マスメディアの世論に負けた小沢一郎― 菅直人は普天間問題を見直せ
- 2010年 9月 16日
- 時代をみる
- 伊藤力司普天間基地見直し菅内閣
民主党代表選挙は菅直人の圧勝で終わった。開票結果で見ると、党員・サポーター票で249ポイント対51ポイントの大差がついたことが菅の勝因だった。国会議員と地方議員の投票では412対400と60対40のポイント差でしかなかった。これをどう見るか。筆者の見るところ、党員・サポーター層がこれだけ菅を支持したのは、マスメディアが最後まで小沢バッシングを続けて反小沢の世論をつくり出した結果に他ならない。
国会議員、地方議員はいわば「政治のプロ」であり、マスメディアの映し出した小沢の虚像と政治家小沢の実像の違いを、日常的に認識できる人々だ。これに比べ党員・サポーター層は一般有権者に近い層であり、新聞やテレビを通じて流される「ダーティー小沢」の虚像を信じやすい。マスメディアが頻繁に発表した世論調査で、菅が大差で小沢をリードしていた数字を投票結果はそのまま反映している。
昨年3月、小沢の秘書だった大久保隆規氏が西松建設から政治献金をもらったのに、政治資金規正法で認められている政治団体から政治資金を適法に受け取ったと申告したのは、規正法に違反したとして逮捕された。それ以来、この事件を扱った東京地検特捜部のリークとみられる「小沢がまたゼネコンから不正献金を捲き上げたらしい」とする報道がマスメディアに氾濫した。拘留中の大久保容疑者が「不正な迂回献金であることを知りながら受け取りを自白した」という嘘報を、NHKがスクープとして報じたこともあった。
起訴された大久保被告を裁く法廷で、西松建設の担当者が「西松からの政治献金ではなく、政治団体が独自の献金をしたのだ」と検察調書と反する爆弾証言を行って、大久保有罪を主張する検察側の論拠があやしくなったのが昨年12月。本年1月には、大久保氏も含め現職の石川知裕衆議院議員ら3人の元秘書が、小沢の資金管理団体「陸友会」が土地購入資金について、政治資金収支報告書に不正記載したとの容儀で逮捕された。この事件では小沢本人も東京地検特捜部の事情聴取を2回受けた。元秘書3人は起訴されたが、小沢本人は「嫌疑不十分」で不起訴になった。
東京第5検察審査会は、検察が小沢不起訴を決めたのは間違いだとして、7月に不起訴不当を議決。東京地検はもう一度小沢を事情聴取したが、再度不起訴を決定した。第5検察審査会がもう一度不起訴不当を議決すれば、小沢は強制的に起訴され、被告人になる。「もし小沢が民主党代表選に勝って首相になれば、現職首相が法廷で裁かれるという前代未聞の不祥事になる」という報道も、代表選挙の期間中マスメディアがせっせと流し続けた。これも報道に名を借りた、強力な小沢バッシングの手法だった。
当ブログ9月6日のエントリー「小沢一郎を見直した…菅直人よりまし」で告白したように、筆者もつい最近まではマスメディア製「ダーティー小沢」イメージに捕われていた。しかし山奥まで普及したブロードバンドのおかげで、小沢・菅対決の論戦をライブで見たことで、局面転換が起きた。菅と並んで演説する小沢は、相変わらず口下手で弁舌さわやかではないが、気迫が感じられる。言うことに実質感がある。これに引き換え、弁舌さわやかな菅の演説は内容空疎に感じられるのだ。
マスメディアの被害者だった松本サリン事件の河野義行さんが、9月14日付け日刊ゲンダイで、こんなことを語っている。
「厚生労働省の村木元局長の冤罪事件を報じる新聞を見て、順序が逆だろうと思いました。新聞は検察の批判記事を書きまくっていましたが、事件当初、自分たちはどう書いていたのか。村木さんを犯人扱いしてきたではないか。それなのに、手の平返しで、検察批判に転じる。ずいぶん身勝手なものです。まず自分たちの報道姿勢を反省し、それから検察批判が順序でしょう。」
「松本サリン事件で私が犯人扱いされた時と全く一緒の光景が繰り返されている。あの時も新聞は『長野県警は謝れ』みたいな報道をしましたが、一緒になって犯人扱いをしたのは新聞です。私が恐ろしいと思ったのは当時、メディアが私に潔白を証明しろ、と迫ってきたことです。彼らにとって、捜査機関は絶対である。間違えるわけがない。それが違うと言うなら、自分で示せ、と。容疑者が真犯人かどうか、立証責任は捜査機関や検察にあるのに、通じない。」
「そして松本サリン事件と全く同じ構図なのが、小沢さんの政治とカネの問題だと思います。小沢さんは検察が何度も事情聴取し、事務所や関係先も徹底的に家宅捜索した結果、不起訴になった。それなのに、メディアは『お前は疑われているのだから、自分で疑いを晴らせ』と迫っているのです。これは恐ろしいことです。村木さんと違って、小沢さんは逮捕もされていないんですよ。それなのに何年間も犯人扱いされ、説明責任を求められる。捜査当局=権力者の間違いを監視し、チェックすべき報道機関が、捜査当局のお先棒を担ぎ、法治国家を否定するようなことをする。」
