究(ZAMG-Zentralanstalt fuer Meteorologie und Geodynamik)は、 包括的核実験禁止条約(CTBT)のもとに設置された(複数の)放射能測定場所からのデータに基づいて、2011年3月12日から14日までの間に、フクシマ・メルトダウンによって放散されたヨウ素-131の量を「3.6~3.9x10京ベクレル」と算定した。これはチェルノブイリから放出されたヨー素-131の総量の凡そ20%に値する。東電が算定したヨウ素‐131の放出推定量は同程度である。:2011年3月12日から3月15日までの間に「3.19x10京ベクレル」。
WHOのリポートには、なぜWHOが推定したヨウ素-131の放出量が、東電やZAMGの推定値よりも2/3ほど低いのか、その理由が述べられていない。
最後に、WHOのリポートは、 2011年3月12日から4月6日までのセシウム-137の総放出推定量が「0.97~1.53x1京ベクレル」であると述べている。-これもまた、ZAMG(5x1京ベクレル:2011年3月12日~3月14日)、NILU(3.58x1京ベクレル: 2011年3月12日~4月20日)、そして東電(3.03x1京ベクレル :2011年3月12日~3月15日)らが算定した全ての推定値よりもずっと低い。
NILU(ノルウェー大気リサーチ研究所)によれば、フクシマにおけるセシウム-137の放出量は、チェルノブイリ災害中に放出されたセシウム-137総量の約40~60%を占める。これも、WHOのリポートの推定値が、なぜ他の機関の推定値よりも50~80%低いのか説明が為されていない。セシウム-137の物理的半減期は30年であり、主にベータ放出体であるが、その崩壊生成物であるバリウム-137mは、ガンマ線も放射し、両方とも悪性腫瘍の発生へと結びつく。
安定ヨウ素剤による予防
WHOのリポートには、何度か、「①安定ヨウ素剤の予防摂取が公式に勧告されなかったこと、②市民達が日本国内や他の場所でも安定ヨウ素剤を摂取しなかったため、甲状腺等価線量の推定値が、放射性ヨウ素の吸収を低減させる目的で、安定ヨウ素剤を服用し甲状腺ブロックをした人々における推定値よりも高くなると推測されること」が明らかに述べられてある。
2.リポートは何を述べていないか?
原子力災害の原因について誤解を生むインフォメーション
WHOのリポートは、フクシマ原発現場の浸水がもたらしたダメージのため、3基の原子炉が冷却不能となったと述べてあり、原子力災害の原因は津波であり地震ではないことを強調している。
地震は比較的頻繁に起こり、世界中(特に日本)にある多くの原子力発電所は地震断層線近くに建設されてあるため、原子力産業は、地震が核メルトダウンの原因であるという可能性から注意をそらさせて、地震ほどは頻繁に起きないもっとエキゾチックな「大津波」に罪を着せることに、大いに関心を抱いている。
しかし、あるドイツの包括的な研究調査が、フクシマ第一原発での原子力災害をもたらした構造上の損壊は地震に起因するものであり、あとに続いて起こった津波に起因するものではない事を明らかにしている。NILUによって測定された大気データは、放射能放出が一番最初に測定されたのは地震発生直後であり、第一原発が津波で襲われる前に、原子炉がかなり損壊していた事を証明している。
日本の国会事故調査委員会はこう結論している。:
「東電は余りにも速く、原発事故の原因として津波を挙げ、地震が事故原因であったことを否定している。安全上重要な機器への地震による損傷がないとは確定的に言えない。」
日本の専門家グループによって、なおざりにされた被曝リスク
フクシマ第一原発敷地周辺の20キロ圏内に住んでいた人々は核メルトダウンがあった最初の数日のうちに避難したため、専門家グループはこれらの住民の被曝リスクを顧慮しなかった。これらの住民が、避難する前に、あるいは避難中に被曝したかもしれないという可能性は、簡単に無視されたのだった。
国会事故調査委員会の調査は次の事柄を明らかにした。:
① 日本政府は原発事故に関して地方自治体政府に知らせることが遅かったばかりでなく、事故の重大度を伝えることができなかった。(...)
② 具体的に謂うと、2011年3月11日の夜21時23分に、3キロ圏内からの避難が指示されたとき、福島原発の立地町の住民の内、ほんの20%だけが原発事故発生を認知していた。
③ 原発から10キロ圏内に住む住民の殆どが、15条報告から12時間以上も経っていた3月12日の5時44分に避難指示が発令されたとき、初めて原発事故発生を認知した。しかし、事故に関してそれ以上の説明はなく、避難先が何処になるのかの指示もなかった。
④ 多くの住民はほんのぎりぎりの必需品だけを持って(着の身着のままで)避難しなければならず、複数回、移動したり、あるいは高線量の区域に移ることを余儀なくさせられた。(...)
