マンガで超わかる!スペイン経済危機
- 2013年 2月 4日
- 時代をみる
- スペイン経済危機ヨーロッパ経済危機童子丸開
今まで私は多くの文章を通して、私が住み愛するスペインを無茶苦茶に破壊しつつある「経済危機」の正体をお伝えしてきました。しかしやはり私の文章力や経済知識の不足のせいで、もうひとつ分かりにくいものになっていたかもしれません。そこで、少し前から欧州中で大評判になっている2本のビデオをご紹介します。これは、どうして欧州で第5位の経済規模を誇るスペインが失業者600万人(失業率26%、若年失業率55%)(エル・ムンド紙)という、本当に情け無い姿になってしまったのかを、マンガ動画で誰にでも分かりやすく説明しているものです。
作者のアレシュ・サロー・ブラウッ(Aleix Saló Braut:スペイン語版Wikipedia)はバルセロナに近いリポジェッという町出身の風刺漫画作家で、カタルーニャ人ですがビデオ作品のナレーションや見出しなどはカスティリアーノ(スペイン語)が使われています。そしてこの2011年に作られた2本の作品は、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語などで字幕がつけられた形でYouTubeで紹介されています。しかもそれぞれのコピーが多く作られてアップされており、どれほど評判になったのかがよく分かります。
しかし残念ながら日本語字幕版はなく、私にしてもそれを作る技術はありません。それでもこのマンガ動画の内容を何とかして日本人にも分かるように伝えたいと思い、各場面の静止画像に、その場面でのナレーション(スペイン語)の日本語訳を添えたマンガとして、ご紹介します。この種の話題となると、どうしても堅苦しくとっつきにくくなり、文字情報だけでは多くの人々に対して訴えかける力が生まれません。しかしこのマンガという手段を使って、今のスペインの状態が少しでも正確に平易な形で伝わればよいのだがと願っています。
本人に断り無く作ってしまったのですが、むしろアレシュの名とその社会風刺の作品が世界に広がることが、彼にとってもっと重要でしょうから、こんなささやかな私の無償の作業は大目に見てくれるでしょう。
第1部「エスパニスタン:住宅バブル」、そして第2部「シミオクラシア(猿主主義)」のご紹介をしたいのですが、マンガとナレーションの日本語訳、その説明は、以下のサイトでごらんください。ここでは各サイトの説明と、私からの解説だけをお知らせします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain_jouhou/Spanish_economic_crisis_on_comics-1.html
(1)エスパニスタン:住宅バブル
ここにある画像は、次の動画ビデオ(スペイン語:英語字幕版)を元に84コマのマンガにしたものです。
https://www.youtube.com/watch?v=xWrbAmtZuGc
Españistán by Aleix Saló (with English subtitles/subtitulado al inglés)
(画像とその説明、ナレーションの和訳は省略)
【解説】
まず題名の「エスパニスタン(Españistán)」についてですが、これはもちろんEspaña(スペイン)に、パキスタンやアフガニスタンなど中央アジアのイスラム国の-stanを付けたものです。その接尾辞は、この作品の中で「貧弱でやせ細った国」のイメージを作るものとして扱われており、この命名は中央アジア諸国にとっては「差別」「侮辱」なのかもしれません。ただこれは、今まで世界で10位前後の経済力を誇り「先進諸国」の代表格の一つとして胸を張っていたスペインが、実はこれほど情け無い貧弱な国だったのだという、作者のやり場の無い怒りの表出ということでご理解ください。
そしてその情けなさ、貧弱さは、単にバブル経済の処理を誤って生まれたというようなものではなく、もっと以前からスペインに根付いていた「愚かさ」としか言いようのない社会のあり方から出てきていることは、この作品の「第2部」である「シミオクラシア」で部分的に触れられています。
もちろん作者のアレシュ・サロー・ブラウッは経済や政治の専門家ではなく、彼の作品の主張内容に対しては反論もあります。確かに彼よりも経済学的な知識を持つ者にとって、いくつかの欠陥をあげつらうのは簡単でしょう。しかし、その反論をする人たちが、スペインのバブル経済の原因と経過について、またその奥にあるスペイン社会の抱える病根について、彼以上の影響力を持って解き明かしている例を、私は見たことがありません。
