「聖域あり」が確認できたという喧伝のまやかし~TPP交渉参加論の5つのまやかし(第1回)~
- 2013年 2月 24日
- 時代をみる
- TPP醍醐聡
追記(2013年2月24日、1時27分): 緊急のお知らせ~この記事にアクセスいただいた皆様へ~
「時事通信」(2月23日、23時9分)によると、政府関係者の発言として、安部首相は28日にも開かれる衆参両院本会議での施政方針演説でTPP交渉への参加を正式表明する方向で調整に入ったとのことです。
関税分野で、以下の記事に書きましたように疑問点・危惧が山積していることに加え、自民党が昨年12月の総選挙の時に発表した公約で謳った5つの非関税分野に存在する重要な懸念事項(食の安全基準が引き下げられることにならないのか、国民皆保険を本当に守れるのか、ISD条項が入れられないのか)が全く払しょくされない状況で、わずか5日後に参加表明をするなど論外の暴挙です。
こうした意見に賛同くださる個人、団体の皆様に、次のことを呼びかけます。
TPPと深い関わりのあるJA全中(全国農業協同組合中央会)、日本医師会、そして日本弁護士連合会が共同で緊急の国会内集会を開き、全国会議員に参加を呼びかけるという企画です。日弁連を挙げたのは、ISD条項や知的財産権保護条項の意味、それらと国内法との関係を国民に分かりやすく解説してもらうためです。もちろん、市民、市民団体にも参加してもらえるよう、別の大きな集会を持つことも検討していただけたらと思います。
もっと効果的なアイデアがありましたら、ぜひ、至急、上記の団体のほか、政党、政治家に対して意見・提案を発信していただくよう、希望します。
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筋書きどおりの展開だが
日本時間の今日(2013年2月23日)未明に行われた安倍首相とオバマ大統領の日米首脳会談終了後、日本側が発表した共同声明の要旨によると、環太平洋経済連携協定(TPP)に関しては、日本がTPP交渉に参加する場合にも「すべての物品が交渉の対象にされる」としたうえで、「一方的にすべての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する」という明文が入ったとのことである。これを受けて安倍首相は会談後の記者会見で、「オバマ大統領との会談で、『聖域なき関税撤廃』が前提ではないことが明確になった」と述べ、帰国後、自民、公明両党から一任を取り付けたうえで、政府の専権事項として交渉参加を早期に判断する考えを示した。
すべて、事前に予想された筋書きどおりであるが、こうした筋書きには5つのまやかしがある。
第1 「聖域あり」が確認できたという喧伝のまやかし
第2 究極の「例外」はないという原則を伏せるまやかし
第3 TPP参加が自給率向上目標と矛盾する事実を直視しないまやかし
第4 非関税分野の協定の危険性を周知しないまやかし
第5 交渉参加は政府の専権事項とみなすまやかし
どれも日本の国家・社会の仕組み、国民生活の根幹、政治のガバナンスにかかわる大問題である。以下、5回に分けて、それぞれがなぜまやましなのか、説明していきたい。
共同声明はむしろ「聖域」が存在しないことの証左
安倍首相はオバマ大統領との会談で、「聖域なき関税撤廃」が前提ではないことが明確になったというが、このような解釈には2つの意味でまやかしがある。
一つは、いったい何を以て「聖域」の有無を確認したことになるのかという点である。「聖域」という以上、アンタッチャブルという意味でなければ、言葉の本義に適さない。言い換えると、そもそも初めから交渉マタ-にしないという了解がなければ「聖域」と呼ぶのは言葉の誤用である。ところが、上の共同声明の要旨の前段では、「すべての物品が交渉の対象にされ、日本がほかの参加国とともに包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認した」と明記されている。つまり、一切の聖域を設けず、包括的な関税撤廃の交渉を進める、というのが共同声明の趣旨なのである。その上で、「配慮が必要な品目が存在することを認識しつつ、最終的な結果は交渉の中で決まっていく」というのであるから、「例外」扱いされる品目が存在するかしないかは交渉次第、ということなのである。こうした声明を捉えて、「聖域が存在する」ことが確認できたとみなし、TPP交渉への参加のハードルをクリアできたと解釈するのは身勝手かつ極めて危険な予断である。
「聖域」の範囲を定めず、確認云々を喧伝するまやかし
もう一つのまやかしは、「配慮が必要な品目が存在することを確認できた」というが、肝心の「聖域」の範囲が確認されていないという点である。