⑤ ある人達は高線量の区域に避難し、それから何の避難指令も受けず、4月まで見捨てられたままの状態であった。
上記に既述したように、避難者たちに予防の為の安定ヨウ素剤が分け与えられなかったと謂う不作為は特に重大な懸念すべきことである。
また、WHOのリポートには、フクシマ災害のため疑いもなく、最も高度の外部被曝を受けたであろう作業員達の被曝量が含まれてない。‐その理由として、作業員の被曝線量測定には異なった方法・アプローチが必要であるためと述べられてある。
大人、子供、1歳未満の幼児間の区別がない。
WHOのリポートは、3つの異なった年齢グループを設定している。そして、フクシマ原子力災害が発生した最初の一年間に、其々の年齢グループが受けた実効線量のレベルを算定しようと試みている。しかし、リポートには、年齢別による実効線量係数を使っているにも拘らず、福島県に住む全ての住民の実効線量が-それぞれの年齢に関わりなく「1~10ミリシーベルト」になるであろうと述べられてある。
この事は、リポートが、測定値を年齢によって区別しないことにより、大人、子供、幼児の間に実存する相違点を、大雑把な平均的推定値の裏に隠しているのか、もしくは小児科放射線医学や児童期社会学の最も基本的な観点を無視していることになる。:
一般的に子供達は大人達よりももっと長い時間、(外で遊ぶため)戸外で時間を過ごす。
子供達は地面の上や砂場、浜辺や庭で遊ぶため、吸入病原体に曝される度合いがもっと遥かに高くなる。幼児は何でも口の中に入れる癖があって、時には土を口の中に入れたりもする。
2011年5月、日本の文部科学省(MEXT)は、幼稚園、学校、保育園で測定された土の汚染度を示すリストを公表した。測定___________された全ての場所で、放射性ヨウ素-131の量が、「1,200ベクレル/kg」を下らなかった。最も高い測定値が見られたのは、伊達市(福島県)の小学校で、「6,800ベクレル/kg」であった。セシウム‐137の土中汚染濃度は、「620ベクレル/kgから9,900ベクレル/kg」までに至った。
生物学的に、子供は大人よりも放射線感受性が高く被曝に影響されやすい。:
①子供の皮膚の比表面積(体の寸法に比べた皮膚の表面積)は広く、透過性があるため、より多量の放射線を吸収する。
②子供の多い呼吸分時量が、子供を空気中のより多くの病原体に曝させることになる。
③子供のより活発な組織代謝と高い有糸分裂度は、自動調節メカニズムが疾病発生を防ごうとする前に、変異によって引き起こされる悪性罹病のリスクを高めてしまう。
④子供の免疫システムや細胞修復メカニズムは充分に発達していないので、これらのメカニズムが癌の発生を適切に防ぐことが出来ない。
⑤胎内で胎児が、臍帯静脈を通して放射性アイソトープを被曝する可能性、および母体の膀胱に集まったアイソトープから被曝する可能性もある。
⑥さらに、ヨウ素-131のような放射性アイソトープは母乳を経て運ばれる。
WHOのリポートには、このような様々な社会的、生物学的な要素について何も述べられていない。事実は、チェルノブイリの研究調査結果が物語っているように、最も放射線誘起の疾病に罹患するのは子供なのだということである。しかし、WHOのリポートには、この事が省かれていて、大人、子供、幼児でさえもが単一の被曝範囲の推定量に押し込められてしまっているのである。
原子力災害への不適切な対応に対して批判的でない見解
WHOのリポートは、日本当局が、住民の被曝リスクを少なくするために一定の防護措置をとった事を認めている。しかし、リポートには、政府によって実際に為された多くの処置が、住民の被曝量をより高くする結果に導いていったことについては何も言及されていない。担当当局にとってはアクセス可能だったはずのSPEEDIシステム(緊急時環境線量情報予測システム)のデータは無視され、人々は放射線被曝リスクの低い区域から高レベル汚染区域へと避難させられた。
「間違っていると分かっていながら、政府は、被曝の影響を受けた市民に安定ヨウ素剤を分け与えることをしなかった。それ故、政府は住民をヨウ素-131の有害な影響から守ることが出来なかった事実」-この事実に関して、WHOのリポートには何も論じられていない。
また、なぜ担当当局が、被曝を制限するための、この簡単でよく知られた方法を用いなかったのかと謂う重大な疑問も提示されていないのである。
日本の国会事故調査委員会は公式報告でこう述べている。:
「時宜を得た安定ヨウ素剤投与の確実な効果については充分に知られていたにも拘らず、政府の原子力災害対策本部と県政は市民に適切な指示を与えることが出来なかった。」
そして、信じがたいことに、2011年4月19日、日本政府は子供に対する被曝許容量を「3.8マイクロシーベルト/時」に引き上げた(=およそ「20ミリシーベルト/年」)この被曝許容量に対して親、科学者たち、医師たちから成るグループが抗議したことによって、やっと5月27日、政府はこの新しい目安を撤回し、元の「1ミリシーベルト/年」の基準値に戻したのだった。
国会事故調査委員会は日本政府の危機管理に対して、WHOのリポートよりももっと批判的である。:
①委員会は、官邸の危機管理体制、規制当局、他の担当機関が正しく機能しなかったため、状況が悪化したものと結論付ける。
②(...)これまでの規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、規制当局の危機管理意識の低さが、今回の住民避難の混乱の根底にあり、住民の健康と安全に関して責任を持つべき官邸及び規制当局の危機管理体制は機能しなかった。
③(...)政府、規制当局には住民の健康と安全を守るための意思が欠如している。;
住民の健康を守るため、被害を受けた住民の生活基盤回復するための対策が為されなかった。
「ガンを誘発する放射能に『しきい値』はないという事実」を隠匿