作品中で、スペインの現代史に詳しくない人には分かりにくいのですが、マンガの【6】~【10】コマにあるように、アレシュはバブル経済の重要なきっかけを、アスナール国民党政権による1998年の「新土地法」としています。フランコ没後、長期に渡って続いた社会労働党ゴンサレス政権が、経済政策の散々の失敗と政治腐敗によって国民から見放され、フランコ与党の末裔である国民党が政権をとったのが1996年です。ゴンサレス政権末期には、特にバルセロナ・オリンピックとセビージャ万国博の後で失業率が25%近くにも上り、「独裁政権憎し」の感情だけで左翼に投票していた国民がついに怒りを爆発させたわけです。アスナールは社会労働党の柱だった福祉政策を経済停滞の元凶と見なし、資本家を活気付けるためのより自由な開発と労働者の権利縮小、国営企業の民営化などの政策を次々と打ち出していきました。これに関連してこちら、こちらをご覧ください。
アスナールは米国ブッシュ政権の誕生以来そのネオコン路線に乗ってネオリベラル経済を推し進め、2002年のユーロ導入以後はスペインに対する外国資本の投資を大きく増やす政策を採りました。不動産バブルの原因として、アレッシュ・サローが触れていない点としてこの外国資本によるスペインの土地・不動産開発への投資があります。もちろんそれは多くの場合、国内の銀行と貯蓄銀行に投資することを通して行われました。そしてスペイン国内の銀行は、マンガ【51】~【60】コマに描かれているように、ちょうど米国のサブプライムとよく似た方法で、本来なら金融機関の貸し出しなど受けることの無理な層にまで、大量の貸し付けを行うようになったのです。ついでに、スペイン伝統の腐敗した経済の仕組みも、マンガ【26】【27】コマにあるように、土地や不動産に対する投資によって上手に誤魔化せるようになりました。
もちろんですが、マンガ【66】~【68】コマで説明されているように、それは実質の経済能力も生産能力も全く無視した、単に借金したカネを無計画にばら撒いただけでした。日本人が散々に経験したことなのですが、それは「明るい未来」の幻覚への投資に過ぎませんでした。そしてその幻覚が消えたとき、マンガ【81】コマにあるように、「明るい未来」が現在のスペインを脅迫し搾り取りやせ細らせる化け物に変身したのです。
日本で、高度経済成長、経済の安定とバブル、その崩壊、そしてその後の混乱と衰退を見てきた私にとって、このスペインで再び目にする光景は、本当につらいものです。スペイン人たちは、目の前にぶら下げられたエサに目を奪われて、他国の苦い経験から学んでくれませんでした。しかし今度は、ひょっとすると日本がこの悲惨なスペインの現実から学んでくれなければならないのではないでしょうか。日本で26%(若者では55%)の失業率が現れるような日が来たら、その悲惨さはおそらくいまのスペインの比ではないでしょう。
なお、「Españistán」の字幕無しのスペイン語版は
https://www.youtube.com/watch?v=1nAN7N_WDgw
ESPAÑISTAN la burbuja inmobiliaria con subtítulos en español
英語字幕版には次もあります。
https://www.youtube.com/watch?v=PSGp2Hh1jQ4
Spainistan, from the Spanish Building Bubble to the Crisis (by Aleix Saló) – (English Subtitles)
これら以外にもYouTubeには多数のコピーであふれています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain_jouhou/Spanish_economic_crisis_on_comics-2.html
(2)シミオクラシア(猿主主義)
まずこの題名のシミオクラシア(Simiocracia)について説明しておく必要があります。これはデモクラシア(Democracia:英語のdemocracyに当たる)のパロディーです。 Democracyの「demo-」は元々ギリシャ語で民衆、人民を表すものとされています。ではこのマンガで使われる「simio-」という接頭語は何か?
