輸出大企業栄え、民草苦しむ韓国 -新自由主義政策が「不幸な国」をもたらす-
- 2013年 1月 25日
- 評論・紹介・意見
- 岡田幹治新自由主義韓国
月例世界経済管見 3
2月に就任する朴槿恵・韓国新大統領が、昨年12月の選挙戦で訴え、当選後の第一声でも国民に約束したのは「幸せな国にします!」だった。現在の韓国が国民の多数にとって幸せな国ではないからこそ出てきた公約である。
サムスン電子が日本企業を撃破するなどし、日本の経済界からその「成長モデル」が高く評価されている韓国で、なぜ人々の生活が荒廃してしまったのか。それを探ると、新自由主義的経済政策が国民にもたらすものが見えてくる。新自由主義とは、規制緩和・貿易や投資の自由化・国営企業の民営化など市場原理に基づく政策を行うことが経済を発展させ、人々を豊かにするという考え方だ。
◆李明博政権が導入を加速
韓国が新自由主義政策を採用したのは、1997年のアジア通貨・金融危機がきっかけだった。韓国は大量の資金が流失して国家が破綻寸前になり、国際通貨基金(IMF)の管理下に入った。
IMFは支援の条件として財政再建・金融機関のリストラ・貿易や外国資本による投資の自由化・労働市場改革などを求め、「朝鮮戦争以来の国難」の中で発足した野党・金大中政権と続く盧武鉉政権が推進した。
金融機関が再編成され、一部の財閥が分割・解体され、浦項総合製鉄(現在のポスコ)などの巨大公的企業が民営化された。経済は99年に急回復した。
新自由主義政策を加速したのが、2008年就任の李明博大統領だった。財閥企業、現代建設の社長、会長の経歴をもつ李氏は、韓国経済が07年にミニ危機に陥ったのを背景に当選し、「CEO(最高経営責任者)大統領」を名乗って、「747計画」(年平均7%成長と一人当たり4万ドルの国民所得を実現し、世界7大経済大国の一つになる)を公約した。
就任すると李大統領は、グローバル化競争を勝ち抜くための政策を実施に移した。具体的には通貨(ウォン)安、安い電気料金、国内市場の寡占化、労働の規制緩和(派遣労働の解禁)、法人税減税、自由貿易協定(FTA)の締結などによって輸出大企業の競争力を高めたのだ。
当時、竹中平蔵・慶応大学教授は李政権のリーダーシップと政策を絶賛していた(「いまこそ李明博の“政治主導の”経済政策に学べ」=PHPビジネスオンライン衆知 10年5月10日公開)。
これらの政策を背景に財閥グループは急成長し、10大財閥の11年の売上げ総額はGDP(国内総生産)の77%を占めるまでになった。なかでもサムスングループは一グループで何と21%を占めた。
各財閥は豊富な資金力を背景に、オーナー一族がパン屋からコーヒー店まで展開する「タコ足経営」を展開した。その陰で中小・零細企業の経営は圧迫された。
韓国は08年のリーマンショック後、OECD(経済協力開発機構)加盟国では最も早くプラス成長に戻り、「躍進する韓国と没落する日本」などと対比されるようになった。
IMFは、購買力平価でみた一人当たりGDPが5年後には日本に追いつくと予想。英『エコノミスト』による未来予測書『2050年の世界』は、同年の日韓両国について、購買力平価での一人当たりGDPは韓国が105に伸びるのに対し、日本は58に落ち込む(米国を100とした指数)と予測している。
◆格差拡大、自殺者も急増
だが、年平均4%の成長を続けた経済のもとで、国民の生活は惨憺たるものになった。
まず企業が人減らしや賃金の抑制で人件費を厳しく抑えた。多くの企業では55歳などの正規の定年を待たず、40歳代後半でリストラが実行された。「50歳になっても会社にいるのは給料泥棒」といった暴言が飛び交い、非正規雇用の若者が急増した。
働く者への分配が増えず、人々の所得が増えない。その一方でガソリンなどの輸入価格が上がり、暮らしを圧迫する。貧富の格差は開く一方だ。