WHOのリポートは、推算された実効線量が一定の基準レベル以下にあると主張している。:例を挙げれば、住居でのラドン外部被曝の基準レベルは「年間の実効線量およそ10ミリシーベルト」であるし、緊急時における計画被曝線量は「急性もしくは年間の実効線量およそ20-100ミリシーベルト」である。従って(推算された実効線量の範囲では)危険性をもたらすようなことはない。
WHOは、発ガンや他の放射線誘発の疾病に罹患するリスクが、被曝線量に比例して高まると謂う重要なインフォrメーションを隠匿しながら、なんらかの安全性を示唆しようと試みているようである。
福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーである山下俊一は、年間100ミリシーベルトの被曝量は、子供にとっても大人にとっても安全であると宣言するまでに至っている。:
そして、「ヒト被曝集団においては、ほんの僅かな線量増加でも或る程度の発ガン増加を生じる。そのような増加は理論的には測定可能であるが、100ミリシーベルト以下の線量では、統計的に微々たる重要性のないものであるから、過大なリスクの論議として考慮にいれることは出来ない。」とも述べた。だが、ある人間にとって統計上、重要でない事が、他の人間にとっては死活にかかわる重大な問題であるかもしれないのだ。
しかしながら、山下氏のコメントは少なくとも(WHOのリポートとは違って)、上述されているように、100ミリシーベルトよりもずっと低い被曝線量における統計的な結果を指摘しているので、国際的に確立されている「直線しきい値なし仮説(Linear No-threshold Model)」を承認していることになる。WHOのリポートには、この「直線しきい値なし仮説」やその結論に関しても何も述べられていない。
米国科学アカデミー諮問委員会は、国際的にも評価されている「BEIR VII リポート」の中で、電離放射線の生物的影響について-放射線損傷に関してより低い閾値といったものは存在せず、最も低い被曝線量でさえも組織損傷や遺伝子変異をもたらすこともある。
それ故に、低線量被曝した多数の住民の間で発生する甲状腺ガンのケース数が、高線量被曝した少数の住民の間で発生する甲状腺ガンのケース数と同数に達することもあり得る-と、明示している。
国際BEIR-VII-被曝リスク・スタンダードモデル(standard international BEIR-VII
dose-risk model)に基づくと:-①平均被曝量10ミリシーベルトを受けた住民の中で、1000人に1人がガンに罹患することになる。②100ミリシーベルトの被曝量では、100人に1人がガンに罹患することになる。
基準レベルは、低いにしろ高いにしろ、いつでも決まって「社会的許容リスク」に基づいて定義づけられることは明らかである。ヘルメットを被らずに通りを自転車で乗り回す事は、ある場所では、またはある人々にとっては「社会的許容リスク」として見なされるかもしれない一方、別の人々にとっては見解が異なってくる可能性もある。
あり得ない、偽りの安全性保証よりも、どれぐらいのレベルのリスクを社会で容認できるのかについて公開討論する事が必要である。
もしWHOのリポートが、1,000人中に1人のガン罹病率を「社会的許容リスク」とみなす事を選択しているのだとしたら、はっきりとその事を述べるべきである。そして、原発作業員用の基準レベルと比較して、故意に歪められた安全性を仄めかすべきではない。子供は原発作業員ではないし、放射性物質と接触することによって、自分の健康を危険に曝すことを選んだわけでもない。
子供達や幼児達の健康を論じる報告書に、原発作業員の基準レベルを述べるような場所なんて何処にもない。更に、胸部X線検査1回の放射線量は「0.02ミリシーベルト」と微量であるが、どんな医者も、患者に対して、もちろん子供や妊婦に対して、必要のない放射線検査は行わない。放射線影響の確率的性質を知る事は、あらゆる被曝を避けることが悪性疾病の発生を防ぐのに役立つことができると謂う事を分かることである。
そして、「100ミリシーベルト」とは、1年内に5000回の胸部X線検査を受けることに相当する。如何なる放射線科医も敢えて、そのような数量を人の健康にとって微々たる無視すべきものであるとは謂わないだろう。
日本の国会事故調査委員会は「福島原発事故報告書」でこう記述している。:
「長期にわたる低線量被曝による晩発障害には『しきい値』がなく、リスクは線量に比例して増えることが国際的に合意されている。年齢、個人の放射線感受性、放射線量によってその影響は変わる。また未解明の部分も残る。一方、政府は一方的に線量の数字を基準として出すのみで、どの程度が長期的な健康という観点からして大丈夫なのか、人によって影響はどう違うのか、今後どのように自己管理をしていかなければならないのかといった判断をするために、住民が必要とする情報を示していない。」
食物の抜き取り検査
総被曝推定量の大部分は、放射能汚染された食物の摂取によってもたらされた内部被曝から成る。 WHOのリポートは、内部被曝のレベルを算定しようと試みているが、その推定値の不適切さを釈明していない。当然のことながら、内部被曝量の計算は、食物のサンプル選択やサンプリングの規模範囲を制定する方法によって大いに影響される。
WHOのサンプリングの規模範囲について、唖然とさせられる事がある。-原発事故が発生した最初の1ヶ月に福島県全域において、たった17個の卵が検査され、2ヶ月目には11個の卵、3ヶ月目にはゼロ個、そして終に4ヶ月目にはまた11個の卵が検査されただけなのである。4ヶ月中に福島県全域から集められた、たった39個の卵(プラス日本の残りの地域からの18個の卵)を測定することによって、卵を摂取して受ける内部被曝量を、人口1億2000万人のために決定することになるのである!