スペイン語のsimioは霊長類、要するに猿の仲間の一部門、英語のSimiiformes(真猿亜目)を指すものとされます。お猿さんにほかなりません。つまり、Simiocraciaは、「民」ならぬ「猿」が支配者となる主義、言ってみれば「猿主主義」ということになるでしょう。しかしそんなものが実際にあるのでしょうか。それは上記のサイトでマンガを見てからご判断ください。
この76コマのマンガは以下のビデオを元に作製されました。
https://www.youtube.com/watch?v=wBDmfRR-4Ew
Simiocracia (“Simiocracy”) by Aleix Saló – English subtitles – Subtítulos en inglés
(画像とその説明、ナレーションの和訳は省略)
【解説】
この「シミオクラシア」という作品には、バブル経済の崩壊以後に次々と正体を現していく、猿にも等しい愚か者たちの姿が描かれています。第1部の「エスパニスタン」と続けてみていけば明らかになるのですが、愚かなバブルの夢に浮かれて猿丸出しの姿になっていたのは、実は大部分の国民であり、その国民が支えながらすがっている地方と中央の政界・官界・財界の者たちであり、またそれを様々に煽り立てた情報界(マスコミ中心)の者たちでした。その全員が、愚かさと貪欲さのために、天国に上るつもりで地獄への道を突き進んでいたのです。
これについてはこの私の記述を参照してほしいのですが、ここで私はこのように書きました。
『・・・バブル経済の中で夢から夢を紡いでいたスペインは、そのままの姿で紛れもない地獄だったのだ。ただ浮かれている者たちにはそれが見えない。その虚構から醒めたとき、そこにあるのはありのままの地獄でしかない。それでもあくまで虚勢をはり大嘘で自らを飾り、国民を虚構に閉じ込めたままで地獄に突き落とそうと試みるこの国の指導者たちのありのままの姿が、この十年間でむき出しにされた。・・・』
作者のアレシュ・サローはこのマンガの最後付近【75】コマで「ハンロンの剃刀(無能で十分説明されることに悪意を見出すな)」を語って、いわゆる「陰謀論」を否定しているのですが、私も基本的には彼と同意見です。ただし、私は(たぶんアレシュも)「悪意」が存在していることは認めます。しかしどれほどの悪意があっても、それは、我々の愚かさと無能さがあってこそ、現実化できるのです。人間の貪欲は誰にとっても癒しがたいものであり、条件さえあればいくらでも好き放題に増長しあらゆるものを都合よく動かそうとする悪意として働くものです。そしてその条件を作っているのが、大多数派の人民の愚かさと無能さに他ならないでしょう。そしてその人民が選挙で自分たちの代表を選ぶとすれば、それはもうSimiocracia(猿主主義)に他ならなず、人々はこのマンガの【75】コマに描かれるように「自由の猿女神」を仰ぎ見るわけです。
このマンガで描かれるように、問題を先送りしながら事態の好転を待っていた必然的な結果として、【72】【73】コマで見るように、もはやどうあがいても手遅れの状態にまで突き進んだわけです。この点についても私はこちら記事で次のように述べました。
『・・・もちろん「血が足りない」ことを知った時点ですでに手遅れであり、緊急輸血、つまりEUと欧州中銀による資金注入は、単なる時間稼ぎに過ぎない。しょせんどうあがいても助かりようが無いのだが、少なくとも、経済の「病根」についての意識と見識を持っていたのなら、こんな「病」に冒されることなど最初から無かったはずだ。日本人である筆者としては、1980年代後半以後の日本の愚かな経験から学んでほしかったのだが…。こうして、手遅れになってもなおその原因に気づかないような在り方そのものが、手遅れの事態を招いたのである。それがこの国の「原罪」なのだろう。・・・』
スペインでは、このマンガの【53】~【55】コマに描かれているように、地方自治体の行政機関や地方経済と密接に結びついた貯蓄銀行(カハ)が、一般の商業銀行以上に、その愚かさと貪欲さの中心にありました。そして【45】【48】コマで「盲目」と揶揄されているスペイン中央銀行や証券監視委員会の無能、土地開発・建設業者の暴走(これについてはこちら)、さらに【14】~【28】コマの随所に説明される為政者の見通しの無さと無能が、愚かさを10倍にも100倍にも膨れ上がらせました。そしてその様子に、【68】【69】コマにあるように外国の投資家や銀行は一斉にスペインから逃げ出しました。そしてスペインには、上から下まで、救いようの無い悲惨さだけが残されました。こちらやこちらで述べられている通りです。
ところで日本はどうなのでしょうね? 日本経済がいったん破綻をきたしたら、その悲惨さと影響の深さはそれこそスペインの比ではないのですが(そのうえに放射能による緩慢な死が大規模に重ならないことを祈るだけですが)、日本がスペインと同じように、単なるSimiocracia(猿主主義)社会に過ぎないことに、いつ気付くのでしょうか?
なお、この「Simiocracia」のスペイン語版(字幕なし)は次ですが、
https://www.youtube.com/watch?v=fSu3TeL99LY
Simiocracia con subtítulos en español
これ以外にも多数のコピーがYouTubeにあふれています。
また英国BBCがスペイン経済危機の特集を作ったのですが、そのビデオを次のサイトの中で見ることができます。英語が分かる人はぜひご覧ください。たぶんアレシュ・サローとほとんど同じ内容が報道されていることに、驚かされると思います。
http://www.larioja.com/videos/riojanizate/informe-rioja/2053533582001-this-world-2012-great-spanish-crash.html
This World BBC 2012 The Great Spanish Crash
http://videosdeprimera.es/This-World-BBC-2012-The-Great-Spanish-Crash-subtitulado_v3848
This World BBC 2012 The Great Spanish Crash subtitulado
http://www.bbc.co.uk/programmes/b01pgqpn
The Great Spanish Crash
次は同じBBC製作によるユーロ危機の特集です。
http://www.youtube.com/watch?v=dyNekAJ6rA8
The Great Euro Crash – 2012
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2168:20130204〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。