ネオニコチノイド系農薬とは何か(下) -生態系やヒトに悪影響、EUでは規制が進む-
- 2013年 4月 11日
- 評論・紹介・意見
- ネオニコチノイド系農薬岡田幹治毒
◆生態系への影響
ネオニコ系農薬は「上」で述べたような特徴・毒性をもつから、生態系にもヒトの健康にも深刻な影響を与える。まず生態系への影響をみてみよう。代表的なものが、蜂蜜の生産や農作物の授粉に欠かせないミツバチへの影響だ(注1)。
ネオニコ系殺虫剤は1990年代にフランスで大きなミツバチ被害を生んだのに続き、ドイツ、イタリア、スロベニアなどで大量死の原因となった。このためこれら4か国では、ネオニコ系農薬のいくつかとフィプロニルを含む製剤の使用が禁止されている。EU当局まで動きだしたことは「上」の冒頭で紹介した(注2)
またアメリカでは、2006年冬に始まったミツバチの「蜂群崩壊症候群(CCD)」の主要原因ではないかと疑われており、養蜂家や環境保護団体がネオニコ系農薬の規制を求めている(注3)。
日本でも03年を皮切りに、ネオニコ系農薬が原因と推測されるミツバチの大量死が毎年各地で発生している(注4)。日本ではまた、赤トンボ(アキアカネ)が00年ごろを境に激減したが、これはフィプロニルやイミダクロプリドがイネの育苗箱に使用されるようになったことが主要な原因だとする研究が発表されている。近年、農村地域では(ミツバチや赤トンボに限らず)昆虫類全体も(それを餌にする)鳥類も激減していると多くの人たちが証言している(注5)。
生態系への影響に危機感をもって立ち上がったのが、世界最大の自然保護機関・国際自然保護連合(IUCN、本部スイス)である。ヨーロッパの研究者たちが09年にフランスに集まり、昆虫類や鳥類が90年代以降、壊滅的な減少を示していること、その主要な原因の一つがネオニコ系農薬であることで一致した(注6)。
これを受けてIUCNに「浸透性農薬タスクフォース」が11年に設置された。今後、科学的証拠の検証やヒトへの影響について調査を進め、確証が得られ次第、世界でこの農薬の規制や禁止を働きかけていくという。
◆ヒト被害の背景にある甘い残留農薬基準
ネオニコ系殺虫剤のヒトへの影響について平久美子医師(東京女子医大講師)は「毒性は有機リン系とほぼ同等である」と判断している。ネオニコ系はヒトに摂取されると、血液脳関門を通過し、中枢神経系や自律神経系、骨格筋に関連する多彩な症状を引き起こす。脈の異常、指の震え、発熱、腹痛、頭痛、胸痛などのほか、短期の記憶障害も起きる。胎盤を通過するから、妊婦が摂取すれば胎児が影響を受ける。
中毒の症例としては、群馬県内で松くい虫防除のためにアセタミプリドが大量散布された直後の周辺住民や、ペットボトルの茶飲料を連日1リットル近く飲み続けた後、果物を食べて発症した成人女性などがある。
なぜこのような被害者が出るのか。表2に示したように、日本の作物への残留農薬基準が欧米に比べて何倍も緩やかであることが背景にある(注7)。
たとえば、残留基準と同じ5ppmのアセタミプリドが残留していたブドウ500グラムを、体重25キロの子どもが食べると、ADI(一日摂取許容量)を超え、ARfD(急性中毒基準量=急性毒性を起こす可能性がある量)と同量になってしまう(注8)。
また、ホウレンソウへのイミダクロプリドの残留基準は15ppmだが、仮に基準値並みのイミダクロプリドを含むホウレンソウを6歳以下の子ども(平均体重15キロ)が80グラム食べたとすると、この場合はEUの定めるARfDと同量になってしまう(注9)。
厚生労働省が設定している残留農薬基準にはこれほど危険なものもあるのだ。
◆懸念される子どもの脳神経系への影響
最近、とくに懸念されているのが子どもたちの脳神経系に与える影響だ。脳の発達に関する研究が飛躍的に進み、哺乳類が周産期(妊娠中から出産直後まで)などに農薬などに被曝すると、記憶能力の低下など脳機能に不可逆的な変化が起きることが動物実験で明らかになっている。このような作用はDDT、PCB、ニコチン、有機リン系農薬、ピレスロイド系農薬、パラコート(除草剤)などで認められており、ネオニコ系もその可能性がある。
脳神経科学者の黒田洋一郎・元東京都神経科学総合研究所参事研究員は、ネオニコ系農薬が「発達障害」の原因になっている疑いが濃いと言う。
脳の機能の一部が損なわれて起きる発達障害は、「広汎性(こうはんせい)発達障害」、「学習障害」、「注意欠陥・多動性障害」(ADHD)などの形をとって現れる(注10)。アメリカや日本で急増し、深刻な問題になっている。
アメリカでは発達障害と農薬との関係を調べる疫学調査がいくつも行われていて、その結果が次々に発表されている。その一つ、ハーバード大学のチームが10年に発表した研究は、低濃度の有機リン系殺虫剤に曝露された子どもが、曝露されていない子どもに比べてADHDになりやすいことを示している。ネオニコ系殺虫剤も同じ作用をもつと考えられる。
◆予防原則で規制を