借金に頼る家計が増え、家計の負債が急膨張し、その総額が900兆ウォン(約77兆円)に達している。負債の多くは不動産投資の借金やカード支払いの滞りによるものだ(韓国は世界有数のカード社会)。
社会には失業者があふれ、大学を出てもまともな就職先がない。なんとか良い大学に入ろうと、教育熱が過熱し、月収の3割から半分を教育費に使うサラリーマン家庭が多いという。大学進学率は8割を超し、英語を身につけさせるための母子による留学が増え、国内に残る夫との「留学別居」もありふれた光景になった。
激しい競争とあくなき上昇志向を日本の若者にも見習わせたいという声が日本にはあるが、韓国では「もう限界。みんな疲れ切っている」と指摘されている。
社会の荒廃ぶりを象徴しているのが、自殺の増加だ。80年代に10万人当たり8人程度だった自殺者は、97年の通貨・金融危機後から増え出し、10年には33.5人とOECD加盟国で最も高くなった。年に約3万人が自殺する日本より5割も多い。10歳代後半の死因の3割が自殺というのも異常だ。
このため国民の間には疑問と怒りが膨らんでいる――輸出で稼いだ金はどこにいったのか。財閥の金庫にしまいこまれたのではないか。もうけ過ぎの財閥から稼ぎを召し上げるべきだ、などなど。
政治家もこうした声を無視できない。だから与党の大統領候補の朴氏さえ、李大統領路線への決別と、「経済民主化」(分配重視による福祉国家づくり)というスローガンを掲げざるを得なかった。
◆経済の脆弱性は日本と共通する
サムスンの躍進などから「日本をすでに追い越した」との声さえ聞かれた韓国経済も、実態は怪しい。李大統領の747計画は一つも達成されず、韓国型成長モデルへの疑問が強くなっている。
とくに世界経済の鈍化とウォン安の修正で、昨年夏ごろから輸出に急ブレーキがかかり、韓国経済の抱える病が表面化した。
自動車の輸出が頭打ちになり、船舶、石油化学製品、携帯電話といった主力製品の輸出は急減した。こうなると、輸出がGDPの約半分を占めるという極端な輸出立国が裏目に出る(日本の輸出依存度は約15%)。昨年7~9月期の実質成長率は前期比0.2%と、約3年ぶりの低成長に落ち込んだ。
手ごわいライバルに成長した韓国企業への欧米による牽制も始まった。輸出企業の競争力を支えているウォン安について、米政府は韓国政府のひそかな介入によるものではないか、監視を始めている。
企業への風当たりも強くなってきた。サムスン電子は米アップル社と世界の10カ国で特許争いを続けている。現代自動車は昨年11月に米国で、燃費の誇張表示を追及された。環境保護庁(EPA)が13車種について燃費表示の水増しを指摘。現代自動車は現地法人のトップが陳謝し、顧客の損失の補償を約束する事態に追い込まれた。一部の消費者は集団訴訟に訴えている。
コスト割れの料金を強いられた韓国電力公社は08年以来、4年連続の営業赤字を続ける。一方で電気使用量は増えて供給は不足気味。11年9月には大規模停電も起きた。
朴・新政権はこのような厳しい状況下でスタートする。「成長と格差是正の両立」をめざすというが、それは可能なのだろうか。
韓国経済の脆弱性について同国では「ダウン5」(経済の足を引っ張る五つのリスク)が指摘されている。1北朝鮮の隣国であるという地政学的リスク、2少子化による潜在成長率の低下、3構造的な内需の小ささ、4非正規雇用の増加による格差拡大、5所得伸び悩みによる家計負債の増加だ。
これらの問題点は日本にも共通する面が少なくない。日本もまた81年の中曽根内閣以来、橋本内閣や小泉内閣など自民党政権が新自由主義的な政策を実施してきたからだ。韓国との違いは、どの程度徹底して実行したかの程度の差であるように見える。
安倍内閣も規制緩和や社会保障制度の切り詰めを進めようとしている。日本の民草の不幸の度合いはさらに高まりそうだ。
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