同様に、福島産の果物に関してもサンプリングの規模範囲は限られている。-最初の1ヶ月には40個のサンプル、2ヶ月目には16個のサンプル、そして、この同期間に、日本の他地域からは其々49個と28個だけのサンプルが検査された。
WHOのリポートは、このように、実際の放射線量を明らかに過小評価している要因についてコメントすることはなく、「測定された其々の放射能濃度量は、福島県や隣接する県における食物市場全体を代表するものである。」と述べている。と同時に、リポートは別の過小評価の要因を認めているのである。:「我々の査定では、平均食物消費量を800から900グラムとしているが、実際には一日の平均消費量は2000グラムである。」
また、WHOのリポートにあるサンプルに関して、- ①何処で収集されたのか、②誰が収集したのか、③どのような目的で収集されたのか-について何もコメントされていない。
原子力産業にも、それに協力している政府機関にも、福島原発事故がもたらす健康的影響結果を結論づける上で、重大な利害衝突がある。それ故、東電もしくは日本原子力機関によって公表されたサンプル分析結果は、独立した科学者たちによって厳しく質疑されなければならない。何故ならば、東電も日本原子力機関も、国民に決定的で重要な情報を与えるのを差し控えるようとする動機があるからである。
一つの好例が福島県産の野菜の汚染レベルである。WHOのリポートには、野菜サンプルの中で最も高レベルの放射能汚染が、「ヨウ素-131:54,100ベクレル/kg」そして「セシウム-137:41,000ベクレル/kg」となっている。ここで興味深い事は、最も高いレベルのヨウ素-131を含んでいたサンプルは福島県外からのものであったと謂うことである。
ところが、文部科学省(MEXT)は、ヨウ素-131濃度が「2,540,000ベクレル/kg」までに上る-(WHOリポートに報告されている最高汚染度の野菜サンプルよりも40倍以上の汚染度)-野菜サンプルを見つけた。また別の野菜サンプルには、セシウム-137濃度量「2,650,000ベクレル/kg」-(WHOリポートにある最高汚染度の野菜サンプルの60倍以上)-を検出した。
メルトダウンから1ヶ月経った後も未だ、最高濃度量「100,000ベクレル/kg」を超すヨウ素-131が検出されていた。:(WHOリポートに述べられているものの殆ど2倍の汚染度)また、「900,000ベクレル/kg」のセシウム-137(WHOリポートにある汚染度の20倍以上)も検出された。
既に文部科学省のウェブサイトに掲載されてあり、様々な刊行物にも引用されているサンプル分析データを、なぜ自分達の分析から省いているのか、WHOのリポートは釈明していない。このように、WHOの食物サンプルの選択/分析は、不適切・不十分であり、多数人口の内部被曝量を算定するために、WHOのリポートに掲げられているような限られた数の食物サンプルの汚染レベルを基に外挿するようなことは容認し得ないことである。
放射能汚染された水道水の影響を隠匿
更に懸念すべきコメントが、WHOのリポートの後の項に述べられてある。:専門家グループが「水道水の線量は他の被曝経路からの線量に比べて低い」と考えたため、WHOは、汚染された水道水を通しての被曝量を単に算定に含めなかったと謂う事である。
これは奇妙なことである。何故なら、IAEA(国際原子力機関 -International Atomic Energy Agency)が、3月17日から23日の間に福島県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県から採られた飲料水サンプルの中に高レベルの放射性ヨウ素-131を検出したと警告したからである。東京の北部の地区でさえ、水道水に含まれていたヨウ素-131量は「210ベクレル/リットル」であった。
ドイツ放射線防護協会(deutsche Gesellschaft fur Strahlenschutz e.V.)、フードウォッチ(Foodwatch)、そして、IPPNWドイツ支部(核戦争防止国際医師の会-International Physicians for the Prevention of Nuclear War)の公表によれば、水や食物に含まれた放射性ヨウ素-131の量に「しきい値」はない。-これに従えば、原発災害が始まった後の日々に測定された水道水の汚染レベルは、汚染された水を飲んだ人達に、健康影響を及ぼすだけの甲状腺線量を被曝させた一因となってしまったことになる。
WHOが、推算から水道水汚染を除外していることは、納得のいかない内部被曝量の算定を試みている彼等のリポートの信用性を更に落とさせていることになる。
魚介類や海産食品に関する放射能汚染のデータ不足
WHOのリポートには、魚介類や海産食品の放射能汚染に関して、原発事故から最初の2ヶ月間に福島県で捕られた、たった41の魚介サンプルからのデータが、含まれてあるだけである。リポートには、これらのサンプル中、一つのサンプルから最も高い汚染量が検出され、その測定値は、「ヨウ素-131:12,000ベクレル/kg」及び「セシウム-137:7,100ベクレル/kg」であったと述べられてある。
リポートの筆者は、「海水中で放射性物質が希釈されるので、放射能が放出されたポイント近くの線量のみに重大性があることになる。」と推測していて、生物濃縮の結果を無視している。