厳しいマスメディア批判をもう一つ紹介しよう。前回エントリーでも引用した「阿智胡地亭辛好の非日乗」ブログは「村木被告が逮捕された当時、大手マスコミ各紙は村木元局長と上村元係長二人のやりとりを会話調で、その場で見てきたような臨場感を持って詳しく何回も記事にしていました。メディアは全く自社独自の取材活動をせず、検察当局が大阪の司法記者クラブで発表した内容を、そのまま右から左へ書いて商品化して、その記事を掲載した新聞を販売したことになる。もし当時の新聞各社やテレビ局の報道の中身が事実に反していたとすれば、それは彼らが大声で指弾していた偽装食品と同じことだ。仕入れ原価ゼロで商品を製造販売するビジネス。しかもその商品が偽装商品?」
実を言えば筆者も十数年前まではマスメディアで飯を食ってきたし、今もウン十年間勤務したおかげの年金で生活している。日本の政治・社会・経済の生身の実態を報道する部門でなく国際ニュースの分野で仕事をしてきたから、気が楽とは言い切れない。日本のマスメディアは記者クラブ制度によって、与党と官僚の道具にされやすい体質を持っている。筆者が在籍した会社の同僚の何人かは、「20世紀臨調」とかの政府寄りの審議会のメンバーに推挙され、結果として「御用記者」「御用評論家」風になった例もある。
「報道の自由」が認められていなければ民主主義国とは言えない。「報道の自由」こそ、ジャーナリズムが「権力を監視し批判する」原点だ。しかし日本のジャーナリズムの権力監視能力は、記者クラブを通じて官僚にマインドコントロールされて衰えた。検察のリークに乗せられて小沢バッシングに走った司法記者クラブをはじめ、日本のマスメディアは、小沢一郎より菅直人のほうがくみしやすいと考える日米官僚の道具にされつつあるのではあるまいか。
それはさておき、筆者として菅直人にこれだけは言っておきたいことを3点に絞って、要求しておく。
① 普天間基地移設の日米合意を無視せよ。
② 消費税を上げるな。
③ 役人の天下りを厳禁せよ。
菅は、政権発足時に普天間基地移設に関する5月末の日米合意を踏襲することを明言した。しかし9月12日の名護市市議会選挙で移設反対の稲嶺市長支持派が圧勝したことが示すように、移設先の名護市住民が海兵隊基地の移設に反対であることは明白だ。小沢が主張していたように、沖縄の反対を無視して移設を強行することはできないのだから、アメリカともう一度話し合う以外にない。防衛省は、今まで隠していた垂直離着陸機MV22オスプレイが離着陸できる滑走路を、移設先の基地につくる必要があることをようやく認めた。従来の輸送用ヘリよりはるかに騒音の大きいオスプレイを認めながら、沖縄の負担軽減を図ると言っても、現地で被害を受ける沖縄県民をだますことはもうできない。
事は普天間基地の移設問題に限らない。未曾有の財政赤字を抱えるアメリカのオバマ政権も、あのゲーツ国防長官が先頭に立って国防予算の削減に取り組んでいる。超大国アメリカが、経済大国第2位の座を中国に奪われた日本に対して「思いやり予算」や在沖海兵隊のグアム移転費用の分担増額を要求する時代である。歴代の日本政府がアメリカの要求に従ったから、国務省、国防総省の担当者はアメリカが強く出れば、日本は最終的に折れると判断しているようだ。GDP比でアメリカより高い借金(国債残高)を背負っている日本が、アメリカの財政赤字減らしになぜ協力しなければならないのか。
1990年代初頭に土地バブルがはじけて以来、「空白の10年」どころか「空白の20年」にまでなりかねない日本経済。菅副首相兼財務相が「デフレ宣言」を発したことも記憶に新しい。ギリシャがGDP比12・5%の国債残高を抱えていることがばれてユーロ危機が発生したのに、GDP比170%を超える国債残高を抱える日本が円高に煽られているのはおかしくはないか。アメリカとEUは、円に対するドル安、ユーロ安を維持する“為替戦争”を仕掛けてきている。輸出に頼って伸びてきた日本経済は、内需拡大によって「成熟した経済」に移行しなければならない時期に来ているのだ。
こういうタイミングで、菅はデフレ経済をさらに冷やす消費税増税を言い出したのだから、「財務官僚の振り付け通りの総理」と酷評されても仕方がない。歴代自民党政権が発行し続けた赤字国債のツケが民主党政権に請求されているのだ。政権交代も良いことだけではない。財務官僚としては、素人の菅首相(前副首相・財務相)をその気にさせて、消費税増税を突破口に、税収を増やして財政回復の見通しをつけたかったのだろう。昨年8月の総選挙では消費税を上げないというマニフェストを発表した民主党が、こんなにやすやすと財務省のキャンペーンに乗るとは何ともはや。誰にも予想外だった。
投票によって政権交代が実現したのだから、鳩山内閣は民主党マニフェスト通り、従来の官僚統治でなく選挙で選ばれた政治家が各省の大臣、次官、政務官(政務3役)となって政治を運営するはずだった。しかし「行うは言うより難し」。官僚はこれまでの権限を手離さないし、政治家は行政手続きさえ知らない。こうして、政治家による国政運営は官僚行政より劣るという評価がマスメディアに流され、それが一般常識になりかけている。
菅直人よ。官僚依存でなく政治家の叡智を傾けて天下りを根絶せよ。官僚優先の政治を改め、民の声に耳を澄ませよ。それが出来た時、菅は初めて小沢を超えられるのだ。
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