実態をいうと、戦後のGATT加盟、ケネディラウンド、日米農産物交渉、ウルグアイランド合意を経て、日本は1962年4月の時点では492品目(うち農林水産物は1962年10月現在で81品目)だった輸入制限品目を1975年段階で27品目(うち農林水産物は22品目)まで縮小した。そして、日米農産物交渉が終わった1988年の時点では農林水産物の非自由化品目は米・麦とその加工品、乳製品、肉及び肉加工品、果実・野菜及びその加工品、でん粉類、地域農産物及び海藻(小豆・そら豆、落花生、こんにゃく等)、その他、計19品目となっている。
その結果、日本の食料自給率は、品目ベースでは1965年から2011年(概算)にかけて、米は95%→96%であるが、小麦28%→11%、豆類25%→9%、果実90%→38%、肉類90%→54%、牛乳・乳製品86%→65%、魚介類100%→52%となっている。また、供給熱量ベースでみた総合食料自給率は1965年時点では73%だったのが、2011年(概算)には39%へと約半分に下がっている。また、生産額ベースでみた総合食料自給率は1965年時点では86%だったのが、2011年(概算)には66%へと20ポイント下がっている。菅元首相は「平成の開国」を呼号してTPP交渉への参加を訴えたが、日本はとっくに「開国」していたのである。
食料自給率の推移(農水省公表)
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/pdf/23_sankou4.pdf
戦後の日本の貿易自由化と「重要品目」の輸入制限の経過については次の文献を参考にした。
清水徹朗・藤野信之・平澤明彦・一瀬裕一郎「貿易自由化と日本の重要品目」『農林金融』2012年12月
http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1212re2.pdf
安倍首相がオバマ大統領との会談で、TPP交渉にわが国が参加するかどうかの判断材料を得たいというのであれば、少なくとも関税分野については、――わが国が従来、対外的な貿易交渉で守ってきた重要品目を具体的に示し、これらの輸入制限を堅持できることが交渉への参加の前提条件となる。これは日本の経済自主権を確保する死活の条件だ――と明言し、それに対する了承が得られるかどうかを確かめるのが一国の首相としての責任ある態度だったのである。
こうした中身の議論、確認を抜きにして、「聖域」が存在することが確認できたと喧伝する政府も、それを受け入りするメディアも、国民に対して重大なまやかしを犯しているのである。
国会審議でも明確化が求められた「重要品目」の範囲
TPP参加交渉にあたって何が「例外」品目かについて国会審議でも取り上げられ、北海道を選挙区とする自民党議員や農水省幹部は次のような発言をしている(下線は醍醐が追加)。
「○武部委員 私の地元でございます北海道は、専業農家中心の農業経営で、なおかつ非常に食品産業と結びついた、日本でも有数の、最大の食料供給地域であります。特に米、小麦、砂糖、でん粉や乳製品などの重要品目を産出しておりまして、生乳生産は全国の五割を占める生産地であります。
これは北海道の試算になるんですけれども、TPPに参加いたしますと、北海道の影響ですが、経済全体で二兆一千億、それから農業生産高でいいますと五千六百億円程度、農家の戸数でいいますと、今四万五千戸あるんですけれども、これが三万三千戸減少して一万二千戸しか農業をやっていけなくなるというような、本当にTPPにこのまま関税撤廃されてしまって参加するということになれば、非常に大きな打撃を受けます。
それから、先ほども申し上げましたけれども、特に食品工業が多くて、北海道全製造業の中に占める食品工業は大体四割近くあります。さらに、私の地域でいえば、私の選挙区である宗谷は製造業の九割が食品工業ですし、オホーツクは食品工業が製造業の中で六割を占めているということですから、まさにTPP参加で地域ごとなくなってしまう、地域経済が吹っ飛んでしまうと言っても過言ではない状態になってしまいます。それだけに、北海道の皆様方は、生産者だけではなくて、第一次産業だけではなくて、全ての産業において非常に強い危機感を持っております。」
「○武部委員 ありがとうございます。江藤副大臣おっしゃるとおり、我が国はこれまで、EPAにおいても、いわゆるセンシティブ品目をしっかりと守ってきているわけですね、一〇%ほど守っているというお話がありましたけれども。特に、米ですとか小麦、先ほど言いましたでん粉、砂糖や、脱脂粉乳、バター、加工原料乳を使う乳製品などはしっかりと守ってきているわけであります。今回のTPPは果たしてそのセンシティブ品目を守ることが可能なのか。