栄養カスケードに基づき、放射能レベルは食物連鎖を通して上昇していく傾向がある。主に人間によって食べられるマグロのような大きな魚は、時の経過と共に、筋組織の中に最も多量の放射性アイソトープを蓄積する。
福島第一原発からの放射性物質放出は、今日に至るまでずっと続いているので、海洋生物の放射能汚染はこれからも続いていき、経時的に汚染量が増えることが予測できる。
一例を挙げれば、北太平洋で捕れたスズキである。:検出された放射性セシウム量は、2011年の3月から9月まで上昇し続け、9月15日に測定された最高汚染量は「670ベクレル/kg」であった。
東電の2012年5月のある公表によれば、検査された76の魚介サンプル中、33のサンプル(43%)から、許容基準量「100ベクレル/kg」を超える放射性セシウム量が測定されたとある。2012年5月9日に、小高から3キロの沖合いで捕れたカレイの汚染度は「1,190ベクレル/kg」と測定され、これは基準量の10倍以上に達している。
2012年7月、日本の環境省は、「福島県の湖や川で捕れた淡水魚の放射性セシウムの汚染度が海水魚よりも高く、1つのケースでは『2,600ベクレル/kg』が測定された」との検査結果を発表した。
WHOのリポートには、これらの検出事項について何も述べられていないので、調査検査のために、どのようにしてサンプルが選択され、如何なる理由でより高い放射線量を示すサンプルが除外されたのかという疑問を再び提起している。
フクシマ原子炉で進行中の問題について言及せずWHOのリポートは、2011年3月12日から4月6日だけの期間をカバーした算定を用いているのみで、福島第一原発における放射線漏出の問題は存続していて、今日に至るまで、放射能は環境に拡散し続けている事実を無視している。東電でさえもが認めた事実-「3月26日から9月30日の間に、『1.1x1京ベクレル』のヨウ素-131と『約 7x1000兆ベクレル』の放射性セシウムが海洋に放出され続けたこと」-について、WHOのリポートには述べられていない。
同様に、第一号機から第三号機までの原子炉を、一日におよそ535,200リットルの水でこれからも冷却し続ける必要があることについても言及されていない。-これらの水は気化されて大気中に拡散されるか、放射能汚水として地中にしみ込んでいく。
リポートには、「ヨウ素の放散があってから4ヶ月後以降には、ヨウ素の放出はなく、総被曝量への寄与量はゼロであると考えられる。」と述べられてある。WHOは、「ヨウ素が放出されたのは原発災害が始まった頃だけであるから、ヨウ素-131の濃度は放射性崩壊によって減少したため、それ以上の放出は起こらなかった」と仮定しているのである。
しかし、2011年6月、文部科学省の科学者達は福島県の様々な市町村からの土壌サンプル検査を行った結果、「200ベクレル/kg」以上の濃度のヨウ素-131を検出したのである。-最高汚染度は、浪江で「1,300ベクレル/kg」、飯舘で「1,100ベクレル/kg」が測定された。
ヨウ素-131の半減期は8日間であるから、3月15日の最初の降下から90日後に、このような高レベルのヨウ素-131が測定されたことは、後になってからも、さらなるヨウ素-131による区域汚染があったと思われる。
同様に、原子力災害から3ヵ月後に採れた野菜サンプルに、ヨウ素-131の汚染量「2,200ベクレル/kg」を検出したことが、WHOのリポートには述べてられてある。-この事は、最初の爆発があった後も放射性ヨウ素が放出され続けていたという更なる証拠である。これには、1基または数基の原子炉において核分裂か再臨界が自然発生したことが原因となっている可能性があると推察される。
WHOのリポートに言及されていないもう一つの事実は、東電が認めたこと-「2012年1月に放射性セシウムの大気中放出量『60メガベクレル/時』または『凡そ1,440メガベクレル/日』が未だ測定されていたこと」である。東電は、ヨウ素-131放出がさらに続いたのかについては、コメントしていない。
重大な甲状腺調査について隠匿
WHOのリポートには、福島県の1,080人の子供たちを対象にして行った甲状腺研究調査について言及はされているが、研究調査結果の懸念される内容について、もしくは、その研究調査結果から推論される最終的な健康上の影響/結果について詳説されていない。
研究調査結果は、安心させるどころか不安を駆り立てるようなものだった。:最初のヨウ素-131降下があった後一週間以上経ってから行われたモニタリングでは、検査された子供たちの内、44.6%の子供の甲状腺から、「35 mSv」までに至る放射性放射が測定された。
殆どの子供たちにおいては、放射線量「10 mSv以下」が測定された。
しかし、これを査定する上で、放射性崩壊の原則が鑑みられなかったのである。ヨウ素-131の有効半減期は7.3日間であり、実際、この崩壊の原則は非常に重要な事である。:モニタリングをしていた時点で(3月24日-30日)、放射量測定が為されたのだが、一番最初に測定された放射性ヨウ素-131の量の50%以下の量しか検出することが出来なかったのである。
残りの検出されなかったヨウ素-131の量は、既に崩壊してしまっていて、周りの組織に損傷をもたらしてしまっていたということになる。この事は、当然、考察されるべき事実だったのだが、WHOのリポートには、これに関して何も言及されていない。
更に、「有害な放射線影響には、より低い閾値などいうものは存在しなく、低被曝量であっても悪性疾病に罹患するリスクを高める可能性がある。」という事にも、リポートは言及していない。
