米国産業界にとっての不利事項はすべて不公正な「非関税障壁」とみなされる
- 2013年 3月 3日
- 時代をみる
- TPP醍醐聡非関税障壁
―――「TPP交渉参加論の5つのまやかし 第2回 非関税分野のTPPの危険性を周知しないまやかし」の番外編として、この記事を書くことにした。―――
執拗な「アメリカ業界益」の追求~直視すべきTPPの脅威~
私がTPPについて、もっとも危機感を持つのは、アメリカの産業界が対日貿易・投資にあたって、自分たちに不利と判断した相手国の規制や慣行はすべて「自由貿易の障壁」とみなし、撤廃を求めてくるということである。こういう論法でいくと、「非関税障壁」は際限なく広げられ、最終結果はどうなるにせよ、相手国(日本)の国民益が脅威にさらされる。
現在、進行中の自動車の分野のTPP日米事前協議でも、アメリカは日本の独自規格である軽自動車の税制優遇を問題視し、税率の引上げ、軽規格の廃止を要求している。これについて、スズキ会長は「全部内政干渉」と激しく反発している。
スズキ会長「TPPと軽は無関係」 規格巡り米に反発(「日本経済新聞」電子版、2013年2月26日、21:20)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD260DS_W3A220C1TJ1000/
また、自動車分野の日米交渉の中で、日本政府は米側の要求を受け入れ、輸入車の安全や排ガスなど環境性能の基準に関する審査基準を緩和する方向で検討に入ったと伝えられている。
「輸入車の安全審査を緩和へ 政府、TPPで米に配慮」(「中国新聞」2013年2月27日)
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201302260171.html
自動車の分野でのアメリカからの「非関税障壁」の緩和・撤廃要求はこれが始めてではなく、2012年4月2日に公表された「外国貿易障壁報告書」で、新型車およびその流通の基準、認証に関わる基準・規制策定過程の透明性の欠如、技術基準、および認証手続が国際標準と調和していないとする意見を提起している。
「自動車についての米側関心事項」(2012年6月6日、内閣官房)
http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20120601/car_us0601.pdf
「非関税障壁」をめぐる撤廃要求の脅威はこれからの話ではなく、すでに日米交渉の場で現実のものとなっている―――この点を多くの国民が知る必要がある。
日本国民の健康にもかかわる、アメリカの「非関税障壁」撤廃要求
しかも、アメリカの「関心事項」は自動車に限られるわけではない。米国通商代表部が昨年まとめた外国貿易報告書を見ると、農産物・肉類・乳製品等の輸入政策、郵政・保険・金融サービス、流通サービス、電気通信、情報技術、知的財産権、政府調達、投資障壁、独占禁止法、商法、医薬機器・医薬品、民間航空、運輸港湾など、極めて広範囲に渡っている。
「2012年米国通商代表部(USTR)外国貿易障壁報告書」(日本の貿易障壁言及部分)(2012年4月20日、外務省仮要約)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/pdfs/tpp03_02.pdf
ここに盛り込まれたアメリカの対日要求のいくつかを摘記しておく。
・牛肉輸入制度 「日本は牛肉及び牛肉製品の輸入を20か月齢以下に制限することによって、引き続き米国産牛肉及び牛肉製品へのアクセスを制限している。」
・医薬品価格 「予見可能で安定的な償還価格政策を実施するよう引き続き求める。2012年4月1日、2年毎の薬価改定において、日本政府は、試行的に導入されたいわゆる薬価維持加算を向こう2年間継続することを決定した。米国政府は、薬価維持加算については、その恒久化を引き続き求めるとともに、市場拡大再算定制度など、革新的や医薬品の開発と導入を妨げる他の償還政策を導入することを控えるよう日本に求める。」
・食品及び栄養機能食品の成分開示要求 「新開発品及び栄養機能食品について、成分と食品添加物の名称・割合・製造工程の表記を求めていることは、負担が大きく、専有情報の競争相手への漏出の危険もある。」