先ほど、参加したことを前提にという話は非常に危険だと。私もそのとおりだと思いますけれども、しかし、やはり生産者の皆様方は、その聖域と言われる部分はどこに当たるんだ、ここまでは入るのかということを非常に心配もしているわけであります。聖域を確保することができるのか、あるいは、できるとすればどこまでを対象範囲とするのかということは、本当に心配の種でもあると思います。同様に、EPAのように、できるのかできないのか、できないんだったら当然参加しないということになると思います。(2013年1月24日、衆議院農林水産委員会会議録より)
政治家としての信義が問われている
であれば、対象範囲を定めることなく、関税撤廃交渉の「聖域」とか「例外」とかいっても、関係する生産者、ひいてはそうした農林水産業が存在する地域産業、住民にとって、意味は限りなく無に近い。かりに交渉の結果、米など2,3の品目の例外措置が認められたとしても、それだけでは「例外」から外れた生産者・産業ひいては地域全体が致命的な打撃を蒙る。そうしたリスクを抱えた交渉に「まずは参加し、結果は交渉次第」などと唱えるのは無責任極まりない政治判断である。
特に、TPPの場合、加盟9カ国および加盟交渉参加国(カナダ、メキシコ)は、これまで日本が協定を交わしてきた相手国と違い、食料自給率が高く、日本に対する輸出の伸びに強い利害を持っている国が多い。中でもアメリカ(2009年現在)は小麦189%、豆類175%、肉類112%、牛乳・乳製品101%と、のきなみ輸出国である。オーストラリアは小麦411%、豆類183%、肉類160%とさらに輸出超である。カナダも小麦367%、いも類290%、豆類290%、肉類133%と極めて高率の輸出国である(農水省「諸外国の品目別自給率(2009年)(試算))。つまり、日本がTPPに参加した場合、日本にとっての重要品目に関して高いレベルの市場開放圧力が加わるのは必至である。それだけに交渉次第などと悠長なことを言っていられる状況でないことは多少とも事情に通じた人間なら周知のことである。こうした事実を国民に知らせず、直視せず、「聖域が存在することが確認された」などと喧伝することがいかに無責任なまやかしか、明らかである。
ちなみに、上の質疑の中で、江藤農水副大臣は次のように発言している。
「〇江藤副大臣 TPPに仮に参加をしたらという話をするのは、ある意味、私は危険だと思っているんですよ。TPPとは何ぞや、EPAとは何ぞや、FTAとは何ぞや。TPPとEPAをどうも混在されている方がいる。日本の今までの経済連携交渉の歴史を見てみると、EPAを幾つも結んでまいりましたが、それでも大体一〇%ぐらいは守ってきているわけです。
しかし、TPPということであれば、基本的に全ての関税を、十年後か十五年後かそれはわかりませんけれども、全て撤廃ということでありますから、それは北海道にとってはかなり厳しいことになるという認識は、私も、それから農林水産省も同じように持っております。」
「○江藤副大臣 今委員がおっしゃるように、聖域とはかくかくしかじかでございますということは、これはTPP交渉参加の準備というふうに受け取られかねないのであります。
私たちの今のスタンスとしては、まだ私もこの職について一カ月たっておりませんけれども、アメリカから例外を認めますなんというインフォメーションは一切いただいておりません。原則論は曲がっておりません。ですから、私どもの理解としては、TPPというものは、例外は認めないということであれば、これは林大臣とも私は見解を同じとしているものでありますけれども、いわゆる全ての関税自主権を失い、そしてISDのようなことで、むちゃな、民間から政府へのいわゆる訴訟合戦というようなことにもなれば、それは自治権に対する、いわゆる日本の自主自立に対する毀損にも値するようなことも起こり得るということでありますから、今の段階でこれが聖域だという議論については、私は少し慎重にしておいた方がいいというふうに思います。」(2013年1月24日、衆議院農林水産委員会会議録より)
江藤農水副大臣、あるいは武部新議員は、「聖域」の範囲すらさだかでない共同声明を以て、日本のTPP交渉参加の前提がクリアできたとみなすのか? それとも不透明な「聖域」云々の議論を通行手形にして交渉参加を判断する政府の方針に反対を貫くのか? ―――国会での自らの発言に対する信義が厳しく問われることになる。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2190:130224〕
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