こうして再び、専門家でない素人群(そしてメディア)は、「社会的許容リスク」の原則-(どれぐらいのレベルのリスクを社会で容認できるのかについて公開討論する必要性)-を否定され、ある一定の限界値以下であればリスクはないと信じさせられたこととなる。
チェルノブイリの場合:
①放射性ヨウ素-131の降下があったホメリ地域(Gomel Oblast)において、チェルノブイリ事故以後-1986年から1998年までに、0歳~18歳の子供/青少年の間で発生した甲状腺ガン罹病率が、チェルノブイリ以前-1973年から1985年までの罹病率と比較して、「58倍」に増えていたことが明らかになっている。
②インターナショナル・ジャーナル・オブ・キャンサー(International Journal of Cancer)に、2006年、発表されたある研究調査によれば、-「チェルノブイリから放出されたヨウ素-131を被曝したために、ヨーロッパにおいては、甲状腺ガン罹病の追加ケース数が『16,000件』あったことを算出した。その中の約1/3が子供で、彼等が受けたヨウ素-131被曝量は『25 mSv以下』だった。」-となっている。
WHOのリポートには、福島の子供たちにおける甲状腺影響に関した、もう一つの大きな研究調査について、何も述べられていない。
4月26日、福島県庁は最初の「住民健康管理調査」を公表した。: 0歳から18歳までの38,114人の子供を対象に、エコー機器(超音波機器)による甲状腺検査が行われた。その内、184人の子供(0.5%)に5mm以上のサイズの甲状腺結節が、202人(0.5%)の子供に直径5mm以下の甲状腺結節が発見された。そして、13,398人(35.1%)の子供に、甲状腺嚢胞が見つかった。小児科学の研究調査にとって、このような検査結果はかなり珍しいことである。
これと比較し得るエコー機器による甲状腺検査が、2000年長崎県で行われた。:その検査結果は、検査された250人の子供の内、2人(0.8%)だけに甲状腺嚢胞が検出され、そのほかの子供たちには、どのような形の結節も見つからなかった。-福島の検査結果が示した数は、この検査結果と著しく異なっている。
更にもう一つの研究調査が、放射性ヨウ素‐131降下の影響を受けた白ロシアのホメリ(Gomel)地域で行われた。そして、この研究調査も福島と同じように似通った甲状腺結節の増加率を示した。: 検査を受けた19,660人の子供の内、342人(1.74%)に異なったサイズの結節が見つかった。
興味深いことは、既述した上記の全ての3つの研究調査を責任担当した科学者が同一人物であったという事だ。:その人は山下俊一、現在、福島県の放射線健康リスク・アドバイザーをしている。彼は、「年間被曝量『100ミリシーベルト以下』での深刻な健康影響は予想できない」と主張した人物である。
ここで、嚢胞や結節は必ずしもガンの前兆とは限らないという事を書き留めておかねばならない。しかし、汚染地域の子供たちにおけるこのような異常の蓄積は、少なくとも言及に値する事であり、更に進んだ調査が必要である。
ホメリや福島で観察された異常が被曝の結果なのか、それとも何らかの別の原因にあるのか、調査されなければならない。一方、福島県健康調査の担当者たちは、これとは全く反対の結論に達している。彼等は、検査された個人の99.5%は、翌年以降、再検査を受けなくてよいと勧告している。
被爆者を研究の対象として利用
WHOのリポートは、「原子力大災害の影響を受けた人々の中で誰一人として-放射能放出の-または包括的/集中的な科学研究の-試験対象になりたいのかどうなのか-を尋ねられなかったことがなかった事実」を記述していない。しかし、WHOは、これらの人々を対象に医学的および疫学的な調査研究に取り組んできた日本当局の努力を賞賛している。
①政府は、原発事故によって影響を受けた汚染地域から進んで離れたいと願っている人々のために、適切な財政的援助を提供していない。
②その為に、多くの市民は汚染環境の中で生活することを強いられてしまっている。
③その結果、市民たちは、「汚染環境の中で生活することが、如何なる健康上の影響・結果を人間に及ぼすのかを確かめようと試みている-科学的研究の対象となること」を余儀なくさせられてしまっているのである。
福島県と福島県立医学大学は放射線医学総合研究所(NIRS)と協力連携して、福島の200万人ほどの住民を取り入れた健康管理の調査を始めた。この調査内容には、2011年の3月11日から7月11日までの住民の行動に関する質問があり、それには-①個人個人の行動の仕方/振る舞い、②移動/移転、③生活習慣、④地元産の食物とミルクの消費-についての質問が含まれている。
また、福島大学は360,000人の子供を対象に甲状腺検査を始めた。その中で何らかの異常が検出された子供達は、‐①20歳に達するまで年に2回の検査を受けること、②20歳以後からは5年ごとに一回の検査を死ぬまで受けることが‐義務付けられている。
これらの検査が、放射能の影響をできるだけ早期に発見し治療する目的を果たしている事になるのだとしても、「原発大災害が-何百万人という人々を-その人達の意志に反することでありながらも-研究の対象にさせてしまっているのだ。」と謂う事を、はっきりと述べなければならない。また、WHOの研究調査には、この原発大災害が人々に及ぼした心理的および社会的影響について何も言及されていない。
3.誰がリポートを書いたのか?