日本の農薬の安全性審査では、子どもの脳の発達に与える影響などは全く調べられていない。深刻な影響を与えている疑いが濃くなっているのだから、疑わしきは使用せずという「予防原則」に基づいて、毒性の強いネオニコ系や有機リン系の殺虫剤を規制すべきだという声が研究者や市民団体から上がっている(注11)。
また残留農薬基準をもっと厳しいものに改めるべきだという声も強い。日本の残留基準は、農薬を使う側の都合を優先し、農薬メーカーの残留試験で得られた最大残留値の約2倍を基本に決められている。また農薬残留基準は国民平均を想定して設定されており、子ども(平均体重15キロ)は大人(日本人全体の平均は53キロ)より体重あたりにすれば2倍もの量を食べるといった事情はとくに考慮されていない。
しかし、農水省も厚労省も研究者や市民団体の要望や提言を取り上げようとしない。日本の安全性審査は現在の科学的知見からみて十分であり、残留農薬基準は平均的な日本人の食生活を想定して健康に影響がないように設定してあるとの態度だ(注12)。
注1 ミツバチに被害を与える農薬はネオニコ系だけではない。他の殺虫剤はもちろん除草剤(グリホサート)でも被害が出ている。ただ多くの養蜂家はネオニコ系が普及してから被害が深刻になったとみている。
注2 EUでは、農薬の有効成分はEU当局が認可し、製剤を各国が認可するという2段階の仕組みになっている。
注3 CCDとは、働きバチの急速な減少が起きて群れが崩壊する現象が、大規模かつ広範囲に発生する状態をいう。
注4 日本養蜂はちみつ協会の会員対象の調査によれば、11年の全国の農薬被害は8353群だった(その多くはネオニコ系によるとみられる)。もう一つの主要被害原因がダニで、11年は1万0843群が被害にあっている。
注5 夏の夜、農村で車を走らせても、かつてのようにフロントガラスに虫がぶつかることがなくなった。このようなことで昆虫の激減を体感できる。
注6 ネオニコ系7種の殺虫剤のうち、ジノテフランを除く6種は塩素を含む有機塩素系でもある。これらはDDTと同じように環境中に長期間残留し、昆虫類を根絶やしにするのではないかと考えられている。
注7 表の数値から、茶葉の日本の残留基準(30ppm)がEU(0.1ppm)の300倍にもなると考えるのは適切とはいえない。EUでは茶葉にアセタミプリドを使っていないなどの理由から、残留基準が設定されていない。このような場合は測定器具の検出限界を基準にすることになっている(日本では一律基準と呼ばれる)。
注8 ARfDは、経口摂取後、24時間以内に健康に悪影響が生じないと推定される量。日本の食品安全委員会は「急性参照用量」と訳しているが、毒性学の第一人者である内藤裕史・筑波大学名誉教授によれば誤訳である。
注9 日本ではイミダクロプリドのARfDがまだ定められていない。
注10 広汎性発達障害は、他人の気持ちをよむことや人との付き合いが苦手の障害で、自閉症やアスペルガー症候群などを含む。また学習障害は読み書き計算などの特定分野ができない障害であり、ADHDはじっとしていらない、衝動的に行動してしまうなどの特徴を示す障害だ。
注11 日本の農薬の安全性審査には、複合影響を考慮していないなど、いくつもの欠陥があるが、いま問題になっているのは毒性学のパラダイム・シフト(基本的な考え方の変化)に対応していない点だ。これまでの毒性学では、動物実験で得られた「無毒性量」の100分の1以下ならヒトの健康には影響がないとされてきた。ところが近年、無毒性量を下回る低用量の曝露(摂取)でホルモン(内分泌系)を攪乱する物質(いわゆる環境ホルモン)や子どもの脳神経系の発達を阻害する物質が見つかっている。
注12 残留農薬基準について政府はこう説明している――。残留基準が設定されているすべての作物に残留基準値と同量の農薬が残留していると仮定し、それらを国民が平均的に食べる量だけ食べた場合の、農薬の「一日摂取推定量」を計算し、それをADIの80%以下にしてあるので、安全性に問題はない(具体的には農水省のサイトなどの説明を見てください)。
〔表2〕アセタミプリドの残留基準と関連指標(単位:ppm)
日本 アメリカ EU
旧基準 新基準
リンゴ 5 2 1 0.7
ナシ 5 2 1 0.7
モモ 5 2 1.2 0.1
食用ブドウ 5 5 0.35 0.2
イチゴ 5 3 0.6 0.5
トマト 5 2 0.2 0.15
茶葉 50 30 注4 0.1*
ADI 0・071 0・071 0・07
ARfD 0.1 0.1 0.1
注1=日本の新基準は11年2月施行
注2=EUの残留基準は12年時点のもので、代謝物との合計
注3=*印は「検出限界以下」
注4=日本からの申請に基づき輸入茶に「50」を設定
注5=ADIは一日摂取許容量(体重1kg1日当たりmg)、ARfDは急性中毒基準量(同)
注6=各国のデータベースによる
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