対米従属にどっぷり浸かって中国と対決することは可能か
- 2012年 11月 9日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ日中関係阿部治平
――八ヶ岳山麓から(50)――
10月末、中国に10日ほど滞在した。この間尖閣諸島の領有権をめぐってはテレビと新聞で厳しい日本批判をほとんど毎日見てきた。だが帰国して、あらためて日本のメディアも偏狭な民族主義を煽る傾向が強い印象を受ける。
アメリカのオバマ政権は過去4年間、対中国接近政策を採り続けた。彼が次期大統領に再選されればいっそうこの方向は明確になるだろう。その一方でアメリカには中国との対立をあおる勢力があって、日本の右翼政治家と親密な関係にある。残念ながら日本のメディアは右翼と歩調を合わせて中国との対決を主張をする。
アメリカに頼って中国と対決せよという主張
たとえば「毎日」布施広記者は、尖閣問題で中国の露骨な威嚇は続き日中の武力衝突も懸念される、そのとき「米軍は助けてくれるのか」と危惧する(毎日ネット:2012・10・16)。彼の記事をとびとびに引くと――
「この際、米国は尖閣に関する(領有問題にはかかわらないという)『曖昧政策』を転換し、日本への支援を明確に打ち出してはどうか」
「対話や協調とは別に、日米や関係国が結束して中国の膨張に対抗する態勢は不可欠だ」
「今や中露韓3国が領土で対日包囲網を築き、米国主導の国際秩序に挑戦しているのは明白だ」
「領土をめぐる国際的な綱引き、政治・経済・軍事を含む総力戦が始まった。日米同盟の正念場でもある。日本も腹を決めて、したたかに乗り切りたい」
アミテージとジョセフ・ナイの、この8月の日米同盟に関する報告書では、日本に対して中国と対決するよう勧めている。彼らは日米対等の防衛協力強化を主張し、中国に対抗する日米韓三国の連携を想定する(このためには日本は韓国との間で従軍慰安婦・歴史認識問題の和解が必要だが)。
だが沖縄返還や米中国交正常化に深く関わったキッシンジャー元米国務長官は10月3日、沖縄県・尖閣諸島の扱いをめぐり、中国の最高指導者だった鄧小平氏と日本側に(領土問題棚上げの)『合意』があったとした上で、尖閣について米国を巻き込まず日中間だけの問題にとどまることが『最も切実な願いだ』と述べ、「米国は(尖閣の)主権などの問題で、何らかの立場を取るべきではない」と訴えた(共同(2012.10.4)。
このようにアメリカの総支配階級、とりわけ金融資本は「曖昧政策」を捨てられない。アメリカ財政は、中国が「保有する米国債を売る」というだけでガタがくる。中国の外貨つまりドル保有高は日本の倍である。
……というわけだから米中対決状態の実現は容易ではない。とはいえ布施記者のいう「したたかに乗り切りたい」という論理の先は、「武力衝突が懸念される」どころか軍事衝突の道しかない。ならばアメリカなど頼りにせず自力でやろうとなぜいわないのだろうか。虎の威を借る狐よろしく卑屈なことおびただしい。
棚上げ論は中国のワナなのか
「産経」川越一北京特派員は「中国が狙う新たな“棚上げ論” 落としどころは共同管理?」という見出しの記事で、「中国国内では最近、日本政府による沖縄県・尖閣諸島国有化に絡み、東京都の石原慎太郎知事が野田佳彦首相との秘密会談で「(中国との)戦争も辞せず」という趣旨の発言をしたと伝えられてから交戦論が再燃している」という。にもかかわらず、現時点で中国政府の選択肢に武力行使は含まれてはいないと判断し、むしろ新たなたくらみは“棚上げ論”であると断定する。
たしかに中国では武力行使を辞せずという主張は、石原発言以来将官級幹部を中心に高まったが、中国支配階級の全体意思は日本による尖閣国有化以後も武闘派を抑える方向にある。現に中共18回大会を控えた解放軍最高級司令官の人事では、対日強硬論の背後にいた太子党系将軍らはしかるべき地位に座ることはできなかった。この点川越記者はよく見ている。