リポートは、万国からの30人の専門家チームよって作成された。彼等の全てが、検討すべき利害衝突を何も挙げていない。しかし、専門家チーム・メンバーをもっとよく考察してみると、これと全く違った事情が明るみに出てくる。:
①Dr. Mikhail BalonovはIAEA(国際原子力機関-International Atomenergy Agency)で働いている。同様に、Carl BlackburnもGerhard ProehlもVolodymyr BerkovskyyもJean-Rene JourdainもDiego TelleriaもIAEAで働いている。
②リポートには、David Byron は、国連食糧農業機関(UN Food and Agriculture
Organization-FAO)のメンバーであるとリストされているが、彼がIAEAの食糧・環境保護部の長であることは述べられていない。
③同じく、Lionel Mabitも国連食糧農業機関に勤務とリポートには記載されているが、実際はIAEAで土壌科学者として働いている。
④WHOの専門家チーム・メンバーの殆どが国家の原子力規制機関で働いており、Florian Gering やBrigitte Gerich は放射線防護- ドイツ連邦政府(Bundesamt fuer Strahlenschutz)から来ている。
⑤Vladislav GolikovやMikhail Balonov、そしてIrina Zvonovaは、ロシア放射線衛生学研究所(Russian Institute of Radiation Hygiene)のメンバーである。
⑥ Jean-Rene Jourdainは、フランスの放射線防護・原子力安全研究所(Institut de
Radioprotection et de Surete Nucleaire《IRSN》) に勤務している。
⑦Stephanie Haywood、Peter Bedwell、 Jonathan Sherwood、 Joseph Wellings、 Tom Charnock、 そして WHOの専門家チームの委員長であるJane Simmondsらは全て、英国健康保護機関(British Health Protection Agency)-以前の英国放射線防護委員会(National Radiological Protection Board)で働いている。
⑧三枝新は、日本の放射線医学総合研究所と原子力安全委員会の一員である。
これら全ての機関は、原子力産業との結託や原子力賛成派の政治家の影響の下にあるという事で、過去に非難を受けている。殆どの放射線防護機関は、原子力支持派の政府からの影響下にあるため、政府の感情を害するような発言や報告はしないようにと慎重である。
また、日本の国会事故調査委員会は、福島原子力大災害の責任者として原子力規制当局を名指すまでに至っている。
WHOの専門家チームの中の幾人かは、よく知られた原子力機関のスポークスパーソンであり、IAEAのために働いている。IAEAは、原子力推進が彼等の中心的使命であると宣言しており、原子力がもたらす健康的影響に関して批判的な論説を公表した科学者は誰一人として、専門家チーム・メンバーとして任命されていない。
内部被曝の長期影響を警告した放射線生物学者たちは、専門家チームに含まれていないし、放射線とガンの関連性研究を専門とする腫瘍学者もチームに受け入れられていない。日本の独立した市民放射能測定所が提示した検出結果は考慮されなかったばかりか、それについて言及もされていない。
なぜWHOのリポートが、主に原子力規制機関のメンバーによって作成されたのかということを理解するためには、原子力安全性に関する論点からして、WHOはIAEAに従属した立場にあると謂うことを認識しなければならない。1959年に結ばれた「IAEA-WHO協定」の第I条3章と第III条1章によれば、WHOはIAEOからの合意が得られない限り、放射線影響に関しての科学的論説は公表してはならないと義務付けられている。
IAEA(国際原子力機関)は、「安全で危険のない平和な原子力技術を推進し、世界中における原子力平和利用、健康、繁栄への貢献を促進し拡大する」との特殊な使命を掲げて創設された。このようなIAEAの動機を鑑みると、IAEAが原子力に関して公平な意見を持っているとみなす事は不可能である。更に、IAEAが電離放射線の健康的影響に関するWHOの独立した研究調査を妨害し、WHOの研究に影響を与えている事は、正当に批判されている。
過去において、WHOはIAEOによって支持された研究調査結果を公表はしていたが、原子力エネルギーを批判的に取り扱った報告を差し止めていたことが明らかになっている。この事は、WHOによって公表されたフクシマのリポートの大部分が、なぜIAEAや他の原子力機関のメンバーによって書かれたのだろうかと謂う疑問を投げかけてくる。
1991年から2003年まで、WHOのヨーロッパ支部で放射線防護プログラムを管理した英国の放射線生物学者、Keith Baverstockは、IAEOがWHOのチェルノブイリ研究調査に大いに影響を及ぼしたチェルノブイリのケースを挙げ、納得できる理由付けをしている。:「問題は、IAEOの首脳が原子力の問題提起事柄に関しての専門的知識を持っているが、WHOのスタッフにはそうした専門知識がない。実際、IAEOとのディスカッションの場でWHOは怖気づいている。組織的階級制度のため、下層にいるWHOの放射線専門家は、放射線関連の会議から除外されている。この事が、例えば、WHOの放射線プロジェクトを水の専門家が率いるような状況に至らせたりしたこともある。
日本の国会事故調査委員会は:
