訂正は速やかに、情報源は明示を/報道が信頼されるために
- 2013年 2月 9日
- 時代をみる
- 藤田博司
報道機関であれば、どの社の報道指針にも、報道内容に誤りがあったときはできるだけ速やかに訂正をだすこと、という1項があるはずである。わかりやすい指針だが、実はなかなかこれがきちんと守られない。
最近の中国軍艦が日本の護衛艦やヘリに射撃管制レーダーを照射したかどうかをめぐる問題でこんな事例がある。日本経済新聞は2月7日付朝刊紙面で、レーダー照射は今回の1月の2例が最初ではなく、「民主党政権時代にも尖閣国有化後に中国艦船からレーダーを照射された事実が明らかになった」と伝えた。続けて「当時の野田佳彦首相や岡田克也副総理らは『日中関係を悪化させたくないとの判断で公表を避けた』と関係者は語る」と。
同じ7日の毎日新聞朝刊も1面トップに掲げた記事の末尾で「政府関係者は『尖閣国有化前後にも周辺海域でレーダーの照射はあったが、当時の野田政権は公表しなかった』と語り、民主党政権との違いを強調」したと報じている。
これに対して野田前首相と岡田前副総理はともに即日、両紙の報道は事実無根であり、それぞれの在任中に日本の船が中国の艦船からレーダー照射にあったとの報告を受けたことはない、と全面的に否定した。報道で名指しされた二人の政治家が明確に報道を否定したわけだから、報道の当事者としては当然、否定の事実を伝え、元の報道が誤りであれば速やかに訂正記事を出すべきところだろう。しかし8日夕現在、これといった説明も訂正も出ていない。
両紙がこの報道が間違いとすぐには認めないのには、別の理由があるかもしれない。当初の情報の取材に十分な裏付けがあり、情報の正確さに自信がある場合である。もしそうなら、新聞社としては自分たちの報道が「事実無根」と否定されたのだから、名誉にかけて真っ向から反論すべきだろう。しかしすぐに新聞側からの反応が出てこないところを見ると、反論する自信がないのかもしれない。反論するとなれば、二人の政治家の公の場での発言を虚偽と決めつけるわけだから、相当の確固とした証拠がなければならない。
これら2紙より朝日新聞は半日早く、6日夕刊1面2段の記事で今回と同じ海域で「複数回、自衛隊への中国軍のレーダー照射を把握」した、と伝えている。ただこちらは民主党政権首脳二人の名前はあがっていない。この記事はその後、同紙のデジタル版からは削除されている。理由は説明されていない。
新聞の読者として非常に困惑するのは、これらの報道内容が信用できるのかどうか、判断する手がかりがまったくないことである。日経も毎日、朝日も情報の提供者を「関係者」「政府関係者」としか書いていない。どういう筋の関係者なのか、想像を働かせることも難しい。毎日のいう「政府関係者」は「民主党政権との違いを強調」しているようだから、自民党政権内部のもので、安倍政権のいいイメージを作り出そうとしている意図が背景にあることがわかる。しかし両紙の記事とも情報源をあいまいにしているという点で、読者に対しては非常に不親切、公正で正確な情報の伝達を旨とする報道の基本原則にもとる、不完全な記事だと思う。
間違いがあれば速やかに訂正を、というのは、報道への信頼をつなぎとめるためである。訂正を先延ばしにしたり、誤報をあいまいにしたりすれば、報道への信頼は確実に傷つく。それに、情報源を明示せず、あいまいな形でニュースにすることは、ニュースへの信用を減殺するだけでなく、長い目で見れば、報道そのものへの信頼を損なうことにつながる。報道現場にはそのことを常に胸に置きながら、日々の仕事に取り組んでほしいものだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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