だが、川越記者は「中国が画策するのは艦船派遣を常態化することで、日本の単独実効支配を崩すこと。将来の領有につながる共同管理への“前進”が、中国側の落としどころとして浮かび上がってくる」という(北京2012.10.17)。
いや、中国側のねらう落としどころが「浮かび上がる」もなにも、「棚上げと共同開発」はずっと中国が明言してきたところである。中国「人民網」の主張をみると――
「中国は日本に対して十字路に立っている。『主権は中国に属すが係争を棚上げし、共同開発する』との既定方針を堅持するか、日本の立場と態度に鑑みて『真っ向から対立し、寸土でも必ずや争う』方針に変更するかの十字路だ」(人民網評論2012・10・15)」。
川越記者は、やはり「領土問題は存在せず」とし、中国に妥協せず「寸土でも必ずや争う」方向に向かうのがいいとお考えか。
だが尖閣国有化の一週間前、おなじ「産経」の山本勲北京総局長は「日中間で領土・領海問題をとりあえずたなあげにして、事件防止の取決め、事件発生時の処理手続きを決める必要がある(2011・9・2)」と至極穏当な意見を書いたのだが。
アメリカは日本と中国にケンカをけしかけている
中国の研究者は日中米関係をよく見ている。
「釣魚島(尖閣諸島)の領有権をめぐる中日間の争いの元を作り出したのは米国だ。米国は中日間の摩擦と紛争拡大の元凶でもある。米国は40年前に実写版連続テレビドラマ『中日釣魚島紛争記』のシナリオを書き、監督。現在も中日の紛争を左右またはコントロールしている。米国は中日に口げんかをさせるが、殴り合いはさせないことを趣旨としている。この『連続ドラマ』を編み出した当初の目的は、中日を争わせ、漁夫の利を得ることだ。中日が何のもめ事もなく付き合えば、すぐに米国が(日中間に)火をつけるのだ。(郁志栄・中国海洋発展研究センター研究員。「環球時報」2012・10・15)
中国と対決する言説はテレビを含めたマスメディアにあふれている。この傾向はきわめて危険である。いったん偶発的衝突が起きたら中国政府も従来の反日宣伝の手前、引っ込みがつかない。「日中戦争の敵討ち」という中国の普通の人(老百姓)の声は中共中央を押しまくるだろう。
殴りあわなくてもケリはつけられる
もう34年も前のことになるが、「読売」は社説で「尖閣問題を紛争のタネにするな」として、概略次のような見解を明らかにした。
○1979年に行われた日本の尖閣調査に対して中国外務省が遺憾の意を表し善処を求めた。中国はことを荒立てまいとしているのである。
○尖閣領有は「触れないでおこう」方式で処置されてきた。それは文書になってはいないが両国政府の約束事だ。
○日本としても領有権はあくまでも主張しながら、中国の理解と承認を求めてゆく姿勢が必要だ。今回の魚釣島調査は領有権をあからさまに誇示するという誤解を招きかねないやり方だった。
○園田外相は「中国が黙っているのは友情だ。わが国は刺激的、宣伝的な行動は慎むべきだ」といった。どうしても調査が必要なら事前に協議して共同調査でもやる方法はなかったか。
○我々が最も懸念するのは日本の対外姿勢が、相手方が穏やかに構えれば強く出、相手方が強硬であればひっこむという風に受け取られかねないことだ(1979・5・31)。
これが今だって穏当なところではないか。この路線でやれば日中両国はケンカをエスカレートしなくても何とかなるのだ。なぜマスメディアのかなりの部分はこのように動かないのだろう。いまや「領土問題の棚上げ、日中共同開発」は中国の主張として受け取られやすいが、私は落としどころのひとつとしてこの道を閉ざしてはならないと思う。
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