こうしたアメリカからの「非関税障壁」撤廃要求が日本国民の健康にも関わるというゆえんを、2005年10月に日本政府が米国産牛肉の輸入再開を決定した時の経過を例にして説明しておきたい。この時、日本政府は米国産牛肉について脳や脊髄などの危険部位を除去した生後20か月以下の牛肉であることを条件に芸国産牛肉の輸入再開を決定した。ところが、その翌月に輸入食品の安全性の評価を担ってきた内閣府の食品安全委員会プリオン専門委員会の委員改選にあたって、12名の委員中、6人が辞任するという異例の事態が起こった。辞任した委員の大半は自分の意に反した輸入再開に責任を感じたためと語っている(『読売新聞』2006年4月4日)。
しかし、6人の辞任のきっかけは、2004年9月に委員会がまとめた「中間とりまとめ」の公表にあたって事務方が文書の重要箇所を改ざんしたことにあった。審議の過程で「科学的根拠がない」として委員が退けた、「生後20ヶ月以下の感染牛を発見することは困難」という文言を事務方が委員会に無断で残したまま公表したのである。また、米国産牛肉の輸入再開の審議の際、政府の姿勢に異議を唱えたある委員の研究室を厚労省の担当者が訪れ、「(国から)研究費をもらっていますよね」と露骨に圧力をかけたこともあったという(以上、『東奥日報』2006年4月12日)。ほかでもない自民党政権時代に起こった出来事である。
しかも、アメリカは上記「外国貿易障壁報告書」の中で、生後20ヶ月以下という基準さえ撤廃を要求していたが、日本政府はこれにも譲歩し、2013年2月1日から生後30ヶ月に基準を緩和して米国産牛肉の輸入拡大を図ったのである。
日本国民の健康に関わる問題でさえ、なりふり構わず、アメリカの要求実現に執心する日本政府に、今回のTPP交渉で日本の国民益を守る意志と能力があるのかどうか、よくよく心得て、国民は民意を示す必要がある。
経済界が期待するのは規制撤廃の国内への波及効果
それでも、安倍政権(民主党政権時代も同じだったが)がTPP交渉への参加にこだわる理由は、表向きの「成長経済の後押し」というよりも、「日米の同盟関係の絆の証し」という政治レベルの動機が非常に強いといえる。日本の経済界が貿易面ではさしたるメリットがないことを知りながら、TPP推進派になっているのは、国内への規制緩和・撤廃の波及効果に期待しているからだと私は見ている。実際、次のような報道がされている。
【TPP交渉参加へ】成長戦略、実現に弾み 規制緩和は「関税撤廃以上の効果」
(産経ニュース 2013.2.23 22:55)
http://sankei.jp.msn.com/economy/print/130223/fnc13022322560005-c.htm
TPP問題における日本の経済界の最大の関心事は関税ではなく、規制撤廃の波及効果にあることを示す証拠は、上記の米国通商代表部の外国貿易障壁報告書から逆読みすることもできる。たとえば、米国が、革新的な医薬品の開発と導入を図るためという大義名分で要求している薬価維持加算制度(正式には「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」制度:特許が切れていない新薬で一定の条件を満たすものについては、薬価を特許期間中は据え置いて、特許が切れ、後発医薬品が発売された時点で一気に下げる制度のこと)の恒久化と市場拡大再算定制度(原価計算方式で薬価が算定されている医薬品で、市場規模が当初予測の2倍を超えた場合に薬価を引き下げる制度)の廃止は、米国医薬品業界ばかりでなく、日本の医薬品メーカーも繰り返し、厚労省に要求してきたことだったからである。
このように見てくると、今回のTPP参加交渉の結果、例外品目が思惑よりも少ないことが判明したからといって、「ここで抜けると日米同盟の絆を損なう」という論法で、そのまま正式参加に進むのは必至だ。日本人は、こうした「なし崩し」の手法に何と、もろいのか。しかし、嘆息ばりしていても始まらない。具体的立証で警鐘を発する努力を続ける必要があると思っている。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2201:20130303〕
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