①地震・津波による被災の可能性、自然現象を起因とするシビアアクシデント(過酷事故)への対策、大量の放射能の放出が考えられる場合の住民の安全保護など、事業者である東京電力(以下「東電」という)及び規制当局である内閣府原子力安全委員会(以下「安全委員会」という)、経済産業省原子力安全・保安院 (以下「保安院」という)、また原子力推進行政当局である経済産業省(以下「経産省」という)が、それまでに当然備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかった。
②(...)事故の根源的原因は歴代の規制当局と東電との関係について、「規制する立場とされる立場が『逆転関係』となることによる原子力安全についての監視・監督機能の崩壊」が起きた点に求められると認識する。何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の事故は「自然災害」ではなくあきらかに「人災」である。-と謂う結論に達している。
実際、日本の原子力規制当局の一員がWHOのリポートの草稿作りをしたという事実は、WHOのリポートの中立性および公平性に対しての信頼低下に繋がる。そして、この同じ規制当局が、フクシマ原発事故以前と事故中に自分達がおかした過失を隠蔽する役を務めた事について、国会事故調査委員会が下した判定は余りにも破壊的である。:
①規制当局は組織の形態あるいは位置付けを変えるだけではなく、その実態の抜本的な転換を行わない限り、国民の安全は守られない。国際的な安全基準に背を向ける内向きの態度を改め、国際社会から信頼される規制機関への脱皮が必 要である。また今回の事故を契機に、変化に対応し継続的に自己改革を続けていく姿勢が必要である。
②(...)規制当局は原子力の安全に対する監視・監督機能を果たせなかった。専門性の欠如等の 理由から規制当局が事業者の虜(とりこ)となり、規制の先送りや事業者の自主対応を許すことで、事業者の利益を図り、同時に自らは直接的責任を回避してきた。
規制当局の、推進官庁、事業者からの独立性は形骸化しており、その能力においても専門性においても、また安全への徹底的なこだわりという点においても、国民の安全を守るには程遠いレベルだった。
結論
放射線被曝および被曝量推定について、またはフクシマ原発大災害が恐らくはもたらすであろう健康的影響結果について、これら全ての明白な情報が実際に公表された事よりも、隠匿されたことの方が多かったことは、明らかである。
専門家チームによって為された幾つかの推定には、それを単に間違いであるとは言わないとしても、納得___________できないものがある。食物のサンプルの数および選択が不十分であり、日本当局によって公表された結果と著しく対照的である。
WHOのリポートにある放射線放出量の推定値は、独立した(複数の)研究機関の推定値よりもはるかに低い。ある場合には、東電の推定量よりも低いこともある。WHOのリポートを鑑みて、最も重要な批判すべきポイントは、リポートが明らかに中立公平性を欠いていることである。
専門家チームが主に、原子力産業と結託していると非難されているIAEAのスタッフや原子力規制機関のメンバーで成り立っていること、そして、WHOの研究調査結果が他の独立した研究調査の結果と著しく相違していることからして、WHOのリポートは、市民の放射線被曝問題を突き止めようとする意義ある科学的なアプローチに基づいていると謂うよりは、むしろ原発大災害の結果を敢えて軽視して過小評価しようと試みているように読める。
大部分がIAEOやIAEOと親密な関係にある原子力機関によって作成されたリポートが、どうしてWHOの名で公表されたのか、明らかではない。ただ、ひとつ考え得ることは、WHOの名前を疑わしくないカモフラージュとして使ったのではないかということである。
もっと人間的な面からして、リポートは全般的に、放射能汚染の影響を受けた地域の住民の苦難、苦悩に対しての了解に欠けている。リポートの明白な目標であるらしい-「原子力大災害によってもたらされるであろう健康的影響結果に対する憂慮を払いのけること」-は、日本の国会事故調査委員会の陳述とは著しく対照的である。:
委員会は「被災地の住民にとって事故の状況は続いている。放射線被ばくによる健康問題、家族、 生活基盤の崩壊、そして広大な土地の環境汚染問題は深刻である。いまだに被災者住民の避難生活は続き、必要な除染、あるいは復興の道筋も見えていない。当委員会には多数の住民の方々からの悲痛な声が届けられている。先の見えない避難所生活など現在も多くの人が心身ともに苦難の生活を強いられている」と認識する。
フクシマにとって必要なのは、福島第一原発で起こった複数のメルトダウンに、まず第一の責任があった原子力産業や原子力規制機関との馴れ合いや結託の疑いのない、そして、これらの原子力産業・機関から介入されず・影響も受けない独立した科学的な査定評価である。
必要なのは、気中や地中、水中に放出し続けられている放射性アイソトープ、また、北太平洋の大部分に至っている汚染や、本州の1,500平方キロメートル以上の面積に及ぶ汚染を軽視/過小評価しようと試みている産業ではなく、健康と地域とを中心基盤とした取り組み方策である。
WHOは、放射線が及ぼす健康リスクを査定評価する上で、WHOの独立性を取り戻さなければならない。そして、WHOが主張する-「ある特定の産業の利益によって導かれるのではなく、人間の健康を保護する事によって導かれる。」-と謂うWHOの指針を再確認せねばならない。
(日本語訳:グローガー理恵)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2084:1201107〕
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